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第六章 ビリー中尉

 特別処置室を出たロイ・フォードは、女性看護師たちの間で話題の的になった。
 日頃クールな女医でさえも、競って彼の病室を覗きに行った。

そのため、彼の治療は常に龍太郎と、最初から担当した男性の看護師長とで行った。
 この気高そうな雰囲気を持った青年を、好奇心剥き出しの女性の目にさらすのは気の毒すぎるというものだ。
 ロイは見舞いに来た上官たちと接する時も、覗きがてら挨拶してゆく女性スタッフたちにも、同じように振舞った。
 つまり、大して愛想も良くないが、我が儘も言わない、品行方正で優等生な患者だった。
 チームメイトらしい屈強そうな若者たちが、毎日のように見舞いに訪れ、結束の固さをうかがわせる。
 若いながら、年上の部下たちにも慕われ、実年齢以上に落ち着いた青年。
 龍太郎が受けた、ロイ・フォードという人物の印象は、そんなものだった。
 傷が治癒さえすれば、退院の日も、そう遠くはないと――。

 カーターの元に、一人の男が赴任してきた。
 ロジャ・ウイリアムズ中尉という、特殊部隊学校でのロイの同期らしいこの男は、ロイとは正反対のタイプだった。
 へらへらとして、いい加減そうな印象に、カーターは先が思いやられた。
 ロイがいない今、しっかりした仕官を期待していたのだ。
 彼は、自分が海軍に入隊してすぐに、名高い特殊部隊に志願したのは別に意味はない、と嘯いた。
 海軍所属の兵士とはいえ、たいした刺激もないのがつまらなく思っていた所だったので、たまたま募集の用紙を見て、志願書にサインしただけで、実際の所、特殊部隊が何をするのかも、大して理解しないまま訓練学校に行ったのだと中尉は笑った。
「今はどうなんだ? 何をするところかくらいは、理解したのか?」
 カーターが呆れたように言うと、ビリーは俺は馬鹿ではありません、と怒ったような顔を見せ、それからへへっと笑った。
 カーターは、ため息をついた。


 歓迎会の夜、ビリーは僅かの酒で酔い、ぺらぺらと一人で笑いながらカーター相手に話をした。
 その訓練校で、名前を縮めたビリーという呼び名をちょうだいし、すでに将校のバッジをつけていたウイリアムズは、班編成で二班の班長になった。班のメンバー五人と共にめでたく卒業することだけが当初の目的だ。

 班は全部で五つあった。
そのうちの一班の班長がロイ・フォード大尉だった。
 ビリーは、飲みかけていたビールの瓶をテーブルにごつん、と音をさせて置いた。
「少佐、俺はフォードが嫌いなんだ」
 ほう、というように、カーターが目を見開いた。
「……彼の、どこが嫌いなんだ?」
 ふん、とビリーは鼻を鳴らし、テーブルに片肘をついた。
「どこって、ぜんぶさ。俺はあいつを見てると、やたらむかっ腹がたつんだ」
「やたら、むかっ腹がたつ……、意味が分からん」
 ビリーは、じろっと目つきを悪くしてカーターを見やった。
「あいつ、いつもこんな目してるだろ?」
「そこまで悪いかな? あれが素だと思うが」
「そのくせ、悪いやつじゃないんだ。こんな目つきで優しいんだ。そこが俺は許せねえ!」     カーターは、片方の眉を上げた。
 急に目の前の男が、面白くなってきた。
 ビリーはカーター相手に、しゃべりはじめた。

 最初は一班というのが気に入らないだけだった。
 自分が二班なのに、一班の存在は目障りだ。
 成績順というわけではないだろうが、実際に訓練に入ると、一班はこぞって優秀だった。「なんだ、不公平じゃないか。飛び抜けて優秀な班なんか作りやがってと、俺は頭にきたんだ」
 ビリーはぞんざいに言った。
 だが、それを聞いた三班と五班の班長たちが神妙な顔で横に首を振った。僅かの自由時間を盗むようにして、ビリーの部屋で飲んでいた時のことだ。
「あそこには、チキン・デビがいるんだぞ」
 チキン・デビはあだ名だ。
 恐がりな上に、不器用な男だった。成績は最低で、やせっぽちのちびだ。
 なんでこんな所に志願したのかまったく理解できず、班編制前の一週間、そいつのおかげで毎日全員が腕立て伏せやスクワットを、連体責任の下に百回ずつ多くやらさるはめになっていたのだ。
 デビは本名のデビッドと、デビルを縮めたもので、恐がりの悪魔という意味である。それほど、彼らにとって、お荷物な存在だった。
 訓練学校は、志願者しか受け付けない代わりに、リタイヤも簡単だ。耐えられないと判断したら、与えられたヘルメットを脱いで、校庭にある鐘を三度鳴らせばいい。そして黙って立ち去るだけでいいのだ。
 彼らは、元の海軍の職場に自動的に戻ることができる。
 これまでも数度鐘が鳴らされていたが、チキン・デビが一番だと思っていたのに、やめる勇気もないんだろうと内心、罵りながらもみんな毎日期待しているほどのやつだ。
「チキン・デビか……」
 あいつだけは班に入って欲しくないと、どの班長も思っていた。
 連帯責任は班個別になって、自分たちだけ毎日の体力を更に奪われる羽目になるのだけは嫌だった。
 余計に疲れる上に、短い食事時間が奪われ、ただでさえ過酷な訓練が、地獄になってしまう。
 だが、一班に入れられたチキン・デビはみんなと同じ時間には水中訓練や遠泳、基礎体力コースを終え、今のところ彼の班は、誰も腕立て伏せなどさせられることもなく、どの班よりも早く夕食にありついている。
「フォード大尉が引っ張っている」
 三班の班長がビールを飲みながら、言った。「俺にはできないよ。あの人は芯からリーダーだよ」
 そう言われてよく見ていると、ロイはデビを班全体ではげまし、手助けするように仕向けている。ロイがぴったりついて、精神面を奮い立たせているのが分かる。
 気がつくと、いつの間にかロイ・フォードは五つの班全員の総リーダーのような存在になっていた。
 おまけに水中爆破訓練の事故があり、その時の判断と行動に、新しい伝説の男として、特殊部隊の学校にその軌跡を記した。
 けれども、ビリーはロイ・フォードが嫌いだった。
 無表情の顔。丁寧な話し方――。
 それでいて有無を言わせぬ迫力があり、ビリーがわざとつっかかっても動じるところがない。自分よりも優秀なのも気にくわない。

 ある雨の訓練の日、長時間夜間の海に浸かった身体を温めるために、火の気のない海岸で、ビリーはテントに駆け込んだ。
 その日バディを組まされていたロイが、すぐ後から入ってきた。
 お互いに濡れた訓練着のまま、身体をくっつけ合うしか暖をとる方法がない。
 ビリーもロイも、迷わず互いにしがみついた。唇が紫色に変色し、歯の根が合わずにがちがちと音を立てているのさえ聞こえる。
「……おま、え、なんでここに、学校に……はい、た?」
 間がもたず、震える声でビリーは話題を提供した。
「国家の、安全を……守る、ため、必要なチームだ、と思った……」
「優等、なこ、こたえだな」
「おまえ……は」
「おまえとお、なじだ」
 そうだな、とロイが微かに笑ったように見えた。
「おまえ、んとこは、海軍三代なんだって? 三代チ、チームか?」
「いや……父も、祖父も……船乗り…だ」
「うちは商売、お袋が……。親父は……なんだな、まっとうじゃ……ない」
 ロイは黙ってビリーを見つめた。
 よけいなことをしゃべった気がして、ビリーは口をつぐんだ。そのまま、また沈黙が訪れる。
「は、犯罪者……てわけでもないぜ。心配すんな。出来の悪い、オ、オヤジだけど」
 ああ、とロイは頷いた。そして、なぜだかビリーの頭を抱くようにして、肩に頭を乗せた。
 そのしぐさが、ビリーの疳に触った。
 同情されているんじゃないかと、むかっ腹がたったのだ。
 ビリーは、ロイを突き飛ばすように離した。
「ビリー、暖を、取らないと次の行動に……」
 おもむろに上着を脱いだビリーは、ロイにも脱げと言った。
「濡れた服のまま、だ、暖なんかとれるか。脱げよ、暖まるようにだ、抱きしめて、やるぜ。なんなら、キ、キスするか?」
 にやりと薄ら笑いを浮かべたビリーに、ロイは哀れむような目を向けた。
「裸では、瞬時に次の行動にう、移れない。服を着ろ、ロージャ」
 ロージャ、という呼び方にビリーは思わず泣きそうな気分に陥った。
「伸ばすな、俺はロジャだ。ファーストネームで呼ぶな。ビリーでいい」
 ロージャと呼ぶのは、ひとりしかいない。
 それなのに、ロイの顔が、ビリーの郷愁の人物に重なった。
 ――ロージャ、服を着て。お願いだから。
 そう言って泣きながら、ビリーを押しのけた……。
「……寒い」
 ロイが自分の身体を抱くようにして、震えている。服を脱いだビリーはなおさらだった。そのまま、ビリーはロイを抱きしめた。
 ロイは手を伸ばしてビリーの上着を取り、抱きついている身体の背にかけた。
「おまえなんか、嫌いだ」
「……かまわないよ、ビリー」
 ――かまわないよ、ロージャ。
 答え方まで同じなんだな、とビリーは眉を寄せた。顔が似ているわけでもないのに。
 清廉で美しい、あの男と……。
 ビリーはロイに悟られないように、込み上げた涙を飲み込んだ。
「嫌いだ、おまえなんか……」

 ビリーは、訓練学校を卒業してそのまま西海岸の基地を希望した。
 ロイが東の出身で、そこに行くのを知っていたからだ。
「それなのに、半年後、辞令が来た。俺はあったまにきたね。嫌いなやつとまた、顔をつきあわせなきゃなんねいだろ?」
 ビリーはしゃべるだけしゃべると、ひとりテーブルに突っ伏して眠りだした。
 カーターは黙ってビリーの話を聞き、だらしなく眠っている顔に呟いた。
「顔をつきあわせられたら、いいけどな……」


「……なんだよ? こりゃ」
 素っ裸で目を覚まし、大事なところからすね毛から、すべてつるつるになってしまった自分の身体を見て、ビリーは叫んだ。
 どっと笑いが溢れる。チームの連中がビールを片手に、カミソリをひけらかした。
「やりやすくて助かった。ぐっすりお眠りだったからな」
「お姿拝見しましたよ、ウイリアムズ中尉」
「いやはや、立派立派」
 てんでに騒いでいるが、ビールを何杯か飲んで酔っぱらってしまったビリーは、連中の手にかかったことだけは理解した。
 歓迎会のあと、ジャックの家に来たことも覚えていた。

「……これじゃあ、女も男も抱けないじゃないか」
 ビリーが口を尖らすと、「男もかよ?」と、また爆笑した。
 それがここの新入りの儀式だと言われ、ビリーは諦めて服を着た。酒に弱い体質なのが悔やまれたが、今さら仕方ない。生えてくるまでは大人しくしておくか。
 いや、これはこれでセクシーとかいう女もいるかもしれない。ビリーはそう考えて一人笑った。
「……もしかして、お医者さんごっことかしようなんて思ってない?」
 リックが鋭く聞いてきた。「子どもの僕をかわいがって~とか」
「あん?」
 ビリーは横目で睨んだが、へらへらとビールの瓶を口にした。
「案外鋭いじゃないか」
「……まったくなあ、えらい違いだ。士官もいろいろだな」
「こないだは大変だったもんな」
 笑いながら、ジョンが言った。
「そうそう、ひとりずつしっかりぶん殴られて」
 黒人で体格のいいニックが頷く。
「こないだ……って、それ……」
「フォード大尉だよ。まいったよな、あんときは」
 ポールが、何となく赤面しながら言う。
「なんだ、あいつもやっぱりつるつるになったのか?」
 ビリーは嬉しくなって笑い出した。「それを嫌がって暴れやがったのか?」
「いや……まいったっていうのは……」
 ポールはその時の大尉の様子を、ことこまかに話した。
 みんなが異様に興奮し、なんだかおかしな気分になりそうだったこと、くらったパンチがみんなきっちり一発だったこと。
 その後すっかり、みんなが大尉を慕うようになったこと……。
「……俺はいつもシャワーを一緒に浴びてたんだぜ。けど、考えたらあの時はみんなぼろ雑巾みたいだったからな。他人のことまでかまってやしなかったけど」
 ビリーが隣に座ったジャックに言うと、ジャックは微笑んで頷いた。
「そう、あんな綺麗な身体は見たことがなかった」
「……綺麗」
 ビリーは息を飲んだ。
 この俺が、なんでそんな素晴らしいものを見逃していたのかと、ちょっと後悔した。
 正直言って、さすがのビリーも肉欲どころではなかったのだ。地獄の訓練の間、欲と言えば、眠ることと食うことしか考えていなかった。
「ふうん。だったらこれからたんまり拝見するかな」
「でも……」
 ジャックがしんみりと目を伏せた。「もう、戻られないかもしれませんよ」
「なんで?」
 隊員達が全員しんとなった。
 野性的なリックの顔が、子どものような泣き顔になったのに気付いて、ビリーは心臓が大きく鼓動を打つのを感じた。
「……捕虜に、なったんだ」
 ポールが囁くように言った。
「なんだと? とっつかまってんのか? どこにいる?」
「いや、もう戻っている。それに何日もじゃない。夜捕まって、明け方には救出したんだ。曹長も。あの人は肋骨やなんか、数カ所骨折してて入院中だし。大尉はずいぶん長いこと眠ったままだったんだ。やっと会えるようにはなったけど、容態は悪そうだな」
「撃たれたのか?」
「どうもな。分からないんだけど、相当ダメージを受けてるらしい。殴られすぎて内臓破裂状態に近いとか、なんかそういう話だけど、誰もちゃんとした情報は聞いてないんだ。極秘扱いなんだよ」
「俺は彼らの救出メンバーだったけど、発見した時は、二人とも間違いなく死んでると思ったよ。悲惨なんて状態じゃなかった」
 リックがその時の様子を思い出したのか、ごつい顔をぐいっと拳で拭った。
 ビリーは一気に酔いが覚め、唇を噛んだ。
 大嫌いな男が待ってるならと、意気込んできたのになぜだか不在だった。誰かに聞くのもしゃくにさわって昨日から黙っていたが、まさかそんなことだったなんて。
 捕虜、という言葉が実感として湧いてこなかった。
 自分だっていつそういう目に遭うかも分からないのに、ビリーにはまったく別の世界の話のように思えた。

 ――服を着ろ、ロージャ。
 美しく、気高い雰囲気を持つ、大嫌いな男。
 長いこと眠ったまま――。

 あのロイ・フォードがそんな目に遭ったなんて、信じられなかった。




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哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

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僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評