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第二十九章 訓練場のにんだごっこ

 翌日、ビリーは軍で支給されているカーキのセーターと黒い作業ズボンを身につけ、同じものをロイにも着せたが、少し考えてからそれを脱がせた。
「そいつを着てると、子供に見えないからな。扱いに混乱する。上等のセーター貸してやるから。ふかふかの温かいやつだ」
 白い私服のセーターを着せ直し、ビリーはロイに軍のブーツを履かせて、紐をかけた。
「足のサイズが同じでよかったな。スニーカーじゃ様にならねえ」
 それから、手櫛で髪を梳いてやり、思い直してぼさぼさに立ち上げた。
 遊園地、と言ったくせにビリーは、ビーチ沿いにあるそこへは向かわなかった。
 自慢のカマロに乗って訪れたのは、いつかロイが金網の外からジムと見た、訓練場だった。
「いいか? 玄関の中の受付に兵士がいる。帽子がないから敬礼はしてこないけど、口をきいちゃだめだぞ。口さえ開かなければ、おまえも大尉に見える」
 海軍では、しきたりとして着帽しているときのみ、敬礼をするのだ。
 ビリーは言いながら、ぼさぼさにしてしまっていた髪を撫でつけた。
「タートルズのへいし?」
「受付の兵士が亀かよ。ああ、でも、たぶん今日いるやつは、ビッグバードだ」
 あたまを小突くビリーの手を、ロイは握った。
 駐車場から建物に入ると、顔を上げたセーラーの兵士が、目を丸くしてふたりの腰のあたりに目をやった。何気なく視線を追って、ビリーは慌てて手を離した。手を離されて、ロイが上着の裾を掴みそうになるのを払いながら、「ちょっと入るぞ。俺たちは休暇中だけど、中に用がある」と、怒ったような顔で言った。
「はい。了解しました――あの……フォード大尉。お加減はよろしいんですか?」
 受付の水兵が、懐かしさ溢れる顔をして聞いた。
「きいろろのじゃない」
「のっぽで頭が鳥の羽みたいだろが。面だって、唇がでかくて似てるだろ?」
 ビリーが囁いた。
 ロイはまじまじと兵士を見つめ、「ビッグバード……」と言いかけて、ビリーに腕を引っ張られた。
 水兵は自分の短い、不格好な黄色ぽい髪に手をやって、「まさかフォード大尉にそれを言われるとは」と傷ついた顔をした。
 ビリーはげらげら笑いながら、ロイを引っ張って、奥へ進んだ。
 建物の奥を抜けて、裏口から広い訓練場が広がっている。
 基礎訓練用の、高い塀や様々な障害物が備えてある場所を、ビリーはひょいひょいと走り抜けて見せた。
「……すごい」
 ビリーはその勢いで、高い板の塀の上までよじ登り、手を振った。
「おまえも来い」
 身長よりもはるかに高いそれは、容易には上れない。案の定、ロイはジャンプして、てっぺんに手をかけたままぶら下がった。
「えらくまた、筋力が落ちてるな」
 ビリーが手を掴んで引っ張り上げ、塀の上に乗せてやると、怖がることなくあたりを見まわした。
 一本丸太や、だんだんに高さの違う小さな杭を渡るもの、太いロープで編まれたネットの張られたもの。
 筋力を要するものは、さすがに困難らしかったが、要領は身体が覚えており、簡単にクリアできるものもいくつもあった。
 息を切らして用意してきた水のボトルを飲み、ロイは汗をかいていた。
「楽しいか?」
「うん」
「頭は?」
「いたくない」
 ビリーは汗をタオルで拭ってやり、額に手を当ててから手を引いて歩き出した。
 次のゲートをくぐると、射撃場があった。
 目の前に、さんざん弾を喰らってぼろぼろになった、人物を模したものが立っている。
 ロイは硬直したように、その場に立ちすくんだ。
 本当に記憶がないようで、少しショックを与えたらしい、とビリーはその様子を伺った。
「ビリ……、こわい……」
 ビリーが肩に手をかけても、ロイはそのぼろぼろの人物の看板から目を離さなかった。
「こわい……か。なんでもかんでもこわいんだな、おまえは」
 大人のフォードでも、内心そういう感情があるのだろうか、とビリーは考えた。
 それを仕事に選んだくせに、顔色ひとつ変えずに銃を持つくせに。
「おまえの射撃はいつもすごい正確なんだぜ。狙った的は、絶対はずさないんだから」
 看板をぼろぼろにした弾丸の、眉間や心臓の急所に当たってるやつは、大抵おまえの撃ったやつだと、ビリーがつい、口に出すと、ロイは正面を見つめたまま呟いた。
「正確でないと、致命傷を外して倒すことができない 」
「……なんだって?」
 ロイは、ぎゅっとビリーにしがみついた。
「こわい……ここ、いや」
 ビリーは歩き出した。
「ここですることはないな。さすがに勝手に銃は持ち出せない。プールを見に行こうか?」
 ――正確でないと、致命傷を外して倒すことができない。
 的を狙うときは急所を正確に狙い、そうでないときは、わざとはずせるように?
 実戦でそこまでできるのかどうか、分からないが、それがこいつの信念なのか? とビリーは意外に思った。
 血など通っていないかのように、的に向かって無表情に銃を撃っていたロイが、内心そんなことを考えていたとは、思いもしなかったのだ。
 無意識にロイの唇から零れ出た言葉が、ビリーの脳裏にしつこく残っていた。

 水の張られたプールの縁に立ち、ビリーはここは深いんだ、とロイに説明した。
 真っ青な水が、どこまでも続いているように深い色を湛えていた。
 水はお湯ではないが、ぬるく、室内は熱いほどの温度が保たれていた。
 ビリーは上着を脱ぎ、ロイの上着も脱がせた。
 ウエットスーツを持ち出し、ビリーは潜ってみるか? とロイに聞いた。
「大尉!」
 この建物の管理責任者が、戸口から顔を出していた。運動場やロッカーはまだしも、屋内プールに勝手に入ったことはさすがにまずかったと、ビリーは舌打ちした。
「大尉は今、ちょっと具合が悪いんだ。俺が行く」
 ビリーは、ロイに待ってろと言うと、戸口の方へ走っていった。 
 ロイは、プールのそばにしゃがみ込み、じっと水面を見つめていた。
 誘うように、水が揺れる。きらきらと天井のライトに反射して、眩しさに目を細めた。
 ロイは手を伸ばし、水に触れた。
 ひどく懐かしい感触がした。さらに腕を伸ばし、そっと掻き混ぜてみる。そのまま、セーターを見た上半身が飛沫も上げずに水に這入り込んだ。
 ロイは、どんどん下へ沈んでいった。頭から真っ直ぐに落ちるように進む。それから向きを変え、水のカーテンを見つめた。
 ひどく安心できる、静かな世界に、ロイはじっと動かずに水を見続けていた。

 やっと係官に、身体をこわして療養中の大尉を慰めるために来たんだと説明して、ビリーは解放された。
 使用許可の書類にサインをさせれられる。最初からそう言って来ればなんの問題もないのに、そういう手順を踏むのがビリーは面倒で仕方がないのだ。
 そんな手順を踏むより、叱られるほうが、ビリーにとってはましなのである。見つからなければ、面倒な手続きを逃れる場合もあるからだ。
 プールに戻ると、ロイの姿がないことに慌てた。
 水の中を伺うと、微かに色の違う部分があるのが分かる。そこに沈んでいるのだと分かって、ビリーは一息に飛び込んだ。
 ぐんぐん潜っていくと、ロイはまるで水の中に座るようにしてじっと動かなかった。
 後ろから肩を掴んだビリーに振り向き、ロイは小さなあぶくをひとつ吐いて、水を蹴って昇りはじめた。
 四分近く、息を止めることができるんだったな、とビリーは思い出した。水泳の短距離ではビリーの方が早いが、潜水時間にかけてはロイには絶対に適わないのだ。ビリーは半分もしないうちに息がきれる。
 水面に出ると、ロイは息を深く吸うでもなくまた水中に沈んでいった。
 ビリーは仕方なく、自分も一緒に潜り、まるで魚のように自在に泳ぎ回るロイのあとを追った。
 筋力が落ちて、塀ひとつ乗り越えられなかったロイとは思えなかった。
 次に浮上したときには、ビリーはロイをプールの縁に引っ張り上げて、素っ裸にした。
 このままだと、ふたりとも帰るときの服がないのだ。
 自分も服を脱ぎ、ぎゅうぎゅうに絞って、サウナルームの隣の乾燥機に放り込んだ。
「ちくしょう、上質のウールだったってのに。縮むな、多分」
 ロイに貸したお気に入りのセーターを惜しそうに眺めながら、仕方なくそれも乾燥機に入れる。ついでに、靴も放り込んでふたを閉め、自動設定のボタンを押して乾燥機を作動させた。
 戻ると、ロイはまた水の中に潜ったようだった。
 心配はない。ビリーは、黙ってプールの縁に座り、なんだか間抜けに素っ裸の自分の身体を見下ろした。
 それからいきなり笑いだし、浮上してきたロイの頭を押さえ込んで、共に潜った。
 幾度も幾度も、ふたりは水の中で戯れ、手を繋いで泳ぎ回った。
 プールの縁に手をかけて、少し休憩だ、と言うとロイも並んで手をかけた。
「ビリー、アザラシ」 
 ロイは楽しそうに言った。「すいすいおよぐ」
「おまえはアザラシじゃなくて、半漁人だろ?」
 ビリーが頭を小突いて笑うと、ロイはビリーにその頭をくっつけてきた。
 濡れた細い金色の髪に指を入れ、ビリーはじっとロイを見つめた。
 ロイは、とぷん、とまた水に沈んだ。ビリーも白い身体を追った。
 強く水を蹴ると、ビリーはロイの足を掴み、自分のほうへ引き寄せた。
 ロイが振り返って身を捩る。足首から腕と持ち手を変え、とうとう揺れる髪の毛に手をかけて、そのまま唇を押しつけた。
 唇の間から、細かい気泡が上がっていく。
 うう、と水の中で呻く声が聞こえた。 
 止められるだけ息を止めていろ、とビリーは離さなかった。
 どうせ先にギブアップするのはビリーなのだ。
 たゆたう水の中で、ビリーは可能な限りのキスを続けた。
 それでも、無駄に泡が漏れてしまうせいか、いつもの半分もしないうちに苦しくなって、そのままビリーは足で水を蹴った。
 浮上したとき、ロイはビリーの腕の中にいた。
「いや、くるし、ビリー」
「でも、面白かったろ?」
「キス、いや。ビリーこいびとじゃない」
「キスなんかしてないだろ? 空気を送っただけだ」
 ロイは意味が分からずに、顔をしかめた。
 この男は、夕べの影のような怖い男ではないが、ジムやデインとは明らかにどこかが違うのが、ロイを不安にさせている。
「おまえ、恋人はいるのか?」
 ロイは不意に哀しげな顔をした。
「……ロイ、ジムとけっこんするの。デインのお嫁さんになる」
 目をまん丸にして、ビリーはロイを見つめ、それから仰け反って笑いだした。
「どっちとどうするんだ? おまえ、ふたりと同時に結婚……てか、男の嫁さんになるつもりか?」
「ロイ……へん?」
「変だ! おまえまさか、あいつらに可愛がられてるんじゃないだろうな!」
 げらげら笑いながら後ろから抱きしめ、水の中で縮こまったロイのものに、ビリーの手が触れた。
 ロイはそそけたような顔をして、首を捻ってビリーを見つめた。
「……どうなんだよ? キスの他にもこことかを触られたんだろ?」
 立ち泳ぎをやめると、身体はまた水中に沈んだ。
 ビリーは、抱きしめた身体を離さないまま、水の中で白い皮膚を撫で回した。
 下腹部に手の平が触れると、ロイはもがきだした。それでも片手でがっしりと引きつけたまま、剥き出しのものをゆるゆると触れていると、徐々にそこが変化してくるのが分かった。
 がばっと大きな気泡が吐き出され、ビリーは慌ててロイを引っ張って浮上した。
 げほげほと咳き込む背中を撫でてやると、ロイは「ビリー、きらい」と呟いた。
「けど、そのままだとつらくないか? 気持ちよくしてやろうか?」
 自分の身体の変化にどうしたらいいのか分からず、ロイは戸惑ったように目を伏せた。
 プールのヘリに押しつけて、ビリーはなおも攻撃をしかけた。
 開かれた唇から、艶めかしい吐息が漏れる。
「……いや、ビリーこわい」
「こわくないだろ? やさし~くしてやってるんだ」
 ビリーは首筋に唇を這わせ、耳たぶを噛みながら囁いた。幼い言葉を吐くくせに、寄せられた眉や微かに開かれた唇からぞっとするほどの色香を放っている。倒錯したその様に、ビリー自身が興奮していた。
「うぅ……」
 ロイが泣き声を上げた。「いや、いやいやいや……ジム、ジム、どこ?」
「今おまえを守ってるのは、ビリーだろ? 呼ぶならビリーと呼べ」
 不意に、ロイはビリーを凝視した。それがいつかの光景と重なった。
「……そんな目で見るな」
 ビリーは自分の声が微かに震えたことを知って、心の中で舌打ちした。おびえたような、信じられないという、軽蔑にも似た、その瞳をふさぎたくて、ビリーは片手でロイの顔を覆った。「そんな目で見るなって!」
 ロイは嫌がって首を振り、プールの縁を握る手に力を込めた。
 水に濡れた顔が、蒼白になった。喉からぐうっと嫌な音がして、ビリーははっと手を止めた。
 ロイは、プールの縁に手をかけて逃れるように背を向けると、そのまま吐きそうな様子を見せた。
「……ロイ」
 何度か背中が迫り上がったが、ロイはしがみついて頭をプール際につけたまま、呻き声をあげ、結局吐くことができずに泣きだした。
「もう上がるか?」
 ビリーは先に上がり、ロイの身体を引っ張り上げて、さっきまで興まっていたものが、すっかり縮こまっているのに目をやった。
 サウナルームに入ったときには、ロイは完全に泣いていた。
「おまえだって、気持ちよさそうにしてたじゃないか」
「いやいやいや」
「風呂でそこを洗ってやったの、忘れたのか? 今さらだろ。中まで綺麗にしてやろうと思っただけだぜ。貯めとくと身体に毒だからと心配してやったんだ」
 ロイはぐいっと涙を拭った。
「ジムとデイン……どこ?」
「……ジムとデインは、優しいのか?」
 ロイは頷いた。
「俺だって優しいだろ? 破格のサービスしてやってるんだぜ。少しは感謝しろよな」
「……ジムとデイン……きょうかえってくる?」
 こねえよ、とビリーは頭に手を乗せた。
「だから、いやでも俺といなきゃなんないんだ。分かったか?」
 ぐすっと鼻をすする音がした。
 ごめんな、もうしないからとビリーは微笑みかけた。
「今夜もピザにするか? マイキー。俺はでかいステーキが食いたい気分だけど、つきあってやるよ」
「ロイはマイキーじゃない」
「じゃあ、ロイはなにが食べたい? しろいののパンか?」
 ロイは、やっと唇に笑みを浮かべた。
「くろいののもたべる」
 今夜、俺は理性に勝てなくなりそうだぜ、と呟きながら、ビリーはロイの顔を見つめた。

 自宅近くのコンビニにふたたび寄ったとき、ビリーはいきなり両側から現れた男に腕を掴まれた。
 コンビニの親父が、狭いカウンターから身を乗り出して見ている。
「……なんだ?」
「大人しくしろ」
 男たちは、鋭い目でビリーを睨みつけた。
 悲鳴があがり、目の端に、男に捕らえられているロイの姿が映った。                             
「いやぁ!」
 ロイが身を捩ってしゃがみこみ、コート姿の男が無理矢理立たせようとするのを見て、ビリーは怒鳴った。
「そいつに触るんじゃねえ! 普通じゃないんだぞ! 手荒に扱うな」
「誘拐の疑いで、探している男性に間違いなさそうだ」
 あなたはロイ・フォードですか? と何度声をかけられても、ロイは嫌がって泣き、ぐずぐずと身体を捩っている。
「誘拐の容疑で、貴様を逮捕する」
 ビリーを抑えていた男のひとりが言った。
「馬鹿言え、俺はやつの同僚だ! ふらふらほっつき歩いてるから面倒見てただけだ!」
 後ろ手に回され、冷たい手錠がかけられた。
 刑事が権利を暗唱するのを聞きながら、ビリーはまいったな、と呟いていた。まったくとんだ休暇になったもんだ。
 悲鳴のような泣き声があがる。
「……おい、そんなに泣かすなって言ってるだろう? べたべた触ってないで、容疑者じゃないんだから、解放してやれってば。子供なんだって、そいつは」
 ロイにかまっていた刑事らしき男が持てあまして手を離すと、ロイが駆けよってきてしがみついた。
「ビリー、こわい、こわい」
 コンビニのドアが開き、ドクターナカニシが刑事に誘われるようにして入ってきた。
「……ウイリアムズ中尉。あなたがロイを……?」
「だから、誤解だって! くそ、この手錠を外すように、こいつらに言ってくれよ、ドク」
 ドクターは、刑事たちにビリーを離してくれるよう頼み、ビリーにしがみつくようにしているロイの肩に手を置いた。
「……ああ、でも良かった、ロイ……探したんだよ」
「ドク……ロイ、あたまいたい……」
 いたいいたい、とロイはしゃがんで頭を抱え込んだ。

 次の日の夕方、ジムたちは戻ることになった。
 雨の降る沖でゴムボートに乗り移って、作戦の一部である潜水からフェリーに見立てた船までの乗船を繰り返し行ったあと、それが単なるシミュレーションだったことが、後にわかった。
 やっとSEALS専用の小型船が迎えに来て、帰途についた。
「……まずいタイミングでシミュレーション組みやがって」
 ジムが不機嫌に、デッキから陸地を見つめた。
「毎度のことだ。これも仕事のうちのひとつさ。わかってたらおまえは来なくてよかったのにな、ジム」
 カーターは、隣に立って葉巻をふかしていた。
「珍しいですね。葉巻なんて」
「君も吸うか? さっきここの船長の大尉にもらった。ずっと苛々していたんで。落ち着くぞ」
「尉官の船長か。――確かに我々の仕事はいろいろですね、少佐。俺も入隊した当時は駆逐船の甲板員でした。でも、それだとやっぱり長いこと陸にもどれない」
 ロイと共に暮らすための手段を言っているのだ、とカーターは理解した。
「時間に不規則なのは、変わらん。毎日帰りたかったら、基地の掃除係でもするしかないな」
 ジムは頷き、乾いた声で笑った。
 帰る前に、バークから龍太郎の報告を聞き、カーターとジムは青くなった。
 だが、今は無事に龍太郎といると聞いてほっとしたあと、ビリーが逮捕された話に、笑い転げた。
「ビリーが、ロイの面倒を……?」
「なんか、縮んだセーターを着せられてたらしいが、あとでビリーに弁償しろと伝言を受けた」
「縮んだセーターの弁償? 相変わらずわけのわからんやつだ」
 ビリーは、さんざん警察に事情を説明するために時間を食わされたあと、今夜は最後の休日を惜しむようにガールハントに出かけたらしい。
「その、黒いマーキュリーの男を警察は追っているらしいが、ナンバーが不明ではどうしようもないようだな。君たちの周りで心当たりはないか?」
 ふたりは顔を見あわせて、首を振った。
 バークは、真面目な顔で続けた。「私も一刻も早くロイに会いたいが、サムから連絡が来てね。叔母の葬儀に行かねばならん。悪いが、先に帰っててくれないか?」
 バークは、早めに戻るからと、基地をあとにした。

 別荘の前に車が止まったが、出てきたのはロイではなくドクだった。
 ロイはソファに寝転がって、毛布を掛けられていた。
 ジムとカーターの顔を見ると、ひどく嬉しそうに顔を輝かせたが、起き上がろうとはしなかった。
「ロイ、よかった、無事で……。置いていったりしてすまなかった」
 ジムは涙声で横たわったままのロイに縋り付いた。
 ロイも広い背中に手を回し、ぎゅっと力を込めてジムの胸に頭をくっつけている。
 しっかりと胸に抱きしめたあと、カーターに抱きしめられ、されるままにソファに横たわっているロイの様子を訝るように、ジムはドクを見た。
「熱が出てて……頭が痛むらしいんです」
 ドクターが言うと、ジムが傍らにしゃがみ込んだ。
「大丈夫か? ロイ」
 ロイは、答えるのも大儀なようで、眉をひそめただけだった。
 ジムとカーターは、それでも無事そこにロイがいることに安心した。
 その後訪ねてきた刑事に、玄関先に残されていた泥の足跡の写真を見せられると、ふたりの表情は曇った。
 もちろん、ビリーのはこれほど大きくはない。
 ビリーの話では、彼の連れの女性がお節介を焼かなかったら、そのまま連れ去られたはずだという。その幸運に、ふたりはほっと息をついた。
 ドクを待っていたロイが、あの雷雨の中、外へ出るはずがない。足跡から考えても、ロイを目的にここへ訪れた、なにものかに違いない。
 邪悪ななにかが、ずっとロイにつきまとっている。
 ぼろぼろに壊されてもなお――。
「いったい、何者なんだ?」
 カーターの言葉に、ジムも苛立つ思いを懸命に堪えた。
「……あの写真を寄越したやつと同じ……だと考えていいでしょうね。明らかに我々の留守を狙ったんだ」
「軍の関係者ってことか……」
 ソファの中でロイが大事そうに持っているものに、ジムは手を伸ばした。
「パンの缶詰?」
 ドクが頷いた。
「ビリー中尉が、それを買ってやれとおっしゃるので、買ってきたんですが」
「うさぎのパン」
 ロイの言葉に、ジムは微笑んだ。
「焼いて食うタイプだな。いつもの俺たちが食べるのと違って。――じゃあ、これを焼こうか? 食べるか?」
「あとでたべる」と、ロイは目を閉じた。
「よほど、頭が痛いらしいな」
 カーターが、缶詰を指先でコン、と弾いた。



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