[後日憚7] of [哀しみの追憶―後日憚―]


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後日譚―7―

「ジム! どうした?」

 揺り動かされて、ジムははっとした。明るいキッチンのテーブルの上で、肘をついていた自分に気がついた。
「…眠ってた?」
「いや、ほんの少しだけだ。でもひどく険しい顔をしていたから」
 目の前には珈琲が入ったままのカップがあった。大佐の顔を、ジムは瞬きをして見た。
「私の話を聞いて、唸ったと思ったら不意にな…。ちょっと気味が悪くなったよ。おかしなことばかり続いているからな」
 ロイの食器はまだきれいなままだ。
 ということはシャワーを浴びてはおらず、食事をとりにきたわけではないわけだ。
「どうも夕べから何かおかしいな。君まで様子が変に見える」
 大佐が言って、珈琲に口をつけたが空らしい。
ジムは新しく珈琲メーカーに粉を入れた。

「ジェロームは?」
「誰だって?」
「……サリンジャーのファーストネーム」
 ジムが呟くと、大佐は眉を顰めた。
「テリーが愛読していた本のことか? ロイもそれを読んだことがあると、昨日言っていたが」
 ジムの目が見開かれた。
「それをロイは知ってるんですね? テリーの愛読書の話を」
 リビングへ行くと、ぼんやりと目を開けたままのロイがソファに横たわっているのが見えた。
 ずっと目を開けたまま、こうしていたのかと思うと身体に粟がたった。

「ロイ」
 ジムは強引にその腕を引っ張り上げて起こした。
「無茶をするな、ジム。どうしたんだ?」
 後ろから大佐が心配そうに声をかけた。
「ロイ、もう目を覚ませ。あんた、檻に入ってしまおうとしているんじゃないだろうな?」
 ぴくりと、ロイの瞳が反応した。
「テリーはもういないんだ、ロイ。テリーと暮らした子どももいない。あんたはマイクに育てられる運命だったんだ。それはどうあったって変わらないし、マイクに遠慮したり自分を恥じたりする必要はない」
「……なぜロイがマイクに遠慮したりする?」
 大佐が震える声で聞いた。意外そうな響きが籠もっていた。「何を言っているんだ? ジム。テリーと暮らした子どもってなんの話なんだ?」
 だが、テリーの名前が出たことで、大佐はロイの前に回って座り込んだ。
「ロイ、夕べなにがあった? 彼が君の身体の中にいたとき、何をした? どうして何も話をしない?」
 大佐の話が分かっているのか、いないのか、ロイは表情のない顔で座っているだけだった。大佐の言葉を信じるなら、ロイはテリーに抵抗して必死で戦い続けたはずだ。
 大佐は言った。ロイは強い、と――。

 だが、ジムはさっきの夢が気になった。

 ただの夢かもしれない。
 ジムが早合点しただけで、ロイはただ茫然自失の状態なだけなのだと、ジムは思いたかった。
 理不尽なものの力で自由を奪われ、有り得ない体験をしたのだから、ぼんやりしていても仕方ないのかもしれないし、こんな状態もしばらくすれば元に戻るのかもしれなかった。
 だが、あまりに真に迫った恐ろしいイメージがジムを不安にしていた。
 なぜ、朝っぱらから重要な話を聞きながら、自分は僅かの間とはいえ夢なんか見たのだと思うと、無視できなかった。ただの夢にしては、あれはあまりにも――。
 それに眠ってなどいなかったのだ。ジムは。
 あれはロイが、本当はジムに助けを求めていたんじゃないだろうか?
 ロイはつかの間でもテリーの心と人格に触れ、ふと憧れたのかもしれない。
 歪んだ螺子を巻き戻すように、分かれ道に戻って、つらい思いをした子ども時代をやり直してみたのではないか? 

 ジュリアとテリーが、なんの躊躇いもなく結ばれ、そこに誕生した場合の自分の人生を。
 子供らしく我が儘をいい、なんの疑問もなく反抗期を過ごしていくだけの、ただ成長していくだけの人生を。
 遠慮なく両親を踏み台にして羽ばたいていく、普通の子供のように。

 ロイの躰が重そうに揺らめいた。
「眠そうだ。やはりもう少し眠らせた方がいいのかもしれない」
 大佐がジムを見ながらいった。「もうひと眠りすれば、すっきり目を覚ますんじゃないかな」
「――眠るったって。俺にはそうは見えない。大佐、何か変だと思いませんか?」














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