[その声に]of [金の砂銀の砂]

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その声に

「ビリーやポールや、君の部下たちがみんな集まってる。みんなが君の声を聞きたがってるんだ。機嫌を直して、声を聞かせてやってくれないか? 今から潜るんだそうだ。あとからはかけられないよ」
 ロイは唇を噛みしめて携帯を見ていたが、やがて手を伸ばして「俺だ」といった。
「やあ、ポールか。うん、大丈夫だ。少し風邪を引いたかな」声が掠れ気味なのが、その嘘を正当化している。
「……ああ、……リック? うん、元気だよ」
 ロイは、次から次に替わっているらしい仲間に、何度も同じ返事を繰り返しながらも、微かな微笑みさえ浮かべ始めた。
「……そんな怒鳴るな、ビリー。……聞こえないって?」
 元気のなさそうな声をビリーが罵ったに違いない。
 ロイは少し大きめの声を出した。
「みんなちゃんと話したのに、おまえは耳が遠いのか?」
 おめーの声が辛気くせーんだ、とカーターにすら聞こえるほどの大声が漏れてくる。
「今から訓練らしいな。俺の代わりにみんなを頼む」
 ぶあか、俺様を見損なうな、という声がして、ロイが微かに声を立てて笑った。
「……そうだな、おまえは優秀なリーダーだから」
 どうやら隊員たちのラストに出たらしいビリーとの会話のときには、すっかりいつもの隊長の顔に戻っていた。やんちゃなビリーに手を焼くことはあっても、ロイは彼を気にいっているらしいのは、すでに分かっている。
「ああ、俺だ。……うん。……うん……」
 ロイの声の調子が変わり、子供のような返事ばかりになったとき、ロイの瞳が煌めくように潤んだ光を宿らせた。
 ジムなのだろう、とカーターは察した。
 向こうは大勢いる中なのだから、個人的な話などしてはいないはずだ。けれども、ロイはまるでそこにジムがいるかのように、一点を見つめながら頷いている。
「分かってる……ジム。大丈夫だよ」
 おまえも気をつけて、と携帯を閉じ、ロイは気が抜けたように肩を落とした。

 だが、この電話はロイにとって救いとなったようだ。
 ジムだけではなく、彼の愛する仲間からの短いコメントが沈みかけていた気持ちを浮上させたかのように、ロイは少し落ち着きを取り戻していた。
 それにしても、ずっと男たちから好奇な目で見つめられ続けていたということを、ロイがあんなふうに思っているとは思わなかった。
 綺麗な身体につけられた刻印から、現在の愛情豊かなジムの手でさえ、ロイはそれに反応してしまう自分の身体が疎ましいのかもしれない。
 適切ないい方ではないのかもしれないが、ロイはそういうふうに愛情を受けることを、宿命として持っているのではないか。己の意志に反してしまうのが悲劇ではあっても、過敏なまでの身体に宿るエロスの神を持って生まれてきたのではないか……。
 そしてそれを受けいれる心が伴わないことが、彼を不安に陥れているのだ。もっと、ビリーのようにくだけた性格ならば……ロイの人生はもっともっと気楽でそれなりに楽しめる要素となったかもしれないのに。
 けれども、これが彼なのだ。
 生真面目で、他人への優しさすら厳しい仮面の下でしか行えないほど不器用な――
 沈黙に支配された寝室に、カーターは突っ立っていた。
「仕事に行かないといけない時間だ。ロイ、ベランダのドアの硝子が切られているんだ。窓の硝子を入れるよう、ディエゴに電話してもらいなさい」
 ロイがどきんとしたような瞳をあげた。
 カーターはしゃがんでロイのパジャマのボタンを留めてやりながらいった。
「けど、あんな硝子じゃどうせまた切られるだろうな。あの男が舞い戻ってくるかもしれない。それを阻止するために、誰かいたほうがいいだろう。ジムが帰るまで、仕事が終わったらここへ戻ることにしてもいいかな?」
「お…ねがいします」
 ロイが安心したように頷いた。
 不思議なほど、ロイが年少の男に見えた。
 それは子供の頃のあのロイとも違う、いつもの虚勢を張ったロイとももちろん違う、初めてまっさらな心を見せられたような、素顔が見えた気がした。

 カーターが自分も脱いだシャツを身につけ、セータを着込んだときにノックの音がした。
「おはようございます。硝子が大変なことになってますが無事ですか? 勝手に入りましたよ、ロイ、開けますよ?」
 ディエゴの声がして、焦ったような顔が覗いた。
「な?」
 カーターは片方の眉を上げて見せた。

 仕事も上の空になりがちで、カーターは一日中夕べのことを考えていた。
 カーターとロイがけんかして出たとたんに、あの男が入り込んできた。
 ということは、本当にどこかで見張っているのかもしれない。調査室にいたのだから、それは身についたものとして苦にもならないことだろう。
 そう思うと居ても立ってもいられない不安にかられ、家に電話をした。
 今日くらいはディエゴが帰る前に、家に戻っていたほうがいいかもしれない。
 電話をかけると、ディエゴが出た。
 どうやらおかしな人間が侵入したという話を聞いたらしい。
「大丈夫です。あなたが帰るまで、僕がいますから」
 ロイがある程度の話をしたのだと分かり、カーターはほっとした。さすがに身の危険を正しく判断する能力が復活したようだ。
「頼んだよ。なるべく早く戻る」 
 ディエゴは明るい声で、了解、といった。
 バークにだけは夕べのことを報告するために、オフィスへ向かった。
 開いたままのドアの向こうにコネリーが立っているのが見えた。
 入ったばかりのようで、お呼びですか、とバークの前に進み出るのを見て、出直そうとしかけたときに、バークと目があった。
「ああ、カーター少佐。君もそこにいろ」と、バークにいわれてカーターはドア口を一歩入ったあたりに立った。
  
「君を隊長から下りてもらおうかと思っている。君の意見はあるかね」
 バークの言葉に、コネリーは姿勢を正した。
 つまり、彼にとっては屈辱的な『降格』という話だと、カーターも緊張して背筋が伸びる。
 窓に背を向けたバークのデスクの前に立っているコネリーの後ろ姿を、カーターは伺うように見ていた。
「……今は、滞りなく訓練を行っていますが」
 まっすぐに伸ばした姿勢のまま、コネリーが低い声でいった。
「ああ。訓練の様子は確認済みだ。だが、もう隊員たちとの絆など望めないのではないかな? 彼らを今まとめているのはフォード少佐で、その彼に恥じないようゲーリーたち兵曹が必死で踏ん張っているのを知っているのかな? 先日の救助の際も、君の態度と言動は問題があると私は判断したが」
「フォード……少佐?」
 コネリーの声が少しうわずった。それから、くすりとわざとらしい笑い声が漏れた。
「なにか、おかしいことがあるのかな? コネリー大尉」
「彼がどんな人種か、あなたはご存じない。おそらくフォード少佐はゲーリーともそういう関係なのではないでしょうか? 他にもそうなのかも。ホイットモアとかコムスキーとも。まるでハーレムだ」
「ハーレム? 意味が分からないが。フォード少佐がどんな人種だというのかね?」
 辛抱強く、平静を保ったバークの声がした。
「誰彼かまわず、色目を使っているのでは? 花束を贈ってもらっていい気になって、なにやら男を引きずり込んでいるとか。療養中とはいえ、やってできないことはないでしょうから」
 聞きていたカーターは、息を飲んだ。

「ゆゆしきことでしょう? 軍法会議ものだ。あの綺麗な顔に騙されてはいけませんよ、准将」
 ほう? とバークが小首を傾げたとき、カーターは思わずコネリーの後ろに歩み寄っていた。
「なんでそれを知った? 花束の話を誰に聞いたんだ?」
「私の妻は花屋に勤めていてね。豪華な滅多に出ないような花束を、愛しい人に贈る客が毎日来ると。それをこっそり玄関先に届けて、置いておいてほしいなんてロマンチックだと妻がいうので、相手先を聞いたら……まあびっくりしましたね。フォード大尉に男からの贈り物があるとは」
 バークがとうとう眉間に皺を深々と立てたが、コネリーは違うように解釈したらしくますます図に乗ったように顎をあげた。
「それで花屋で待って、一度その男と話をしました。ずいぶん以前からのつきあいだとか。捕虜になったときのことも詳しく聞きましたよ。身から出た錆っていうんですかね」
 カーターはぐいっと、コネリーの肩を掴んで自分の方を向けさせた。
「君は……君というヤツは……」
 カーターの声は震えていた。
「そこにおられるということは、私の代わりにまた隊長に返り咲くおつもりですか? カーター少佐。勝手な方だ。もっとも、フォード少佐と毎日あの家で睦み合っておられるようだから、あなたも同罪でしょう。ふたりでバーク准将をたばかって。准将はご存じですか、彼とフォード少佐は……」
 コネリーの身体が吹っ飛んで、バークのデスクにぶつかった。
 慌てたように、バーク付きの下士官が飛んでくる。
 後ろからカーターを羽交い締めにし、「だめです、少佐!」と叫んでいるのを振り払うように尻餅をついたコネリーになおも歩み寄った。
「きさま、どこまで根性が腐ってるんだ! ロイがおまえになにをしたというんだ! いい加減にしないと……」
「カーター!」
 バークの鋭い声がし、「さがれ」とドアを指さした。

 息が上がっていた。
 下士官に腕をとられ、カーターは唇を噛みしめてドアを出た。
「君も、下がりたまえ、コネリー大尉。今の話は聞かなかったことにする。真偽の不確定な話は控えておきたまえ」
 コネリーは、カーターと下士官をすり抜けるようにして、足音高く出ていった。
 追いかけそうに顔を上げたカーターを察し、下士官の腕に力が籠もった。
「分かった。もうしない。離してくれないか?」
 疑わしそうな顔をして、下士官は手を離した。
 カーターは落ち着いた足音を立て、その場を去った。
 そのまま廊下を歩き、カーターはトイレの個室に籠もって、ドアに八つ当たりするように拳を打ち付けた。
 悔しくて、涙が出そうだった。










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ロイとジムの映画評