[後日憚5] of [哀しみの追憶―後日憚―]


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後日譚―5―

 ジェロームは(もはやそう呼ぶしかない)、これまでの思い出をとうとうと語った。

 おしゃべりは嫌いなほうではないらしく、あの時こうだったとか、誰それがどうだったとか、いったいどこから沸いて出るのか、ちゃんとした人生を辿った者のような記憶が次々と現れた。
 ジムは適当に相槌を打ちながら、呆れて話を聞いていた。
 その中にはビリーの名前やレクスターの名前もあったが、知らない人物もあり、ロイの人生とはずれが感じられた。
 広いロイのベッドに寝転がって、時にキスをねだり、自分の話に笑い転げたり涙ぐんだりしながら飽きることなくジェロームはしゃべり続けた。
 ふと、ジムに目をやり「聞いてないだろう?」と拗ねてみせる。ロイのことを考えていなければ、微笑ましく愛らしくさえある。

「いや、聞いてるよ。でもあんた、あのことは覚えてるか? あんたは最初の任務のときに捕虜になったんだ。十人もの人間に滅茶苦茶に嬲られたろう?」
 ジムが言うと、ジェロームは押し黙った。
「いや、二十人だったかな。俺はあんたが死ぬかと思った」
「嬲られた? 俺が?」彼はげらげらと笑い出した。「二十人も相手にしたら、そりゃ死ぬだろう?」
 ジムは黙ってその顔を見つめた。ロイはこの話は覚えていない。後にある人物によって強制的に忘れさせられているのだ。
 だが、なにがあったかはジムが話した。この話題は、こんな風には語れないほど、忘れたはずのロイの心に重く沈んだままだったのだ。
 ジェロームにはそんな不幸はまったく訪れていないらしかった。
「ロイはどこにいる?」
 さりげなくジムが聞いてみると、ジェロームははっとしたような顔をした。
「……誰だって?」
 強張った表情で、必死にその人物を検索しているかのようだ。
「ロイ・フォードだよ」
「フォード。――聞いたことがある……」
「見つけてくれないか?」
「どこにいる?」
「分からない。俺が探してると伝えてくれ」
「……」
 ジェロームはひどく困ったような顔で、ジムを見つめた。
「俺は本当はロイの恋人だ。あんたじゃない」
 ジムがそういうと、ジェロームは戸惑ったような顔をした。
 すでに積み上げた過去にジムが恋人として認識されているのに、なぜそんなことを言うのかが理解できないらしい。
「……その人と、つきあいたいのか? 俺を捨てて……」
「そうじゃない。あんたを抱いたのは今日が初めてだ。俺はロイの恋人だ。ずっとずっと以前から」
「そんなはずない!」
 ジェロームは大声を出すと、ジムに枕を投げつけた。「からかうのはよせ!」
 ジムは投げられた枕を抱くと、ジェロームの顔を覗き込んだ。
「俺といつ会った? いつから俺たちは恋人同士になった? どこで最初に抱き合ったか、なぜそんなことになったか覚えてるか? 捕虜の記憶のないあんたとこうなるはずがないんだ。その記憶はなくても、俺とのことなら覚えているだろう?」 
 ジェロームは青緑色の瞳を揺らせた。それからベッドに突っ伏すと、声を出さずに泣き出した。
「自分がおかしいだろう? 俺が自分の恋人かどうかも分からない。あんたは実在しないんだ、ジェローム」
「記憶が混乱してるんだ。頭を打ったかどうかしたんだ。朝起きたときからぼんやりしてた。思い出せないからって、なぜそんな意地悪をいうんだ、ジム」
 ジムはため息をついた。こいつはやっかいだ、と思う。
 話をうまく自分に納得させていく。どこから現れたのか分からないが、まるで本物の意識のように見える。 

 大佐からは心配して何度も電話があったが、もし月曜になってもおかしいようならジムともども基地へは来るな、と言われていた。明日また自分も来るからとも。 
 だが、月曜だけでなくこれからずっとこの状態なら、どうすればいいんだ、とジムは思った。名前だけでも納得させてロイとして仕事をさせるか? そんなことは無理だろう。はっきりとした自我が、すでにこの男の中には存在している。それに、これがパラレルワールドがなせる技なら入れ替わりなど無理だし、SFでないのなら明らかに精神的に病気だということになる。
 ジムは暗澹たる気分になった。
 ロイは精神的な病を得たことはないが、それでも一時記憶が乱れたことがある。
 あまりにも追い詰められ、精神的な破綻が生じたためだ。

 ジムの愛する人が弱いのではない、とジムは思っている。
 一人の人物の許容できる範囲を逸脱するほどの精神的負担がロイをそうせしめた。

 今以てそのときの癖が抜けていないとは言えないではないか……。

















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