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第四章 出動

 大尉が赴任して四ヶ月後、チームは出動となった。
クリスマスが終わって、街はすぐそこまで来ているニューイヤーの出迎えに浮かれ気味の空気を漂わせていた。出動メンバーが決められ、十二人が隔離されてその任に就いた。
 事前に何度も説明会が行われ、自分たちが何をするのか、どう動くのかを丹念にチェックし、それに合わせた訓練を行って、ようやく出動となる。
 ただの訓練で終わる場合も多いその招集が、現実に動き出したことで、隊員たちは新たに気持ちを引き締めた。
 無事、任務を終了して戻ること、それが彼らの願う、唯一の結果であり、目的である。
 狭いヘリコプターの乗客となって、カーター率いる隊員たちは海に入る準備を整えた。

「びびってるでしょ? 大尉」
 ジムが、隅に立っていたロイに笑いかけてきた。ロイはちょっと驚いたように目を開け、薄く笑った。
「……そうだな。びびってると思う」
「大丈夫、訓練どおりですよ。なにもかも、訓練と同じです。大したことは起こらない。なんだこんなもんかって、拍子抜けして帰途につくかもしれませんよ」
 これから行くところは、武装したテロ集団がアジトにしている場所だ。
 いつ、どこから不意に弾が飛んでくるか、分からない。
 訓練とは違うに決まっているが、ロイは頷いた。
 それが、ジムの気遣いにすぎないと分かっていても、ロイには有り難かった。
 確かに、必要以上に身体に力が入っていたようで、ほうっと息を抜くと楽になった。
「帰ったら、また一緒にビールを飲もう、ジム」
「いつでもお相手しますよ、大尉」
 ジムは温かい微笑みを浮かべた。

 甚大な被害を祖国にもたらしたテロ組織の巣窟が発見され、いつの間にか我が国の武器弾薬までがそこへ横流しされて、保管されているという。
 それを密かに破壊して、戻るというのが今回の任務だ。
だが、それが現場で成功するのは、あくまでも事前にCIAや現地からの報告による情報が正確な場合だ。
 情報が不正確なのは命取りだ。
 海から上がって、最初に目標にしていた建物が違っていたことから、嫌な予感はあった。
 破壊活動をするための建物はがらんどうで、廃墟となっていた。
 ここ数日の間に場所を変えたらしいと連絡が入ったのは、そのがらんどうの探索を行っている現場でだった。しかも新しく発見したその場所――工場――にはほとんど見張り程度にしか兵士はいないということだったにも関わらず、幾人もの迷彩色の姿があった。
「斥候を出す」
 カーター少佐は、自分とジムが敵方の様子を見に行くことを提案した。
「俺が行きます」
 ロイは、カーター少佐に進言し、少佐はそれを承諾した。
 ジムは、初陣となる任務の様子が、これほどまでに困難な状況であることを申し訳なく思った。ジムのせいではないが、緻密に立てた計画通りに進まないことにジム自身が苛立っていた。極秘任務は時間が限られているのだ。
「お前達の報告次第では、このまま引き上げる」
 カーター少佐はそういうと、ロイの肩を叩いた。「しっかり頼む」


 ジムとロイが、巨大な工場の建物に侵入したとき、そこが敵の兵士達の巣だったことに驚いた。多くの兵士達がうろうろしている。
 情報では、彼らの基地は攻撃目標の工場から三キロ離れた村の中であったはずなのだ。しかも、破壊目的の対象物はこの建物の中にはなさそうだった。
 ロイはジムを促し、脱出のために出口に向かいながら、順次インターカムで、カーターに報告した。今回の任務は、もう一度作戦を立て直さなければ、密かに破壊することなどできそうもない。合衆国の海軍が、面と向かって攻撃してしまえば、戦争が始まってしまうかもしれない。
「分かった。戻ってこい。引き上げる」
 ロイの報告を受けた慎重なカーターの声が、インターカムを通して響いた。
「戻るぞ」
 ロイに頷いて、ジムも踵を返しかけた。
 不意に不穏な気配がして、ジムは銃口を向けた。同じようにMP5の筒先を向けていたロイがそれを下におろすのが見えた。
 建物の方々に、鈍く光るものが僅かな灯りにきらりと反射した。
 取り囲まれているのだ、とジムもM16を下に向けた。
 その夜、カーターのもとに、斥候のふたりは、いつまで待っても戻っては来なかった。

ジム・ホーナーは泣いていた。
顔を腫らし、拷問という名の暴力を受けた身体が、自由に動かないほどに痛めつけられていた。
 嗚咽が喉からむせるように、零れ出てくる。
しゃがんで壁に背を預け、ジムは今、ロイ・フォードの身体を後ろ抱きにして座っていた。
さっき、意識を取り戻した時に、素裸で倒れていた男の身体は、ジムが触れるのも躊躇われるほど痛めつけられていた。
拷問をした男達が去った後、身体中の、鞭による傷跡から血が流れて全身を染めているロイ・フォードは、蒼白を通り越したような顔色をして目を閉じていた。

死んだのだと、ジムは思った。
 だが、ロイは目を開けた。
「俺を見るな……」
 身体のダメージよりも、辱められたことに意識がいっていたのか、ロイは逃げるように部屋の隅に這っていき、ジムから自分を隠そうとでもするかのように背を向けた。
「こんなことは大したことではない、頼むから死ぬなんて考えないでくれ」
 ジムは何度もロイに頼み、その身体を抱きしめた。ロイは、分かったのかどうなのか、気丈にも起き上がって自分で衣服を身につけた。
 ある意味、ジムはほっとした。
 立ち上がることもできないのではないかと思っていたロイは、意外にも見かけほど損傷は受けていないのでは、と。
 受けた屈辱は多大なものであっても、とにかく無事に生きていると。
 だが、そう思ったのもつかの間だった。
 蒼白な顔から、さらに色が抜けていき、ロイはがっくりと膝を落とした。
 みるみる分厚い生地でできた戦闘服の裾から、赤い血液がこぼれ落ちる。
 ジムが慌てて倒れかけた身体を支えると、そのまま意識を失った。
 二度とロイが目を開けることはなかった。

「ちくしょう」
何度もジムは呟いた。「ちくしょう……」
 ロイに加えられたのは、鞭と暴力だけではなかった。
 ジムの目の前で、この潔癖で誇り高い白い身体は蹂躙され、幾人もの男達の手によって、辱めを与えられた。
 後ろから抱きかかえている、ジムの太腿に生ぬるい不快な感触が広がっていく。
 ――この血は、どこの傷から出ている……?
 ジムはぞっとした。鞭の跡でひどい傷を負ってはいたが、切られたり撃たれたりした跡はなかったはずだ。だとすれば――。
 ジムの想像が当たっているならば、それは外ではなく、身体の内臓から溢れてきているのではないか?

 なにが行われたのか、ジムにも分からない部分が多い。
 ジム自身が、縛られた身体で暴れかけては、あるいは大声を出しては殴られ、蹴られて気を失った。最終的に、どんなことが行われたのか、ジムは見ていない――。
 剥がされた衣類。
 暗い鉄骨と煉瓦でできた、薄汚い牢の中に浮かび上がる白い白い、可憐な風情の裸体が脳裏に甦る。それを見て、男たちがどういう欲望に囚われたのか、それはジム自身がかつての儀式で経験済みだ。
 そこに理性もなく、なんの障害もないのであれば、抑圧された生活をしているであろう、男たちのすることはひとつだ。
 そして、彼らにとって、捕らえた獲物を生かしておく必要がないとなれば――。

 今、こうして息をしているだけで不思議なほどだ、とジムは唇を噛んだ。
 男達は残虐な興奮に支配され、獲物の息が止まりそうになる寸前まで、行為がエスカレートしていったのだけは、確かだった……。
 明日、もしもこのまま脱出できなければ、同じことが繰り返されるだろう。ジムは朝一番で射殺されてしまうことだって考えられる。
 そして、そうなったらロイは、間違いなく息の根が止まる。
 いや、とジムは冷たくなってきた身体を必死で擦りながら、新たな涙を溢れさせた。

 ……明日の朝まで、生きてはいまい。
「少佐、たすけてくれ……! すぐに、すぐにここへ来てくれ……!」
 ジムは必死で、ロイの心臓のあたりをマッサージし続けていた。
 まだ、外には見はりの兵士のぼそぼそとした会話が聞こえていた。
 ジムは、死んだように目を閉じ、今は冷たいロイの手を握りしめていた。マッサージするほどの力が、ジム自身からも失せかけていた。
 意識を無くしかけては、はっと目を開け、ロイの様子を伺う。ぐったりと項垂れてはいるが、顔の前に手をかざすと、微かな呼吸がある。繰り返し繰り返し、ジムは闇に落ちそうになりながらもかろうじて、意識を保っていた。

 ことり、と音がしてひたひたとひそめたような跫音がした。
 牢の鍵がかちゃりと音を立てて開く。
 だがもう、そちらを見ることができない。とうとう、処刑の時間が来たのかという、無念と諦めに似た気分に襲われた。  
 目を開けると、目の前に人の影がぼんやりと見えた。
 まだ足りずに、暴力を加えられるのかとジムは思ったが、ジムの目線にしゃがんだそれは、良く見知った顔だった。
「……ジム、大丈夫か?」
 強ばったような顔で、ジムを覗き込んでいるカーターの顔に、やっと安堵の息が漏れた。
 壁によりかかったまま重なるように抱いていたロイの身体が、やけに重く感じられた。
「遅くなってすまん。おまえたちの居場所が分からなかったんだ。見はりがやたら多かったのと、地下への道が封鎖されていて。それにも時間を食った」
「少佐……」
「……ひどいな。大尉は……?」
 カーターはロイの首筋に触れ、目を閉じた。
「い、生きてますか?」
 ジムが不安そうに声を漏らすと、カーターは頷いた。
「脈が弱いが、生きている。行こう」
カーターはロイの身体を抱え上げ、肩に担いで立ち上がった。
「くそ…、身体が……」 
ジムは唸るように言うと、身体を起こそうとした。それをポールが支えた。
「腹をやられたんですか?」
 腹部をぐっしょり血の色に染めたジムを見て、ポールが眉をひそめた。
「そうじゃ……ない。これは大尉の……血だ」
「大尉の? 撃たれたんですか?」
 ジムは、なにも答えなかった。
 ポールがジムの肩に腕を差し入れて立たせると、銃を構えてあとに続いた。

 空が微かに白んでいる。
 間もなく、夜が明けるのだ。
 異様に出入りが多く、この時間になって、やっと倒すのが見はりだけになったのだとポールが囁いた。
 外へ出て、茂みに身を潜めて様子をうかがいながら、カーターがポールに言った。
「車を調達したいな」
 ポールが頷いた。

 まもなく全員が集結した。 
 全員と言っても来た時の人数の半分もいない。他の連中は、先に引き上げたのだろうと察せられた。
 敵の車が止まっている駐車場代わりの広い草地に来ると、鍵をつけたままのジープを物色した。怪我人を乗せ、ポールとジャック、リックはいったん降りると他の車のタイヤをすべて切り裂いて急いで戻った。
 リックが腰につけていた爆薬の起爆装置を手にした。駐車場とは間反対の、さっきの地下牢に仕掛けた爆弾を起爆させる。
 激しい音がして、間もなくざわざわとした騒動が持ち上がった。ポールは次の爆破をリックが行うと同時に車のエンジンをかけ、スタートさせた。
 敵方の、ほとんど全員が爆破騒ぎに気をとられていたが、駐車場へかけつけた兵士もいた。走り出しながら、その付近に手投げ弾を放った。リックは次々に仕掛けていた花火を打ち上げ始めた。
 ジムは後部座席に押し込められながら、仲間が救出に来てくれたことが、まだ信じられなかった。
 そして、傍らに座らされたまま、上半身をジムに預けてぐったりと目を閉じた上官の顔をじっと見た。
 そっと脈に触れてみる。
「生きてますよ」
隣に座っていたポールが安心させるように言った。
ポール、リック、カーター、ジャック。
救出班以外の者は、先に予定どおりにボートで潜水艦をキャッチさせるために、沖に出したのだとカーターが言った。
 チームの結束は堅い。誰も置いては帰らない。
 どれほど、足手まといになっても、必ず連れて帰る。
 それが、掟でもある。一瞬ののち、誰もが負傷者になる恐れのあるチームの中で、それは隊員たち自身の祈りのようなもである。負傷者を切り捨てればいずれ、自分もそうなるという、確定した恐れが士気を鈍らせるのだ。だが、そんな掟などなくても、現場に向かう彼らに、仲間を見捨てるものなどはいない。
 それでも時として、犠牲にせざるをえない場合がある。
 生死の分からぬものを探すことで、部隊全体が全滅しかねない場合に、切って捨てられるとかげのしっぽのように、彼方の国に置き去りにされることがあることを、誰もが知っている。それは大抵、はるか遠くの母国の、彼らを命令下に置くものの声によって実行されるのだ。

「チーフたちを捕らえたあと、大勢のテロリストたちが現れました。多分仲間がいると、連中、俺たちを必死で捜索してたんです。応戦して二名が負傷しました。そのあとは、煙にまくように隠れて、敵の目から逃れた」
  とりあえず、いったん退去しろと言う命令が下りたのだという。
捕らえられたものの捜索は、後日改めて出直すというのが、作戦本部の決めたことだった。
 それをカーターは拒否した。
 それならば、ひとり残るというカーターに、司令部はかろうじて二時間の時間を与えた。その時間を過ぎたら、必ず引き返せと。
 誰もが共に残りたがった中から、くじ引きで救出班を決めたのだとポールがジムに語った。その二時間で、ジムたちの居場所が分かるはずなどないと絶望しながらも、奇跡は起きたのだといいながら、ポールの声は涙で潤んでいた。
 ジムは目を閉じて、話を聞いていた。

 車は数十キロも走り続け、ジャングルのような森を抜けた。
 本部が指示した森の先に、開けた草原があり、彼らはそこで待つことになった。
 そろり、とリックとジャックがふたりでロイを草地に下ろした。
「……ぅ……」
 微かに、ロイの眉が寄せられた。
「意識が戻ったか?」
 カーターが期待したように叫んだが、ジャックはゆるゆると首を振った。
 脈をとり、衛生兵であるジムの持ち物のリュックからジャックは点滴を取り出してロイの腕に針を刺した。
 今必要な輸血の装備などはもちろんない。抗生物質の入ったパックをジャックは持ち上げたまま、そばにしゃがんでいる。
 その目は、ロイの顔から離れない。
 じりじりと、全員が迎えのヘリコプターの音がするのを待った。
 だが、青い空を見せ始めた森の中には小鳥のさえずりが聞こえるばかりである。 
 それは、気が遠くなるほどの時間に思われた。
 横たえられた大尉の有様は悲惨だった。
 全身が血塗られており、青ざめた顔は無惨にもひどく痛めつけられていた。生きているのか死んでいるのかすら、見た目には分からないほどぴくりとも動かない。
 その様子は、全員を凍りつかせた。
 ジャックが、腫れ上がった顔をタオルで拭っている。
 日頃の聡明で、端正な顔などまるでない、見る影もない姿だった。
リックが全員のリュックから薄い毛布を出し、草地に横にしたロイの身体を包み込んで、上から被さるようにして風から守っていた。
ジムはそのそばで、更に二人を庇うように風除けのように蹲って、じっとロイの顔を見ていた。
やがてむかつく吐き気をとうとう我慢できず、その場を離れ、ポールに庇われながら繁みの影で嘔吐した。すでに座っていることもできないほどにダメージを受けており、大尉の寝かせられた近くまで戻れないまま、ぐったりと横たわった。
 ポールがジムの上にも毛布をかけ、しっかりしてください、曹長、と声をかけた。

 カーターはジムのそばに行くと、しゃがんだ。
「大丈夫か? 曹長」
 ジムは目を閉じたまま、頷いた。
 横になったままでいいと言ったにもかかわらず、ジムは身体を起こし、座った。目を開けても、ジムはカーターにもポールにも視線を合わせなかった。
 詳細を報告しろ、という言葉に、そばにいたポールをロイの看病に行くように頼んだ。ジムが人払いをしたようにカーターには思えた。
 これから話すことを、上官以外に知られたくないようだった。
ジムはひと言ひと言を押し出すように、語り出した。
「……少佐…、大尉は大勢の男たちに……レイプ…されたんだ」
カーターは、綺麗な二重の目を細めた。
「…ただのレイプじゃない。意識のあるうちは……、さんざん辱めた。だんだん…それはエスカレートして……。命を奪うほどの責めを……」
 ジムはたまらず嗚咽を漏らしだした。
「……結局、どうした?」
 ジムはきっとした目をカーターに向け、声を荒げた。
「……知っているでしょう? 大尉の性格を。一切何も言わなかった。俺にもそう命令した。命乞いばかりか、最後の最後まで悲鳴すら上げなかった……。それが男たちを感情的にさせて……。それで……、惨いやりかたでやつらは大尉の命を、命を……。あれが人間のすることだなんて俺には……。殺すならひと思いに銃で撃てばいいものを……あの人の身体は外も中もめちゃめちゃにされてるはずだ……!」
 激しく呼吸を始めたジムの肩に、カーターは手を置いた。
「ジム、もういい。また落ち着いてから報告は聞く。彼はまだ生きている。しっかりするんだ」
「……大尉がひとりで責めを負ったおかげで、俺はその半分もなかった……。もしものことがあったら俺は…。俺は……」
 カーターはジムの肩を抱いた。 
「ジム」
カーターはジムの肩を揺すった。
「そんな思念を飛ばすな。死ぬんじゃないかと呪いをかけてはいけない」
「……呪い?」
 ジムが泣き止んできょとんとすると、カーターは生真面目な顔で言った。
「死んだらどうしよう。死ぬんじゃないかってお前が繰り返しそこで考えてると、その思念があいつに取り憑いて、本当に死んでしまうぞ。フォードは助かるよ。元気になったらあいつの大好物でも奢ってやることを考えろ」
「た、大尉の好物って……。何だろう? 考えたら、まだそんなことも知らない……」 ジムの言葉に少佐が笑った。
「じゃあ酒でも奢ってやれ」
 カーターはポケットから栄養チョコバーを出し、水を渡した。
「少し食べておけ。それとも食べさせてあげないと駄目か?」
 カーターが微笑んで見せると、ジムが微かに笑った。
 いつどこにいても、どんな状況でもまるで家庭にいるような温かさを持っているカーターの顔を見て、ジムはだんだん落ち着きを取り戻していた。
「少佐!」
 という声に、カーターは瀕死の兵士を取り囲んでいる二人の側に駆け寄った。ジムも這ってそばまで近寄った。ロイの身体が咳き込み、口から血を溢れさせたとき、カーターの顔は恐怖に蒼白になった。
ジムは手をついていた地面の草を掴み、その溢れかえる血に染まった顔を、ただ見ているだけだった。



 救急ヘリの乗員が、応急手当と点滴を施しながら、それでも困惑し、絶望の色を浮かべているのを、ジムはカーターの隣に座って、ぼんやりと見ていた。
 簡易ベッドに寝かされているロイの顔は、もはや生きている人間には見えなかった。
「まだ、息をしているか?」
 ジムは何度も隊員に尋ね、そのたびに隊員は辛抱強く首を縦に振った。
「……むごい…」
 カーター少佐は、自分の代わりに斥候の役目を申し出た、新進の将校を見詰めて言った。
 改めてジムが報告した内容と、目の前の負傷者の状態に心を塞がれていた。
「助かるように祈れ」と言っていた顔がどこにもなくなっていた。
「こんな馬鹿なことになるなんて……」
椅子に座って頭を項垂れていたポールが、負傷した兵士を見ることもできずに呟いた。
 大柄な黒人のリックは、さっきから子供のように泣きじゃくり、隣のジャックに寄りかかるようにしていた。ジャックは、俯いて顔を覆ったまま大きな身身体を前に倒して座り込んだままだった。
 結局、今回このチームは何の結果も出ないまま、重大な損傷を負って帰国することとなったのだ。
 馬鹿げた、無駄な行動。無駄な犠牲。
 ロイ・フォードの、育ちが良さそうな無意識の振る舞いが蘇る。
 そのくせ何の苦労もなくきたわけではなさそうに見える、理解しにくい性格は、この美しい外見にも原因があるのだろうか?
  身体を切り刻まれたり、打ち据えられたりする代わりに、死ぬまでレイプさせてしまうような何かが、これまでもこの男の人生を掠ったことがあったのだろうか、とカーターはじっとその顔を見ながら考えていた。
 硬質なマスクを被っているような表情が目に浮かぶ。
 あれはそういったことに対処し続けてきたことで、自然に創り出されたものなのかもしれない。
 彼がどんな人生を送ってきたのか、これからどう進んでいくのか。カーターはもっと知りたかった。
 最初からロイに一方ならぬ想いを抱いているかのようなジムは、なおさらだろう。
 ジムは時おり、発作を起こしたかのように涙を溢れさせていた。 
「ジム」
 損傷を負った左半身を庇うように、右肩を下にして横になったまま、目頭を押さえていたジムの肩を、カーターは優しく抱くようにした。 
「強い男だな、あいつは……。でも、今後お前の力が必要になってくるだろう。一緒に経験した者でなければ、彼を救うことはできないかもしれない」
 ジムは、はっとしたように顔をあげた。
「これからの彼が、今までと同じように生きていくことができるかどうか、分からない。死んだ方がましだったと、ロイに思わせるほどのつらい道のりになるのかもしれないぞ。お前がしっかり、支えてやらないといけない」
 ジムは、堪えきれない嗚咽を漏らし始めた。
 カーターは、ジムの大きな身体を抱きしめて、その悲しみを受け止めた。

 だがそう言いつつ、カーターは、もうロイがチームに戻ることはできないだろうと考えていた。
 おそらく,、誰もがそう思っているだろう。
 下手をすれば、一生病院と縁の切れない身体になってしまうかもしれない。いや、このまま病院までもつかどうかさえ危ういのだ。
 カーターは、自分の考えを否定した。さっき草地でジムに言ったことばを思い出し、助かる、絶対にと自分に言い聞かせた。
 自身の身体にも数カ所の骨折や酷い打撲を抱えたジムは、そんなことにも気付かないほどに心が傷ついてしまっている。
 不意に鋭い痛みが走ったのか、ジムが身を捩った。
 肋骨が折れているのかもしれない、とカーターは思ったが、ジムは必死でそれを堪えながら呟いた。
「こんな傷など何ほどでもない」
「……ジム」
「大尉……ロイが受けた傷を思えば……」 




硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

金の砂銀の砂第二部

金の砂銀の砂第三部

僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評