[警告]of [金の砂銀の砂]

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警告

 ロイはどうしているだろう。
 眠れているのだろうか?
 夕飯は食べたのだろうか? 
 カーターは、ひとりの部屋に座り込んだままほうっとため息をついた。
 耐えられずに出てしまった自分を、ロイはもう許してはくれないに違いない。
 だが、これでよかったのだろうとも思う。
 ロイにとっても、ジムにとっても。これまでどおり、変わらずふたりは強固な絆を結び続けていくだろう。
 かき乱すだけかき乱したようで、ジムがいった、それぞれの気持ちを掘り下げることなど、結局はできなかった。
 すでに友情すら続けていくこともできないかもしれないし、そもそもロイに自分の存在など必要ではなかったのだ。

「もうすんだことだ……」
 カーターはベッドに横になり、家を整えるのは明日にして清潔なホテルに行こうかと思いはしたものの、それもなんだか落ち着かない気がした。
 仕方なく、車に乗ってショッピングモールまで足を伸ばす。
 広い、賑やかな店内に入ると、少し気分が落ち着いてきた。
 タオルや、石鹸などもいるだろうと、早めに食事をとってレストランの席で必要なリストを書き並べてみた。けっこう、生活必需品をそろえるだけで、一手間かかりそうな気配にうんざりする。
 ただ、そうやってしなくてはならないことし、商品を選んでいる間、余計なことを考えて悶々とすることもなく、気晴らしとしては役に立った。
 一抱えもある荷物を部屋に運んだときには、すでに八時を回っており、さすがに疲れてシャワーを浴びることにした。
 購入してきた商品を部屋中に広げ、サニタリーの品物をバスルームに運び込む。
 明日になったら、電化製品なども見に行かなくてはならないだろう。手間もかかるが、金もいる。
 バークがいったように、ワシントンへの異動が決まれば、また荷物をまとめないといけなくなるから、最低限にしておくべきだろう。
 そうして、自分は二度とこのノーフォークへ戻ることはないのかもしれないなと、カーターは漠然と思った。
 今夜は眠れないだろう、と思っていたにもかかわらず、精神的に参っていたせいか、作りかけてシーツもくしゃくしゃのベッドの上でいつのまにか寝息を立てていた。

 そして、携帯の音に、目が覚めた。
 枕元に置いた腕時計は、ちょうど12時を回ったばかりだった。
 一瞬鳴っただけの携帯には、なんの番号も残ってはいなかった。たとえ間違いでも、番号が表示されるはずなのに、とカーターは首を傾げた。
 なんのことはない、鳴ったと思ったのは夢だったのだ。
 ロイがかけてきたのでは、と飛び起きた自分が馬鹿に思えた。
「かけてくるわけはない……」
 カーターはベッドに座って、携帯を見つめた。

 目覚めたついでにトイレに立ち、キッチンで水を飲んで寝室へ戻りかけて、足を止めた。
 そのしわくちゃのシーツの上に横たわったカイルが見えた。
 思わず足下から力が抜け、「カイル……?」と声をかけると、カイルは顔を上げて泣きそうな顔でカーターを見つめた。
「ロイがおまえを呼んでる……」
 夢の中で話などしないと思っていたカイルが、細い声でいった。
「ロイは私を追い出したんだ。呼んでなどいるもんか」
 明らかな幻に、律儀に返事をする自分を嘲笑いつつも、カーターは答えずにはいられなかった。頬をつねっても醒めない夢がある。
 きっとそれに違いない。だが、トイレに行ってキッチンから持ち出した水のボトルの冷たさは、現実のものでないならなんなんだ、とカーターは戸惑った。
「追い詰めたのはおまえだろ?」
「カイル、おまえは…見てたとでもいうのか? 私がロイにしたことを……」
「くそやろう!」
 不意に懐かしい罵声がした。
 下町で育ったカイルは口がいいとはいえなかった。けんかをすると、よくこの汚いののしりをして、カーターを怒らせたものだ。
「あんたはくそだよ、デイン。自分でしでかしたことを放ってしまうつもりか?」
 夢と理解するしかないものの、この現実感はなんなんだと呆然とするばかりで返事もできない。
 しかも、明らかに幽霊であるはずのカイルから、くそ呼ばわりをされる意味すら分からない。夢にしても幻にしても、せっかく会うならもっといい状況であっていいはずではないか。
「……おまえが行かないなら俺が連れて行く。今夜死ぬはずだから」
 カイルが決然とした口調でいいはなち、手に握りしめていたものを開いて見せた。粉々にくだけたその黒い破片は、あの小さなヘリコプターだった。
 それが風に舞うようにちらばり、目を擦ってみると、すでにカイルの姿は消えていた。
 もちろん黒い破片などどこにもない。

 今の現象は、自分の深層心理に違いない。
 カイルに対しての申し訳なさと、ロイに対する不安とが幻を見せただけだ。幽霊など、いるはずはない。
 だが――
 ひどく嫌な気分になった。
 ごしごしと目を擦ると、手に持っていた冷たい水を口に流し込んだ。立ったまま眠ってでもいたのだろうか?
「……俺が連れて行く。ロイは今夜死ぬはずだから」
 カイルの最後の言葉が気になった。
 今夜ひとりきりで寝ているはずのロイに、なにかあったのではないかともやもやとしたものが胸に広がった。
 今夜死ぬ……それをカイルは見ている。
 見ているから、カーターに知らせに来たのだ。
 救わないなら連れて行くと。
 幽霊の存在など信じてはいないつもりだったが、カーターはそばにあったシャツに袖を通した。
  
 
 まるで他人の呼吸のように、荒々しく漏れる音が耳に触る。
 身体の奥深くから沸き上がっているかのような、淫らなものに支配されて、ロイは幾度もあえぎ声を漏らした。
 悲鳴をあげているつもりで、そうとは思えないいかがわしい響きすら感じられ、ロイは自分をコントロールできずに涙すら浮かべていた。
 ジムが触れるよりももっとうんと乱暴で、耐え難いほどロイの神経をつつき回るようなペイジの動きに、いったいなにが行われているのかすら、すでに分からなくなっていた。
 それなのに、自分の内部から溢れそうな感覚に、戸惑いを通り押して絶望感すら抱いていた。
 こんな男に、なぜここまで……と思うと涙が滲み出る。
「な、なにをした、俺に……なにか……」
「私には分かっていましたよ。あなたは男にこうされるのがお好きだと。淫らな身体をお持ちだということをね」
「ち、がう」
「違うものですか、ああ、もうこんなに蕩けてしまって。愛らしい人だ。痛みも忘れるほど感じておられる。……あなたのような美人を好む客がいる。私はそういう客に、ペットを見つけて与えるのが今の仕事ですよ。麻薬でもかなり稼ぎましたがね、仕事としては味気ない。上流階級の、すました顔をした連中が、密かに地下でペットを飼うんです。でも、素養のないものはペットにはなれない。私はそういう者を見分ける能力があるようでね。あなたにぴったりの飼い主がいますよ。高い値段をつけてくれることでしょう。もっとも、それまでは私が堪能するから安心なさい」
 想像もできないほど忌まわしい言葉が、ロイの脳みそを素通りする。
 脅しのような言葉はこの男の数多い武器の中でも最悪のものではあるが、そんなことよりも神経に絡まってくるものがロイを怯えさせた。

 ……感じている……。
 男にこうされるのが、お好きなんでしょう? と、ペイジは何度もロイの耳元で囁いた。ちがう、ちがうと否定する言葉は、もう唇から発せられもしなかった。
 ひとつひとつ、ロイがいかに感じているかをペイジは耳元で囁きながら、嬲り続けている。その囁きの内容に、ロイはだんだん諦めにも似たものを覚え始めてすらいた。
 確かにこの男のいうとおり、自分は反応している――
 足が引き上げられ、好きなように転がされても、すでに傷の痛みすら分からなくなっていた。分かるのは渦のように沸き上がる、普段は鳴りをひそめていて、本能的な愛情による交わりを行う場合にのみどこからかやってくる、耐え難い情欲だけだ。
 それがいつもの何倍もの強さでロイを襲ってくる気がした。
 ジム、とロイは叫んだ。
 声は言葉にはならず、うつろな呻き声にすぎなかったが、ロイは何度もジムの名を呼び、自分の意識を呼び戻そうとその名にすがった。
「じゃあ、そろそろあなたが本当に欲しいものをあげましょうか」

 キスよりももっともっと屈辱的なものを唇に押しつけられた。
 ジムにすら、ほとんどしたことはない。
 かつてなにも知らないロイを、敵国の男達がさんざん陵辱したその方法を、ジムは一度も自分からロイに求めたこともないのだ。
「私を満足させるといったはずですが?」
 ロイは顎をこじ開けるように押し込まれたものにむせながら、目尻に涙を滲ませた。吐き気が胸の中で渦を巻いた。
 ペイジが感嘆の声を上げた瞬間、ロイはそれに力一杯歯を立てた。
 カエルが潰れたような声を上げ、ペイジが身を起こしたとたん、ロイはその股間に蹴りを入れた。衝撃に、男は身体を二つに折って蹲くまった。
 だが、石膏で固められている足は、脳天に貫くような激痛をロイにも与えた。
 息が止まりかけて、思わずソファに身を丸めながらも、気力を振り絞って、ロイはなんとか武器になるものを探そうとそこから転がり落ちた。
 丸まって、呻き声をあげるペイジを目の端に見ながらロイは這った。
 スタンドだ、とソファのそばにあるそれに手を伸ばして這いかけた足を掴まれ、ギプスごと捻られた。声も出せないほどの痛みに、ロイは意識を失いかけ、同時にずるずると引っ張られて絶望した。
「……どうも…優しくしても無駄らしいですな」
 ペイジが眉を顰め、あえぎならいった。
 呻き、下腹部を庇いつつも、すぐそばの椅子に無造作に置いていたコートの下に手を入れた。
 束ねていた鞭を一降りすると、それがロイの剥き出しの胸にぴしりと当たった。
 痛みすら感じないほど、ロイは蒼白になった。
 目の前が真っ白になり、いくつもの忌まわしい残像がフラッシュした。
「これで打ち据えられるのが、お好きでしょう? 捕らえられたとき、これでさんざんいたぶられたのでしたな」
 その、長く太い柄の部分をペイジはロイの唇に押しつけた。
「もう容赦はしない。さんざん打ったあと、これを押し込んでやる。あなたはそれで死にかけたんでしたな、ロイ」
 かつて受けた屈辱の場面が甦る。フラッシュバックがものすごい勢いで脳裏に火花を散らした。
 なぜ、なぜとロイはいおうとしたが、言葉はもう出てはこなかった。
 なんでこんなことになったんだ? 
 いったい俺がなにをしたというんだ?
 疑問はつぎつぎと、甦る場面に被るように湧いてはいたが、それだけだった。
 なすすべもなく、救いの一筋の光すらない状況の中、ロイは奈落の底まで突き落とされかけていた。
「……い……やだ……」
 悪夢の再来に、ロイの唇は、がくがくと震えていた。

 ちょっと様子を窺うだけだ、とカーターは自分にいい聞かせながらロイの家のある方角に車を進めた。
 広いともいえない、短い道路際に車が駐まっていることに気づいたときは、危うくかすりかけ、舌打ちをした。
 隣家よりで、そこの客かもしれないが、客用スペースがないわけではあるまいに、と通り過ぎながら横目で見た。 
 レンタルの印のナンバーがついているな、ということだけは分かった。
 ビーチハウスは薄明かりが漏れていた。
 リビングのスタンドを消し忘れたのかと思いながら、歩調は遅くなる。
 もう眠っているはずで、起こしてなにをしに戻った、などといわれるのは嫌だった。やはり引き返そうと戻りかけて、かちゃり、という音に足を止めた。

 ドアが開いているのだろうか、と不審に思ってベランダに戻った。
 爪の甘いドアは、閉めても勝手に空くことをカーターも知っている。鍵を閉め忘れたならかけておいてやろうと思ったのだ。
 このドアは、時々勝手に開いて、風の向きによっては全開することもある。中を窺うと、立っている大きな人影が見えた。
 ロイかと思ったが、腕をふり、なにかをしているようすが違和感を持った。なにをしているのかまでは分からない。
 カーターはぎくりとした。
 短い悲鳴のような声が聞こえたからだ。
 思わずしゃがんだ。
 剥き出しの硝子に映らないよう、しゃがんだまま入り口まで進み、ドアがやはりほんの少し空いているのを確認し、それに手をかけてぎょっとした。足下に硝子が落ちており、じゃりっと音を立てた。ノブ近くの硝子が割れている。
 荒い呼吸に呻き声が混じったものが聞こえた。
 間違いない、なにかが起きている、とカーターは緊張した。絨毯の敷かれた床を、足音を消して近寄っていく。なにも武器がないので、キッチンでナイフでも取ろうとそろそろと移動する。
 男は今はしゃがんで俯き加減の背中を見せている。
 ひいっと絞るような声はロイのものに違いない。
 カーターがしっかり閉めなかったドアがいったん開き、激しい音を立てて閉じた。風にあおられたのだ。
 カーターは立ち上がり、「おい!」と叫んだ。
 いきなり、背を向けていた男が立ち上がり、ものもいわずに廊下の方へ走り出した。  ばたばたと走り去る男を、なお追いかけかけて、風を切るような音と共にカーターは指先に激痛を感じた。
 撃たれたかと思ったが、そうではなく、二振り目が来た。それが手首に巻き付き、カーターはほどかずに逆に引っ張った。
 それがあっさりと力を抜き、だらりと垂れたとたん、カーターは尻餅をつき、玄関がものすごい音で閉じられた。
 カーターは男を追いかけかけて、その足首を掴まれて立ち止まった。

「あ……ああ……あ」
 狂気に捕らわれたような、ロイの怯えた顔がしがみつくように足に寄せられた。まるで幽鬼のように、裸身を露わにしてロイは床に這っている。
「……ロイ」
 たすけて、たすけて、とロイは呪文のように呟き続けていた。
 思わずしゃがみ込み、カーターはその身体を抱きしめた。手にねっとりとしたものがついた気がして見てみると、それは血液だった。
「……怪我をしたのか? なにがあったんだ? ロイ、今のは……」
 ぶるぶるとエンジンがかかる音がしたとたん、摩擦音を軋ませて車が走り去る音がした。
 追うのを諦めて、カーターはロイをひとまずソファに寝かせ、その身体を子細に眺めた。灯りを点けると、ロイの顔は真っ白で目の縁が腫れており、なによりも瞳が正常な状態には見えなかった。
 身体のあちこちに、鞭で打たれたような痕があり、目の端の床に、さっきカーターの手首に巻き付いたものが落ちていた。
 この混乱はそれによって引き起こされたのではないかと思われた。

 鞭――
 かつて、浴びるほどに身体中を切り裂いたそれと同じものを今夜ロイは使われた――
 あの日のことを知っている者が、わざとロイを恐怖に落とすために持ってきたとしか思えない。
 そしてその男は一人しかいないことを、カーターは知っていた。











硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

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僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評