[知らせ]of [金の砂銀の砂]

kingin2_title.jpg

知らせ

「ジム、私はここへ戻るべきではなかった……」
 顔を覆い、悔しさと恥ずかしさでカーターの声は震えてさえいた。ジムはそばまで歩み寄って立ったままカーターを見下ろした。
「別にあんたのせいじゃない」
「いや、そもそも最初にこのことの口火をきったのは私だ。私がしっかりチームを率いていれば、コネリーなどを呼ぶこともなかったんだ。私がフロリダへ逃げるように行ったりしなければ――」
 目頭が熱く、ちくちくしはじめた。鼻がつんとする。泣いてしまう、と止める間もなく唇がわなないた。
 カーターの様子に驚き、ジムが肩に手をかけた。
「無茶をさせられたロイのことが心配で……。八つ当たりしてすいません」
「いつ……出かけたんだ?」
「招集がかかったのは、一週間前だった。遅くとも明日には戻るはずです。何事もなければ」
 カーターは立ったままのジムを見上げた。
 泣きそうな、情けない顔をしていると自分でも分かっていた。
「断ったんだ、コネリーの代わりに隊長に戻れといわれたとき……。隊員たちだって、あっさり辞めてしまった私を許さないだろうと……」
「隊員たちが、ほんとは誰と出動したかったのか、あんたには分からないんですか? 彼らに本当に馴染んでいたのはあんたで、ロイじゃない」
 カーターは目線を逸らし、拳を握りしめた。
「どうしたんです? 常にどこかが気楽にできているカーター少佐とは思えない」
 ジムは暖炉の前まで行くと、しゃがんで火をかき立てた。
「申し訳ない。今の発言は取り消しますよ。あんたがつらい時期だというのを忘れていた――腹は減ってませんか? デイン」
「ああ、飛行機に乗る前に食べてきたよ」
「じゃあ珈琲でも淹れましょう。俺は今夜ここに泊まる」
 カーターは頷いた。
 家の中は片付いてはいるが、あちこちにジムのものが置いてある。ロイが出動した日から、ここに泊まっているのかもしれない。
 鍵は? と、不意にどうでもいいことを考えた。
 雨に降られてホテルに泊まった日、ジムがベランダで待っていたことを思い出したからだ。わざわざ鍵を預かったわけではあるまい。あるいは、ロイはジムとここで過ごしている最中に呼び出されたのか?
 珈琲の香りに包まれたキッチンで、背を丸めてお湯を落としているジムの姿を眺めながら、その大きな身体がひどく寂しげなのに、カーターの胸が痛んだ。
 今、なぜこんなどうでもいい疑問を胸に浮かべたのか、そのことすら自分に腹が立った。

 ふたりは暖炉の前に並んで座り、火を見つめながら珈琲をすすった。
 酒を飲む気分ではなかった。一杯を飲みきっても、ジムはまたポットからお代わりを注ぎ足した。
 ジムの顔が、珈琲の香りに溶け出したように、いつもの顔に戻ってきた。
「……すまなかったな、ジム」
「文句をいうためにここにいたわけじゃないんです。あなたに対して怒ってるわけでもない。自宅にひとりいても落ち着かないんで。あなたの帰りを待っていたんです」
 ジムは、ちょっと照れたように頭をかいた。少し言葉も丁寧に戻っている。
「俺はこの仕事に就いてから、何度もつきあってきた女性にふられました。デートの途中で呼び出されたり、約束をすっぽかしたりということが原因だと、ずっと思っていたんですがね。どうもそうじゃないような気がしてきた」
「それもあるんだろうが、本当は待つのがつらいんだ。そうじゃないか?」
 カーターは、カイルにいわれた言葉を思い出した。
 どこへ行ったかも知らされない。いつ、戻るかも知らされない。生きて戻る確証もない。そういう私をただ、家で待つのがつらい、一緒に戦いたいとカイルは泣いたのだ。
 それはこの仕事の過酷さを誰より身に染みて知っていた、カイルの悲痛な想いだったはずだ。
「……こんなにつらいとは思いませんでした。現場で一緒に弾をくぐり抜けたって、もっと酷い目にあったって、こうして暖炉の前でほかほかと温もって待つよりましだ。待つというのが、どれほど苦痛か厭というほど身に染みましたよ」
 今、ロイが出て行ったことを知って、すでに尻が落ち着かないのはカーターも同じだ。互いに入れ違いで出動していくことがあったとはいえ、ただ待つ身であったことはないのだ。
「無事に戻るさ。あいつなら」
「当然です」
 俯いたジムの顔が暖炉の炎に揺れて、泣いているように見えた。

「君はここの鍵を持っているのか?」
 長い間があり、沈黙に耐えられなくなって、とうとうカーターはどうでもいいことを口にした。なにか話をしないと、部屋に響き渡る潮騒の音が切なく、ジムが泣いているのではないかと焦っての言葉は、結局そのどうでもいいようなことでありながら、カーターが気になっていたことだった。
 が、ジムは泣いてなどいなかった。
 まじまじとカーターの顔を見つめ、ポケットから見慣れた鍵をつまんで大切そうに握りしめた。
「持っていますよ。持っていることをあなたには内緒にしていたけど」
「……つきあっている、とばれないようにか?」
「まあ最初はね。単に話すことでもないだろうというのが、ロイの意見でした。でも、あなたがロイに女性の恋人がいると勘違いしてしまったから、本当に事実をいうべきタイミングを失ったというところかな。そんな話を上手にできるほど、あの人は器用に口がまめらない」
 黙ってカーターは珈琲をすすった。
 よく通る声で、滑舌良く会議で意見を述べることはあっても、私生活の部分でのロイは極めて口が重い。もともとがしゃべるのが好きではなさそうで、今、その男の仏頂面に近い顔が見たくてたまらなかった。
 いつからなのか、どういうふうにつきあっているのか、ロイも本気でジムを求めいるのか、聞きたいことは山ほどあったが、ぐるぐると頭の中を渦巻くだけで言葉にはできなかった。
「私が……ここへ住むことになって、君はどう思った?」
 やっと口に出た言葉は、心の中の疑問とはまるで違うことだったが、この男に一番聞きたかったことのような気もした。
 ジムは自分のコーヒーカップに目を落とし、ああそうですねえ、と暢気な声を出した。
「なんというか……実はさんざんロイを問い詰めたんです。あなたにそう提案したその日から、何度もね。まあ、けんかのようになるばかりだったが。あの人は、自分で決めたことに口を出されるのが嫌いだ。あれでけっこう頑固者ですからね」
「だろうな」
「自分でも分からないんだ、といってました。ただ、つらい時期のあなたを放っておけないと。一度じっくりつきあってみたいんだと」
「私にもそういった。話をゆっくりとしてみたかったといってたな」
「覚えているんですよ、あるいは思い出したか……」
「……なにを?」
「あなたが、俺とロイを養っていくと決めたことをですよ。ひょっとしたら、あなたのお嫁さんになるとかいったあたりのこともじゃないかな。唇にキスしたでしょ、あのとき」
「子供の状態だったときのことか?」
 ジムは頷いた。
「ロイはあなたに惹かれているんでしょう。どういう感情かまでは分からないが、少なくともそういった過去の出来事と、自分の気持ちを照らし合わせてみているんだと思う」
 カーターはばかな、と鼻で笑うふりをした。
「君という相手がいるんだろう? 私に惹かれているわけがない」
 ジムはじっと目の前の男に真っ黒な瞳を据え、怖いほどの光を湛えた。
「……俺はあの人に愛されていると信じている。でも、それでもあの時のあなたのしてくれたことや、ロイがあなたに対して想っていた感情がなんであるのか、ロイには不可解なんでしょう。じっくりあなたと暮らしてみて、間近に知り合っていけばそれが分かると思ったんだと思う。そして、それがもし、恋愛の感情ならば……」
「どうするというんだ? ジム、君はどうするんだ?」
 どうするかな、とジムは嗤った。
「ロイが私を選んだら、君は譲るとでもいうのか? 愛し合っているんだろうが」
 ジムは暖炉の火かき棒を手に取り、火をかき立てた。
「どうなんだ? ほんとにそんなことができるのか?」
 火花が炎に混じって舞い上がった。
「……分かりませんね。ロイが戻ったらじっくり考えることにするかな」
 その言葉で、また現実が戻った。こんなことを話している場合ではないが、だからといって身を焦がして心配し続けるのはつらい。
 すでに火は赤々と燃えているにもかかわらず、ジムは暖炉を向いたまま、火かき棒で薪をつつくのをやめなかった。
 不意に、カーターの携帯のベルが鳴り響いた。
 それが不吉な音であるかのように、ジムもカーターもそれを眉を顰めて見ていた。

 こういう場合、基地からの呼び出しにいい知らせなどないと、ほぼ断言できる。
 ふたりはジムの運転するピックアップトラックで基地へ急いだ。車を貸してくれというカーターに、ジムは自分も行くといいはったのだ。
 やはり、ジムも不穏な予感がしているのだろう。
 お互いに交わす言葉すら忘れたように、押し黙ったまま車の走るのにまかせた。
 古ぼけたシールズの建物から地階に下りるためにエレベーターに乗り込む。ドアが開くと、地上からは想像もできない、すっきりとした清潔そうな空間が広がる。
 正面の受付の兵士に身分を告げ、賜っていますとドアを開けてもらうと、中はハイテクの機械がぎっしりと詰まった作戦本部である。

 バーク准将が、正面の大スクリーンに映し出された地図を睨みながら渋い顔で立っていた。他に、階級が上の人物が二人ほど控えており、あとはコンピュータやあらゆる機械に精通したそれぞれの持ち場に座ったスタッフが十名ほど。
「カーター少佐」
 ドアが開いた気配に、片手を上げてバークが合図した。
「ジムも一緒か?」
「すいません。運転してくれたもので」
 カーターが申し訳のようにいうと、ジムは硬い表情でバークの前に立ち、敬礼した。
「まずければ、出て行きますが」
 挑むようなジムの視線に、バークは軽く首を振った。
「いずれ君にも来てもらうつもりでいた」
 ジムはスクリーンを見ながら壁際に移動して、控えるように立った。
『こちら、ペガサス2』
 無線が鳴り響き、ノイズ混じりの声が聞こえた。ゲーリーの声だ。
『当初の出迎えの指定場所へは行けない。周りに敵がうようよいて、身動きがとれない。山狩りの様相になってきた』
『わかった。どこへ移動したらいいか、検討して連絡する』
 了解、と無線が切れた。
「准将、珈琲を」
 下士官がマグを三つほど乗せたトレーを持ってきて、バークとカーターに渡した。それを受け取って一口飲んでいる前で、バークは手を振って下士官を下がらせた。
 ひどく気むずかしい顔をしている。そのまま下士官はジムにも珈琲を渡してから奥へ引っ込んだ。
 ペガサス1――つまり、隊長であるロイはなぜ連絡をしてこないのだ? と不意にカーターは気になった。
 こういう時、大抵は本部との連絡は隊長の役目のはずだ。
 そして、バークがきつい眼差しをしているくせに、その瞳が潤んでいることに気づいた。
「……ロイはどうしたんです? みんなと一緒じゃないんですか?」
「ホイットモアが、捕まったんだ」
 どきん、と心臓が喉元までせり上がった。ジムもカップを口につけることすらせず、聞き耳を立てるように視線を向けている。
「で?」
「ロイは、ホイットモアを救出するために敵の巣に入って行った。コムスキーとふたりで」
「……なんですって?」
「銃声がして、侵入者を撃った、と中から敵の兵士が出てきて外にいる仲間に伝えるのをゲーリーが聞いている。その後、激しい銃撃の音の後、敵の陣地である建物が爆発し、炎上した。今は、周りを固めていた連中が追われていて、それを誘導して救い出すことを検討しないといけない」
「で、中の三人は……爆破は彼らがやったんでしょう?」
「……ホイットモアも、コムスキーもフォードも……」
 死んだ、という言葉を飲み込むようにバークは唇を噛みしめた。
「出てこないままらしい。私は残りの連中に、撤退を命じた」
 殺気に似た気配を感じて振り返ると、ジムが蒼白な顔でこちらを睨んでいた。
「ジム……」
 ジムは一言も発さず、立っていた場所を動こうともしなかった。
 ただ、体中が石にでもなったように硬直し、恐ろしいほどの怒りを漂わせて、いつもの二倍にも大きく見えた。









硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

金の砂銀の砂第二部

金の砂銀の砂第三部

僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評