[悲壮の行方]of [金の砂銀の砂]

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悲壮の行方

 ――ロイが死ぬわけはない、とジムは唇を噛みしめた。
 その薄い皮膚から血が滲むほどに噛みしめられた唇のまま、ジムは中の様子に意識を収集した。
 集まってくる情報は、どれも救いようのないものばかりだった。
 いつ命を落とすか分からない使命を帯びているのは、重々承知している。けれどもいつもなら、それはジムのそばで起きるべきことであり、まさか遙か彼方に置き去りにされたままこんなことを聞かされるとは思ってもいなかったのだ。
 ――ではなく、実際は震えるほどの嫌な予感に取り憑かれていたのだが、それは残された者の単なる取り越し苦労だと言い聞かせていただけで、現実になったことに愕然としていた。
 まだ分からないじゃないか、とジムは何度も言い聞かせた。

「ジム」というロイの高くも低くもない甘みを帯びたセクシーな声が、何度も耳元に響いた。
 いずれにしても、どこかでどちらかが先に死んだら――その時はどうすると決めていたわけではないが、その時は――
 ロイはジムに「ぜったいに俺よりも先に死ぬな」といった。
 あれは、ロイがまだこういうふたりの関係に慣れない頃で、ジムにはロイの気持ちがいまひとつ掴みかねていた。
 ジムに抱かれることすら、ロイにはただ苦痛に思えているのではないかと、ひとり焦り、その真意を知りたいと常に思っていた。好きだというのは自分だけで、ロイは自分ほどそう思ってはいないのではと。
 その晩、ロイは不意にジムのもとを訪れ、ジムの部屋に泊まったのだ。あれは、はじめてロイがそういう目的でジムの部屋を訪れた、記念すべき日だと、ジムは未だにその日付すら覚えている。
 そのとき、眠ったはずのロイは涙を流して夢の中で誰かを捜し、そしてそれがジムであるらしい、と分かったとき彼の考えていたことがやっと理解できた。
 ロイはずっとひとりで生きてきて、これからも問題なく孤高に生きていけるはずだと思っていたのに、すでにジムのいない生活など考えられなくなっているのだ、と告白した。
「俺がひとりで生きていけなくしたのはおまえのせいだ。だからおまえは俺より先に死ぬな……約束だ」
 ロイは夢から覚めたばかりの顔で、なぜだか夢の続きで泣きながらジムに訴えた。それは思っても見なかった愛の告白に他ならなかった。
「約束する……」
 ジムはそう答え、目の前のしっかりと自立しているはずの男の内面が、ひどく純粋で幼いまでの気持ちを抱えていることを知ったのだ。
「俺のことは考えてくれないんだな? あんたに先に死なれたら俺だってかわいそうだろ?」
 からかうようなジムの言葉に、ロイは首を振った。
 俺をどこか芯のところで弱くしてしまった責任は、すべてジムにあるんだから、おまえはかわいそうじゃない、といつものだだをこねるような調子でいわれて、ジムは微笑むしかなかった。そう、俺はロイより先には死なない。……でもだからといって、あんたが先に死んでいいわけじゃない――

 見ろ、俺だってかわいそうじゃないか……。
 ジムは慌ただしく右往左往する指令本部の中で、片隅に立ったまま姿のない恋人に語りかけた。
 だから、うそだよな? ちゃんと戻ってくるよな?
 だが、絶望的、と交わされる通信網から漏れ出てくる声が、いやでも耳に飛び込んでくる。
 なぜ、ロイがコネリーの代わりなどで行かねばならなくなったのだ? 
 なぜ、俺は今こんなところにいるのだ?
その爆破の前に、ロイは酷い目に遭ったりはしなかったのか?
 どんなふうな経過で死ぬことになったのだ? 
 ジムの目には、すでに周りの気配などなにも映ってはいなかった。

 どこへ逃がしたらいいか、とバークが聞いてきたおかげで、カーターは取り乱すことなく正気に返った。
 今はとにかく、残された隊員たちを安全な場所へ誘導しなければいけない。
 地図を睨み、地形を辿っカーターはひとつの場所を指さした。
「ここを闇に乗じて抜けて、こっちの森に入る。20キロほど行けば、突き当たりは崖です。ここなら、我々のヘリが安全地帯を通って救出に行ける」
「そこはおそらく地雷があちこちに埋め込まれているはずだぞ」
「だから、敵はまさかここを通るとは思わないでしょう。地雷の探知機を持って行っているはずですね?」
 バークはうなり声をあげ、危険だ、と呟いたが、しばらくして顎を引いた。
「危険だが、いすれにしても道はない。それしかなさそうだ。敵もどこがピックアップに最適か分かっているみたいだからな。どの方面も先回りされて、道は塞がれてしまった」
 やがてゲーリーから無線が入った。
 会話はオープンで、部屋中に直接響いてくる。
『今、やっと敵を撒いて当初のピックアップ場所と真反対へ2キロほど移動したところだ。座標は……』
 そばにいるらしい別の隊員の座標を読み上げる声が続いた。
「俺だ、ペガサス2、今から新しい目的地の座標を読み上げる」
 カーターがマイクを取ると、ゲーリーが『カーター少佐!』と、嬉しげな声を漏らして、舌打ちをした。コードネーム以外の名称を口走ってしまったからだろう。
 元隊長の指示と、地雷に注意を配れという声に、了解と答えかけ、ゲーリーは逡巡したような気配を伝えてきた。
「なんだ?」
「ペガサス1と3、5のことは……」
「分かっている。残念だ。どういう状況だった? 連絡は入らないのか?」
「入らない……見込みはないと、思います。とにかくすべてが吹き飛んだ……」
 ゲーリーの声がノイズの中にも潤んでいるのが感じられた。
 バークがマイクを取り上げた。
「今いる連中だけで行け。いいか、着いたら連絡を入れろ。身を潜めて救助を待て」
 ゲーリーはまだ戸惑っているらしかったが、やがて了解、と無線が切れた。

「私が迎えに行きます」
 カーターの言葉にバークは頷いた。それから部屋の隅に立っていたジムを見た。
「ホーナー、頼めるか? 他にビリーとポールを呼べ」
 ジムは黙って強く頷いた。
「ジム、戦いに下りていくわけではないぞ。分かっているな。迎えに行くだけだ」
「分かっていますよ」
 しわがれた、必死でなにかを堪えているものの声を出し、ジムは部屋を出て行った。
 連絡係にビリーたちを呼び出させるのだ。そして戦闘服を身につけるためにロッカーへ行くだろう。
「私も着替えてきます」
「連中が集まったら、第2滑走路の建物に集合だ」
 作戦室を出ると、激しい目眩に襲われて、カーターは壁に手をついた。
 ロイが死んだ。ホイットモアもコムスキーも。
 自分が行くべき任務に、代わりに出かけて――
 ジムの顔が見られない。あの、怒りと哀しみを堪えた声を聞きたくない。
 なんといって詫びればいいのだ、と目頭を指で押さえていると、「少佐?」と受付の兵士に声をかけられた。
「ああ、大丈夫だ。ドアを開けてくれないか」
 1時間後、救助部隊は国交のない国、の境界ぎりぎりに浮かんでいる空母へ移動するために、輸送機に乗り込んだ。

 空母から飛び立ったヘリコプターに乗ってからも、誰も口を開かなかった。
 日頃へそ曲がりなことばかりいって騒々しいビリー大尉でさえ、俯いてやたらに爪を噛んでいる。
 ポールはそれが癖の、口ひげを撫でたりむしったりに余念がなく、ジムは置物の魔王のように動かなかった。
 無事に彼らを救出できたとしても、待ち望んでいた人は乗り込んでは来ないのだ。
 彼らは皆、インカムをつけて互いに連絡を取り合うが、直接本部と連絡をする無線はひとつしかない。それをゲーリーが持っているのだから、もしもロイたちが生きていたとしても、こちらとの交信ができなければどうしようもない。
 ゲーリーは、仲間思いの責任感のある男だ。万が一でも、ロイたちが生きているかもしれない可能性を感じているなら、頑として自分たちだけの撤退には応じないだろう。
 やはり、絶望的なのだろうとカーターはドアの窓から見える空の模様に目を向けるしかなかった。
 空はこんなにも眩しく、いつもの景色と変わりはしないのに。
 何度もこみ上げそうになる熱いものをそのたびに奥歯で噛みしめ、カーターは任務に集中することに努力した。
 すでに隊員たちが目的地に到着しているとの連絡を受けていたヘリの操縦士は、問題なくそこへ辿り着いた。
 切り立った断崖の縁で、兵士たちが待っているのが見えると、ジムもポールもビリーもドアを開け、手を振る面々を確認した。今回は十名の出動だったのだから、間違いなく七名いることを確認し、それが七名しかいないことに改めて絶望感がこみ上げてきた。
 彼らが待っている間に多少の整備を試みた平地に降り立ったヘリは、重苦しい気分を抱えたままの兵士たちを無事乗り込ませ、すぐに舞い上がった。

 乗ってきた七名はむっつりと椅子に座り、迎えにきた四名はまだドアを閉めることをしないまま、名残惜しそうに小さくなっていく陸地に目を走らせていた。
 森がうっそうと茂ったその先に、僅かに平らな場所を見せた断崖。
 その下に広がる海。
 森のはるか彼方には、未だ黒煙が上がっており、おそらく見当違いの場所を懸命に敵の連中はアメリカ兵を見つけるために走り回っていることだろう。
 ゲーリーの報告によると、捕らえられたホイットモアの救出は極めて困難な状況だったらしい。ロイは後のことをゲーリーに頼み、ひとり救出へ向かったという。

「……死にに行くようなものだった」
 ゲーリーは唇を噛みしめ、自分も行くといったがロイは聞き入れなかった。おそらく勝算を見込めなかったのだろう。ホイットモアを置いて帰るくらいなら、と捨て身の作戦を立てたのに違いない。その隊長代理のあとを追って、コムスキーが黙ってついて行った。
 ゲーリーにはそれすらも止めることができなかった。後の隊員を任された責任を全うしなければならない身がつらかった、と彼はいった。
 ロイはコムスキーに気づいたが、断固として引き返そうとしない部下に頷き、共に建物内に消えたという。
 建物は予想外に吹き飛んだ。
 中に大量の燃料でもあったのか、激しく大きな爆発だった。間違いなく中にいた連中が生きている可能性はないだろうと他の隊員たちも打ち萎れながらいった。
 ジムは黙ってそれを聞いており、ビリーはまだ開けたままのドアのそばに蹲っている。
「少佐……」
 カーターはポールの悲痛な声に振り返ったが、ポールの目は彼を通り越し、どこかを見ていた。カーターを呼んだわけではなかったらしい。
 自分たちの隊長――ロイ・フォード少佐への声だった。
「落ちるぞ、おまえ」
 遙か下になった森を身を乗り出すように見ているビリーの襟首をジムが掴んだ。そして引っ張り上げる代わりに、自分もその上から下をのぞき込んだ。
 まっすぐ進路を変えようとするヘリのパイロットに、ジムが怒鳴った。
「一回旋回してくれ」
「急がないと……」
「旋回してくれ!」
「なにか見えたのか?」
 期待を込めてカーターも下を伺ったが、もちろんなにも動くものはなかった。
 ジムは唇を噛んで目線をはるか彼方に飛ばしている。
 カーターは、そうしてやってくれとパイロットに告げた。

 救出隊が基地に戻ってからも、誰も口を利かなかった。
 バークや他の上層部への報告をするために、隊員たちは別室へ連れて行かれ、カーターやジムやビリーたちは取り残された。
「酒飲みに行こうぜ」
 ビリーのことばに頷いてポールが歩き出し、カーターも後に続きかけて、ふとジムがいないことに気づいた。
「ジムは?」
 ビリーが黙って顎をしゃくった。
 大きな姿はすでに建物の一角に消えていくところだった。
「ジム!」
 ビリーが腕を引っ張った。
「ほっといてやれよ。今夜はひとりで泣くつもりだろう」
 肩の落ちた力ない足取りをして、小さくなっていくジムの後ろ姿を見ながら、カーターはほっといていいものかどうか迷ったが、結局そっとしておくほうがいいようにも思えた。
 戦闘服だけを脱ぎ、着替える速度すらのろのろと、カーターたちは街へ出かけた。









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