[葬儀そして再開] of [金の砂銀の砂]


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葬儀そして再開

 葬儀は粛々と執り行われていた。
 真新しい棺の上に、国家の旗はかけられてはいない。
 葬送のラッパを奏でる隊列もない。
 ここで眠っているのは、もう兵士ではなく、病に苦しんで神に召されたものだから――。

 墓を取り囲んでいるのは、ほんの数えるほどの人間だけだ。
 十人いればいいほうだろう。
 故人には身寄りが少なく、すでに肉親と呼べる者はひとりもいなかったが、この地で新たに仲良くなった友人たちに見送ってもらえただけでも有り難いことだ。

 デイン・カーターは磨かれた棺の前にたたずみ、そんなことばかりを考えていた。
「神よ。カイル・デミに安らかな眠りを与えたまえ……」
 神父が十字を切ると、棺が滑車によって持ち上げられた。これから、深く掘られた墓穴に沈んでいくのだ。

 カイル・デミは五つほど年下ながらもカーターのチームの頼れる狙撃手だった。
 天才的と噂された銃の正確さと、若いくせに気配りのいい性格が常にチームを見守り続けた。だが、こういった白兵戦にありがちな運命が、あっという間にカイルを捕まえ、腹部を数発も撃たれたカイルは、二度とチームに戻ることはできなかった。
 臓器に負った傷は、生きていくのに精一杯の機能しか働かず、僅かな無理でもたたった。医者からは、絶えず健康に気を使うように諭された。
 たくましかった身体は誰よりも華奢な、病人独特の弱さを全面に見せていた。両親をすでになくしていたカイルは、軍を引退したあと一人暮らしを余儀なくされていた。
 支給される年金や保険料で生活はなんとかなるとはいいながらも、カーターは彼をほってほけなかった。彼が思春期の頃、両親は事故死しており、孤独だということは知っていたからだ。
 カイルを友情から引き取って一緒に暮らし始めることに、躊躇いはなかった。だが、カイルはそれ以上の感情をカーターに向けてきた――。

 カーターは、やっとあたりに目を向けた。
 ずっと棺だけを見て、俯いていたために、そこに海軍のドレスブルーのスーツを発見したとき、少なからず驚いてしまった。
 袖口の派手な金の縁取りが――二本の筋の間に細い一本の線が入り、その持ち主が自分と同じ「少佐」になったことを物語っていた。ただでさえ目立つ出で立ちなのに、その男は墓場であるにもかかわらず、清々しいまでの雰囲気を身にまとっていた。
 その少し斜め後ろに控えるように、同じくスーツを着込んだ金の飾りのない大男も目に入った。
「……ロイ。来てくれたのか? ジムも」
 すでに涙は出ていない。
 カイルと暮らし初めてから、こうなる日を何度も何度も預言されていた。カーターの涙はとっくの昔に枯れてしまってでもいるかのようだった。心は落ち着いている。
 カイルはもう、神に召されていないのだ。泣いたって戻っては来ない。
「カーター少佐……。お久しぶりです。このたびは、本当に……」
 こういったとき、社会の規定で決められている言葉を安易に吐くことができずに、ロイは言葉をとぎらせた。この男らしい、とちょっと微笑みかけさえした。
 きわめて論理的に生きているように見えるのに、ロイ・フォードという男は本当はとても不器用なのだろう。
「残念なことでしたね、いいやつだったのに」
 ジム・ホーナーが飾らない言葉で、口の重い上官を補った。曇り空ですら、明るくしてしまうような、大らかな気配にカーターは本当に微笑んだ。
「バーク准将は、ちょうど留守で、来られないことをわびて欲しいと伝言を預かりました」
 ロイの言葉に、カーターは頷いた。かつての直属の上司からは、電話でお悔やみを受け取っていると応えると、ふたりともが申し訳ないような顔で頷いた。
「来てくれて嬉しいよ」
 実際、カーターは心から嬉しかったのだ。

 デイン・カーターが、長らく身を浸していた、自分の生活の一部とさえ想っていた特殊部隊のチームを辞めたのは、半年ほど前のことだ。入隊したときから、途中で辞めるなど想像すらしていなかった。
 運命、という言葉が自分を捕らえたと思ったとき、カーターは素直にそれを受け入れることにした。彼にはそんなところがある。
 なにかに執着するとか、芯となるものを抱え続けるということが意外にできない質なのかもしれない。
 カイルと共に暮らそうと思ったら、不意に出動や待機を命じられる特殊部隊に居続けるわけにはいかなかった。
 その激務を身をもって知っているカイルは、平静に留守をすることができなかったのだ。カーターが生きて帰ってくるかどうかが、心配で――。
 いつ、カーターが棺に横たわって運び込まれてくるのか、その恐怖のせいでカイルは現実を忘れるために麻薬を与えてくれる男と寝た。
 それを知ったカーターは激怒した。だが、理由が明らかになると――怒りよりも切なさが勝った。
 それは、命を縮める行為に等しかった。
 彼のためにチームを辞めてしまうことを、それでも逡巡した時間はあった。けれども、おそらくカイルにはもう、そう長い未来は望めないのではないかと気づいたとき、カーターは決意した。
 優秀な部下を失っただけでなく、自分だけを真摯に見つめてくれる「恋人」というものを、初めて自覚し、それまでを失うことを恐れたのだ。
 ひとり、破滅の道を進ませてしまうくらいなら、仕事を変えることも厭わないと、当時は思い詰めてもいた――。

 ロイの顔を見ていると、うんと昔に思えるが、同じような発想でもって、ジムが退役を決意した日を思い出した。我々の仕事は、生活の中心にどっかりと居座って、人間らしい穏やかな時間がほとんどないといっていい。
 安心することのできる時間は、隊員たちには昨日しかない。隊員たちはその言葉を骨身に染みさせて暮らしている。今日も明日も、気を緩めることを許されない、そんな生活を強いられるのだ。
 それを選んで進む者はいいが、それを待つ家族の身になれば耐えられないのは当然だ。生きて帰ってくるのかどうか、そんなぎりぎりの想いで留守を守るのは、容易ではないだろう。
 だから、カーターはマイアミで、新たに作られた訓練学校の教官となった。
 もちろん、教官だって深夜に訓練生たちを鍛える役目だってある。だが、そういった仕事で出かけることはカイルを苦しめることはなかったし――なにせ、それで命を落とす心配はないわけだ――これまでと比べれば格段に落ち着いた生活ができたのも事実だった。
 かつてなかったその生活は、カーターにとっても安らぎの、かけがえのないものとなった。

 そして、その生活は今日、終止符を打たれた――。

「あいつが倒れて、一週間ほど病院に詰めていたからな。散らかってるが」
 カーターは、広い庭を持つ、平屋の一軒家に客たちを案内した。
 綺麗に刈られた芝生の敷き詰められた前庭には梢が影を落とし、小さな家ながらに居心地の良さは自負している。カイルのために借りた家だった。
 腹が減っていた。
 ふたりをリビングに案内すると、すぐにキッチンへ入って冷蔵庫からありあわせの材料を取り出した。
 大切に想っていた人の葬儀のそのすぐあとだというのに、腹は減り、こうして料理をすることさえ厭わないんだな、とカーターは唇を歪ませた。
 もちろん、数日病院で過ごしたために、満足に食事をしていないということもあったし、それが、生きている人間には必要なことだと分かってはいても、薄情な気がした。
 しかもこのふたりと食事をすることに、うきうきとした気分にすらなっている自分を自覚してもいた。
「手伝いましょうか」という、ふたりのかつての部下に手を振り、ジムにコーヒーを淹れることだけを頼んで、カーターはまたナイフを握った。
 ジムは言われるままに珈琲をたて、ロイと自分のぶんを適当に棚から出したカップに注いだ。
 カーターのぶんまでキッチンにおいてくれ、ちょっと後ろから手を伸ばして、混ぜていたボールに指を入れると、「うまい」とソースを褒めながら、リビングへと戻っていった。
 カーターはそのでかい図体の男の、愛らしい行動に苦笑した。

 馬鹿みたいにたくさんの料理を作ってしまったらしい。
 気がつくと、四人がけのテーブルの上に乗り切れないほどの皿が並んでいた。自分の料理は、かろうじて食べられる程度のレベルだということは分かっているし、作れるものも限られている。どうやら、冷凍庫に保存していたあらゆる食材を使って、知っている限りの料理を並べてしまったようだ。
「他に客があるんですか?」
 ジムが訝りながらも、テーブルを眺めた。ロイは、珈琲に使ったカップを流しで洗っている。
「他に客はないよ。ジムがたくさん食べるかと思って……なんだかはりきってしまったようだな」
 カーターの言葉に、ジムは俺はそんなに食いませんよ、と口を尖らせながらも微笑んで席に着いた。
 ロイの食事の仕方は相変わらずのようで、時折フォークを口に入れている程度で、大した量は胃まで届いてはいないようだ。
 食べるのが苦痛らしい様子さえ伺える。
 もともとそうだったのか、“あれ以来”なのか分からないが、よくこれで体力を維持しているとカーターは感心した。上品なまでのマナーのついでに、「美味しいです」という世辞も忘れない。
 美味しいなら、もっとそういう顔をして、どんどん食べろと促すと、ロイは苦笑を漏らした。
 一方、食べませんよといったくせに、ジムの健啖家ぶりは健在らしく、ロイの代わりのように食が進む。ロイには気の毒だが、凸凹コンビのコメディアンを見ているようで、カーターの頬が緩む。
 このふたりと、こうして食卓を囲むのは、ずいぶん久しぶりだった。
「カーター少佐、まだ、ここに残られるおつもりですか?」
 フォークを置いて、ワインを傾けながらロイが聞いた。
「もうチームに戻るってわけにもいかないだろう」
「ですが……。バーク准将が、あなたが希望するならと、そう言付かっています。できれば、ノーフォークのリトルクリークへ戻って欲しいと」
「バーク准将が……」
 本当は意外でもない。それまでにもバークは、何度も私に電話をくれ、チームの実働部隊に入らなくてもかまわないから戻って欲しいと言ってくれていたからだ。
 今朝も悔やみを言いながらも「もう、そこにいる意味はあるまい?」と、クールな言葉をくれたものだ。
「そうですよ、少佐。ノーフォークへ戻ってください。あなたがいないと、火が消えたようだ。あなたのチームだった隊員たちも、寂しがっています」
 ジムがパンを含んだまま、もぐもぐと言った。

 ノーフォークに――。
 あの、四季の鮮明な穏やかな緑の街に。
 自分がいちばん、自分らしかった場所に――。
 そのイメージは、煌めく男たちの汗と、むさ苦しい匂いまでを感じさせた。今、あそこはすでに枯れ葉を落とし、冬の気配を深めていることだろう。
 帰りたいと思う。
 誰もいなくなった家に、ぽつんとひとりいるのは耐えられない気がした。
 荷物も、大したものはない。家具付きの家を借りていたのだから、カイルのものを処分してしまえば、自分のものなど蔵書ともいえない程度の書物と衣類くらいのものだ。そのカイルの持ち物だって、寂しいほど少ない。
「帰るか……」
 カーターが呟くと、ジムがぱっと顔を輝かせた。
 かちゃかちゃと、ロイのナイフが、控えめに肉を切る音がした。こういう場合に、この男はいつもこんな反応をする。つまり、“反応しない”のだ。
「家を探さないといけないですね」
 ジムがでかいパンをちぎってバターを塗りながらいった。「前の家はもうないんでしょ?」
「そうだな。戻ることになるとは、出るときは思ってもいなかったから。まあ、都合良く異動できるかどうかも分からないんだ。それまでには探すさ」
「異動は、カーター少佐が決意すれば、おそらくそう時間はかからないでしょう。准将はあなたを待っています」
 切った肉を口に入れるでもなく、ロイが顔をあげた。
「そういうふうに、准将が言われているのか?」
 それには返事をせず、ロイは続けた。
「もし、少佐が急ぎ戻られることが可能なら……」
「ああ。その時は長期滞在型のホテルか、軍の宿舎にでも滞在するしかないな」
 バークが手を回しているとしたら、すぐにも辞令が下りる可能性はある。慌てて何もかもを整えるのは気が進まない。
「よかったら、いい場所が見つかるまで、俺の家に来られませんか?」

「……ロイ?」
 ジムが意外そうな声を上げ、テーブルの反対側のロイを見た。
「ご存じの通り、不便な場所のビーチハウスですが、二階の部屋はほとんど使っていません。あなたがよければの話ですが」
 おそらくジム以上に意外に思いつつ、カーターはなんだかひどく嬉しくなってしまった。
「こう見えても散らかし屋だぞ、私は」
 潔癖性といえるほど癇症な性格であるロイに、思い直させるチャンスを与えようと、念を押してみる。
「ご自分で散らかしたものは、ご自分で掃除いただければ」
 ジムはなんだか大きな息を吐くと、大皿のマッシュポテトを掬って、思い切りソースをかけ、猛然と食べ出した。
「ま、なんのかんのと言っても、ロイが片付けてくれますから。この人は、他人のする掃除じゃ満足できないんだから」
 ジムの気安い調子に、ロイが冷たい視線を向けた。
「もちろん、掃除はするよ。なんなら家中。そのあとを、君が念を入れて掃除すれば完璧だ」
 ロイがやっと微笑んで見せた。
「ふたりとも、俺を掃除魔みたいに言わないでください。俺は別に、そこまでこだわって暮らしてやしませんよ」
「そうかなあ。だったらなんでいつも、俺を怒ってばかりいるんだ? せっかく片付けても足りないって、掃除機持って追いかけ回すくせに」
 カーターはふたりのやりとりがおかしくなって笑い出した。やはりコメディアンだ。
「ジム、顎にソースが垂れてるぞ。まったくおまえは変わらないな」
 慌てて顎を手の甲で拭うジムに、ナフキンを使え、と冷たくいって、ロイは自分のそれを差し出した。
「シャツの裾で拭くんじゃないぞ」
 カーターは腹をよじって笑い、なんだか久しぶりに本気で笑えたことに、自分でも不思議な感覚を覚えていた。

 学校の方は、そう問題はなかった。
 葬儀が終わって一週間もしないうちに、新しい教官が赴任してきたと思ったら、次の日にはもう辞令が下りてきた。
 バーク准将は、確かにデイン・カーターを呼び戻したいらしい。
 電話をかけて、基地に戻る旨を伝えたときも、准将は「待っている」と言っただけで、まるで当然彼がそうすると、分かってでもいたようだった。

 バージニアビーチの風は、相変わらず湿気の少ない、気持ちよさを感じさせた。
 その週の日曜の午後、カーターは小さな空港から贅沢をして、タクシーに乗り込んだ。空港からビーチまでは遠いが、それでも五十ドルも出せば着く。
 フロリダで使っていた車は、後輩に安くで売り渡してきたのだ。それ以前にこの地で使っていたセダンは、言うに及ばずだ。今頃どこかの誰かが、大切に乗ってくれているに違いない。

 車は懐かしい町並みを滑るように進んでいった。













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