[別れ]of [金の砂銀の砂]


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第二部 別れ

 カーターが出張してしまってから、ジムはやはり平日のロイ宅への訪問をひかえるしかなかった。
 不思議なもので、ロイがひとりでいるのだと思えばそれほどに心乱れることもなく、落ち着いた毎日が戻ってきたかのようにかつての日常が甦った。
 やはり相当に嫉妬心に苛まれていたらしい、とジムは苦笑するしかない。
 無理はさせられない、という冷静な判断も戻り、ロイを困らせるようなことは起こさなかった。
 だからジムは、相変わらず週末を待ち望んだ。

 金曜日の深夜――
 すでにジムはすっかり満足してベッドにいた。
 招集の文字がロイの携帯に点滅したとき、ジムも自分のそれを開いてみた。
 だが、ジムに呼び出しはかかっていない。
 不思議そうな顔をしているジムに、ロイは携帯を手に、二、三度深呼吸をするようにそれを見つめている。
 下腹部が上から被さったままのジムを押しのけるように起き上がろうとして、よろめくロイをジムは支えた。
「行かないと……」
「俺は呼ばれてないぞ」
「だったら、将校だけの会議ってことかもしれない」
 そういうことは、ままあることだ。
 ジムだけが呼ばれることはそうはないが、ロイたち将校は明らかに勤務日数が多い。
 やっとのことベッドを下りたロイを、ジムは支えるようにしてバスルームへ行った。
 すっかり蕩かされて、意志にままに動こうとしない身体にシャボンを泡立て、ふたり一緒にバスタブでお湯を浴びながら、ロイはすでにさっきまでの思考すらしていなかったような顔を、すっかり引き締めている。そうして、眉を顰めて唇を噛んだ。
 恐れていたことが起きた――その顔はそんなふうに見えた。
 金曜の夜を堪能し尽くしたジムにとって、それは無言の抗議のように思えた。
「ロイ、すまん」
 恐る恐る伺うと、ロイは口元に微笑みを浮かべて見せ、「大丈夫だ」と頷いた。
「ジム、おまえが謝ることじゃない。これは覚悟していたことだろう?」
 お湯を浴びたせいで、少し気力が戻ったようにロイはタオルを使い、ベッドルームに入っていった。
 ジムも後から続き、自分の衣類を身につける。
「おまえは寝ていていい。行ってくるから」
「送る」
 ジムが断固とした顔でいうのを、ロイは黙って見つめ、頷いた。
「じゃあ頼む」
 よほど堪えているのか、ロイは基地までの三十分ほどの道のりを眠り込んだ。こんな時間から会議なら、朝まで眠ることができないかもしれない、とジムも極めて穏やかな運転を心がけた。
 基地に着くと、一般兵士用の駐車場にゲーリーやホイットモアの愛車がずらりと並んでいた。
「コネリーのチームはなにかあるのかな?」
 ロイは、さあ、と知っているのか知らないのか分からない曖昧な返事をしただけだった。
 ジムがそれらに目を向けながら建物により近い将校用駐車場へ車を駐めると、ロイはさっさと下りて手を振った。基地の駐車場には将校だけ、というわりには、ビリーの車は見えなかった。

「ジム、送ってくれて有り難う」
「ああ。終わったら連絡をくれ。迎えに来るから」
 分かった、という返事はすでに建物の中に消えたロイの余韻のように届いた。
 車をスタートしかけて、コネリーチームが集まっているというのに、コネリーの車がないことにジムは気づいた。
 そういえば、数日前からよその州の基地に研修へ出かけていたんだっけな、と思い出し、だったらなぜチームの隊員たちだけがいるんだろうと不思議に思った。

 気になってエンジンを止め、ロイが消えた建物の中に入っていく。
 本来、通常勤務が終わって人気がないはずの室内は、人は少ないもののなんとなくざわめいている気がした。
 ロイの姿も、隊員たちの姿もない。
 ジムは不審に思う気持ちにせかされるように、日頃は立ち入り禁止になっている区画へ入っていく。いつも、出動や疑似訓練が行われるときに集められる奥まった部屋だ。案の定中がざわめいて、大勢の人の気配がする。
 その扉の前で逡巡しているとき、司令官のひとりが早足で歩いてくるのが見えた。
「ホーナー」
「中佐。こんな時間に、どうしたんです?」
「君には呼び出しはなかったはずだが」
「……分かってます。フォード少佐を送ってきたので。で、これは……」
 中佐は頷いただけでなにもいわず、室内に入っていった。
 ちらりと覗いたドアの隙間から、ゲーリーたち隊員の座っている姿が見えた。おそらくロイもいるのだろう。
 だが、なぜ? とジムは思った。
 なぜ彼らの隊長でもないロイがここへ呼ばれたのだ?
 その答えは、足音高くやってきた人物の顔で、ほぼ検討がついた。
「バーク准将」
「……ジムか」
 なぜここに? という顔すらせず、バークは少しだけ歩調を緩め、それからジムの隣に立つと足を止めた。
「コネリーチームはこれから出動する。他言無用だぞ」
「分かっています。でも、コネリー大尉は留守なのでは?」
「ロイはもう来ているんだろう?」
「じゃあ、ロイがコネリーの代わりに?」
「今、他に誰もおらん」
 ジムは脇に垂らした拳を握りしめた。
「……だったら、俺たちが行くのに」
「君たちは先日も出動したばかりだ。無理はさせられん」
 確かにそうだが、とジムは思った。けれども、それはロイだって同じなのに。
 こうして呼ばれて、結局は訓練の一環だった、ということはままある。だが、今回はそうではないという予感がジムを離さなかった。
 それならば、代理を立てるまでのことはないはずで、バークがこんな緊張した面持ちでいる必要もないはずだ。
「無事を祈っていてくれ」
 バークはそれだけいうと、ドアを開けて部屋へ入っていった。
 閉まる寸前に、ロイの顔が見えた。
 くたびれてなどまるでない、という顔をして全体を見ましている顔は、普段のロイと変わりはない。
「ロイ……」
 呆然と立ったままのジムの目の前の扉が静かに開き、愛しい顔が現れた。
「ジム、行ってくる」
 穏やかな顔と同じ、落ち着いた声でロイは囁くようにいい、それからふっと微笑んだ。天使のように、すべてを平静に受け止めている、それはそんな表情にも見え、ジムは返事を飲み込んでしまった。
 はっと我に返って、名前を呼びかける前に扉は閉ざされた。

 ――そんな顔をしないでくれ、俺が一緒に行けないというのに。
 もっとつらそうな、苦しそうな顔をしてくれ。愚痴のひとつもいってくれ。
 悟ったような、まるで死にに行くような――そんな顔で行かないでくれ。
 ジムは頭を振った。
 どんな場面でも離れない、と誓っていたジムは、今自分だけが取り残されたことを知った。
 幾度振り払っても、この扉は、別れの扉だという声が頭に響いて離れなかった――


 飛行機の最終便でカーターはノーフォークへ戻った。
 小さなジェット機で小さな空港に降り立ち、都会の喧噪など知らないかのような低い建物が続く長閑な町並みをタクシーで走った。
 すでにあちこちの家にクリスマスの飾りが施してあるのを見て、時間のたつ早さにしばし思いにふける。
 やがて町並みの向こうに潮の気配がして、最初に訪ねたときのように、ロイのビーチハウスの前に下りた。
 駐車場にロイのジープとジムのピックアップトラックが止まっていた。
 家の灯りはついており、人のいる気配がある。カーターは一瞬足を止め、このままホテルに行くべきかと逡巡したが、タクシーはすでに去ったあとだった。
 ふたりの邪魔をするのではないかと思ったが、仕方がない。ワシントンにいては不動産屋との交渉もままならず、カーターがいくところは他にないのだ。
 硝子の並んだベランダ側のドアが開き、大きな人影が出てきた。ジムだった。

「デイン、おかえんなさい」
「やあジム」
 家の中は暖炉が燃えており、ほっとするような温もりを見せている。季節がかなり冬よりになったことを実感させた。だが、ロイの姿はなかった。キッチンを覗いても灯りすらついてはいない。
「主は留守か?」
 暢気な顔をして部屋を見回しているカーターを、ジムは硬い表情で見つめた。
「……なんだ?」
「あなたは、もうチームへ戻る気がなかったんですか?」
「なんだ、いきなり」
「いや。すみません。どっちにしても出張中でいなかったんだ」
「なにを怒っているんだ? ジム」
 ジムは立ったまま、無意味にあたりを見回した。
「ジム、なにかあったのか?」
「ロイは、コネリーの代わりに任務に出ました。コネリーのチームを率いて」
 なんだって? と、カーターは手に持っていた荷物のすべてを床に下ろした。
 ワシントンで買ってきた、有名店の菓子の入った紙袋が倒れ、中から丸い箱が転がり出た。
「連中が……隊員たちが、そう望んだんです。フォード少佐となら出られると。バーク准将が、命令を下す前に隊員たちと話をした。でなければ、全員が離隊すると決断していたそうです。コネリーはその前になにも知らないまま、研修へやらされた。」
「……なぜそんな……ロイが行くなら彼の手足になる君たちだっているのに」
「いったでしょう? 連続ではきついと。我々はつい先日も、任務をこなしたばかりだ」
「だったら、ロイだって同じだろう?」
「他に指揮がとれる人間がいますか?」
 カーターは黙った。
 それほどまでに、切迫した話だとは思ってもいなかったのだ。コネリーを諭し、もっと時間があるものだとどこかで暢気に構えていた。

“でなければ――”
 バーク准将が、カーターと話をしたときにいいかけた言葉が耳をよぎった。
 カーターがチームの隊長に返り咲く話を、それとなく断ったときの、呟きだ。
 チームに戻らないのであれば、当分ロイがふたつのチームを率いることになるぞと、彼はいいたかったのだ。
 古参の副隊長も怪我でいないあのチームを。
 本来のロイのチームの負担を減らすために。
 だったら、ロイは?
 この場合、指揮官の負担は考慮に入っていないのか?
 責任の重圧に押しつぶされそうな任務に、立て続けに出されたロイの負担は――
 この国の海軍に、こういうチームはいくつもあるのに、作戦内容によっては――あるいは政治的な絡みも含めて――どうしてもこの基地から出さねばならないことがあることは分かっている。
 けれども……。
 責める相手が違うな、とカーターはソファに崩れるように腰を落とした。
 肩から力が抜けていくようだ。責められるべきは自分だ。
 バークが求めていたにもかかわらず、それをあっさり蹴って、逃げたのは私なのだ、とカーターはがっくりとうなだれた。










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後日憚―哀しみの追憶―

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Pは××のP

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