[後日憚3] of [哀しみの追憶―後日憚―]


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後日譚―3―

 包みを開けるロイの表情は、まるで子供のようだった。

 空母ミッドウエーの大型の模型の部品がぎっしり詰まったその箱をリビングの低いテーブルに置くと、ロイは早速一緒に購入してきたサンドペーパーを取り出し、部品の解体にとりかかった。
「……いきなり模型なんて、どういうことだろう」
 さっき、外に飛び出して車に乗ろうとするのを、押さえ込み、ジムは自分が運転をした。
 なんだか分からないが、夢の中を歩いているような男に運転はさせられないと思ったからだ。
 ロイが指示した店は、裏通りにぽつんとある、小さな玩具店だった。
 マニアックな模型が様々に並べてあり、奥の棚には大人でも楽しめそうな高価な模型が、ぎっしりと並んでいた。
 なんでこんな場所をロイが知っているのか、理解できなかった。
 ロイは迷うことなく1つの箱を掴むと、さっさと家に戻ってきたのだ。ジムとバーク大佐は、リビングの隅に立って、ぼんやりとその様子を見つめた。
「模型……」
 大佐はうなだれたように壁にもたれかかって考え込んでいる。
 それからふと、思い出したようにロイのそばに行き、もう一度質問した。
「君の名は? フルネームでいいたまえ」
 ロイは不思議そうな顔をしていたが、やがてはっきりとした口調で言った。
「ジェローム・R・ランド大尉です、大佐。どうしたんですか?」
 それからはじける様な笑顔を見せた。「わかった。今日は俺のこと、からかう日なんですね? さっきから俺のセカンドネームばかり呼んでるし」
「ジェローム……って誰です?」
 ジムが小声で問うと、大佐は首を傾げた。
「分からん。だがどっかで聞いた名だ」
「父親は?」
 ロイは、ふいに手を止めた。哀しそうな表情に、ジムは戸惑った。
 くるくると表情が変わる。ロイのようでいて、まったく別人のようだった。
「……大佐、なぜそんな質問をするんです? 父は死んだのに。からかうタネにはなりませんよ」
 ロイは目頭をうっすらと赤く染め、「たくさん遊んでくれた……。子供みたいな人だった」
「ええと……」
 ジムはロイの顔をまじまじと見た。
「父が作った船はもっともっと大きかった。色を塗って、まるで本物のように。俺もずいぶんたくさん一緒に作ったけど、あれにはいつも適わなかった」
「父……って…」
「彼と俺とは親子でも、親友だった。まるで兄弟みたいだって母にもよく笑われてたっけ」
 いったい何の話をしているのか、ジムには分からなかった。
 彼の父親のマイク・フォードのことはよく知らないが、ずいぶんかけ離れたイメージに思われた。
 実際、彼の親友だったはずの大佐の顔が、なによりもそう言っていた。 
 ロイの本棚の前でぼんやりとそれを眺めていたバーク大佐が、「あっ」と叫んだ。ジムが不審げに近寄っていくと、大佐が一冊の本を指差した。
「……サリンジャーのファーストネームだ」
 大佐が興奮したように言った。「テリーが気に入っていた本の作家……」
「なぜロイがジェロームなどと……。その作家はテリーと何の関係がある?」
「彼がもし息子が生まれたらつけようと思っていた名だったら?」
「……じゃあロイは…」
「ロイはマイクの父親の名だ。だがセカンドネームはロイだと言った。それはテリーと同じだが……ジュリアがマイクと結婚していなければ当然付けられなかったはずの名前だ」
 ジムは薄気味悪そうに、背後を振り返った。鼻歌を歌いながら楽しそうに模型を組み立て始めた少年のような男が、テリーに育てられた息子だということを、ようやく理解しはじめていた。

「あんなふうにしていたら、まるでテリーそのものだ」
 大佐は懐かしむようにそう言った。
 そして夕べのことを思い出し、顔も性格もまったくテリーと同じように見えるロイに、むしろ懐かしさ以外の何も感じていない自分をいぶかしんでいるようだった。
 それならば、もっといっそうテリーとして見えてもよさそうなものなのに、却って彼の子供なんだ、という安心感のようなものが沸いてかわいくて仕方ないらしい。
 まるで孫でも見ているような長閑な気分にすらなっている様子に、ジムは笑っていいのかどうしたらいいのか困った。
 昨日までの、テリーとの共通点、あるいは彼との違いをロイの中にしつこく見出そうとしていたここ数年の執拗なまでの執着はなんだったんだと、ジムはさっき聞いたばかりの話を思い出して、心の中で毒づいた。
 ロイがテリーとは違う人物だという視点の下に、それがあるからこそロイに惹かれていたのではないかと、ジムは密かに考えた。
 確かに、あけっぴろげで屈託なく微笑む今のロイは、眩しいばかりに輝いて見え、それはそれで魅力的ではある。
 腕の中に抱きしめて、あの表情を崩してみたい欲求にかられる気もする。
 だが、ジムがロイの中で一番惹かれる、ジムをもって彼の影法師になってもいいとさえ思わせる最大のものが、今のロイにはまったく見受けられない。 
 気高い雰囲気と抑圧的な、感情を押し殺したような姿が。

「このままほっとくわけにはいかないでしょう」
 ジムがそう言うと、大佐は唸った。
 月曜日が来れば嫌でも基地に出向くことになる。どうやら育ち方は違っても同じ道を歩いてはいるようなので、仕事はできるだろうが、それでよしとできる問題ではない。第一、名乗る名前が違うのでは大変な騒ぎになる。
「どうしてこんなことに……」
 大佐は渋面を作った。「すべてカタがついたはずなのに」 
 確かに怨霊に囚われているようには見えなかった。
 それとも別の世界に平行して存在するとか言う、パラレルワールドとやらからでも紛れ込んでしまったか……。
 SF好きの隊員が言っていた話に似通っている気もした。
 だとすれば、スノッブな無口な男がいきなり現れて、周りを戸惑わせている世界がどこかにあるのだろうか? バカバカしい、とジムは思った。
 有り得ない。
 そもそも昨日起こったという話そのものが信じられないことだった。そんな世迷い言はジムの世界には存在しない。
 現実だけがジムのものだった。
 だが、現実が今こうして奇妙な現象を見せている……。

 ジムは、ロイのそばにしゃがみこみ、模型作りを手伝ってもいいかと聞いてみた。
「ああ、もちろん」
 彼は微笑んで、サンドペーパーを放ってよこした。



















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