[後日憚9] of [哀しみの追憶―後日憚―]


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後日譚―9―

 バスルームに入ると、ジムは衣服を着けたままのロイを、バスタブに下ろした。

 熱いシャワーを頭から浴びせ、髪を洗い、着ているものを乱暴に剥ぐと、躰にシャボンをつけた。
 降り注ぐ熱いお湯が顔にかかっても、ロイは息をつぐでもなく、されるままになっている。
 ジムはコックを捻ると、いきなり冷たい水を浴びせかけた。
 しばらくそうしていたが、黙ってかけられたまま浴槽に蹲っているロイに、ジムは舌打ちをした。
「冷たくないのか? ロイ!」
 ジムは水を止め、熱いお湯をかけた。浴槽がもうもうと白い湯気で曇り始めた。
ジムの額に汗がでるほど、湿気た空気が籠もりだした。
 再びコックを水に切り替え、髪を掴んで直接顔にシャワーを当てた。
「……っあ!」
 ロイが驚いて息を飲んだ。
「は…、っあ……!」
 ジムはコックを捻って水を止めた。ロイの唇からほっとため息がもれた。再び水を出すと、ロイが飛び上がって浴槽の縁に手をかけた。

 悲鳴のような微かな声が上がり、大佐が驚いたような顔をしてドアを開けた。
 ドアの外で様子を伺っていたのだろう。
「ジム?」
 かけ続けられる水から逃れようと、ロイの身体が浴槽から前のめりになるのを支えて引き戻し、ジムはもう片方の手でシャワーのノズルを背中に当て続けた。
「つめ……っ、冷たい……」
 もがきだした顔を見て、大佐がそばに来た。
「……水をかけるなんて、いくらなんでも…やりすぎだ、ジム」
 だが眉を寄せ、悪鬼のような顔でジムはやめようとしない。
 水が背中だけでなく、頭や胸や腹にふりかかり、暖まっていた空気が一気に温度を下げ始めた。
 ロイの躰がガタガタ震えだした。唇が紫色に変わっている。

「ジム!」
 大佐がコックを捻ろうとするのを、肘で押しのける。
 ロイが激しく息を吐き、水にむせた。
「や……、やめてくれ、――死んでしまう」
 ロイがやっと、ジムの顔を見て言った。
 手を延ばしてシャワーのノズルを奪おうとさえ
した。
 ジムの表情が和らぎ、シャワーはお湯に戻された。
「目が覚めたろう? 冷たかったか? ロイ」
 ジムは、浴槽にお湯を張るためにもう一つの栓を捻ると、シャワーでからかうように顔にお湯をかけた。
 ロイは目を閉じて飛沫を避けるように顔をそらし、暖かいお湯に打たれながら、恨めしそうに瞳だけでジムを睨んだ。
 その顔を片手で撫で、顎を持ち上げてジムは青緑の瞳を覗き込んだ。そっと額にキスをすると、「ジ、ム…」という声が漏れた。
「な、にをする……、殺す、気か?」
 声が寒さに震えていたが、いつのもロイの言葉だった。
 ジムが笑い出した。
「やっと俺が見えたな」
 黙ってジムとロイを見比べていた大佐が、頭を振りながら、出て行った。
 ぱたんとドアが閉まる音を聞いて、ジムはロイの唇にキスをすると、ロイはその唇を素直に受け止めた。
「ジム」と呟くように言った。
「ああ、ジムだ」
 そう言って微笑むと、その頭を、思わずジムは抱きしめた。

 大判のバスタオルで包んだ身体を、子どもを抱くようにしようとすると、ロイは自分で立とうとした。
「立つな、血で床が汚れる」
 足の包帯がぐずぐずに濡れてしまっている。
 傷が開いたのか、新たな血液で赤く滲んでいた。
 強引に抱え上げ、ジムは洗面所の上に座らせた。ロイが息を吐いて仰け反ると、頭を背にある大きな鏡に当てた。
 包帯をほどきながら、ジムが言った。
「……俺の親父は、俺が海軍に入るのは反対だった」
 ロイは黙っていた。
「出発の日まで口を利いてくれなかったな。俺はわりあい孝行息子だったし、農家を継いでくれると信じてたんだろう。特殊部隊の学校に入るといったときは、電話を叩きつけるように切られたもんだ。けどな、今は何もなかったように話をしてくれるよ」
 足の傷に消毒をすると、微かに呻く声がした。
 傷はたった今ついたばかりのように、まだ生々しく血が浮き出ている。
「思うようにならないのが子どもだと、後から笑ってたな。どこの親子だってそんなもんだ。子供は親のことなんか、目に入ってもいないし、前を向いて自分の人生を歩くしかない。そうでなくちゃ、本当は親だって困るはずなんだ」
「……なんの話をしている? ジム」
「さあな、分からなければいい」
「もっと優しくやってくれ。痛くて涙が出る」
「だったら泣いたっていいんだぜ?」
 ジムが立ち上がって真正面から顔を覗くと、ロイが微かに笑った。
「子どもじゃあるまいし。痛いからって泣くか」
 ジムは自分のおでこをロイの額にくっつけた。
「あんた、俺を誰かに渡しても平気か?」
 戸惑ったように、ロイが目を逸らした。
「ジ、ジムがそうしたいときは、いつでもそうしてくれてかまわない」
「ふうん」
 巻いていた包帯ごと、足をぎゅっと握ると、ロイが痛みに顔をしかめた。
「……だめだ」
 ロイが、眉をひそめたまま俯いた。「……やっぱり、誰にも……渡さない」
「ふうん?」

 押さえきれない笑みが、ジムの顔に浮かび上がるのを止めらない。
 外に大佐がいなければ、このままベッドに直行したいくらいの悦びに走りそうになりながらも、ジムは必死で平静を保った。
 これ以上ことばを続けたら、次は怒り出す。

 痛みなど忘れて、のしのしとリビングへ出て行くだろう、とジムは黙って包帯を留めた。











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