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鍵 その10

「さっきはすまない、ジム。おまえに八つ当たりした……」
 携帯を切ったロイは、それを握ったまま勢いを失ったかのように、小さく見えた。
 ジムはその携帯を取り上げて、またサイドテーブルに戻しながら微笑んだ。
「いいさ。俺はマゾだからな。あんたの我が儘に振り回されるのが最高にしあわせなんだ。あんたがほんとうは、乱暴でヒステリーな厭なやつだと知らせてやれば、彼女も未練が断ち切れたんじゃないか? 今度こそ、電話でなんて馬鹿なことをするんだ、って怒鳴るかと期待してたのに」
 ジムの珍しい嫌みな言葉に、ロイは恥じ入るように俯いた。
「……すまん」
「またもやお行儀のいい、らしい対応だったな。まあ、そこがあんたのいいところでもあるけど。ほんとに、女性には優しいんだな、あんたは」
 ジムはヘッドボードに半身を預けたロイのそばに横向きに寝ころぶと、その腕にキスをして、腰に手を回した。
「すっかり、雰囲気がぶち壊れてしまった。ロイ、最初からやりなおそう。機嫌をなおせよ」
 ロイが横目で睨みながら、信じられないような顔をした。やがて眉間に微かに皺が寄ると、ジムを見下ろした。

「……さいしょ、から……って?」
 ロイは息を継ぎ、泣き出しそうな声で続けた。
「おまえ……まだやるつもりか?」
「そりゃないだろ? ロイ。俺はまだちっとも完結してないんだ。気を反らされてばかりだったんだぜ。俺はまだまだちいとも満足してない」
「ち、ち…とも……満足、してない?」
 ジムはロイを見上げて、こくんと頷いた。
「ちっとも満足してない……だってッ?」
「……そんな怒鳴るな」
 八の字に眉を下げたジムが起き上がってのし掛かろうとすると、ロイは乱暴にその躰を押しのけた。
「もういや…だ。今夜はもう……い、や、だッ!」
「あんたは良くても俺はよくない」
「我が儘を聞いてくれるんじゃなかったのか?」
「嬉しいとは言ったけど、全部聞き入れるとはいってない」
 平然というジムに、ロイは半分泣きそうな、疲れた表情を浮かべた。
「なん…でそうなんだ……おまえは……。おまえに付き合ってたら、ほんとに躰がもたない」
 笑いながら、ジムはキスを仕掛けた。
こんなふうなやりとりは、実はジムは死ぬほど愉しいのだ。
 すでに子供をからかう時のような、むずむずした悦びの予感に浸り始めているのが自覚できるほどだ。
 小さい子供に優しく接するのはジムの本領だが、からかって、真剣に怒らせるのも嫌いではない。特にやんちゃで我が儘をいうときの子供を懲らしめるのは、この手に限る。
「ほら、こうすれば感じるだろう?」
 ジムがわざとロイの感じやすい首筋に唇を寄せると、ロイは露骨に顔を顰めた。
「や…めてくれ…ジム…。嫌いだ、おまえなんか……」
 嬉しそうに、ジムは執拗に首筋から顔を離さない。
「感じてるって素直に認めろよ、ロイ」
「俺……は感…じ……」
 思わず零れた甘い声に、ロイもその気になってきたかと調子に乗って、さらにジムは唇を這わそうとロイの躰を抱き寄せた。
「てない……ッ!」
 ロイは叫んだと同時に跳ね起き、ジムを突き飛ばして、ベッドから降りた。
「食事を作るッ! お前も手伝え。俺はほんとに腹が減ってるんだッ!」
 手をすり抜けていったしなやかな躰の余韻を楽しむように、ジムはそのままの体勢でロイを見ると、からかうように微笑んだ。
「ロイ、俺は腹は減ってない。俺が食べたいのはあんただけだ。ジムさん、朝まで食べ続けたいな~っと」
 眉間にくっきりとしわをよせ、ガウンを着込みながらひと睨みして、家が揺れるほどの勢いで、ロイはドアを閉めた。

 ジムはベッドに身を起こし、思わず噴きだした。
 さて、今度は宥めにかかるかとガウンをひっかけ、床に落ちていた鍵を拾って、それに向かって呟いた。
「どうだ? シンシア。あんたは王子様だと思ってるかもしれんが、ロイがいかに我が儘で嫌なやつか分かるだろう? 未練は捨てたほうがいい。ほんとのロイは、けっこう扱いにくいんだぜ」
 ジムは鍵を放り、キャッチすることを繰り返しながら独り言を続けた。
「ま、あれだけ夫婦ゲンカしても、あの人は怒鳴り声一つあげなかったはずだからな。そんなで一生共に暮らすなんて、どだい無理なこった」
 シンシアからの電話は、さすがにさっきの詫びだったのだろうが、あの呆れるほど冷静なふりをした対応はどうだ、とジムはなおも笑い続けた。
 俺がもしクローゼットから、ただ眠るだけのロイを覗いていたって、烈火のごとく怒るに違いないというのに。四ヶ月間、ロイを責め続けて、寝かせることも許さなかった彼女に一度も怒ったりしなかったくせに、すでに今日のロイはジムにさんざん罵声を浴びせている。
「“おまえは別だ”――か」
 ふふと、ジムは笑った。
 ガウンのひもを結び、ドアを開けると、ジムはキッチンの方向を伺った。
「さて、腹ペコのお姫様の……」
 というと、ひとり合点がいったような顔で破顔した。
「そうそう。お姫様なんだよ、あの人は……。シンシアもお姫様だし。お姫様二人じゃ、うまくいきっこないな。俺はまあ、王子様にはほど遠いが、少なくともそれに耐えるくらいの根性はある」
 さしずめ姫の馬を引く馬丁ってとこかもしれんが……と、ジムはほんとにロイの乗る馬を引く姿を想像して、苦笑した。王子様より、よほどしっくりくるのが情けない。
「じゃあ姫を馬に乗せて、レストランにでも行くか」
 キッチンからイラついた声が聞こえてきた。
 バタンバタンと扉の音が何度もする。
「何でなにも入ってないんだ! 食べるものがなにもないッ!」
 疳が立ったようなロイの声に、ジムは首をすくめた。キッチンの収納棚を、片端から開けては確認をしているらしい。
「自分で訓練前に冷蔵庫も棚も、空にして出ただろ? 三ヶ月も留守してたんだ。あったって全部賞味期限切れだろうが。諦めてベッドに来いよ、ロイ」
 からかい調子のジムの声に、更に苛立った声が戻ってきた。
「俺は腹が減ってるって、いってるだろうッ!」
「死にゃしないだろ、どうせ食が細いくせに。一食くらい抜いたって、たいしたことないだろ。空腹なんか忘れさせてやるから」
「今食べなきゃ、俺はほんとに死にそうなんだッ!」
 どうやら、本気で頭にきているらしい、とジムは深呼吸をした。













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