[つかの間の凪]of [金の砂銀の砂]


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つかの間の凪

「デインがワシントンDCに?」
 ジムが聞くと、ロイは頷いた。
 ビーチハウスに押しかけるようにしてやってきたジムに、ロイは不機嫌な目を向けたままそう告げた。
 ドア口に立ったまま、ジムはロイの座っているソファを見ていた。いつものように気軽に入ることができずにいる。
「そうだ。ひと月は戻られない」
「ひと月か……」
「その間に、家も見つかるだろう。不動産屋から、何件か電話が入っているが、携帯にかけるように取り次いでいる」
「じゃあ……」とジムはほっとしたように言葉を漏らした。
「じゃあもう、ここには戻らないかもしれない可能性もあるってことか」
 ロイは聞こえなかったかのように返事をせず、ソファの背もたれに頭を仰け反らせた。
「ジム、聞いたとおりだ。俺も今夜は早めに休む。もう帰ってくれないか?」
「怒ってるんだな? 夕べのことを」
 怒ってはない、とロイは息をついた。
 とりあえずカーターが出張してしまったことで、この同居生活にピリオドが打たれつつあるのは確かだ。まだ家が決まったわけではないにしろ、しばらくの猶予のうちにそれも片がつく可能性は高い。

「ジム……おまえにとって、俺はそれほど浮ついた人間に見えるんだろうか?」
 ロイが醒めたような声でいった。
「浮ついた……なんて思っているわけがないだろ? なんだってそんなことを……」
「おまえは俺を信じてない。たかがしばらくの間デインがここに住むというだけで、生活がおかしくなったのは、半分はおまえのせいでもある」
「それは……」
 ジムは返事に困った。
 嫉妬に狂ったように、さんざんロイを困らせたのはまぎれもない事実だろう。特に昨日昼間の訓練場での、カーターのさりげない告白はジムを狂わせてしまった。寝ぼけて落ち込んで、ついロイにキスをしたという――
「今夜も抱くか? ジム」
 はっとジムは顔を上げた。
 だがなぜかロイの座るソファに近寄れないまま、その真意を推し量る。
「おまえがそうしたいなら、明日も明後日も、毎日だって好きにすればいい。そのうち俺は重大なミスを犯すか、あるいは訓練中にぶざまに倒れるかだ」
 それがいいたかったわけだ、とジムはやっとロイのそばまで歩み寄った。
「それに関してはすまないと思ってる。でも、あんたはほんとに嫌だったのか? 夕べは確かにひどいやり方をしてしまったが、それでもあんただって――」
 逆らうこともせず、ジムの与える快楽にどっぷりと溺れてしまったじゃないか、とまではいわなかったが、決してレイプまがいなことをしたつもりはない。
 敢えて強気の言葉を吐いてみたジムに、ロイはいつものように睨むかと思っていたのに、力なく瞼を落とした。
「そうだ。俺はそう望んでいるのかもしれない」

 ロイは、疲れた口調で続けた。
「俺のどこかが、狂ってしまってるようにおまえを求めている……」
「だったら素直にそれに従えばいいことじゃないか。ロイ。もう夕べのような無茶はしないと約束する。あんたが週末だけなんて限定しなければ、かえって穏やかにいくのかもしれん」
 そうだろうか? というような疑わしげな上目遣いの目を向けた。
「今じゃ喫煙者ってのは、どこでも煙草を吸うことができずに、自宅まで我慢しているそうだ」
 いきなりの話題の変化にロイは眉を顰めたが、ジムはかまわず続けた。
「するとな、家で吸う本数が、今まで一日に吸っていた量を超えるほどになるんだそうだ。我慢している反動でな」
「……喫煙と一緒にするな」
 呆れたようにロイが呟いた。
「まあ、俺の例えなんていつもこんなもんだ。けど、そう思うと分かりやすいだろう? 我慢を強いられなければ俺にだって理性はある」
 呆れた論法だ、とロイはため息をついた。
「でも、今夜は無理だ。ジム。それを試すならまた別の日に。眠くて死にそうなんだ」
「だったら、ここにいたい。そばで眠るだけでいい。ほんとうだ。俺だって昨日体力を使い果たした。だから、今日は泊まってもいいか?」
 ロイはしばらく黙っていたが、やがて諦めたように頷いた。
「嘘をついたら、どうする?」
 ジムは笑って誓う、と告げた。相当信用がないらしいが、それも無理はない。
「じゃあ、早めに食事をして、さっさと寝ようぜ、ロイ」

 ジムはロイを放ったまま、キッチンへ行って冷蔵庫を開けた。
 食材に不足はなさそうだ、と吟味しながら簡単なスープとサラダを手早く作る。
 リビングにはニュースが流れていた。
 読書する元気もないらしい、とジムがポテトを潰しながらリビングの様子を窺うと、ロイはソファに横になって眠っていた。
 ジムは自分の上着を掛けてやり、そのそばの床に座り込んだ。
 こういう日を、何度も過ごした。
 逆にジムが寝込んで、ロイが料理が冷める、と怒りだしたことだってある。それを週末だけでなく、やりたいと思っているだけなのだ。
 そういう他愛もない、ごくごく普通の関わりをジムは望んでいる。
 いつもいつもガマガエルのように欲情しているわけじゃないんだぜ、とジムはその穏やかに眠る顔に囁いた。
 眠っていたはずのロイの手が、ジムの首に回された。
 そのまま頭が寄せられ、胸元にロイの寝息が感じられた。
 その温かさに、ジムは涙が出そうになったが、カーターの本らしいミステリーがテーブルの端に乗せられたままなのを見て、少し胸が痛んだ。
 彼がいなくなったことを単純に喜ぶとは、薄情なもんだと自分が嫌になる。

「デインは、今頃ひとりでなにをしているんだろう」
 寝ていると思っていたロイが呟くようにいった。
「心配か?」
「心配だ。けっこういろんなことが堪えているという気がする」
 ジムも、素直に頷いた。
 そうして、カーターにはもう、こうして腕を回して頭を寄せてくる相手がいないのだな、と改めて思った。
 

 ホテルに戻ってひと息いれたあと、毎日のように携帯電話を開き、カーターはそれを見つめた。ロイの番号を呼び出したものの、発信ボタンを押すことなく閉じることを、もう何度も繰り返しては携帯を閉じる。
 今頃ジムと、穏やかに食事でもしているのかもしれない、一緒にシャワーを浴びてあの大きなベッドにいるのかもしれないなどという想像がよぎるたび、自分のばかさ加減に苦笑する。
 その苦笑はまさに苦く、すぐに唇は凍り付いたように歪んで閉ざされた。
 あの夜の、彼の柔らかな唇の感触を思い出しては「俺はどうすれば?」と問いかけたロイの顔が浮かんでカーターは毎晩寝付けなかった。
 ジムと愛し合っているとはやはり思えない、とも思い直す。
 そのラインを超えそうになるほど、理解し合い、互いに心を許しあってはいるのだろうが、現実に肌を合わせるようなことはないはずだ。できないだろう、と思う。
 しかもジムはロイの部下だ。あの、間に溝を挟んででもいるようなふたりの関わり方がそれを物語っている気がした。

 清廉潔白を絵に描いたようなフォードという人間が、思ってもいなかった屈辱を味合わされ、死ぬほどに苦しんだ時期を知っているだけに、それは極めて当然のことに思えた。
 ただ、カーターとカイルの関係に驚かないところをみると、男性同士の関わりを嫌悪しているのでもなさそうだ……。
 偽りだ、とどこかでもうひとりの自分が囁いた。
 ロイが帰ってこなかった夜、なにがあったのか、映像すら浮かぶほどにカーターには分かっている。
 ロイはカイルとは違うし、邪魔をしているのはむしろ自分であって、ジムではない。なにをこう、悶々と考えているのかと思う。
 ただ、かつて彼のパパとママという立場になろう、一緒に三人で暮らしてロイを守っていこうと決めた、その三人の輪から自分だけがはずれ、ママであったはずのジムは恋人になり、カーターはやっとロイの友達に昇格した程度の関係であるということが悲しかった。
 離れたのは自分だ、と分かっている。
 ロイを恐れ、ある意味ライバル心すら抱いて敬遠したのは自分の方だと。
 敬遠したといういい方は、多少誇張がすぎるが、きちんとした将校に戻ったロイには手助けなどもう必要ではないと判断したのだ。当時のカーターは男に好意以上の愛情を注ぐことなど、思いつきもしなかったし、ロイが愛しかったのはひとえに頼りなく幼い様子を見せられただけで、元に戻ったロイに誰かが必要なはずだなどとは考えもしなかった。
 ジムは違う。
 傷ついたロイをひたすら庇い、子供になったらママになり、そして立ち直ったロイを恐れるでもなく、どういう彼であろうとも離れようとはしなかった。
 最初からなんの勝負にもなってはいないし、勝負する気もあるわけではない。
 カイルのために泣けないんだ、といったばかりのその口で、ロイになにかを囁くことなどできはしない。
 それでも―― 
 ロイのことを考えるたび、もうひとりの顔が浮かび上がる。
 カイルをないがしろにしているようで、そんな自分がひどく冷酷な人間に思える。 
 死んでしまった人間は、生き残ったものの中でしかもう、存在することはできないというのに。
 けれどもその生きている人間も、死んだものばかりを想って生き続けていくことはできない。それはある意味ぐるぐると巡るメリーゴーラウンドのような葛藤だ。
 後生大事に持ってきていたラップトップを開いては、詮ない言葉を綴り続けた。
 深夜遅くまで仕事を、あるいは新しく出会った気の合う連中と飲んだりして、寝不足になると思いながらも、カーターはそれに思いの丈をぶつけることで気持ちを発散させるしかなかった。












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後日憚―哀しみの追憶―

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ロイとジムの映画評