[鍵7] of [鍵]

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鍵 その7

 やっとドアに消えたシンシアに取り残されたように、明るい室内で目を見開いたまま、ロイは視線をゆっくりとジムに戻した。
 珍しく、口が半開きのままの、情けない表情になってしまっている。
「やっと退散したな」
 ジムは冷や汗をかいたような顔で、手で顔をつるりと撫でた。
「口が開いてるぞ、ロイ」
 ロイは開いたままの唇を、わなわなとふるわせた。
「ジ、ム……い、いまの……いまの……シ――」
 それが何か恐ろしい者の名前でもあるかのように、ロイは言葉を止めた。
「ああ、シンシアだな」
 息を吐いて、ジムはロイにのし掛かったままの姿勢で言った。
「シ、ン、シア……」
 ジムの下に潰されるように下腹部をシーツに押しつけられた格好のまま、ロイはまだ信じられないように呟いた。
 幽霊を見たって、これほど驚き、おののきはしないだろう。
「そこに入ってた」
 ジムがクローゼットを指さすと、ロイはその指を丁寧になぞるように不自然に頭をまげ、ゆっくりと視線を向けた。
 いっていることが分からないのか、状況を把握できないのか、珍しくロイはぼうっとした顔をしていたが、やがてすべてを飲み込んだように表情が締まった。
「……なんでだ? なんだって彼女がそんなところに。いつから……最初から全部見てたってことか?」
「多分最初からいたな」
 ジムを押しのけ、ロイは立ち上がろうともがいた。
「ジ、ジム、どけ!」
「……そんな、続けようぜ。やっとほんとにふたりきりになれたんだ」
 どくどころか、なおも被さろうとしてくるジムを力ずくで押しのけ、起き上がってロイは裸のままベッドから飛び降りると、クローゼットに向かった。
 日頃の礼儀すら忘れてしまっているらしい。
 小さく引き締まった丸い尻を、惜しげもなく晒して、ロイはクローゼットに入り、ドアを閉めた。
「見えるか? ロイ」
 閉められたドアに向かってジムが声をかけると、すぐにドアが開き、憮然とした顔でロイが出てきた。
 仁王立ち、という言葉がまんま当てはまる、怒った体制でのしのしとベッドへ戻ってくる。本来ならジムの好きな迫力ものの姿だが、ローブひとつ身につけていないため、ついジムは笑いそうになった。
 手に鍵をつまんで、不快そうな、普段よりいっそう険悪な表情で睨まれて、ジムは笑いを引っ込めてたじろいだ。
「ベッドの様子が、きれ~いに見えた。おまえが間抜け面で座っているのも」
「きれ~いにか……」
 ジムはとうとうくすくす笑い出した。
 さっきのあの様子では、間違いなく彼女はすべてを見ていたに違いない。
「しかし、あの顔はなかったな、ロイ。綺麗な顔が台無しだった。ぶったまげて、お湯を頭からかけられたタコみたいだったな」
 笑い出すジムに冷たい視線を向けながら、ロイが憮然と言った。
「それはこっちも同じだ」
 ジムはそんな恋人の肩に手を回し、軽くキスをすると、微笑んだ。
「俺は彼女がベッドに入ってきて、参加するんじゃないかと思って焦ったぞ」
「冗談でもやめてくれ」
 芯から嫌そうに眉を顰めるロイの顎を指であげ、ジムが言った。
「俺が発見しなかったら、多分最後までいたな、彼女」
 それを聞いて、ロイはがっくりと項垂れた。
「やめてくれ、気が遠くなる……」
「どうせなら、最後まで黙って見ててくれれば良かったのに。あんたと俺がへとへとになって眠るまで待っててくれりゃ、ばれずにすんだのにな。まあ、あれだけであそこまでぶっ壊れたんだ。育ちのいいお嬢さんには無理か」
 ロイはばたっと躰を倒した。想像するだけで失神しそうだった。
 いや、すでに充分見られたくない場面を見られている。このまま死んでしまいたいとすら、ロイは本気で願った。
「……殺されたほうがましだ……」
「まったく、あんたにとっては疫病神だな、彼女は。行動が予測できん」
 すっかり醒めたような表情のロイに、ジムがまたキスをしかけ始めた。ロイはジムの顔を手でおさえた。
「まて……出てったあと、鍵かけてないだろ?」
「鍵がここにあるなら、そうだな。持って出たって、鍵なんか掛ける余裕はないだろ、あの様子じゃ。でももう、彼女は戻りゃしないよ」
「また誰が入るか分からない」
 だが、もうジムは聞いていないかのように、ロイの躰にキスをしながら面倒くさそうに言った。
「じゃあ、掛けて来いよ」
「いやだ。おまえが掛けて来い。もしまだそのへんに彼女がいたら、俺はどうすればいいんだ」
「だったら、あとでいいじゃないか。俺だって彼女がいたら怖い」
「今だッ。また戻ってきたら……いや、この調子じゃ泥棒だって入りかねない! それとも、こんな隙だらけの姿で泥棒に鉢合わせて、ふたりとも殺されてもいいっていうのか? おまえはそれでも戦うだろうが、俺は無理だ! おまえのせいで、咄嗟に動けるほどの力が残ってないんだッ!」
「そんなに拗ねなくてもいいだろ? さっきちゃんと起き上がって歩いたくせに。まだそれほど負担をかけたとは……」
「おまえには負担じゃなくても、俺には充分堪えているッ」
 すっかり臍が曲がってしまったかのように語尾が跳ね上がっている恋人の声に、ジムはやっと顔を上げるとため息をついた。
「アイ・サー。やれやれ、困った上官殿だ」
 しぶしぶベッドを降りて、部屋を出て行くジムの背中を見ながら、ロイは不機嫌そうに起き上がると、気がついたように手を開いた。
 鈍く光る銀の鍵を力いっぱい壁に投げつける。
 かつん、という音を立てて鍵は部屋の隅に落ちた。
 ドアを出かけたジムは驚いて振り返った。
「落ち着けよ、ロイ」
「そもそも、おまえのせいだぞ、ジム! シャワーを浴びたら食事をするって言ってたのに、おまえが強引だからこんな目に遭うんだ!」
 それからふっと、表情をゆがめた。
「……まさかこれまでもこうして侵入してたなんてことは……」
「まさか」
 ジムは、呆れてロイを見つめた。
「いくらなんでも、そんな馬鹿な人じゃないのは、あんたにも分かってるだろ? どうかしてるぞ、ロイ」
「こ、こんな目に遭って、どうかしない方がおかしいだろうッ!」
「すぐ戻るから。そうヒスを起こすな」
「どうせ俺はヒステリーだッ!」
 やれやれ、と首を振りながら、ジムは廊下へ出た。
 閉めたドアに、ロイが投げつけたらしい何かが柔らかな音をさせて当たったのが分かった。
「今度は枕に当たってるな」
 らしくないな、とジムは笑いながら、玄関の方へ歩き出した。
















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