[まよい]of [金の砂銀の砂]

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まよい

 バーク准将に呼ばれて、カーターは彼のオフィスに入って略式の敬礼をした。
「まあ、座れ」
 ソファを示されて、大きなデスクの前にあるそれに腰掛けると、バークは窓を背にしたデスクに座ったまま、「チームに戻ってくれ」と告げた。
「……でも、コネリー大尉はどうなります?」
「あらましは聞いているか?」
 多少は、とカーターは呟いた。
「我々はチームだ。チームというのは、全員の心がひとつでないと機能しない。コネリーにはそれができないと判断した」
 だが、まだ半年しか在任していないのに? と問い返すと、バークは渋い顔をした。
「その半年で、正式な出動が一回。その一回で、束ねていたはずの糸が切れてしまったんだ」
 私たちチームを率いる立場にいるものは――バークは続けた。
「任務の成功を百パーセント、そして隊員たちの命を守ることを百パーセント、物事に二百パーセントなどといういいかたはしない。だが、それをやらねばならないのが難しいところだ。結果的に全員を連れて帰ることができなくても、その過程を隊員たちは見ている」
「もう一度、コネリー大尉にチャンスを与えてみたらいかがです?」
「話なら何度もしたが、分かっているとは思えんのだ。あいつも意固地になっているようで、信念を力説しても、反省は見られない。この問題で、いつまでもチームをばらけたままにしておくわけにもいかないだろう」
「私も、着任した当初は苦労しました。行き過ぎの行為があったとはいえ、彼はまだ日が浅い。今回のことで足下がぐらついていると、分かってはいるでしょう。少し考え直して行くのでは……?」
 ふうむ、とバークは唸った。
「実はロイも同じことをいっている」
 でしょうね、とカーターは頷いた。
 切って捨てるのは簡単だが、ロイなら捨てる前に必ずチャンスを与えようとするはずだ。
「本当なら、君には私の後についてもらうための準備をしてほしかったんだが、もうしばらく……それこそ、新たな隊長候補をゆとりを持って鍛えることができるまででいい。チームに戻って欲しいと私は思っていたんだが……」
「ですが……」カーターは口ごもった。「私も結局は、彼らのことなど考えずにチームを離れたんですよ。いまさら隊員たちが受け入れてくれるとは思えません。同じことですよ、准将」
「そうではない。君は好かれていたし、信頼も得ていた。ジムにそれとなくあたってもらったが、彼らは君の復帰を望んでいるぞ」
 カーターは唇を噛んで、うなだれた。今こそ、チームを離れたことを後悔した瞬間はない。
「すみません。あまりに急で……私はまだ、喪中なんです、准将。家族ではないとはいえ。あなたの補佐という仕事ですら、満足にできているとはいい難い。できれば少し時間をいただければ……」
「そうだったな」
 バークはため息をつき、しばらくカーターから目線を落として机を見つめていた。
「わかった。もう一度コネリーとよく話し合うことにする。隊員たちとも。君もよく考えてほしい。だが、確かに少しことが性急すぎた。いや、実にタイミングが悪いともいえるな。とにかくなんとかしないといかん……」
 でなければ――と、バークは口ごもった。
「でなければ?」
「なんでもない。とにかく君たちの意見は了解した」

「カーター少佐!」
 食堂へ行くと、かつての部下であったゲーリーと、ホイットモアがテーブルから呼びかけてきた。ホイットモアは、赤毛で大柄な身体を弾ませるように手招きした。
「ああ、そこ空いてるか?」
 どうぞといわれてトレーを運んで行く。
「もう訓練には参加されないのですか?」
 すでに食べ終えて、コーラを飲みながら陽気なホイットモアが聞いてきた。
「してるよ。フォード大尉のチームに時々混じらせてもらってる」
「なんでうちに来ないんです?」
 ホイットモアの質問に、端正な顔をしたアフリカ系のゲーリーが肘でつついた。「うちの隊長があれだからだろ」
 カーターは苦笑し、そのとおりだと答えた。
「彼にしてみれば、やりにくいさ。フォードのように長年一緒に過ごしたわけじゃない。しかもかつての隊長となれば、目障りだろう」
「だよなあ。せこいやつだからさ」
「案外、恐れてるんじゃないかな。カーター少佐が自分にとって代わるんじゃないかってさ」
 その会話に加わるわけにはいかないので、カーターは黙ってスープを含んだ。
「少佐、あなたが戻られたのは准将の補佐ということで、もう現場には戻られないんですよね?」
「今のところはそうかな」
「あ~あ」と、ホイットモアはナイフとフォークを置いた。ゲーリーは葉巻に火をつけ、食事中のカーターに気づいて慌てて消した。
「少佐、准将にお話していただけませんか?」
 ひどくきまじめな顔で、ゲーリーが正面から見つめた。
「なんだ?」
「あなたが辞めた理由は知らないが、まだまだやれるはずでしょう? だったら臨時でもいいから戻って欲しい」
「そうですよ、みんなあなたを見たときそれを期待したんだ。人事が簡単じゃないのは分かってますが、その意志があることくらいは上に伝えてくださいませんか?」
 カーターはなにも答えることができなかった。
 その意志がない、とたった今さっき准将に話してきたことをいえば彼らはなんというだろうか。
「我が儘をいうな。今の隊長と折り合いをつけてきちんと仕事をこなせ。子供じゃないんだから」
 結局ゲーリーは葉巻に火をつけ、無言でくゆらせている。ホイットモアはなにかいいかけたが、ゲーリーに目配せされて黙った。
「すまん、私に今できることはないんだ」
 ふたりは渋い顔をして頷いた。

 訓練が終わって、みんながシャワーに引き上げた後、カーターはひとり木陰に寝ころんでいた。デスクワークの暇を見つけては、訓練に参加していたが、それももう必要ないことのように思えた。明日からは、もう訓練着を着用することもあるまい。
「少佐」
 ジムが暢気そうな顔でやってきた。まだ、シャワーを浴びていないらしく、黒い訓練着のままだ。
「やあ」
「へたばってますか?」
 カーターは笑った。
「気持ちがな。なにをしても、身が入らない。少し休暇でも取ろうかと思い始めていたところだよ」
「休暇か……それもいいかもしれませんね」
 野外訓練場へ行っていたらしいトラックが入ってくるのが見えた。コネリーのチームの何人かが気づき、こちらに手を振っている。
 カーターは片手を僅かにあげ、彼らに応えた。
「あいつらも、なんだかんだといいながら、ちゃんと訓練を行っているみたいだな」
「訓練はね」
 隣に座ったジムの皮肉の混じった返事を聞かないふりをして、カーターは身体を起こし、膝を抱えて座った。
「家はまだ、見つからないんですか?」
「ああ、ウエブとかでも当たってるんだが、なかなかここというのがなくてね。でももう、そろそろどこかへ決めるべきだろうな。そこへ越してから、新たに見つければいいんだ。どうせ仮の宿なら、ジム、君のところのアパートはどうだ? 空いてないか?」
 ジムはあそこですか? と笑い出した。
「少佐殿が住むような場所じゃありませんよ。寝室はひとつっきりだし、死ぬほど狭い。ほんとなら俺だってもう、出てないといけないくらいの独身専用アパートなんだから。それに今は満室のはずです」
「じゃあ、宿舎に仮住まいするか」
 ジムは怪訝な顔をした。
「ロイのところが居づらいんですか?」
 カーターはまじまじとジムの顔を眺め、本来いうべきではないだろうことをいってみたい気分になった。
「キス……してしまった」
 ぽかんと口を開け、ジムは瞬きをした。
「誰が、誰に――」
「あの家に住んでいるのは、ふたりしかいないだろう?」
「あなたが、ロイに?」
「ああ。ゆうべ寝ぼけて……いや、寝ぼけてたっていうか、どうかしてたっていうか」
 そりゃまた……と、ジムは遠くへ目をやった。微かに眉が顰められているが、予想に反して怒り出したりはしなかった。
 代わりに気の抜けたような言葉が漏れてきた。
「……好き……なんですか? あなたはロイが」
 ジムの瞳に浮かんだ、不可思議な色をカーターは探るように見つめた。
「いったろう、私はおかしかったんだ」
「で、ロイもそれを大人しく受けた? それとも押さえ込んだんですか?」
「受けたっていうか……」カーターはそのときの、あの青緑色の無表情な瞳を思い浮かべた。「平然とした顔をして、俺はどうすれば? といわれた」
 ジムはますます呆れたような顔をした。
「どうすればって……? じゃあどうしてほしい、といえばそれに従ったとでもいうんですかね? 相変わらず、分かりにくい人だな」
「変わってるな。厭だとも、いいともいわずに。……ここしばらく、私はどうもおかしな夢ばかり見るんだ。あいつが子供に戻ったときの、あの頃の。これまでそんなことはまったくなかったというのに、おかしいだろう? そのせいで、混乱してしまったのかな」
 ジムはあの頃ですか、とカーターの顔を見つめた。
「もうずいぶん昔の話で、その後の元気な姿を延々見ていたはずなのに? 寝ぼけてカイルと間違えたんじゃないんですか?」
 かもしれない、とカーターは答えた。
「だから、もう一緒にはいないほうがいいんじゃないかと思えてしまって。彼も自分の生活ができなくて、不自由させているはずだ」
「ロイが、あなたを家に招いた理由を聞きましたか?」
「少し話がしたかったといっていたな。過去のお礼のつもりか、と聞いたんだが」
「ロイは……」
 ジムは開きかけた唇を閉じた。大きめの口をすぼめるようにして、ひどくきまじめな顔をしている。
「あなたが好きなんじゃないですかね?」
「嫌われてはないだろうけどな」
 カーターは笑いに紛れた返事をしたが、ジムは笑わなかった。
「嫌い……というよりもなんともない相手なら、キスされて黙っているはずがない。受け入れられないにしても、拒めないなりのなんらかの理由があるんだと俺は思う」
 カーターはジムの目を探るように見た。
「きっと、自分の気持ちを探っているんでしょう。なにがどうなのか、論理的にまとめないと気が済まないのかも」
「君はそれでいいのか?」
「俺? 俺はロイじゃない。あの人の心の裡まで読むことはできませんよ」
 ジムは立ち上がり、手を伸ばした私を引っ張り上げた。
「そして、あなたも探ったほうがいいのかもしれませんね」
 まるで、ジムらしくない含みのある言いぐさに、カーターは戸惑った。ふたりは、カーターが来たことで揉めているというわけではないのだろうか。
「私が変わったと君はいったが、君もずいぶん変わった気がする」
 ジムは背を向けてすでに歩き出していた。
「俺は昔のまんまですよ」
 ジムの声が風に流されて消えた。

 ――そしてその夜、ロイは帰ってこなかった。










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