[鍵5] of [鍵]

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鍵 その5

 
 不意に動きを止め、ベッドをおりて、ジムはクローゼットの閉じたドアを見つめた。
「…どうした?」
 ロイがだるそうな声をかけた。
 ちらりとジムを見ると、そのまま枕に頭を沈めて目を閉じている。
 ついでに、深いため息をついたのは、ジムの激情を受け止めかねてほっとしたのかもしれない。
「ねずみでもいるんじゃないか? さっきから何か音がして……」
 そう言いながら、ジムは一応ローブを引っかけ、クローゼットのドアを開けた。
 ぺたんと床に座って見上げる女性の顔が目に飛び込んできた。
 彼女のまん丸に見開かれた目と目が合う。
「……」
 ジムは思わず硬直した。
 目の前にいるのが誰なのか、なぜここにいるのか、いったいいつからいたのか、目的はなんなのか、咄嗟に奔流のように溢れ出た疑問符に、ジムは言葉が出てこなかったのだ。
「ジム? まさかほんとになにかいるのか?」
 背中に聞こえるロイの声すら、耳に入らない。
 シンシアの目線がジムの躰の中心に釘付けになって、じっと見ているのに気がつき、ジムは思わず両手でローブをかき合わせた。
 まさか人がいるなどとは思わなかったが、裸でうろうろするのをロイが嫌うため、ローブを引っかけていてよかった、と心底ロイに感謝した。
 シンシアは彼女なりに、あられもない姿の男性に狼狽えつつ、やっと気を取り直したのか、息を吸い込んでなにごとかいおうと口を開きかけた。
 だが、ジムは咄嗟に手で制し、指で寝室のドアを指し示した。出て行け、と音を出さず、唇だけで伝えるしかなかった。どんな小さな囁きでも、ロイに聞こえてしまうだろう。
 シンシアは息を吸い込んだまま目を見開き、微かに頷いた。

 ジムはそのままクローゼットが完全に閉まらない程度にドアを閉めると、ベッドに戻りながら言った。
「やっぱりねずみだ。仕掛けをしなきゃな」
「馬鹿な…。そんなものがうちに……」
 ロイは信じられない、というように目を開け、クローゼットに目を向けたが、ジムの大きな体に遮られて、その視線をジムに移した。
「ねずみなんて、いるはずがない」
「いや。いたな。ちらっとだが姿が見えた。今捕まえるのは無理だから、あとでゆっくり罠でも仕掛ければいいさ」
「だったら今すぐになんとかしなきゃ……」
 ジムはロイの唇を塞ぎ、躰をひっくり返して腹ばいにすると、いきなり乗りかかって背中を押さえ込んだ。
「やめ…、ジムッ! 重い!」
「ああ、もう我慢できない。むちゃくちゃにしたいくらい、愛してるよ、ロイ。ねずみに邪魔されて気が立ってるんだ、さっさと出て行けばいい。でないと、本当につまみ出すぞ」
 ジムの勢いに、ロイは頭をシーツに埋めたまま抗議した。
「いや…、ジム苦し…、乱暴に…する…な! やめ……ろ……! お、重いからどいてくれ!」
 やっとクローゼットのドアが開き、シンシアが現れた。
 柔らかな毛足の長い絨毯のおかげで、足音はしないだろう。
 ジムは振り返って指でドアを再び示すと、ロイが頭を上げないように枕に片手で押さえつけ、躰をどっかりと乗せたまま、シンシアの様子を伺った。
「ジム、息ができな……離せ!」
 くぐもったロイの抗議の声を無視して、ジムは早く、と手を振った。
 一息で出て行くと思っていたのに、なぜだかシンシアは硬直したように突っ立っている。
 何をしているんだ、と苛立って舌打ちをするが、シンシアは動かない。どうやらベッドの騒ぎになぜか足が動かないようだった。
「ジム…ジム、なに考えて……」
「俺の重さに耐えられるかなあって、試してるんだ、あんた細いから。やっぱり重いか? 悔しかったらもっと体重を増やせ」
 ジムは馬鹿な言い逃れをしながら、重いに決まってるだろう、と必死で暴れるロイを押さえつけ、腰のあたりで手を振り、追い払うしぐさを何度も繰り返してシンシアを喚起した。
 やっと我に返ったのか、シンシアも頷いて後じさり、ノブに手をかけた。
 だが、視線がどうしてもベッドから離れないらしく、シンシアは思わずよろめき、ドアの横に立ててあったスタンドに足を引っ掛けて、後ろ向きに倒れてしまった。

「あっ、きゃあ!」
 声と同時に派手な音がした。スタンドががちゃんと倒れ、なにかが床に尻餅をついたかのようなどすん、という音だ。
 ジムの下で暴れていた細身の男は、はっと息を飲んで動きを止めた。
 ロイが起き上がるのを阻止しようと視線を逸らしていたジムが恐る恐る振り返ると、シンシアはスタンドの上に絡まるように尻餅をついて、呆然とした顔をしていた。
 しんと静まりかえった室内に、スタンドの傘が外れて転がって壁に当たったコツン、という音が滑稽に響いた。
 ロイは腹ばった姿勢で顔をシーツに向けたまま蒼白になっている。
 ぴくりとも動かず、シーツを握りしめた指が白くなるほど力が込められていた。
「…ジム……」
 ロイがベッドに顔を向けたまま、絞り出すような悲痛な声を出した。


















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