[侵入者]of [金の砂銀の砂]

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侵入者

 ロイは目を開けた。
 催眠効果の高い薬を飲んだせいで、知らないうちに眠ってしまっていたらしい。
 頭が重い。
 もう、なにも考えたくはないのに、目が覚めたとたん、いろいろなことが押し寄せそうで、もう一度薬を飲むべきかどうか迷った。
 時間をおかずに立て続けに飲むことは、リュウタロウからしてはいけないといわれてはいる。
 なんだか、ドアが音を立てて閉じたような気配がしたが、気のせいだろうかと身体を起こした。
「デイン?」と呼んでみたが、家中が静まりかえっているようにしんとしている。
 ああ、そうだ。
 俺に追い出されるようにして、カーターは出て行ってしまったんだと思い出して、ロイは唇を噛んだ。
 あんなふうにけんかをするつもりはなかったのに、気持ちが高ぶってしまっていた。
 けれども、カーターがしたことやあの花束を見たせいで、ロイが必死に保っていた線が、どこかでぷつんと切れたかのように感情が爆発してしまっていたのだ。
 いつもの自分らしくもなく、声を荒げてしまった、と思うとカーターに詫びなければという後悔の念にかられた。
 起きた事実に関してはやりきれない気分ではあったものの、もっと落ち着いて話をすべきだった。家がないから、と思っていた彼はすでにそれを見つけていたのに、ロイのためにここにいてくれていたのだ。

 携帯はリビングにある。
 ロイはガウンを羽織ってから手を伸ばして車いすを引き寄せると、バランスを取りながら移動した。
 ドアを引き明け、壁にぶつけないようにゆっくりと操作をして廊下へ出た。
 不意にリビングのドアが細く開き、薄暗いながらも灯りが一筋廊下の床に零れ出てきた。
 カーターが戻ってきたのだ、とロイは顔を上げ、そのドアに手を伸ばした。
「デイン?」
 ぐいっと手首が掴まれて、ドアと共にロイは床に引き倒された。
 思わず怪我をしている部分を庇ったせいで、ひどく腰を打ち、痛みに顔をしかめる。その眼下に、大きな靴が見え、見上げたロイをじっと見下ろしている顔が認識できずに眼をしばたたいた。
「やはり、あなたはそういう姿がよく似合う」
 その嫌なもののいい方が誰のものなのか、ロイにはすぐに分かった。
 慌てて左手をつき、立ち上がろうとすると、身体は持ち上げられて乱暴にソファに落とされた。
 すでに傷口は抜糸もすんで、ギプスに覆われてはいたものの、そこが、ずきんと痛んだ。
「……ペイジ……」
「ゆっくり話したかったので来ましたよ、ロイ」
 どうしてもカーターにはいえなかったが、カーターの推理は当たっていたのだ。
 博物館の一隅で車椅子に座って疲れて目を閉じていたロイは、後ろから押されるのを感じたが、カーターが戻ったのだとばかり思って目を開けもしなかった。
「展示物はどうでした?」と聞いても返事がなく、目を開けて階段の隅に入ったことに疑問を持って見上げたすぐそばに、この男のは虫類のような目があった。
 そうしてキスをされ、車椅子から落ちるほど身を捩って顔を上げた時には消えていた。

「な……ぜここに?」
「今夜は車が駐まっていなかったようなのでね。あなたひとりだとすぐに分かりましたよ」
 相変わらず、ミントの匂いをさせながら、ペイジは楽しげな顔でロイの鼻先まで顔を近づけた。カーターが出て行ったのは成り行きだ。
 ずっと家を伺っていたのか、とロイは思うと身震いした。
「ずいぶんとご不自由な様子で。いやほんとに痛々しいことだ」
 そして、鼻に鼻をすり寄せるようにして「こんなチャンスは二度とないでしょう? 強いあなたにはそばにも寄れない」といった。
 

「あなたには、いろいろとお礼をしないといけないですからな」
 ペイジは、敢えてロイから離れ、反対側の椅子に座り込んだ。
 テーブルの上で、ペイジは小さな瓶を開けてそれをハンカチのような布に染みこませた。その傍らには勝手に出してきたらしいブランディの瓶があり、グラスに注いで飲んでいる。
 小瓶は、おそらく睡眠導入を目的とした薬に違いない、とロイは思った。自分を眠らせて、なにかを……あるいはどこかへ連れて行こうとしているのだ。
「これまでどこにいたんだ、ペイジ」
 ロイはわざと質問をした。「おまえは……なんだか羽振りがいいらしいと、噂に聞いた」
 西部のどこかへ渡っていかがわしい仕事に手を出しているらしい、という噂はロイも聞いている。
「まあ、前職を追い出されたようになったおかげで、ある仕事で成功しましてね。今や比べものにならないほど金持ちにはなりましたな」
 ペイジはゆったりと、微笑みを浮かべた。
 ポケットにハンカチを押し込み、片手にグラス、片手にブランディの瓶を持ったまま、ペイジはロイのそばに立った。
「私を告発して、酷い目に遭わせてくれたあなたには本当に感謝しているんです」
 ロイはポケットからはみ出たその白いハンカチから目を離さず、「いつこっちへ?」と、友人のように聞いた。
「久しぶりにこっちへ戻って来て、ついでにノーフォークまで足を伸ばしてみた。基地まであなたの顔を見に行こうかと思っていたんですが、ショッピングモールであなたを見かけるなんてやはり運命なんだと感動しましたよ」
 なにが運命だ、とロイは唇を噛んだ。
 このノーフォークに他になんの目的がある。
 最初から、ロイの顔を脳裏に浮かべて来たのは間違いない。三年以上も身を潜め、本人のいう“成功”で余裕ができたおかげで、かつての恨みを思い出したのか。
 たわごとのような話を聞きながらも、気持ちは焦ってもいる。
 動けない状態で、どうやってこの男に勝つことができるだろうかという作戦を、脳みその中であれこれと思い浮かべる。
 だが、車椅子はもちろん、武器になりそうなものすら身近にはない。
「あなたは見かけよりもタフガイですからな。まあ手出しは無理かと諦めて帰ろうとしていたのに、あなたが入院した話を友人から聞きましてね。怪我の詳細は教えてもらえなかったが」
 友人、と聞いてドクター・ハルトマンの顔が浮かんだ。彼に悪気があってのことではないのかもしれないが、ふたりはまだ、友情を結んでいるのだ。
「よほど、暇なんだな」
「まあ、仕事は気の向いたときで充分利益がありますしね。今はホリデイというわけで」
 グラスの中の液体をひと息で飲み干しながら、ペイジはいった。
「かわいそうに。かわいらしかったあなたも良かったが、今のその姿は何倍も素敵だ。歩けますか? 腕までがそれじゃあ、さぞ不自由でしょう」
 この男はいつもこんなふうだ、とロイは思った。
 ひと息でしとめることをせず、じわじわと絡め手で責めて精神的にプレッシャーをかけてくる。ちらちらと顔を見せ、無言の存在を感じさせるために花を贈って来たに違いない。ことん、とグラスを置いて、ペイジが白いハンカチを引っ張り出した。
「花束を……あれもおまえだろう? どこまで俺をいたぶれば気が済むんだ」
「あれは私の心ばかりのメッセージです。美しき人に花を贈るのは当然だ。ハンサムで獰猛そうなカーターとやらいう男はあなたの恋人ですか? 今夜彼は戻ってくるのでしょう?」
「戻っては……来ない」
 戻るといえば出て行くかと一瞬考えたが、その前にすぐにも連れ出されるに違いない。
 ロイはソファから左足に重心をかけかけていたが、それを一度引っ込めた。使えるのはこれしかない。
 まあ、いいでしょうとペイジがハンカチをロイの目の前に見せた。
「本当は注射器でも使えば簡単なんだが、私はこういうオーソドックスなやり方が好みでね」

 ハンカチを押し当てられる寸前に、ロイはその急所をめがけて縮めていた左足を繰り出した。
 がつん、と激しい痛みに呻き声が漏れ、実を縮めたのはロイの方だった。
 手に持っていたブランディの瓶が、左足の脛に当たったのだと分かったのは、苦痛の息がいったん漏れてからだった。
「おわかりでない。健全な部分はそこしかないというのに、予見できないほど私は愚かではないつもりですが」
 ロイは、瓶を振り下ろされて左手でかろうじて受け止めた。
 自由な腕までがきーんと鈍い痛みを覚えて、痺れた。ペイジはもう一度瓶を振り上げ、それが側頭部に当たって、ソファに沈み込んだ。頭がぼうっとする。
「大人しくしないと、怪我をする箇所が増えるだけですよ。今のは手加減したから、大した衝撃ではなかったでしょう? でも、今度は容赦しませんよ」
 含んだような笑い声と、ミントの香りがあたりに漂った。
 ロイの胸元に落ちたハンカチを拾ったものの、それはすでに酒がかかってぐしょぐしょになっており、ペイジはそれを握りしめて滴をしたたらせた。
 だが、使える左手を胸に押し当て、足の痛みまでに呻くロイを眺め、別にこのままでも問題ないというかのように、ロイの腕を引っ張った。
 自分のねぐらに連れて行くつもりか、それともどこか人目のつかない場所へ行くつもりか。そう考えるとぐらぐらと揺れる頭の中から恐怖が沸き上がった。

 案の定、腕が引き上げられ、身体が浮き上がる。
「い、たい……やめて…くれ…」
 ロイは、つらくてたまらないように聞こえるよう、なるべく哀れな声でいった。
「静かにしないと、これを口に突っ込みますよ」
 ぐちゃぐちゃのハンカチを目の前に差し出して見せ、やはりそうする方がいいとでもいうように押し込みかけた。
「……だめ、酒を入れたら発作が起こる、やめてくれ……」
「発作?」
「頭が割れそうだ。さっきのショックで……今にも吐きそうなんだ。動かさないで……お願い…だ」
 ちっと舌が鳴った。
「あなたは以前もそうだった。少しも変わっていないらしい。そういう発作があるんでしたな、そういえば。でも別に吐いてもかまいませんよ」
 引き留めろ、とロイは自分を鼓舞した。
 なにがあったってもうかまうな。この男に車に乗せられたら、もう二度とここへ戻ることはないだろう。
 ひと息で殺されることはなくても、さんざん嬲り者にされた挙げ句、狂い死にしてしまうような目に遭わされるのは間違いない。
「たのむ……俺をどうにかしたいなら…ここで……せめ…て、き、気分が治るまで。俺は以前の俺とは違う。きっと、満足させる……から」
 いいながら、本当に具合が悪くなってきた。
 唇まで真っ白になった顔を見て、ペイジは眉を顰めた。
「どうにかというのは、どうされたいと? どう変わったというのかな?」
 愉快だといわんばかりの声に、ロイは縋るようにいった。
「俺を抱きたいんだろう?」
 悲壮感を漂わせて瞼を落とした白い顔を、ペイジは含み笑いを浮かべて見つめた。

「それは、私と愉しむつもりがあるという意味ですかな?」
「抱きたいなら、そうしてくれていい。頼むから、ひどいことをしないでくれ。俺は……怪我人で…無理が利かないんだ」
 おやおや、ずいぶんと弱気なものだ、とペイジは上機嫌の声を上げた。それからちょっと外を窺い、どうやら安全だと確信したらしい。
「まあ本意ではないが。いいでしょう。ただし、なにをしてくれるかによりますな」
「優しくしてくれれば、あるいは……身体が痛くては応えることなどできない」
 ほう? とペイジはロイにキスを促した。
 ロイは目を閉じ、逆らって嫌がる自分を抑え込むようにして、自分にできうる限りのキスをした。
 ロイの眦から、嫌悪による涙が滲んだ。従順な態度を示したせいか、男の頬は紅潮し、すっかりこの場に落ち着く気配を見せ始めた。
 胸にこみ上げるものを、ロイは必死で堪ええた。
「ふうん、トレイシーズヴィルでのキスより確かにいい」
 ペイジは楽しげにロイの背中を撫でた。

 カーターにいうべきだった、とロイは今さらのように後悔した。
 博物館の休憩所で、車椅子に乗ったまま疲れて目を閉じていた。少しうつらうつらしていたのかもしれない。
 車椅子の振動がしても、カーターが戻ったとばかり思っていて、ロイは目を開けなかった。そして非常階段の隅に連れて行かれてキスをされた。
 気分が悪く、そんな目にあったことがみっともなくて、どうしてもカーターにはいえなかった。いや、いおうとしたのにタイミングが逸れてしまって、それを幸いにいわないままになってしまったのだ。
 この男の怖さを誰より知っていたのに。
 馬鹿な虚勢を張って、カーターを出て行かせたりしなければ、家に入り込んでくることはなかったはずなのに――
 テーブルに置いたままの携帯が見えた。
 あれで、カーターに連絡がとれないか、とロイは横目でそれを伺った。話ができなくても、通話状態にしていれば、なにかを察して彼ならば飛んできてくれるはずだ。
 アドレス帳を繰らなくても、着信記録に残っているからボタンをふたつほど押せばいい。ここの様子を聞かせるだけで察してくれるだろう。
「じゃあ、楽しみましょうか、ロイ。お互いに」
 恨みがあるなら、さんざん叩くなり蹴るなり、あるいは殺すなりすればいいのに、やはりペイジの目的はそこにあるのだと、ロイは今さらながらに思った。
 そんな対象として、自分が存在することが、なぜなのか理解できない。
「おし……えてくれ……」
 衣服を剥がれるままに、もう抵抗もできずにロイは消え入るような声でいった。
「なんです?」
「なぜ……こんなことを…したがる? 恨みなら殴ったり蹴ったりすればいい。殺し……たかったらひと思いにそうすれば……」
「なんということを!」
 人を食ったような、独特のいい回しでペイジが叫んだ。
「暴れなければ、殴ったりはしませんとも。せっかくの美貌が、ああ、こんなに目の縁が赤くなってしまった」
 触れられた箇所は熱を持ち、ペイジの手が冷たく感じられたほどだった。そこは赤く腫れ上がり、鈍い痛みを訴えていた。
 その痛む部分に嫌な感触の唇がねっとりとくっつき、やがてそれが首筋に、鎖骨にと滑り降りていく。
 しつこい、ねっとりとした温もりに、ロイは吐きそうになるのを、必死で堪えた。

「俺は……どんなふうに…見える…んだ」
 霞んだ視界の中に見える顔が、唇を歪めた。
「隙のない人間というのは、本来性の対象には向かないものです。とりつく島がないですからな。けどあなたは隙などないように振る舞っていながら、まるで誘うかのように色気がある。漂わせる雰囲気がね」
 色気……と、ロイはぼんやりした頭で考えた。
 それは女性にしかないものだとずっと思っていたのに、何度その言葉をロイは聞かされたことだろう。
 そんなものを意識したことはない。
 けれども、カーターですらロイに手を出しかけた。そして、なによりジムが自分を離したがらない理由はそこにあるのではないかとすら、ロイは思った。
 そんな考えを振り払い、今はこの男のことに意識を集中しろ、とロイはなるべく時間をかけるように無理に話を続けた。
「分からな…いんだ。俺は……普通に…男として暮らしていたはず…なのに」
「自覚のないところがまた、あなたの罪を深めている。いいですね。はすっぱなよりはうんと虐めがいがあって、堪えられませんな」
 ペイジの容赦のない手が、身体の隅々を滑り始めるのが感じられた。
 この手は、ジムの時と同じようにロイに我を忘れさせることができるのだろうか、とふとロイは思った。
 もし、そうならば俺は……もう生きてはいけない。
 身体をいいように動かされかけて、傷を負った足が痛んだ。ロイは悲鳴を上げた。
「……頼む。乱暴にしないでくれ。傷が痛むと気力が萎える……」
 ほほう、とペイジが楽しげに口を窄めた。
「確かに、まだまだ感じてはおられないようだ」
 くすくすと嗤う声が、すぐ耳元で聞こえ、下腹部を這う手の感触を、ロイはじっと耐えるしかなかった。これ以上、この男に逆らえば、なにをされるか分からない。意識のない状態にさせられ、どこかへ連れて行かれるようなことだけは避けたい。
 それでも、ロイの身体は冷え、とても“満足させる”などという状態に見せかけることすら不可能に思えてきた。
 身体中をなめ回し、覆い被さっているペイジには携帯は見えないだろうと、ロイは幾度か左手で自分の頭に手をやり、感じているふりをしながら腕を伸ばした。
 あられもない場所に、冷たい感触がした。ペイジがことを進めやすいように、なにかを塗りつけているに違いない。これから行われることを考えたら嫌悪で一杯になったが、かまわずロイは腕を伸ばした。
 あとわずか、というところで掴めない。
 様子を窺うと、ペイジは完全にロイの身体に向いており、幾度かわざとらしい吐息と共に身体をずらしてみる。
 指先が硬い物体に届き、キャッチした、と同時に着信ボタンを押した。
 とたんに、ペイジの仕掛けた動きに身体が跳ね上がり、ロイは唇を噛みしめた。醒めていたような身体が、一気に覚醒したかのように、どきどきと動悸までがして、身体が熱くなった。
 発信ボタンを押せばいい。
 今ならできる。
 ――それなのにロイの指は逡巡するかのように震えた。ああう……という、誰かの声がして激しく息が上がりだした。
 自分が吐いた声だ、と分かるまでに数度身体に震えが来た。
 吸い込まれるように、意識が遠のく。
 それでいてブラックアウトなどではなく、なにが行われているかは認識できる。

 欲しい、とロイは思った。
 めちゃくちゃになってもいいから、欲しい――ああでも、早く電話のボタンを押さないと――
 目眩のような欲情が湧き起こり、それがロイを絶望に陥れた。やがて自分が握っていたものすらなんなのか分からなくなり、携帯がことんと床に落ちた。
「……誰にかけようとしていたんです?」
 ペイジが気づいてそれを拾い上げた。
 ぐいっと、敏感な部分を乱暴にこじ開けられ、内部を探る感覚に、ロイは呻き声を漏らした。
 発信ボタンを押して確認し、結局ロイが電話をかけなかったことを確認して安心したかのように、ペイジはそれを床に放った。











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後日憚―哀しみの追憶―

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おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

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ロイとジムの映画評