[コムスキー]of [金の砂銀の砂]

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コムスキー

 コムスキーは肺からすべての空気を押し出すほどに走り続け、とうとうその場に手を突いた。
 遠ざかっていく海軍のヘリの姿が、彼方の空に小さくなって、もはや戻る見込みがないと分かるとその場に大の字になった。
「く……そぉ。無線さえあれば……」
 目の前に見えたのに。すぐそこまで援軍が来ていたのに。
 仲間達をピックアップしたヘリに違いない。
 その爆音を耳にして、生涯ないほどに駆け続けたというのに間に合わなかった。
 遠い、本来の生活空間である祖国ノーフォークの街は手に届かないものになってしまったのだ。もはや生きて帰ることも叶わないかもしれない。
 地雷を避けながらでなければ、なんとか間に合ったのかもしれないが、今さらどうしようもない。
 とぼとぼと来た道を引き返し、蹲っている仲間のそばまでたどり着くと、コムスキーは隊長に首を振った。

「……間に合わなかったか……すまない。俺たちがこんなふうでなきゃ」
「仕方ないですよ、少し休んで今後のことを考えましょう」
 どっかりと腰を下ろし、腰に下げた水筒から残り少ない水を飲む。
「水……」
 目を閉じたホイットモアが、苦しげに唸った。
 ロイは地面に半分横にになったまま、傷だらけのホイットモアに水を与え、その水筒を振った。
「水がなくなった」
 ロイの唇もすっかりひからびていた。
 コムスキーはしまったという顔で口の中の水を飲み下し、自分のも振ってからため息をついた。
「あなたはいつから飲んでないんです? ホイッティにばかり飲ませて……」
 コムスキーがポケットに入っていたガムを半分にちぎり、一切れをロイに渡した。
「これで唾液を出して、我慢するしかない。どこかに水があるでしょう。探してきますから」
 すっかりぼうっとして横になったままのホイットモアのそばで、ロイも力なく頷いた。
「俺は……どこかに風雨をしのぐ場所を探しておく。嵐が来そうだ」
 コムスキーは空を見上げ、さっきまで青かったところに沸き上がってきている雲の速い動きを見た。
「これ以上体温を冷やしたら、ホイッティは保たない」
 ロイはホイットモアに簡易毛布をかけ直し、辺りを見渡した。
 うっそうとした森の中ではあるものの、どこまでも続く下草はあっても、身を隠せる場所などありそうにもなかった。もっと身軽に身動きができればあるいはあるのかもしれないが、今の三人にはもう、その余力はなかった。
 ホイットモアもそうだが、隊長だって同じだろうとコムスキーはすでに血の気を失ったロイの顔を眺めた。

 どの道も塞がれ、行く手を阻まれた自分たちをここへ導いたのはフォードだ。
 コムスキーは地雷があるような場所をなぜわざわざ、と思いながらも他に案もなくついてきたが、海軍のヘリの姿を見たときに、この隊長の読みが正しかったことを知った。
 地図も失ったというのに、暗記でもしていたのか、と呆れ、また指令本部がそこへ他の隊員達を導くに違いないと思った理由は分からなかったが、この人についていけば、いずれは祖国に戻れるかもしれないと、コムスキーは信じる気にすらなっていた。
 だが、今やそれもあまりにも状況が悪すぎる。
 ずっと頑張って歩き続けたホイットモアは、内臓損傷でもしているのか、見た目深手はないものの具合が悪そうで、すでに限界なのは見ても分かる。
 そして隊長のロイも、もう立ち上がることはできないだろう。
「ねぐらを探すのは諦めましょう。木の幹を利用して、小さいけどテントが張れると思います」
 コムスキーはまず、ふたりの周りにそれを作ってからホイットモアを中に入れた。
「さあ、あなたも。待っていてください。水を調達してきますから」
 ロイは、すまないと呟きながら自分の足を引き寄せた。
 震えるホイットモアの身体によりそったロイの、木の枝を当てて結んだ右足首に触れてみたコムスキーはうなだれた。
 まだしたたるほどの血が指先を濡らしている。同じように応急処置をした右腕は、見るも無惨に腫れ上がっている。
 ここまでの距離を、木ぎれで支えながらも移動してきた無理が完全にたたっている。
「この上嵐か……」
「テントが持ちこたえてくれればいいが、と祈るしかないですね」
 それを乗り越えられなければ、ホイットモアは死ぬだろう。
 そして、またこの隊長も。
 コムスキーは、泣きそうになりながらもふたりを残してテントを出た。
 悪魔のような黒い雲が、どんどん風にあおられるように天を埋め尽くしていくのを、恨めしげに彼は見上げた。

 びょうびょうと吹き荒れる風に、雨までが渦のようにテントを襲った。
 風に煽られ、止めていた支柱が一本抜けてしまって、とたんに中の三人は濡れ鼠になってしまった。雨合羽で包んだ身体にも水は染みこんでくる。
「コムス……ホイットモアが……」
 唇まで紫色になってしまったホイットモアは、荒い息をついていた。
 ロイが必死で覆い被さっている。
 コムスキーは飛んだ支柱に弄ばれながらも、やっとのことで掴み、すでにぬるぬると流れるような地面にもう一度突き刺した。
 必死でホイットモアに呼びかけ続けているロイの後ろから、コムスキーも抱きつくようにくっついた。
「熱が高いんだ、このままではホイットモアは……」
「分かっています。でも、きっと保ちこたえてくれる。こいつは体力だけはあるんだから」
 慰めるようなコムスキーの言葉に、ロイも頷いた。
「……すまない。こんなことになってしまって」
「なにをいってるんです? 今とりあえず生きているのはあなたのおかげでしょうが」
「ああ。だが……」
「少佐、俺はあなたとなら生きて帰れるという気がします。理由は分からないけど」
「おまえは……結婚しているんだったな」
「いや、それももう終わりですよ。彼女は出て行って、戻っても待ってる人はいない。でも、だったら次を探す楽しみもあるってことで」
 ロイは微かに唇を上げた。
「あなたは? 彼女はいるんでしょう?」
 ふっさりと瞼を閉じ、ロイは今度ははっきりと微笑んだ。
「今頃は死ぬほど気を揉んでいるだろう。……だから絶対に帰らないと」
「ですよ。帰りましょう、少佐。ホイットモアもね、こいつはマザコンかってくらい母親を大事にしてるやつだ」
「……かあさん…」
 声が聞こえているのか、ホイットモアが夢うつつの中でいった。
「ホイッティ、我慢するんだぞ、少佐と俺が絶対におまえを母さんに会わせるからな」
 後ろからふたりを励ますように、身体を密着させていたコムスキーは、ロイの冷えた身体が痙攣したように震えたのを感じた。
 その瞬間、耐えられなくなった支柱がすべて外れ、テントは空高く舞い上がってどこかへ吹き飛ばされていった。
 すさまじい雨が、三人を貫くように振り注いだ。
「ちくしょう、テントが……」
 コムスキーはふたりを覆うように、自分の身体で押さえ込んだ。
 
 夜半を過ぎて雨がやみ、朝日が差し込んできた気配に目を覚ましたコムスキーは、夕べの嵐が嘘のように静まっているのを感じた。
 まだ全身が濡れてはいたが、顔を上げ、辺りを見渡してみた。
 飛んでいったはずのテントが、木立の上の方に引っかかって、弱い風にはたはたとはためいていた。
 まだ今後もあれが必要だ、とそれに向かって走り、回収する目の端に何かが映った。
 木々の先に見える海に、何かがある。
 かなり遠くはあるが、船影だと気づいて、コムスキーは慌ててふたりの元へ戻った。
「少佐、起きてください。船が見える。敵船かもしれないが見てください。双眼鏡を……」
 ロイの腕を引っ張って起こしたが、その身体がすっかり冷たいのを感じて、コムスキーは「大丈夫ですか?」と身体をさすった。
「見に行こう……コムス」
 足の負傷のうえに、昨日かなり無理したせいか、ロイは立ち上がることができず、コムスキーは背負って海の近くまで歩いていった。
 木陰に寄りかかって座らされたロイは双眼鏡を覗き、「アメリカの漁船だ。流されてきたのかもしれない」と呟いた。
 小さなひげそり用の鏡をコムスに出させ、それで信号を送れとロイは指示した。
「届きますかね?」
「わからん……とにかくあれがいる限り送り続けるんだ」
 何度か鏡を反射させ、反応がないことにコムスキーはだんだん焦り始めた。
「代わるよ、コムス。ホイットモアを見てきてくれ」
 彼は、熱にうなされながらもまだ眠っていた。
 頭を上げて水を飲ませると、少し目を開け、また瞼を閉じた。コムスキーは、暗い気分を押し隠すようにロイの元へ戻った。
「少佐、ホイットモアはまだ眠っています。あなたも水を……」
 コムスキーはロイの身体に手をかけた。
 身体がかしぎ、ことん、と頭が地面に落ちた。
「少佐?」
 死んだように動かないロイの身体を必死で揺さぶると、ロイが微かに目を開けた。
「しっかりしないと。彼女が待ってるんでしょう?」
「コムス……俺には彼女……はいない。だから……」
「なんです?」
「曹長……に。す…まないと……ジムに……」
 ふたたび地面に頭をつけて瞼を閉じたロイを見つめ、コムスキーはその場にしゃがみ込んだ。それから必死で冷たい身体を擦り続けた。
「起きるんだ、目を開けて! 死なないでください、少佐……フォード少佐……!」
 コムスキーの叫びが、静まりかえった森に響き渡った。





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