[慟哭]of [金の砂銀の砂]

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慟哭

 ヘリに乗ったままの格好で、ジムはまっすぐに車を走らせてビーチハウスへやってきた。
 灯りのついていない家は、岬の突端にぽつんと白い壁を見せている。
 ロイの留守中に訪ねたことも、勝手に入り込んで家主を待っていたことも何度もあるが、今夜の窓の暗さは氷のように冷たくさえ感じられた。

 鍵を開け、静かな波の砕ける音を聞きながら灯りをつけ、ジムは部屋を見回した。
 整えられた部屋。出て行くまでジムと過ごしていたために、いつもよりは少し散らかり気味ではあるが、それでもジムの住まいに比べものにならないほど片付いている。
 カーターが置いたままの荷物から、丸いおしゃれな箱が転がり出ていたが、それを拾うこともしなかった。
 ジムは寝室へ行き、ドアを開けた。
 ベッドカバーはめくられ、シーツはくしゃくしゃになったままそこにあった。出かける直前まで、ロイはここでジムの腕の中にいたのだ。ジムが与える刺激に身を捩らせ、ロイが細い指で掴んではもみくちゃにしたあたりは、スプリングマットから半分引き出されてすらいた。
 ベッドに手を突き、そのくしゃくしゃのシーツにキスをし、ジムはそのまま顔を埋めた。
 ほのかな石鹸の香りに混じった、ロイの匂いがした。

「ジム……」
 甘みを帯びたロイの声がむずかるような響きをこめて耳元に聞こえ、ジムはシーツを指でなぞった。ロイの身体が今もそこに存在するかのように、その指先は形を辿り、慈しむように布をまさぐる。
 まだ、辺りにロイの気配が漂っているというのに、なぜここにロイはいないんだろうとジムはバスルームの方を伺った。
 目を覚ますたびにシャワーを浴びに行こうとする、綺麗好きの男はまた、バスでぐったりしているのかもしれない。それなら身体を洗う手伝いをしてやらないといけない。
 ジムは起き上がり、バスルームのドアを開けた。
 明かりを点けてしばらく眺め、やがてドアを閉めてからキッチンへ向かった。
 けれどもそこも真っ暗で、明かりをつけても冷たい空気は静まったまま停滞しているかに見えた。
 ロイはどこにもいない。

 ジムは棚からボトルを取りだし、それがなんの酒なのかも確認しないまま口をつけた。生のままの酒が喉を焼くように下っていく。
 また呼び出されたまま、バークの愚痴を聞いてやっているんだろう。クールなようでいて、お人好しなんだ、あの人は――
 食事でも作ってやっていた方がいいかな、とあたりを見回すが、そんなものが必要ではないことは分かっている。けれども、いつもと同じようにして待っていれば戻ってくるかもしれないではないか。
「来てたのか」
 そういって、ロイはネクタイを緩め、椅子に座るだろう。
 機嫌次第では、おかえりのジムのキスに、淫らに応えてくれることだってないわけじゃない。
「あれだけキスが甘いのに、セックスはさっぱり上達しなかったけどな」
 ジムはくすくす笑った。
 どうして欲しいともいわない、どうしてやろうともしない、与えられるものを受けるだけで精一杯の、ベッドに入るとまるで子供のように初心な所作を見せる、あの美しい顔が見たい。服を一枚剥ぐごとに震え、吐息を漏らす唇を。
 いやだ、とだだをこね、そのくせジムの指一本も拒めずにただただ、溺れていく蕩けるような姿が見たい。
 いや、もうなにもできなくてもいい。
 触れることも、自分を見てくれてなくてもかまわない。この家に戻ってさえくれれば。
 たとえカーターや、他の人間を愛してジムを捨ててくれたってかまわない。
 ジムはぐいっと勢いをつけて、ボトルを傾けた。

 カーターは、ビリーたちに引き留められながらもほとんど酒など飲まないまま、ビーチハウスの駐車場まで戻ってきた。
 ひとりひっそりと去ったジムが気になって仕方がなかったからだ。
 ジムのアパートの前も通ったが、窓に明かりはなく、絶対にここにいると踏んでいた予感は当たった。
 家中の明かりを点けてでもいるのか、ビーチハウスはいつもと同じように温かい光を零してすらいた。
 ベランダから覗き込むと、ジムがなにやら真剣な顔で掃除機をかけているところだった。
「ジム……」
 ああ、デインとジムは振り返って微笑み、また黙々と掃除機を唸らせている。
「……なにをしてるんだ?」
「見ての通り。掃除ですよ」
「なぜ、こんな時間に掃除なんか……」
 ジムは回転していた掃除機の機械を止め、辺りを見回すと満足したようにひとり頷いた。
「ジム」
「散らかってたもんで」
 ジムはさも当然のようにいいながら、そのくせ掃除機をそこに放り出したまま、カーターのそばまで来た。
「腹減ってませんか? なにか作りましょうか?」
「ジム、君は……」
「ああ、洗濯もしといてやらないといけないな」
 廊下へ出ようとするジムのたくましい腕を掴み、カーターはその顔を覗き込んだ。
「ちょっとそこに座れ」
「いや、いろいろやっておかないと落ち着かなくて。だってロイが……」
 ぼろり、と大きな涙の粒がジムの頬を滑り落ちた。
「だってロイが……ロイが帰ってきたときに、散らかったままだと怒るでしょ? あの人は帰ってくるんだから……か…帰って……」
 ジムの声がぐらぐらと揺れはじめ、カーターはその頭を抱えるように抱きしめた。
「いいんだ、ジム。おまえの気の済むようにすればいい。私も手伝うから」
 時間をかけてじわじわと死の予感をさせられたカイルを失ったときですら、カーターは茫然自失した。ましてやロイはほんの先日まで元気でそこにいたのだ。
 ジムが我を忘れて、おかしな行動をとっていたからといって不思議ではない。
「……帰ってくるはず……」
「うん。ジム」
 巨体が頽れるようにカーターに縋ってきた。足を踏ん張って支えなければ、もろとも倒れそうなほどジムは力を抜き、それから喉から絞り出すような声で、「ロイ」といった。 ジムの嗚咽は、何度もロイの名前と共に部屋中に響き渡り、カーターも涙で顔をくしゃくしゃにしながらその場に共に蹲った。

 粉々になったのだ。
 爆風に飛ばされ、コムスキーやホイットモアともども、ロイは地上から消えてしまったのだ。
 金粉をまぶしたような髪も、宝石のようなきらめきを持った瞳も、あの長くて細い指も、しなやかな身体もすべて見知らぬ土地に転がっているのか、とジムはカーターと並んで床に座ったまま、さっきのボトルをひとり傾けた。
 なぜだか爆風に飛ばされた、というイメージがロイの綺麗な白い指に重なった。
 そしてその指が、あちこちに落ちているさまが。
 ジムはそれをひとつひとつ拾っている、自分の姿さえ瞼に浮かんでいた。

 カーターは室内に空調を入れ、暖炉に火を入れてビールを飲んでいた。
 長いこと俯いて黙々と酒を飲んでいたジムが、ぽつりといった。
「拾いに行けるものなら行きたい。かき集めて、箱に詰めて、宝物のようにそれを一生持っているんだ、俺は」
「なにを?」
「指……いや、ロイを。一片残さず拾ってくる」
「それは……すこしホラーだよ、ジム」
「俺は拾いにいく」と、かまわずジムは続けた。
 国境を越え、山を越え、ひとり忍んで。どんな方法を使っても。
 そして、できればパーツをつなぎ合わせてまたロイを作り直すのだ。魂はきっと昇天してしまっているだろうから、形だけだが、それでもいいとジムは思った。
 くすっと笑いが漏れた。確かに気味の悪い発想だ。馬鹿なことを考えている。
「魂のないロイじゃつまらないかな?」
「うん?」
 質問の意味が分からずカーターが眉をあげるが、ジムは口を閉ざした。
 いや、いいんだ。魂など必要ではない。ロイがそこにいて、たとえジムを見ていてくれなくても、そこにいてくれればそれでいい。
「俺はね、あの人より先には死なないと約束したんです。だから、約束は守れたわけだ……」
「そんな約束をロイと……?」
「強がっているけど、ロイが本当は寂しがりやなのはご存じでしょうが」
 カーターはジムを見つめ、そうかと頷いた。そこまでの絆が、このふたりにはあったんだなとぼうっとした頭で考える。
「だけど、君はどうなる?」
「俺? ……まあ、そう遠くない未来に会えるでしょう。その時を待てばいい」
 カーターはビールをこくりと飲み込んだ。
 今夜はなにをいっても、聞き流すつもりだ。励ますのはまだあとでいい。ジムが気の済むようにつきあってやるだけだと思いつつ、カーターの頭の中も真っ白だった。
 もしも――
 自分がバークの望み通り、コネリーを追い出してチームに戻っていたら死んでいたのは自分だったのだ。
 少なくともジムが今、こうして泣くような羽目に陥ることはなかったのだと思うと、哀しみよりもやはり自分に対しての怒りが先に立つ。
 ことの展開が早すぎて、故人を偲ぶにはまだなんの準備もできてはいないといったほうが分かりやすいかもしれない。
“故人”などといういい方が、そもそもロイに重ならない。
 憂いを含んだような整った顔が――カイルをなくしたカーターをらしからぬ優しさで包むように、必死で対応してくれていたロイの顔が、目の前にちらつくばかりで現実を受け止められない。
 あの、ヘリが降り立った場所から見た深い森の、そのまたはるか向こうに彼らはいたはずなのに、その亡骸すら連れて帰ることができないまま、戻ってしまった。
 今頃バークは、若い頃から親交深いロイの叔父や叔母にどんな言葉でこれを伝えているのだろう。
 ロイを息子のように思って、じっと見守り続けたバークの心情もまた、カーターには計り知れない。
 それでも彼には妻がいるから、救われる道は残されているのだろうが、彼を生きるよすがとしていたはずのジムはどうなる? 
 ロイに救われかけていた自分は?
 ジムは一口喉に入れては、ため息をつきながら酒を飲み、すでに目元が怪しくなってきている。
 酔いつぶれて酒の勢いで眠るしかないだろう。今夜はカーターだってそうするつもりだ。
 ふらりと立ち上がって、お代わりを取りにキッチンへ入っていく。
 ロイの栄養剤が、棚にひっそりと半分ほどの中身を見せて置かれてあった。
 こんなもので補わなければ、当たり前に仕事ができなくなるかもしれないほど、元に戻れないままの身体を必死で鍛えて――

 軍の仕事に食い尽くされて、とうとう命までも失ったのか――
 カーターは瓶を掴んで抱きしめると、その場に膝をついた。
 今やっと、誰がいなくなったのか、カーターの脳みそにも浸透してきたかのようだった。







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後日憚―哀しみの追憶―

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ロイとジムの映画評