[愛しきロイ] of [硝子の破片]


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第二十六章 愛しきロイ

 公園の隅のベンチに腰掛け、のんびりとした空気にジムは深呼吸をした。 
 隣に座って、じっと雲の去っていく方向を見ているロイに、ジムは微笑んでいた。
「雲なんか、改めて見たことないもんな」と言うと、ロイが空を指差した。
「パラシュート。いっぱい、いっぱい」
 ジムが見上げると、確かにそれはチームが空中降下をしているときの眺めに似ていた。
「パラシュート、知ってるのか?」
「ふわふわおりるの」
「下りるもんだって、わかってるんだな?」
 一番上に飛行機のような雲まで浮かんでおり、丸いのや四角い雲が、上からしたまでぽかぽかとランダムに並んでいた。
「あの一番下にいるのが俺だ。一番上から降りてきているのがあんただ、ロイ」
 ロイは目を輝かせてその雲を見ていたが、冬の風に流され、それはすぐに形を変えてしまった。
「仕事に戻りたいんだろ? 空を降りたいだろう? 水はどうだ? 海に潜ってみたくないか?」と聞くと、小首を傾げた。
「いや」
「どうして?」
「……こわい…」
「歩けるようになったじゃないか」
 ジムはロイの頭に手を乗せ、「今度プール行ってみるか」とその髪をくしゃくしゃにした。
 いつもジムに綺麗に櫛目を入れられて、整えられていた髪が乱れると、本当に子供のように見えた。
 青緑色の澄んだ瞳は、生まれたばかりの赤ん坊のように無垢な輝きを宿している。
 ロイがくしゃみをした。くしゃみの仕方までが、幼いんだな、とジムは思った。
 ジムはコートの襟を立ててやり、自分の方に注意を向けさせると、頬にキスをした。
「……なんでキスするの?」
「好きだから」
「ジム、おかあさんみたい……。おおきいけど」
「おおきいおかあさんは嫌いか?」
「ううん。ジムすき」
 ジムは唇に軽くキスをした。
「じゃあ、これが恋人のキスだ」というと、ロイははにかんだように俯いた。
「こんなキスされたらいやかな?」
 ロイは俯いたまま、小さな声で言った。
「……いやじゃ、ない」
 ジムは顎を持ち上げ、今度は本当のキスをした。
 そっと舌を吸っても、ロイは嫌がることなく受け入れているように見えた。
 心のどこかで、ジムはずっとこのままでいて欲しい気さえしていた。毎日ままごとのようにキスをして手を握っていられたら、それはそれで楽しいような気がする。
 おそらく正気になっていけば、こんなことはできないだろう。
 でも……と、ジムは思った。それでもあの、冷たい横顔が懐かしかった。思ったことを心にためたまま、窒息しそうにしている、生きるのがへたくそな大尉の顔が。
 決してジムの恋人にはなり得ない、理知的でクールな男が。
 もう、正気に返ることなどないのかもしれない。
 ジムは思わず目元が熱くなった。
「…どうした?」と覗き込む声が、いつものロイのようで思わず顔をあげると、ロイは黙って肩に頭を預けてきた。「……なくな、ジム…」
「……ロイ?」
 一瞬、すっかり戻ったように見えたロイはジムの首に手を回し、ジムを抱きしめるようにして「ないたらだめ」と、微笑んだ。
「自分はしょっちゅう、泣いてるじゃないか」
 ジムが泣き笑いをしながら言った。
 あどけない笑顔が眩しくて、ジムは頷き、それでもなお新しい涙が零れるのを止められなかった。
 ロイはその涙を指で拭うと、自分からジムにキスをしてきた。
 あどけないしぐさに似合わず、それは大人のキスだった。
 さっきまで食べていたキャラメルの匂いが、ほのかに甘かった。
「ジムがすき……」
 真正面から見つめるこの顔が、本当のロイのまま、こう言ってくれたなら、この場で死んでもいいんだけどな、とジムは思い、夢中でキャラメルの味のする唇を確かめた。
 微かに吐息を漏らし、ロイはそれに応え続けた。


 ジムもカーターも、遊びの内容をボール遊びに変えてみた。
 浜辺でボールを追いながら、ロイは歩けなかったことなど、まったく忘れたかのように走り回った。
 そうなってくると、食欲が増し、ぐんぐん元気を取り戻してくるのがわかった。
 床に寝転ぶ姿が、だんだん見られなくなってきていた。たまにごろりと横になっているときは、ジムもカーターもしゃがまず、立ったまま声をかけて起き上がることを促した。
 ロイは自分で起き上がることが、できるようになっていた。
 身体が動くことで、落ち込みかけていた気分が復活し、ロイは楽しそうに笑うことが増えてきた。
 シャボン玉を飛ばすと、ジャンプしてつかもうとした。カーターとどっちが高いシャボン玉を壊せるかを競い合って、笑い転げた。
 なんにでも遊びの要素を見つけるのがうまいのは、どこの子供もおなじだ。
 カーターもジムもバークも、自由に動くようになったロイに引きずられるように、面白い遊びを発見し、自分たちまでが子供に戻ったように夢中になっていた。
 抱かれて背負われているときは、まるで本物の幼児のように頼りなかったのに、歩いて活発になってくると、元のロイが戻ってきた気がすることすらあった。
 カーターが庭の枝に、ロープをかけてやると、ロイは一本ロープに片足をまきつけ、するすると上っていった。それは、日頃訓練を受けていた時のままの動きだった。
「いいぞ。うまいうまい」
 カーターもジムも、大袈裟に拍手をして喜んだ。
「下りておいで」
 だが、ロイはもう腕が疲れた、と泣きだし、慌ててジムが下ろしに行った。身体は覚えていても、筋力が伴っていないんだな、とカーターは下りてくるふたりを見上げながら、ひとり呟いた。
 ジムがいきなり拳をロイの腹目がけて繰り出した時も、ロイは中腰になって咄嗟に両腕でそれを受け止め、速い動きで肩を返して反撃に出そうになった。
「お、いい動きだ」
 カーターが言うと、ロイはそのままカーターにしがみつき、受けた腕が痛かったとべそをかいた。
「ジム、きらい」
「自転車と一緒だ。一度身体が覚えたものは、忘れない。反射的に出るものは特にな。こうしてれば、脳みそにも刺激がいくかもしれないぞ」
 カーターが満足そうに微笑んだ。

 翌朝、ジムはロイをキッチンに入れた。
「腹を減らした男どもが待ってるからな。オムレツを作ろう」
 ジムが卵を流し込んで、少し固まりかけたフライパンを渡すと、ロイはフライ返しでちょいとつついて、フライパンを跳ね上げた。
 オムレツは綺麗な菱形に丸まり、手慣れた調子で皿に乗せられた。
「すごいな。できるじゃないか。というか、俺より上手いぞ。じゃあ、ケチャップで名前を書け」
 ロイは、今作ったばかりのオムレツを前に渡されたケチャップを持って、じっと見つめていた。
 持ったまま動かないロイに、覗きに来たカーターが「どうした?」と聞いた。
「なまえ、かく……」
「書けよ。簡単だろ? ROYだ」
 言われてやっと、ロイは「アール、オウ、ワイ」と呟きながら、その文字を赤い液体で綴った。
「デインも書いてくれ」
 新しく皿に乗ったものをさしだし、カーターは「D、A、N、E」と教えた。
「身体で覚えていることはあっても、こういうのは駄目なのって、なんでだろうな」
 新しい皿を出しながら、ジムが呟くように言った。

 ジムが当直でいない夜、カーターはロイと一緒に風呂に入り、ジャグジーで浴槽中に泡の山をつくって、長い時間ふたりで遊んだ。
 泡が減ってくると、細い身体をスポンジでこすってやり、髪を洗ってやった。
 オムレツさえ上手に作るのに、未だにひとりで自分のことをなにもできない。できないのか、しようとしないのか分からないが、できる、と突っぱねられたらかえって寂しい気もして、今やそれはデイン自身の楽しみでもあった。
 デインの方が、ジムより洗い方が乱暴だ、とロイが言うので思わず声を立てて笑った。
「あいつ、がさつなやつなのに、ロイには優しいんだな」
「ロブおじさん、もっとやさしくあらう」と言うので、「…ロブおじさんと、サマンサは好き?」と聞いてみた。
「うん。ロブとサム、やさしい。サムはスコーンをやくの」
「ロブおじさんと、サムと暮らしたいか?」カーターが言うと、ロイはすぐさま「デインとジムも?」と聞いてきた。
「デインとジムは、仕事でいないときが来るよ。一緒に暮らせなくなるかもしれない。でも、いつでも遊びにくるよ。……サマンサと、ロブおじさんの家で、いい子にできるかな?」
 ロイは、ちょっと考えるように小首を傾げ、「デインもジムもいなきゃいや」と言った。
「でも、仕事には行かなきゃいけないんだよ。おとうさんもずっと、船に乗って遠くに行っていただろう?」
 ロイはみるみる表情を曇らせ、大粒の涙を浮かべ始めた。
「デイン、しんじゃうの」
「ロイ……。死んだりするもんか」
 仕事へ行ったまま、ロイの父親は死んだんだったな、とカーターは自分のうかつさに唇を噛んだ。
 抱きついて泣くかと思ったのに、ロイは浴槽の淵に手をかけ、頭を乗せて、声を忍んで肩を震わせた。
「ロイ、私やジムが好きか?」と聞くと、ロイはべそをかいた声で、「だいすき」と答えた。
「ジムとデインと三人で暮らしたい?」と言うと、顔を上げないまま頷いた。
 カーターは、その頭を抱き寄せ、シャンプーの香りのする頭にキスをした。
 なぜだか微笑んでいる自分に気がつき、そんな自分に戸惑ってもいた。


「歩くようになってから、怖がってることが、減ってきた気がするな」
 夕食後、海側の掃きだし窓からベランダに出て、ロイがバークと天体望遠鏡で星を見ているのを眺めながら、カーターがジムに言った。
 ジムは珈琲とココアをバークとロイに渡して、食卓に戻ってきた。
「なんです?」
「いや、一緒に走り回れるようになって……大佐じゃないが、なんか最近楽しくてな」
 ジムは笑い、頷いた。
「床に転がらなくなったから、だいぶ普通の子供になってきた」
「……ジム、私と結婚して三人で暮らすか?」
 ジムはあやうく、熱い珈琲のカップを落しそうになった。
「俺が少佐の奥さんに……」ジムは言いながら、ぶふっと噴き出した。「…なるんですか? それとも夫に?」
「それほど冗談でもないぞ」
 ジムが顔を見直すと、カーターは眉を上げ、目をくりくりさせた。
「それとも、大佐のとこにみんなで転がり込むか? 奥さんが迷惑がるだろうな」
「……大佐と奥さんに、ロイを渡してしまいたくないんでしょ?」
 ジムが寂しげな目をカーターに向けた。ジム自身が、そうしたくないと言っているような顔をしていた。
「どうするか、本当に考えなきゃ。私か君かが仕事を辞めてでも、一緒に守ってやりたいと言ったらおかしいか?」
「それは、俺を愛してるってことですか?」
「ちゃかすな、ジム」
 ジムは考えるように口を結び、真剣に望遠鏡を覗いているロイの後姿を眺めた。
「俺は奥さんになっても、夫になってもかまいませんよ」
 ジムが言うと、カーターが笑った。
「じゃあ、どっちがウェディングドレスを着るか、じゃんけんで決めるか?」
 バークがガラス戸を開け、寒い寒いと、ロイと共に入って来ながら、ダイニングテーブルの二人に目をやった。
「誰が結婚するって?」
「いえ、誰も」
 ジムが澄ました顔で、返事をした。
 カーターが、耐えられないように、俯いて肩を震わせている。
 その脛を、ジムはテーブルの下のつま先でつついた。カーターは咳払いをして珈琲のカップに口をつけた。ロイがジムのそばに来て、後ろから肩にすがりついた。
「ロイ、ジムとけっこんするの」
 ぶっとカーターが珈琲を吹きだした。
「キスしたの。こいびと、けっこんする」
「……ジム?」
 じろり、とカーターが睨み、ジムはどっと冷や汗をかいて、口を開けているバークを横目で見た。
「ロブにはキスしてくれないのか?」
 ロイは、バークに抱きついて頬にキスをした。
 カーターが咳払いをすると、「じゃあ、デインは? デインを見捨てるのかな? ロイは」と意地悪く聞いた。「デインもロイと結婚したいな。してくれなかったら、デインは泣いちゃうぞ」
「デインとけっこんする」
 そうか、とカーターは頷き、じゃあ証拠のキスをしてくれと意地悪く言った。ロイは、ちらりとジムを見て、カーターの唇にそっと唇を触れさせた。
「……私は今、ものすごぉく嫉妬しているんだが」
 バークの横で、ジムは「俺もです」と、頷いた。
 カーターはロイを抱きしめ、今度は自分でロイの唇に音を立ててキスをすると、満足げに微笑んだ。
「よし、ロイが花嫁になるか? ウエディングドレスは君に買ってあげようね、ロイ」

 その日は、午後から激しい雨が降っていた。
 ジムは、早めの夕食を作り終えると、リビングへ行った。
 バークは今日は私用で遅くなるはずだし、カーターもまだ基地から戻っていない。
 ロイは、ソファに横になって眠っているようだった。ジムは毛布を掛けてやってから傍らの床に座り込み、座面から落ちた片腕をそっと握った。
 嵐が来るらしく、夕闇の外が時折光っていた。
 寝ていたはずのロイが瞼を開け、今は夜の海の色ような、綺麗な瞳でジムをまじまじと見た。
「どうした?」
 ジムが微笑むと、何度か瞬きをした。
「……ジムはデインと、しごと、いっちゃうの? とおいとこ」
「ああ……。そうだな。行かなきゃいけないかな」
「ずっと?」
「来年になったら、しばらく戻れないな」
 ジムは言いながら、言葉が詰まった。
「ロイ、いけないの……」
「……仕方ないさ」
 ロイはジムの方にずり寄って、ジムに肩にしがみ付くように顔を埋めた。
「甘えん坊だな、ロイは」
 わきの下をくすぐると、くすくす笑い、それから腕をぎゅっとジムの首に回した手に力を込めた。
 じっと動かないので寝たのかと思って顔をむけると、ごろんとソファに寝転がって、毛布を撒いたまま背を向けた。
「そんな毛布を巻いちまったら、寝苦しいだろ? ほら、ちゃんと掛けないと……」
 ジムが立ち上がって毛布を掛けなおそうと引っ張ると、背を向けたまま首を振った。
「なにを拗ねてるんだ?」
 ジムが背中に手をかけると、ロイは枕に顔を埋めた。
「ロイ、ロブおじさんのおうちで、サムとまってる……」という、くぐもった声がした。
「サムとふたりで、待てるのか?」
 こくんと、髪が揺れた。
「まってる……ジム……」
 ロイの肩が、微かに震えていた。


 ジムは何も言えず、傍らにしゃがんだままその姿を見つめていたが、やがて力を込めている身体をむりやり起こし、額にキスをした。
 それから頬に、唇にキスをすると、ロイは座ったまま、黙ってキスを返してきた。公園のときと同じように、甘い、大人のキスだった。カーターにキスをしたときは、こんなふうではなかった。これはジムだけに与えてくれるものだということが、ジムを満足させていた。
 唇を離さずに、背をさするように撫でまわし、シャツの裾から入れた手で、滑らかな背中にじかに触れてみた。
 体温が心地よく感じられて、ジムは背中からわき腹まで確かめるように指を滑らせた。
 不安定に後ろにくずおれる身体を支えながら、ソファに仰向けに倒し、キスをしたまま、ジムは身体を被せるように前に倒れこんだ。
 背から、身体の前面に手が移り、そっと胸元に手の平を滑らせると、ロイが甘い吐息をついた。
「……いや…」
「いやか?」
 唇を離してジムが囁くと、ロイは目を閉じたまま身を捩り、肩を下にして横向きになった。
「こわい……」
 ロイが小さな声で言った。
「……ああ、ごめんな」
 ジムは素直に謝った。言われて初めて、とんでもないことをしてしまったことに、自分で焦っていた。
 ロイがもっとも嫌がっていたはずのことを、子供の心の今、やっていいはずがなかった。

 両手で顔を覆い、ロイは唇を噛んでいた。
「……きたない…。ロイはけがれてる…」
続いた言葉に、ジムははっとしたように顔を上げた。穢れている、などという言い方は、子供のものには思えなかった。ロイは以前にもそう言った。
 俺の身体は穢れていると……。
 それが、「ロイはロイがきらいだ」ということにも繋がっているのだろうか?
「そんなことない。ロイは綺麗だ。だれより綺麗だよ」
「ちがう……きたない、きたないもの…。ロイのおなかはへん。へんなののがいっぱい」
 ジムはこれ以上ないほどの、優しい手つきでロイの髪を撫でた。
 ロイの全身には、鞭によって裂かれた跡が、未だうっすらと残っている。
 ぱっと見には気付かない程度に同化してきてはいるが、バークは始めてそれを見て、悔しがって泣いたことがあるほどだ。
 カーターは、以前から知っていたらしく、黙って眉を寄せていた。ジムはそれがついた瞬間を見ていたのだ。その傷は、ジムの心をも抉るようだった。
 ロイのシャツの裾をそっとたくし上げ、ジムは背中の傷跡に唇を押し付けた。
「……いや…」
 ロイが小さな声で言ったが、かまわずそのままキスを続けた。
「これは、汚いものの跡じゃない。ロイの勲章だ」
 背中の傷は、身体の前面よりも酷く、もっとも明確に残っていた。窪んだ腰のラインを超えて、滑らかな丸みを見せる小さなヒップにも、そして太ももの間まで、情け容赦のない鞭が飛んでいたことを、ジムはその音と共に改めて思い出した。
 サーカスで見かけるような、動物用の大きな鞭だった。
 ジムはそのまま、背中にキスをするのをやめなかった。
 ロイの身体が、小さく跳ねるように動いた。
「勲章って分かるか? ロイは偉いんだ。自分の身体を嫌いになっちゃいけない」
 ため息のような声が聞こえ、顔を窺うと、目をきつく閉じて、何かに耐えているように見えたが、嫌がって泣いているようには見えなかった。
 そのまま身体中に残る爪あとに沿って、ジムは柔らかな唇をロイに送り続けた。ズボンを少しだけ下げ、丸い双丘にも口付けた。
 ジムはロイの身体を仰向けに戻した。ロイは素直にされるままに力を抜いていた。
 シャツをめくり上げ、へこんだ腹の、縦に亀裂の入った臍に唇を押し付け、さらに白い皮膚をもっと白く光らせている傷跡に続けた。
 磁器のような肌は儚いほどの色香を漂わせ、痩せた身体のあちこちについた薄い裂かれた跡でさえ、ロイの魅力を引き立てるためにつけられた飾りように見えた。
「俺はこんな綺麗な身体、見たことないよ、ロイ」と声に出すと、ロイは目を閉じたまま、「……どうしてキスするの?」と聞いた。
「あんたが好きだからだ。キスしたいくらい綺麗だってことを証明したいんだ」
 ジムはズボンの中にそっと手をくぐらせた。                                  
「……っあ…」
 ロイが驚いたように目を開けた。ジムは顔を覗き込んで、微笑みかけた。
「怖いか? ……ここにキスしたら嫌か?」
 ロイは戸惑ったような瞳を揺らした。
「ここにも……」
 傷跡が、鞭が飛んできたものな、と、ジムは心の中で続けた。
 柔らかな温かい感触を慈しむように、優しくさすってやると、それはすでに命のあるもののように力を持ち始めていた。
「……や…ぅ…」
 喘ぎ声を漏らし、唇を少し開けた顔がたまらなく淫らに見えた。
 桜色の唇から幾度も零れ出る吐息を聞きながら、ジムは小さな胸の突起にそっと舌を這わせ、力を増してくるロイの中心を手で撫で回した。びくびくと身体が揺れ、ロイの手がジムの頭に置かれた。
 ジムはそのまま、顔を落していき、ズボンをずり下げると、柔らかな腿の内側まで残った傷跡に、そのまま舌を這わせた。やがて、熱をもったような薄いピンクのそれに唇を寄せた。
「う……ん…」
 口に含まれたそれは、子供のロイとは別の存在のように感じられた。キスをし、舌を転がして、ジムはこれまでの想いを伝えるように、夢中で愛した。
「あ…、ジ、ム…いや…あ…へん…」
 途切れ途切れに漏れ出る声が、官能を確かめるように甘いものに変わっていく。
 はあはあと、息が荒くなり、合間に「へん…なの、…くるしい…」と呟いた。
 背が浮き、下になった毛布の端を掴んで、ロイは眉を寄せて、身体の内側から溢れでそうな何かの予感に震え始めた。
「はっ、っああ…、ジム、…こわい…」
 こわいよ……と、息を詰めながら、ロイが達した。
 荒い息をつきながら、ロイはぐったりと余韻に身を任せていたが、ジムがロイの衣服を整えてやると目をあけ、どうしたいいのか分からないような顔で、ジムの顔を見た。
「ロイ……」
 ロイの上に被さるようにして ジムが顔を覗きこむと、ジムの首に手を回して起き上がり、抱きついてきた。
「いやだ……」
「ごめんな。いやって言ってたのに……。怖かったんだな? ごめんな」
 ジムが謝ると、ロイはなおも頭を振った。
「ジムがすき……。ずっといたい…。ずっといっしょ…おいていったら、いやだ……」
 思わぬ言葉に、ジムは目を見開き、それから思い切りその身体を抱きしめた。
「ロイも……いく…いっしょ、いくよ…」
 ロイは声をたてて泣き出した。
「どこへも行かないよ。ずっといる……」ジムは思わずそう呟いていた。
「ずっといるから。ロイ。あんたのそばから離れない……」
 いきなり、ジムのポケットベルがテーブルの上で鋭い音を響かせた。
 その無情な音に、ジムは背筋を凍り付かせた。
 それは、たった今からすぐに、ジムをロイから引き離す仕事を伝える音に他ならないからだった。



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