[再び敵地へ]of [金の砂銀の砂]

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再び敵地へ

 長い夜は、一睡もできないままジムとカーターを置き去りにしたように朝を迎えた。
 ふたりはアルコールに溺れるほど飲んだというのに眠ることなく、とりとめもない会話を交わしながら床にひっくり返っていた。
 ぼってりとした瞼を薄く開けたまますでに長い時間、ふたりは身動きひとつせず、ただ砕かれる波の音に耳を傾けていた。
 エンジンの音が響いて、ジムがはっと頭を上げ耳を澄ます。
「帰ってきた?」
 カーターも身体を起こし、歩いてくる靴音を半ば期待を込めて聞いた。そんなことがあるわけはないと、しっかり分かってはいながら。
 硝子窓に映った人影は、老いた男だった。
「バーク准将……」
「ひどい姿だな、ふたりとも」
 バークは入るなり眉を顰め、ふたりのそばに座り込んだ。
「夜通し飲んでたのか?」
 カーターは頷いたが、ジムはまた頭を落として床に縮こまるように身体を丸めている。上官の前だというのも気にならないらしい投げやりな背中を見つめ、バークはため息をついた。
「そんな状態じゃ仕事を頼むわけにはいかんか……」
 ジムが身動きをし、カーターはぼんやりした目をバークに向けて今の言葉の意味を考えていた。

「し…ごと? 今日私たちにまだ仕事をしろと?」
 脱力したようなカーターの言葉に、バークは黙って目を閉じた。
「准将、申し訳ないが無理です。他の隊員たちも同様だ。なにかさせたいなら、別の基地のチームにあたってください」
「場所はあの国の……近海だ」
 ジムが勢いをつけて起き上がった。
 顔をくっつけるほどバークに身体を寄せ、「まさか……生存者が?」と聞いた。
「詳細は不明だ。夕べむこうはひどい嵐だったらしい。そのあたりを航行中の我が国の漁船が一時エンジントラブルで潮に流され、君たちが昨日救出に行った近くまで流された。もともと領海侵犯の漁船だったのかもしれん。今朝になってエンジンを整備中に、光がちらちら瞬いてきて、最初は領域を侵したのがばれて、攻撃されると縮み上がったらしい」
「それで、その光とは?」
「SOSと……モールスで読めないこともなかったという程度だ。それも双眼鏡での確認だ。あるいは間違いかもしれない。途中で漁船は敵に見つかって命からがら逃げた。鏡の信号を送った相手を見極める暇などなかったが、漁船を援護しにいった我が軍の艦長の判断でこっちに情報が伝わった。彼はあの作戦を知っていたからな」
「ロイだ……」
 ジムがはっきりと目を開けた。
「期待はするな。でももっと時間があれば、具体的な信号が続いたはずだと思えば無視もできん」
「じゃあ……やはり生存者がいると?」
「罠でなければな……」
 そんな罠を仕掛けるわけがない、とカーターは確信していた。
 それでなんの意味がある? 合衆国海軍をおびき寄せて一網打尽にすれば、大々的な戦争が始まる。現実に漁船は追われたのだ。そんな信号を使って小細工をする必要がどこにある?
 ジムが立ち上がった。
 それをバークとカーターが見上げた。
 ジムはまるで超合金のロボットのように両腕を身体の両脇に拳を握ってたずさえ、今にもトランスフォームしそうに見えた。できることなら自らの身体をジェット機にだって変えたいだろう。
「行けるんですね? そこに」
「まだ……検討中ではあるが、昨日の今日だ。おそらく捜索隊として出向くくらいはできるかもしれん。上陸が許可されるかどうかは別として、彼らがもしもあの崖にいるのなら」
「シャワーを浴びて、酒をふるい落として来ます」
 ジムは大股に廊下に消えた。
「……どう思う?」
 バークがつらそうにいった。
「本当に彼らが爆破の影響を受けずに、地雷原の中を超えることを選んで、偶然にもあの場所へ現れたと思うか? 最初の予定地とはまるで違うあの場所に」
 カーターは肩を落とした。
 分からなかった。崖には船すらない。
 こちらへ通信する手だてがない以上、しばらくは山奥に潜んで国境を越えることを考える方が普通かもしれない。
 あるいは危険を承知で港で船舶を強奪するか――
「分かりません……そうであってほしいと…望むだけです」
 
 
 人間は気力の生き物だ、とカーターは常々そう思う。
 夕べ死にかけたような顔をしていたジムは、アルコールなど綺麗さっぱりシャワーのお湯と共に浄化させてしまったらしい。
 もちろん、自分だって同じだと思う。
 いずれにしても出発までずいぶんと長い時間待たされる間に、ふたりは仮眠することすらできた。
 上層部が救出に行くべき情報かどうかの議論を延々としているのだろう。行ってみてみれば分かるものを、国の財産であるヘリや兵士を動かすこともさることながら、やはり行くべきではない場所への数度の介入の事実を悟られたくもないというのが本音なのではないかとすら疑ってしまう。
「石頭どもめ」
 よれよれになったように、疲れ果てた風情のバークが控え室へ戻ってきたが、カーターとジムに頷いて見せた。
 石頭は上層部のことなのだろう。彼らとの戦いに、バークは勝ったらしい。
 とりあえず“確認”という命を受け、チームは前回と同じルートを辿って同じ場所に行く準備を始めた。
 メンバーはビリーとポールで変わらず――このふたりは酒量がさほどではなく元気に現れた――どこから情報を聞いたのか、ゲーリーがむっつりと基地の司令室に訪れ、君は同行しなくていいというバークに睨みをきかせて意志を通した。
「どういうことだ? なぜこんな騒ぎになったんです?」
 怒りを含んだ大声に振り返ると、コネリー大尉が腕組みをして立っていた。
「……俺がいない間に、俺のチームが出動したと聞いて飛んで帰ったんです。なぜ、呼び戻してくれなかったんだ!」
 研修へ行かされていたコネリーは、自分も行くといってすでに準備を終えていた。
「じゃあ、このメンバーで行ってくれ」
 バークがカーターを横目で見ながらいった。

 森から続く海は、今日は荒れており、早朝の光の中に嵐の名残を見せていた。
 ヘリは辺りを旋回し、乗組員たちはそれぞれに双眼鏡を手に、動きのあるものを確認している。森の中は動物の影すら見えなかった。
 漁船が立ち去ってからすでに三十時間はたっているのだ。本当に誰かがいたとしても、もう立ち去っている可能性が高い。
「ヘリに気づけば出てくるはずだ。だが、動くものはありません」
 コネリーが機外を眺めながら様子を無線に告げた。
 仕切るのは自分だとばかりに、司令部への連絡機器を手放さず握っている。
『動きがないなら、上陸はするな。どこに敵が現れるかわからん。だが、しっかり確認してくれ』
 ここに、先日救助のヘリが現れたことに、すでに気づいてはいるはずで、だとしたら警備がしかれているかもしれないために、ヘリは一定の高度を保ったままぐるぐると回り続けた。
「……なんの動きもないな」
 早くも諦めに似た空気が流れている。そもそも、過度な期待は厳禁だと戒められてもいるのだ。
「あまり時間がありません。燃料の関係もあるので、あと5分で引き上げます」
 パイロットが無情な声を響かせた。
「下りたい」
 ジムがいった。「下ろしてくれ。俺だけでもいい」

「駄目だ、ホーナー。我々が戻れなくなったらどうする。おまえだけ置いて帰ったら責任問題になる」
 コネリーがびしりといった。
「俺も下りる」
 ビリーがジムの腕を掴んだ。
 俺も、とゲーリーとポールが続けたが、コネリーは首を振った。
「駄目だ、このヘリは引き返す。連中はやはり死んだんだよ!」
「きさま……!」
 ジムがコネリーの胸元を掴み、右手を拳にして頭の辺りに引き下げた。その腕をカーターは掴み、「よせ、ジム」と止めた。
 ゆるゆると旋回していたヘリは、直進するコースに向きを変えた。
「ちくしょう! ここまで来たのに……!」
 ジムの悔しそうな声が、すぐ耳元で風に消えた。
「もともと勘違いだったんだ。漁船が見たのは間違いだったんだろうさ。あるいは敵がおもしろがってからかっただけかもしれん」
 コネリーが誰にともなくいったが、誰も返事をしなかった。
「生きているはずがなかったんだ……建物が粉々になったのを、この目で見たのに……」
 ゲーリーが力なくヘリの座席に尻を落とし、両手で頭を抱え込んだ。
 生きていたかもしれない。
 けれどもおそらく負傷して、嵐に見舞われ、その上追っ手がいたはずで、いずれにしてももうここにはいない。
「どっちにしろ、彼らは捨て身でホイットモアを救出に行ったんだ。覚悟はできていたはずだ」という、コネリーの言葉に、窓外を見ていたジムが振り返り、また腰を浮かしかけた。だが、カーターと目が合うと、黙って外へ視線を逸らした。
 カーターは口を閉じていろ、とコネリーに合図をしたが、彼は顎をあげただけでカーターをにらみ返した。
 カーターは脱力していて、コネリーのことなどにかまいたくもなかった。
 遠ざかっていく景色をぼんやりと眺めながら、ただただ出るのはため息ばかりだ。
「ドアを閉めろ、ビリー大尉。加速したら危険だ」
 開けたドアのそばで双眼鏡を覗いていたビリーは、そのコネリーの声を無視している。
 突然、その身体が機外に乗り出しかけ、ジムが慌ててその襟首を掴んだ。
「落ちるぞ、おまえはいつも身を乗り出しすぎ……どうした?」
「……戻れ」
 ビリーの声に、ジムも同じくらいに身を乗り出し、カーターもつられて下を見下ろした。
「戻れ!」
 ジムの怒鳴り声に、パイロットが振り向いた。

 森からちかちかと太陽の光が反射するような明るい点滅が見えた。
 鏡を使っている、と目をこらしていたが、うまく反射しないのか、文字が読み取れない。それでもSというのは分かった。
 トントン、ツーツー、トントンという間合いに近いものが、存在を訴えるのに必死だとばかりに瞬きを繰り返しているように見える。
「光だ、誰かいる」
 途端に、座っていたゲーリーやポールが飛んできて、あやうくビリーは転落しそうになった。
 ヘリが戻り始めると、やがて森の切れ目から豆粒ほどの人物が、手を一杯に振りながら崖の方へ向かってくるのが見えた。
「あれは仲間だ! 生きてるぞ、一人いる!」
 ひとり……嬉しさに胸が熱くなりながらも、ひとりしかいない――それが誰なのか、とカーターの目は皿のように大きく開いて観察をする。
 思わずビリーの双眼鏡をひったくった。
 ヘリが旋回して戻り始めた。高度がだんだん落ちていく。
 手を振っているのはコムスキーで、見るからにぼろぼろになっている。
 懐かしい髭だらけの浅黒い顔が、必死に叫んでいるのすら見えた。
「コムスだ!」とゲーリーの声があがる。
「コムスだ」と、押さえたような声でビリーがジムを振り返った。
「ああ、……彼だけでも生きていて良かった」
 ジムはつらそうに眉を顰めながらも、ビリーの頭を胸にかき寄せる。
 ちくしょう、ひとりか、とビリーが呟いた。





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