[花束]of [金の砂銀の砂]

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花束

 違和感を持ってついその姿を眺めていると、だんだんこちらへ近づき、ビーチハウスの玄関へ向かったので、慌てて呼び止める。
「ここの住人だけど、用かい?」
「これを預かったの」
 ひとりがほっとしたように、抱えていた花束を手渡した。
「誰に預かったの?」
「知らないけど……大きなおじさん」
「お小遣いをくれたの」
 もうひとりが嬉しそうにいった。
「そうか、有り難う」と、礼をいい、もう二度と知らない人に頼まれ事をされてはいけないよ、とカーターは小さな配達員たちにチップを渡した。

 ロイは自室へも籠もらず、リビングのソファに寝そべっていたが、花束を見て、眉を顰めた。
「誰からか、分かっているんだろう?」
 カーターに怒っていたはずのロイは、すでにそんなことなど忘れたように、嫌悪のこもった瞳を花に向けている。
 ロイは力が抜けたように肩を落とした。
「……捨ててください……」
「ロイ、贈り主に心当たりがあるなら、私にいいなさい」
「心当たりなんて……。でも、意味は分かる。これは嫌がらせでしょう」
「一体誰がそんなことをするというんだ? 好意を寄せてくれているわけではなく、嫌がらせだなんて」
 カーターはロイを睨むように見つめた。
「俺に責任があるのかもしれない……」
 カーターの視線を逸らしてロイはため息をついた。
「どういう意味だ? なんの責任があるというんだ?」
 思わず方に置いたカーターの手に、ロイは瞬間ぴくりと反応した。
「……すみません。今夜はひとりに。申し訳ないんですが、ひとりにしてください」
「ロイ、私のしたことを怒っているなら……」
 顔を上げないまま、ロイは首を振った。
「そういう話をしたくないんです。寝室へ行きますから、俺のことはかまわないで」
「ロイ」
「ほっといてください、お願いですから!」
「分かった……」
 カーターはロイの態度に、自己嫌悪でいっぱいになってしまった。「ロイ、私はここを出て行くよ」
 ロイはちょっと肩を強ばらせた。
「いい損ねていたが……いや、話したかな? すでに家は契約してたんだ。君が負傷してすぐの頃に。でも、しばらくは君にも私が必要かと思っていたんだが……。必要どころか、とんでもないことになってしまったようだ」
 じゃあ俺のためにここに……? と呟く声がした。
「なんだか不安定な君が心配だが……身体が治癒してしまえばそれもなくなるはずだ。いや、かえって私がいないほうがいいのかもしれないな。あと一週間ほどでジムも戻ってくる。君の役に立ちたかっただけなんだが――」
「……お心遣い、感謝しています」
「ロイ、私は……」
「……お世話になりました」
 拒絶するような横顔に、カーターは絶望感に捕らわれたが、もうなにもいうことはできなかった。

 いつかの夜、ジムに泊まったらどうかとカーターが勧めたときのように、ロイは無言を貫いている。
「すぐに……荷物をまとめるよ」
 ロイは頷いただけだった。
 ソファの腕木に突っ伏してしまったロイに、もうそれ以上の言葉をいうことなどできなかった。
 日頃のロイとは思えないほど冷酷な態度に、本気で怒っているのだとカーターは悄然とした。
「ロイ、ほんとにすまなかった」
「……もう、聞きたくない」
「ロイ――」
「もういいんだ! 早く行ってください!」
 カーターは二階に引っ込む以外になかった。
 荷物を詰めてきた鞄をクローゼットから取り出し、ハンガーにかけておいた衣類を放り込む。引き出しから下着を適当に詰め込んでいくだけで、他に持ち出すものはない。
 小さなテーブルに乗せていたラップトップを専用のバッグに入れて、最後にテーブルの片隅に置いていたカイルの写真を手に取った。
 剥き出しの写真は、嘲笑ってでもいるようだ。カイルを裏切り、ジムを裏切ってまで、ロイを傷つけた。
 あろうことかそれを素直にロイに詫びることすら、カーターはしなかったのだ。
 嫉妬にかられて、どうかしていたとしか思えない。
 カーターは彼を抱いてしまったわけではないが、確かにそれに変わらないほどにロイを嬲ったことには変わりはないのだ。
 荷物を抱えて、階下に降りると、ロイの姿はなかった。
 テーブルに置いたはずの花束が、怒りにまかせたように床に落とされ、花びらが散らばっていた。この花束が届かなければ、ロイとここまでのけんかになることはなかったのではないかとも思え、忌々しく思いながらもそれを拾って片付けた。
 なにも忘れ物はなかったかな、とざっと辺りを見回したとき、目の端に黒い小さな物体が映った。
 暖炉の上の小さな物体が、見たことのあるものだったからだ。
 つまんでみると、かつて幼くなったロイが作ったヘリの模型だった。小さな小さなヘリを、なぜだかロイは気に入って、他のどんなおもちゃにも見向きもしなくなった。プロペラも車輪もなくなるほどに、常に手の平に握りしめ、片時も離さなかった。
 こんなものを未だに持っていたとは……と、カーターはそれを見つめた。
 彼と一緒に、カーターも同じ空母の艦上に並んだジェット機を、並んで飛ばして遊んだのだ――
 そうやって、父親のように遊んでやりたかった。
 遊ぶのが、なによりも楽しかった。
 だからあのときカーター自身が、ロイと離れることを恐れたのだ。あのまま、記憶が戻らずひとりで生活ができないならば、とバーク夫妻が引き取るというのを阻止してでも、ロイと暮らしたかった。
 記憶を取り戻したロイを見て、カーターは本心から喜んだが、同時に残念な気分になったことも事実だった。
「なにを今さら……」
 カーターはひとり嗤った。
 その嗤ったはずの口元が歪んだのが自分でも分かった。

 カーターはヘリを棚に戻し、荷物を持って廊下へ出た。
 ロイの寝室をノックしたが、案の定返事はない。
「お世話になった。私は行くから……。鍵はかけておく。後日返すよ」
「デイン……」
 中からくぐもった声が聞こえた。「車を使ってください。どうせ俺は使えない」
「ありがとう」
 タクシーを呼ばないとと思っていたので、その申し出は有り難かった。
 カーターは荷物をロイのジープに載せた。
 こんなときに出て行くなんて、裏切りの上塗りだなと思いはするものの、さっきのロイのようすに、気力が萎えてもいた。
 自分を責めても責め足りはしないが、後の祭りだ。
 カイルが亡くなって間もないのに、ロイを求めたことに対しての、いい訳すらできない。夕べのロイにはそれが必要だったなどと、都合の良い解釈を自分に与えたことすら恥ずかしかった。
 酔い潰れかけた晩ですら止められたものを、どうしても止めることができずに触れてしまったのは、ロイが夢の中でジムに縋っていたからだ。それに嫉妬し、理性が吹き飛びかけた。
 カーターは何度もその端境で、手を出しかけたことを自覚している。ほんの一滴の理性が欠如しただけで、今頃はレイプを完遂した男として身を隠すだけではすむまい。
 身体に貯めたものを処理するためなら、いくらでも方法はある。長閑そうな風情を持った街にも、夜には違う顔と空間があることも承知している。
 そんなことではないのだ。
 カーターは今、はっきりとロイを愛しているのだと分かっていた。
 カイルとロイ。
 どっちを先に愛し始めていたのか――今となってはそれすらも分からない。後先など関係はないだろう。
 本気でジムという恋人の手から、ロイを奪いたかったのかどうかも分からない。でも、ただ生理的欲求に従ったわけではないことは確かだ。
 先に肉体ありき、という状況だったならとうに最後まで強引にことを行ったはずだ。
 カーターはショックだったのだ。
 身も心も、すでにジムの色に染まっているかのようなロイが。
 だからカーターは、自らの暴挙を許した。
 そして、そんなロイに対して怒ってすらいたのだ――

 新しい家の鍵は、すでにもらってあったが、家具付きとはいえ、ベッドにはシーツすらかかってはいない。
 埃っぽい空気を入れ換えるために窓を開け、すでに空に浮かんでいる薄い月を眺めた。
 剥き出しのスプリングマットの上で寝るわけにもいかない。
 買い物に出ないといけないだろうとカーターはため息をつき、少し荷物などを買っておくべきだったと後悔した。
 食事に出ることすら面倒で、カーターは剥き出しのマットに俯せに倒れ込んだ。











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後日憚―哀しみの追憶―

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おもちゃ屋探検

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Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

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僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評