[鍵2] of [鍵]

kagi_title.jpg

鍵 その2

 ビーチハウスの駐車場には、見慣れた赤いラングラーがあった。
 ロイはまだ、ここに住んでいるらしい、とシンシアは車を降り、海を臨む小高い場所に建つ白い家を見上げた。
 車があったので、ロイがいるものと思っていたのに、ビーチハウスには鍵がかけられ、シンシアは戸惑った。
 他の誰かにピックアップしてもらって出かけているのだろう。
 一年の半分以上は留守をせざるを得ない仕事なのだから、いなくても当然ではあった。
 鍵を返しに来ただけなのだ。
 このままポストにでも入れておこうか、とあたりを見回したが、ポストの中や植木鉢の下など、誰でも探れそうなところに鍵を置いておくことはロイは嫌がった。
 だったらやはり封書にして送りつけるしかない。
 でもそれだって信用はできない。ちゃんと確実にロイの手に渡すには、手渡し以外なら基地の方へ送ったほうがまだ安心できるというものだ。
 いや、本当なら破棄すればいいことなのだ。
 今更鍵のひとつが足りなくても、困りはしないだろう。紛失したことに、気づいてもいないかもしれない。
 シンシアが鍵を持って出たことでロイが困っているなら、そう連絡してくるはずだし、でなければ合い鍵でもつくればすむのだ。
 何をしにわざわざこんな場所まで出向いてきたのだろう、とシンシアは唇を噛んだ。
 以前、未練がましく一度戻った時にはジムがおり、ベランダで二人は海を見ながらビールを飲んでいた。
 二人の親密な様子によもや、と思ったものだが、その後はっきりとロイの口からジムとロイはそういう関係になったことを告げられたのだ。今更、シンシアの割り込む隙などないことは、重々分かっている。
 ベランダ側の海を眺めながら、シンシアは掃き出し窓の並ぶ板張りを歩いた。潮風すらも懐かしく、ため息をつきながらまた玄関に戻る。
 どうしようかと迷ったが、結局鍵を開けて入ってみた。まっすぐにリビングへ向かう。掃除はきちんとされているようで、荒れた気配はなかった。
 家の中はシンシアが持ち出した物が無くなっているだけで、あまり変わったようには見えなかった。
 だが、シンシアが育てていた植物はほとんど残っていなかった。
 留守が多いためか、枯らしてしまったのかもしれない。
 懐かしさが込み上げ、ついついベッドルームの方まで覗き込む。
 ベッドカバーは変わっているが、ベッドは一緒に選んだクィーンサイズのもので、ロイは今一人でここに寝ているのか、と何となく思った。
 自分と共に、ほとんど眠ることのなかったベッドに、どんな気持ちで寝ているのかと思うと、ベッドも持ち出せば良かったと、少し後悔した。
 縁に腰掛けて、綺麗に整えられた上掛けを指でなぞる。
 ベッドメイクも完璧な、隙のなかったかつての夫の匂いすら、残っていないような清潔な佇まいだ。

 誰もいないと思っていた室内に物音がして、シンシアははっと顔を上げた。
 ベッドルームの向かいのドアが開いたのが分かった。
 ロイがバスを使っていたらしい。足音はこちらに向かっている。
 シンシアはうろたえて当たりを見回したが、思わずベッドの正面にある、大きなクローゼットに飛び込んだ。
 ドアが開くと、バスローブを羽織った影が、クローゼットのドアの格子状の隙間からはっきりと見えた。
 ロイが大儀そうに、さきほどのシンシアの座っていたあたりに腰掛ける。濡れた髪を、バスタオルで拭き取っている姿は、昔のままに思えた。
 このままここで寝るのだろうか? だったら眠ってしまうまで、出て行くことができない。
 それだって、ロイの眠りは浅い。野営に慣れた神経は、わずかな不審な物音にもすぐに目覚めるのだ。
 眠ったら、一目散に走って車で立ち去るのだ。それしかない、とシンシアはひとり頷いた。
 覚悟を決めたシンシアは、しゃがんでいた腰をそっと下ろし、楽な体勢で息を殺した。
 小さな孔から見える懐かしい元夫の姿に、シンシアは瞳を潤ませた。
 ロイは大きな枕に背をもたせかけ、頭を軽く預けていた。濡れた金色の髪が枕に散らばっていて、はっとするほどセクシーだ。
 新たな足音がし、同じようなローブをだらしなく引っかけた大きな姿が入ってきた。
 ジムだとすぐに分かり、すぐさまロイの言葉を思い出した。
「ジムに抱かれているとでもいうの?」というシンシアの言葉に、「そうだ」と答えた言葉が。
 シンシアは、ロイは憑きものが落ちたような顔で、シンシアにジムを愛していることを告げたときの場面を思い返していた。
 過去に悩んでいた男……。
 妻を抱けずに妻に責められ、発作に苛まれてやつれていった新婚生活。
 どう問い詰めても、過去を妻に語ることができず、二人の関係が壊れても口を開くことなどなかったのに、ジムの影響か、ロイは大きく変化していたのだ。
 そしてその生活はロイを安定させているかにすら思えた。
 ジムのおかげなのだ。おそらくきっと――。
 そう考えただけで、むなしさと悔しさが胸をよぎった。
 そんな詮無いことを考えていたシンシアは、今自分がどういう状況にいるのか、まるで分かっていなかったのだが――。




















硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

金の砂銀の砂第二部

金の砂銀の砂第三部

僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評