[後日憚1] of [哀しみの追憶―後日憚―]


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後日譚―1―

 ジム・ホーナーが鍵を使ってロイのビーチハウスに入るのはいつのもことだ。
 玄関から入ることもあれば、ベランダを通ってリビングから入ることもある。
 まだ土曜日の早朝だったし、ロイはおそらく寝ているだろうと思って、呼び鈴も鳴らさずにリビングに向かった。
 眠っているならば起こさずに、朝食でも作っておこうと思ったらからだ。

 ジムの目の前に、ソファの前で頭だけを仰向けて、よく知っている人物が眠っていた。 
 ソファには、ロイが眠っているのが見える。
 肌寒い朝だというのに、バーク大佐は毛布もかけず、疲れ果てたような寝顔をしていた。 
 二人で飲み明かしでもしたのだろうか? だったら客用寝室にでも案内すればいいのに、こんなところで、上司を座らせたまま、ロイだけが毛布を掛けてソファに寝ている状況に、何となく違和感を覚えた。
 それから、自分が朝っぱらからロイの家に来たのは、おかしいだろうか? と、ジムは一瞬考え込んだ。
 バーク大佐が、自分たちの関係に気付けば、いろいろやっかいなことになるかもしれない。そう思いつつ、二人の寝顔を眺めていたが、見ているうちにどうでもよくなってきた。自分たちだって、こうしてだらしなく二人で眠っているじゃないか。
 誤解されたって仕方ないような姿で。

 ジムは頭をかきながら、キッチンに入った。
 とりあえず水をケトルに入れ、冷蔵庫を物色する。どういう事情かはわからないが、大佐にちゃんとした朝飯を食わすべきだろう。 
 だが、ジムは何か見落とした不審なものがあったことに気がついた。
 認識しないまま通り過ぎたが、意識に引っかかっていた。
 振り返ると、床に点々と零れた黒い染みがあるのが目に入った。
 そばに行って触ってみると、明らかに血の跡だと分かった。それに繋がるように、部屋の隅に転がったナイフも見えた。
 ジムはぎょっとなった。
 昨夜、二人してナイフで決闘でもしたのか? いやまさか、よりによってそんなはずはない。
 ジムは足音を忍ばせてリビングに戻った。
 二人ともまだぐっすりと眠っているようだ。
 本来なら金曜の夜から、ロイはジムのものだった。しかし夕べはロイがまだすることが残っていると言って、基地で別れたのだ。
 毛布の端から覗いている白い包帯が見えた。
 足の裏から僅かに血の染みが浮いている。足の裏をナイフで刺すなど、考えられないことだった。いったいどんな状況でそういう事態になるのか……。
 そのすらりとした足首が、生々しく見えるのは、ズボンの裾が見えないからだと気づき、ジムはそっと毛布を持ち上げてみた。何も身につけていないように見える。思わず上半身に目をやると、きちんと合わせられてはいるが、ガウンの中のシャツも単に寄せられただけのようで、様子がおかしい。
ジムはそっと覗き込んだ。
 シャツのボタンがめちゃくちゃにちぎられているように見える。
 ところどころシャツのボタンをとめた布地が小さく裂けてさえいた。思わず、すぐ真下に見えるバーク大佐を見詰めた。
 この状況は……。まさか、そんな、いくらなんでも。
 ジムは息を飲み、黙ってキッチンに引き返した。
 ロイの親代わりだと自称している大佐が、そんなよこしまなことを考えている人物だとはとても考えられない。しかも老人じゃないか、とジムは嗤った。
 でも、男はいくつになっても煩悩を捨てきれないものらしい、という話を聞いたことがある。
 だが、たとえそうだとしても、襲い来る大佐をロイがすんなり受け入れるはずがない。
 ほっそりと痩せているが、ロイは強い。体力も当然あるし、戦闘の技においてはチーム一だといってもいい。じゃあ、合意だとでもいうのか?  
 だがいくらなんでも眠っている直属の最高幹部を、たたき起こして問いただすわけにもいかない。

 頭を振り、とりあえず、朝飯を作ろうと、ジムは意識を集中した。
 ジムの料理の物音と、漂う香りに目覚めたのか、バーク大佐がキッチンに姿を現したとき、ジムは支度をすっかりすませて、床を拭いていた。
「……ジム」
 息を飲んだような声で、大佐が言った。
「オハヨウゴザイマス」
 自分の声が平坦に響くのを、ジムはどうしようもなかった。
「あ、朝から掃除かね?」
「床が血で汚れていたもんで」
 ジムが言うと、バーク大佐がうっと詰まったような声を出し、しばらく考え込むような顔をしていたが、なにごともなかったようなふりをして、洗面所に入っていった。
 シャワーの音に洗面所を覗くと、洗面台からロイが常備している携帯用歯ブラシを置き、新しいタオルを添えて、ジムはそれをカーテンの向こうに伝えた。
 大佐はくぐもった声でありがとう、と言った。
 ジムがリビングに戻ると、ソファに起きあがったロイが、ぼんやりした顔をして天井を見詰めていた。
「ロイ、おはよう」
 ジムがにこりともせずに言うと、ロイはまだ夢から覚めていないような顔で、ジムを見た。
「“バーク大佐”がシャワーを使っている。あんたもすっきりさせてきたらどうだ? 顔だけでなく、身体もすみずみ洗って」
 いやみたらしい言い方にも反応せず、ロイは黙っている。やはり夕べ相当なことがあったに違いない、とジムは歯噛みした。
「……目が覚めたか。彼の様子はどうだ?」
 バーク大佐が頭を拭きながらリビングに戻って来た。
「様子……って、具合でも悪かったんですか? 足は負傷しているみたいだが」
「……夕べ基地のシャワー室でグラスの破片を刺したんだ」
 大佐はロイのそばにしゃがむと、顔色をチェックし、足を手にとって見ていた。
「ロイ、私がわかるか? ジムもここにいる」
 ロイは、黙って大佐の顔を見ているようで、よく分からない。
「何か言ってくれないか?」
 だが、ロイは黙ってぼんやりした表情のままだった。
「もう少し寝かせたほうがいいのかもしれん」
 大佐はそう言ってロイに毛布をかけ直した。されるまま、ソファに躰を沈めているロイは、目を開けたままじっと動かなかった。
 ジムは不審気な顔でそれを見ていた。
「話を聞きたいんだろう? ジム」
 大佐が厳しい顔で、ジムを見た。顔とは裏腹に、わざと暢気そうに言う。
「いい匂いだ。食事をいただくか」

 ジムはロイと大佐の顔を交互に見ていたが、やがて諦めたように大佐が向かったキッチンに続いた。















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