[金の時計]of [金の砂銀の砂]

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金の時計

――次の日はクリスマスイヴだった。

 ジムたちには今年の冬の休暇はまだない。
 本来ならとっくにもらえていたものが、長期訓練のために先延ばしになっており、残されたチームの隊員達や軍関係者がそこそこで休む間も、彼らは訓練に励んでいるのだ。
 カーターもまだ、休暇をとってはいなかった。
 なんだかんだと慌ただしく、バークがしょっちゅう留守をしているせいで、暇な職場だと腐っていた割には休む間がない。

 クリスマスだというのも、うっかり忘れそうになっていたものの、景気づけにツリーを仕込みに行こうかというカーターに、ロイは階段の下の物置を見てくれといった。
 そこには、綺麗な箱のクリスマス用品がしまわれていて、カーターを驚かせた。
「奥さんの忘れ物か?」
 ロイは首を振り、彼女とのクリスマスはありませんでした、というと笑い出した。
「それを持ってきたのはジムです」
 カーターは小さなツリーの箱を開け、さすがにロマンチック男のすることは違う、と妙に感心しながらそれを飾った。
 ジムならでかい樅の木を切り倒してきそうなものなのに、それはテーブルに乗るほどの小さな小さなツリーだったが、恋人たち向けなのか、洒落た飾りがセットになってひと息に部屋がスイートな雰囲気になった。

 その日ふたりは暖炉の前で夕食をとった。
 床にトレーを置いて、カーターが腕をふるった料理が並べられ、クッションに足を伸ばして座ったまま、だらしなくゆっくりとそれを味わった。
 この晩、ロイはグラスに半分ほどのワインを久しぶりに飲み、慣れないアルコールに頬を薄く紅色に染めていた。
 小さなクリスマスツリーの、そのちかちかと少ない青や赤の豆電球の瞬きを眺めながら、カーターはとりとめもなく、子供の頃の話をした。

 ばあさんが、いかに豪傑で愉快な人物だったか、それにどれほど救われてきたか、あの家のクリスマスがどんなに奇天烈なものだったか、などを話すたびロイは声を立てて笑った。カーターを相手に感情がぶち切れたときの、投げやりな気配すら身を潜め、ロイはすっかりいつもと同じに見えた。
 そう見えていながら、やはりどこか力がないような、抜けたような何かを感じさせられ、それが気になりつつも笑ってくれることにほっとして、カーターはどうでもいいような子供の頃の話を延々と続けた。
 憑き物が落ちたように透明なほどの笑顔を浮かべる顔を、カーターは盗み見てはなぜだか不安になるのを止めることができなかった。
 カーターはプレゼントをどうするかさんざん悩んだものの、少しでもなにかで気が紛れるならばと、渡すことにした。
「プレゼントだよ」
 カーターが渡したリボンのかかった箱に、ロイは戸惑うようにそれを受け取った。
「開けてもいいですか?」
 もちろんだよ、と微笑むと、箱にかけてあったリボンをはずし、丁寧に包み紙を解いたロイは歓声を上げた。

「……ヘリですね? シコルスキー型の」
 笑いを堪えるようにロイは箱を開けた。
「小さいけどな、大人仕様の克明に再現されたものなんだ。日本製だからな。色を塗る必要もないくらい、丁寧に作られてるだろう? 組み立てたらけっこう見栄えがするぞ」
「右手が使えるようになったら、作ってみます」
 ロイは、ありがとうございますと微笑んだ。
「俺は……」
「君がそれどころじゃなかったのは分かってるよ。気遣いは無用だ」
「すみません。ほんとに、さっきツリーが出るまですっかり忘れていました」
 カーターは微笑んだ。
「いいさ。気にされると困る。だから私も気楽なものにしたんだ」
 シコルスキーヘリの、まだセロファン袋に入った胴体を指でなぞりながら、ロイは黙っている。
「昔、十歳になった年のクリスマスに、父から父の船の模型をもらったことがあります。一緒に作るのではなく、自分で作ってごらんといわれて、ずいぶん必死で取り組みました」
「そうか。それは?」
「ずっと実家にあったんですが、家を改修して従兄弟が住むことになって。荷物の整理にも顔を出さずに任せたままにしていたから、もう捨てられてしまったかもしれませんね」
「十歳か……そういえば、私は祖母に杖を作ってやったことがあったな。引き取られて初めてのクリスマスだった。なんせ素材の意味など分かりもせずにその辺に落ちていた枝を削って、グリップに布を巻いて。でもすぐに折れてしまって、祖母は転んで怪我させてしまった」
「でも、彼女は怒らなかったでしょう?」
「今度はちゃんとした木で作っておくれ、ってげらげら笑っていた」
「十四の年に、金時計を買いました。父へのクリスマスプレゼントに」
「十四で? そりゃ大変な買い物だ」
「……働いたんです。近所の芝を刈ったり、叔父の家業の手伝いをしたり……。そうやって一年間お小遣いを貯めた。その前の年までは、ほんとにハンケチくらいしか買えなくて。初めてだったんです。なのに、……間に合わなかった」
 ふっと笑って、ロイは変な話をしてすみません、と微笑んだ。
「いろいろ……申し訳ありませんでした。デイン。せっかくあなたにここに来てもらったのに、俺はあまりいいホストではなかった」
 ロイが静かな口調で謝った。
「もてなしてもらおうと思って住まわせてもらったわけじゃない。ロイ、私の方こそ、謝らないといけないことだらけだな」
「でも、なんだかあなたのことがいろいろ分かった気はします」
 カーターはワインを飲み損ねてむせた。
「どうせ、見た目ほどには大人じゃないってことだろう?」
 ロイは否定もしない。
 かわいくないやつだ、とその額に軽く拳固を当てると、「俺も未だに子供みたいなものだとばれてしまったでしょう?」と呟いた。
「じゃあ、大人になりきれない者同士ってわけだ。それに……」カーターは薄く笑った。
「君が思ったほど大人じゃないと分かって、私はほっとしてもいるんだ。唯一大人なのはジムだけか?」
 ロイは首を振った。
「ジムだって、手に負えないほど我が儘をいうときがありますから」
「そりゃ良かった。結局、人間は大して成長しないってことかな」
 差し出したカーターの手を、ロイは左手で握った。
「メリークリスマス、ロイ」
「メリークリスマス、デイン」
 もう一杯だけ、ワインを飲まないかと提案すると、ロイは極上の笑みを浮かべて、じゃあ少しだけと、頷いた。
 ほっとしながらも、なぜだかカーターは哀しくすらあった。

 夜半にかけて、しんしんと冷え込んできていた。
 すでに人の気配のない深夜、無音の雪に消されるように、波の音すらしない。
 大きな、べったりした雪の塊が綿のように窓ガラスにへばりついては桟に積もっていく。
 降りしきる雪が、暗いはずの外を明るくさえ見せていた。 
 ロイは、ベッドから抜け出して窓側に向かって杖に縋って立っていた。
「……なにをしてるんだ? こんな寒い部屋で。風邪を引くぞ」
 自身が眠れなくて、キッチンに下りてきたカーターはその姿を認めてそばに寄った。
「月を……見たいと思って。でもほら、今夜は雪が……」
「そうか、冷え込むと思ったら初雪か。これは積もりそうだな」
 黙って小さな雪が舞うのを眺めているロイの隣に、カーターもたたずんだ。
「デイン、あなたは結婚とか、そういうことには興味はないんですか? それとも最初からカイルを愛していた?」
「変なことを聞いてすみません」
 ロイはすぐに、返事はいりませんと続けた。
「そういっては悪いが、カイルとのことは運命の偶然だったような気がする。彼が元気なときにそう思って見ていたわけではないんだ。――そうだな。今は結婚そのものに興味はないが、以前は考えていた。恋人がいたけど、振られた。私は一度、私を振って他の男と結婚した女性に会いに行ったことがある。彼女の腕にはもう、赤ん坊がいてね」

 カーターを捨て、安定した医者と結婚したとはいえ、彼女はその男との結婚を後悔していたようだった。
『どうしても、心から愛せない気がする』と、彼女は泣いた。
 そのとき、カーターは後先など考えず、『私と一緒に来ないか? その坊やも一緒に』と、いってしまっていた。彼女は涙を流した。
『有り難う、愛しているのはあなただけだとやっと気づいたの、デイン』
 じゃあ、すぐにでも行こうというと、彼女は少し考えないと、といった。エディ――その赤ん坊の名だ――からパパを奪うことになる、と彼女は躊躇っていた。
『その子ごと、私は君を愛しているよ。君の子供なら、同じようにきっと愛せる』――

 ロイは、横顔に雪の残像を残しながらカーターを見つめた。
 ロイの瞳は大きく開かれ、潤んでいるように揺れた。
「……他人の子供なのに? ほんとに育てて愛せると……?」
「そういうもんさ。少なくとも、私はそうできると思ったんだけどな」
「ほんとうに?」
「だって、愛した女性の子供だぞ?」
 カーターは屈託のない笑みを浮かべ、ロイは思わず瞼を伏せた。
「結局……次の日、彼女は私にもう会わないと電話をしてきた。赤ん坊の父親が、舐めるようにかわいがっているのを見ると、とても引き離せないと。それはきっと、私じゃ太刀打ちできないことなんだろう。少なくとも彼女はそう考えたんだ」
「……俺の父は、とても理性的な人でした」
 しばらくして、雪を見つめたままロイがいった。
「うん、みたいだな」
「バーク准将の話では、彼は同い年とは思えないほど落ち着いていて――あのバーク准将が、と思うと信じられないけど、馬鹿なことをしでかすたび、よく父に叱られたそうです」
「へえ。よほどの人物だったんだな。父上は」
「そう。常に熟考して行動を誤らない……なのに、母とは出会ってすぐに結婚を決めたんだそうです。婚約した頃には、彼女はつわりがあったはずの時期じゃないかと思います。そして子供は早めに誕生した。どう考えても、自分と出会う前の子供のはずだ。ずいぶん、父らしくない、粗忽な行動だと――ずっと思っていた」
「そう――まあ、一般的にいえばそうなんだろうが……彼は……おそらく知っていたんじゃないのかな? 君の母上が、どういう状況にいたのか、誰の子供を身ごもっていたのか……。知っていて、結婚されたのではないかと私は思う」
「ええ。知って……いたようです。最初から」
「結婚も遅かったようだし、それだけの人物が考えなしに重大な決意をするもんか。いくら一目惚れしたとしても。彼はそうやって君を迎え入れたんだ」
 躊躇いの間すらおかず、明るい声でカーターはいった。

「不思議だ。少しも似てはいないのに、なぜだかあなたを見ていると父を思い出す……」
 ロイは俯いたままいった。
「……あなたが好きです。たぶん、俺はあなたに惹かれ、あなたを愛している……」
「複雑な気分だな。それは、ジムへ向けるものとは異質のものだと解釈した方がよさそうだ」
 すみません、とロイは呟いた。
「でも、あなたと暮らし始めてから、俺にはやっと父のことが理解できるような気がしてきた。完璧に見えて、どこかが抜けているところも。子供の頃はすごいところしか見えなかったけど、あなたを見ていると、彼の弱点すら分かる気がします」
「どうせ私は抜けてて、弱点だらけの人間だ」
 父親代わり、といわれて複雑な気分でカーターは笑った。嬉しくもあるが、少しつらくもある。
「父と重ねているわけではない。父親の代わりというわけでも。決して」
 ロイは恥ずかし気にいった。
「好きです。ジムがいなかったら、おそらくあなたに惹かれたと思います。いえ、今でも惹かれているのは確かだ。ただ……」
 ロイはもうそれ以上はいわなかった。
 それだけで充分だ。
 カーターは覚えている。
 ロイが子供になって、ジムとカーターが好きだ、と他愛なくいっていたあの頃、一度聞いたのだ。
 ジムもバークもいないとき、ふたりで留守番をしていたときだっただろう。

『ロイ、私とジムとどっちが好き?』
『デインとジムがすき』
『ジムより、デインが好き?』
 ロイは困り果てたようにカーターの顔を凝視し、『ロイは……』と口ごもった。
『じゃあデインよりロイはジムが好きなんだ?』
 そのとき、他愛もなく感情を露わにしていたロイは目に涙を浮かべた。
『いいんだ、ごめん。ロイ。変なことを聞いたね。ジムからも同じことを聞かれたことある?』
 ロイは首を振った。『ジムはロイをいじめない』
 そういって泣き出した。
 それが答えだった。こんな質問をジムはしない。
“ジムはロイをいじめない”
 その信頼は、カーターには持っていないものだったに違いない、とその時カーターは考えたものだ。
 現に自分はこうしてロイを“いじめた”のだ、と。

 しばらくロイは、何かを考えるように立っていたが、やがて杖をつきながらそばのスタンドの明かりを点けてからリビングの隅にあるタンスの引き出しを開けた。
 タンスの前にたたずんだまま、ロイは逡巡した。
 カーターは黙って、そのそばまで行った。
「すみませんが、それを……」
「どれ?」
 引き出しの中には綺麗にラッピングされてはいるが、リボンが結び直され、何度か包み紙を包み直したといった感じで、真新しくはない箱が入っていた。
 カーターがこれか? と渡してやると、ロイは小さな箱を胸に押し抱いて目を閉じた。
 ロイはやっと決意した、というようにその箱を差し出した。
 カーターは不思議な顔をしながらも、それを手に取った。
「ずいぶん古いものなんです」
 カーターが、いつものソファに座ると、ロイもそのそばに腰を下ろした。
「開けてみてもらえますか?」
 小箱のラッピングを解き、カーターはロイの顔を見つめ、それから箱を開けた。

 箱の中には、懐中時計が入っていた。ぴかぴかに磨かれた光沢を放っている金色の小さな時計――
 少し不安そうな顔でカーターを見返したロイは、それが……と口ごもった。
「さっき話をしてくれた、十四のときに買ったという……時計?」
 アルバイトをして、父親のために。
 ロイは頬を染め、首を振った。
「あなたへのクリスマスプレゼントにと……思ったんですが…やっぱりだめだ。こんなにちゃちだったとは思わなかった。今日、別のを買いにいくことにします。こんなものはあなたに失礼だ、すみません」
 伸ばした手から、離すようにカーターは小箱を反対側へ持ち上げ、笑った。
「もう遅い。これは私がもらったんだ」
「デイン……安物なんです。ほんとに、どうかしてた。返してください」
「そのときの君には高価な買い物だったはずだ。でも、父上への想いが籠もっているものを、私に?」
 ロイは恥ずかしそうに――本当に恥じ入ったような顔をうつむけた。
「渡せないままずっと持っていたものです。そんなものをあなたになんて……ほんとに俺は近頃どうかしている」
「なぜ、これを私にと?」
 わかりません、とロイは呟いた。
「ただ、あなたにならと……不意に思い付いて……」
「君にとって私は父上と重なる存在なのかな?」
 カーターが静かに聞いた。「顔は似てはいなんだろう?」
「性格だって似ているわけじゃありません。父はもっと厳格でストイックで……すみません。あなたが劣っているというのではなくて、いえ、よく知らない頃は確かにあなたもそういうタイプに見えたのは確かなんですが……ただ、似ているところはそうないと」
 珍しくしどろもどろに弁解をするロイをおもしろく眺め、カーターは時計を握りしめた。
「ありがとう。ロイ、大事にするよ」
 ロイは顔を上げ、慌てて目を逸らして、背を向けた。
「私には、とても名誉で崇高なプレゼントだよ、ロイ。これだけでもう、私には充分だ」
 これだけで……その言葉に意味を込めたつもりはなかったが、カーターは無意識の中でそれを認めていたのかもしれない。
 ロイにとって自分が不要な人間ではなく、ある意味必要な人間であること。それはきっとジムとは重ならない立場であろうことを。
「……充分だよ、ロイ」
 カーターは、その細い身体を抱きしめた。
 ハグ――必要以上の愛情を込めないやり方で。













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