[後日憚6] of [哀しみの追憶―後日憚―]


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後日譚―6―

 深夜、物音でジムは目を覚ました。
 ベッドの隣が空なのが分かると、ジムは足音を忍ばせて家の中を探してみた。
 リビングの、ベランダへのドアが開いている。
 その向こうにガウンを引っかけたロイの姿があった。
 こうして見ていると、まったく違和感はない。
 いつも考え事をしているとき、ロイはあそこに立っていた。
「……どうした? ロイ」
 ジムが呼びかけると、ロイはこっちを向いて涙を拭った。泣いていたらしい。
「俺はジェイだよ。父も母もそう呼んでた」
 泣きべそのまま、ジェロームは言った。
「あんたはロイだ。この家に住んで、SEALの隊長をして、俺の恋人だ」
「……じゃあ、ジェロームはどこへ行けばいい?」
「どこにも。最初からいなかった。だからこの家にはあんたが作ったはずの模型もない」
 ジェロームはしばらくジムを見詰めていたが、その瞳に挑むような光が宿った。
「ロイに会った……」
 ジムはぴくりと眉を上げた。
「……どこで?」
「夢の中…。檻の中に…。小さい檻の中に躰を折りたたむようにして座ってた」
 ジムは背筋が寒くなるのを感じた。
「ジム、もう忘れてくれないか? 俺がここにいれば、あんただって寂しくないだろう?」
 これはロイのはずだと、ジムは思った。
 この意識だって、どこかから入り込んだはずはない。それとも二重人格だとでもいうのだろうか?
 もともと神経が細そうな人間に見えた。
 しっかりしたリーダーシップがなまじとれるだけに、自分でも気付いていないだろうが、ロイの神経は図太い方じゃない。
 それなのに、力ずくで誇りを剥ぎ取られ、記憶を操作され、霊魂に乗っ取られて死にかけて、とうとうそれがぶち切れてどうにかなってしまったのか、とジムは思った。
 それも子どもの頃から思い煩わされてきた、実の父親の執念に。
「小さな檻だと? あの人をそこへ追いやったのはお前だろう!」
 ジムは目の前のロイの姿の男の方へ、ずかずかと歩いていった。
 日頃暖かい男なだけに、怒りが支配すると、普段よりも数倍大きく見える。
 訓練時の戦闘術ではジムはロイの技には適わない。ロイは空手の有段者であり、それも子供の頃から鍛えた技は無意識にも身体が動くほど、身に染みている。
 だが、実際の力が発揮されるとその差は明らかだった。
 二メートルを超える、ウエイトもはるかにまさるジムは、実地でのケンカの術を知っており、普段それを裡に秘めてはいても、怒ると超人的な力を出すのだ。
 ジェロームは怯えた目をして後じさった。
 だが、後ろはベランダの手すりで、どこへも逃げられない。冷たい空気がジムの顔を撫で上げた。
 ジムは目の前に立つ、細い身体をつかんだ。
 体脂肪が低すぎる、紛れもない綺麗な筋肉が手に感じられる。
「……いやだ」
「ロイを檻からだせ!」
「何も知らない!」
 いきなり鳩尾に激しい痛みが走った。
 蹴りを食らったらしい、と気がつき、呻いた時にはジェロームは室内に逃げ込んでいた。
 ジムはよろめきながら後を追った。

 とにかくジェロームはロイを見つけた。
 ジムがかけた暗示で。
 そして、自分がこの世にいるはずがない人間じゃないことに気がついた。
 だから泣いていたんだろう? だが一度出現してしまった以上、消えてしまうのがいやなのだ。
「ロイ、何をしている? なんだってそんな檻の中で小さくなっているんだ?」
 ジムは家中に響くほどの声で怒鳴った。
 バスルームのドアを開けると、片隅にジェロームがしゃがんで丸くなっているのが見えた。
 ジムは息を整え、自分を落ち着かせるようにゆっくりと歩いた。
「……あんたの親父はどんなふうだった?」
 ジェロームは上目遣いにジムを見詰めていたが、暴力の匂いがしないのに気がついたのか、いくぶんほっとしたように言った。
「優しかった。いつも一緒に遊んでくれたし。ピクニックや、キャンプやいろんなことをして…。いつも抱きしめてくれた……」
「テリーはあんたを抱きしめたりはしなかった」
 ジムが冷酷な声で言うと、ジェロームはいやいやをした。
「何も知らないくせに。テリーは俺を愛してくれた……」
「愛してくれたのはマイクだ、ロイ。あんたを抱きしめたのは、マイク・フォードだ。テリーは一度も自分の子供を抱くことなどなく、ひとりで寂しく死んだんだ!」
「ちがう!」
 ジェロームが逃げ出しそうな気配を見せたので、ジムはその腕をつかんだ。
 その途端、まわりが真っ暗になって、なんの音も聞こえなくなったことにぎょっとした。
 掴んでいたはずの腕の感触がなかった。

 見回すと、目の前に小さな箱があるのが感じられた。
 目をこすってじっと凝らすと、犬小屋のような、檻に覆われた箱だった。
 中に、無表情でこちらを見ているロイが蹲っていた。
「……ロイ? 何をしてるんだ、あんたそんなところで」
「出られない」
 疲れたような声が聞こえた。紛れもなくロイの声だ。
「あんたが出ようとしないからだろう?」
ジムはその檻を掴んで揺すってみたが、大きな鍵がかけてあるのが見え、ぴくりともしなかった。
「……疲れたんだ、ジム」
 確かにその声には生気がなかった。すべてに投げやりになっているような、厭世観が漂っている。
「……あんた、テリーの霊にとっつかまって、その思念にどっぷり浸かったんだろう?」
 ロイは返事をしない。
「どうしてテリーに育てられた男なんて生まれたんだ? あんたが考えなきゃ、あんなものは現れないはずだ。テリーの人生を聞いたんだろう? 彼は誰とも暮らしたりしなかったし、子どもを慈しんだりはしなかった」
「母が裏切らなければ、本当の親子として何の問題もなく暮らしたはずだ」
「馬鹿をいうな。……ロイ、通り過ぎた過去のやりなおしなんて有り得ないんだ! こんなのは間違ってる!」
 ジムは、掴んでいた檻をまた揺すった。
「俺は……」
 ロイの声が掠れていた。「身体の弱い神経質な子どもだった……。それは父の理想の息子じゃない。――ずっとずっと無理をしてきた。父の望むような男にならなきゃいけないと。でも俺はそれほど強くはないし、本当は父のようなしっかりとした信念を持っているわけでもない。俺は小さい頃から何となく、自分が父の子どもじゃないと肌で感じていたんだ……」
「だから何だ? 完璧な人間がどこにいる? マイクだって、弱点はあったさ。あんたが子どもだったから見えなかっただけだ! 悩んだり、泣いたりすることだってあったはずだ。あんたがどんなに出来の悪い息子だったって、マイクは愛してくれたはずだ! ロイ、そんな彼をあんたは愛してるだろう? いますぐそこから出てこい!」
「愛してるからこそ、苦しかった……。弱い俺にも、テリーを愛し続けた母にも……。それなのに包み込んでくれる父にも――。苦しくて、申し訳なくて、だから俺は……」
 ロイのすすり泣いているような声に、ジムの胸も痛んだ。
「……本当の父親に育てられ、なんの遠慮もなくのびのびと、思うままに生きてきた男があれだ。結局違う人格だ……彼は俺じゃない。俺にないものを持っている。彼の人生は目映く何の穢れもない……」
 ジムは、引きつったように喉が痙攣した。怒鳴りたいのに声が出なかった。
「ロイ」
 ようやく絞り出した声は、ひどく弱々しかった。
「だったら俺はなんのためにあんたを抱いたんだ? なんの穢れもない、苦しみもない男なら、俺は必要ないはずだ……」
 最後の方は小さく掠れ果てていた。
 ロイに聞こえたかどうかも分からなかった。
 腕を伸ばすと、ロイの皮膚に触れたような気がしたが、届かなかった。
 小さな檻なのに、なんでこんなに遠いんだ? とジムは思った。
 どうしても届かない。鍵が開かない。
 大きな鍵が内側からつけられている事に気がつき、ジムは絶望した。

 それなのに、いつまでもジムは手を延ばし続けた。

「愛してやってくれ、あいつを俺のかわりに…」
 ロイの声が遠くなっていく。
 ジムは泣いていた。
 相変わらず分からず屋で、どうしようもなく頑固者だ。あんたには俺がいるのに。
 俺が愛しているのは、そのアンバランスなあんたなんだ、とジムは叫びたかったが、すでに目の前の檻すらどこかへ消えていた。

「ロイ、本当に……ほんとうにそれでいいのか? ひとり閉じ籠もって、俺を他の誰かに渡して、寂しくそんな場所にいるのがあんたの望みなのか?」

 ……だが、もうなにも答える声は聞こえなかった。












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