[破片の一片] of [硝子の破片]


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第二十四章 破片の一片

 ジムは、ロイの持ち物を取りにロイの家に行った。
 慌ててロイを捜索することしか考えないまま飛び出したロイの部屋に、ジムは改めてあの時のロイの状態を思い知らされた。
 あれほど丹念に掃除が行き届いていた部屋は、信じられないくらいに散らかっているだけでなく、汚れてもいた。
 脱いだ洋服、転がったペットボトル。食べかけたパンの切れ端や食品の包み紙、開けたままのクローゼットのドア。
 点々とバスルームの床についた染みは、嘔吐の跡だと思われた。同じように、完全に拭うことができなかったかのように、キッチンやリビングの床にも染みが残っていた。
 これほどにすさんだ状態だったと思うと、水に沈んでしまおうとした心理状態が察せられ、ジムはたまらなかった。
 落ちていた、中身が残った押しつぶされたクラッカーの箱を拾った。それはまだ半分以上残っていたが、袋の封が開いたままで、すっかり湿気ていた。
 洋服を手に取ると、ロイの使っている整髪剤の香りが残っていた。今のロイからはしない香りに、ジムは思わずそれに顔を埋めた。
 もうこの整髪剤を使って髪を整えることはないのかもしれない、と思うと、涙がこみ上げた。
 衣類を洗濯機に入れ、まわしている間、ジムは掃除機をかけた。
 戻ってくるときが、いつかあるかもしれない。そのときに、こんな悲惨な部屋を見たらショックを受けるだろうという、さっきとは逆の考えに、ジムは一人嗤った。
 ソファの下に吸い込み口を入れたとき、がぼがぼと何かがひっかっかって、吸引力がなくなったことを感じた。
 ジムは掃除機を引っ張り出して、ひっかっかったくしゃくしゃの紙を手に取った。椅子の下を覗き込むと、茶封筒と、他にも白い用紙があった。
 何気なく広げ、皺を伸ばして、ジムは目を剥いた。
 ロイの傷だらけの、裸で横たえられたその写真が、いつのものなのかはすぐに気がついた。だが、なぜこんなものがここに押し込まれるようにして入っていたのかが、分からなかった。

 別荘に持ち帰って、バークとカーターに差し出すと、二人ともが同じように嫌悪の表情を露骨に示し、それから同じようにジムに疑問を含んだ目を向けた。
「これはどういうことだ? 誰がロイにこんなものを見せたんだ?」
 ジムは首を振った。
「分かりませんがね。これを見て、ロイがどんなふうになったかは想像ができます。家が荒れ果てて、あちこちに吐いて拭った跡がありましたから。分かるのは、明確な悪意を感じるというだけです」
 ダイニングテーブルに広げられたロイの写真を、誰も手に取ろうとしなかった。
 カーターは、ロイの写真をそれ以上見ることができないかのように、その上に重ねて、新聞記事ともう一枚の写真のコピーを広げた。
「……これはなんなんだ?」
「四年前の記事だな」
 バークも覗き込み、記事の内容を読んでいる。「海軍大尉三年ぶりの帰還……。これがなにかロイに関係があるのか?」
「……ちょっと待って」カーターがどこかへ電話をかけた。記事に記してある日付と兵士の階級と名前を読み上げている。
「ああ、私のメールに。いや、軍用じゃない。そう。今からアドレスを言うから、頼む」
「情報が分かりそうか?」
 バークが聞いた。
「極秘扱いでなければ」
 カーターは、仕事用に持ち込んでいたノートパソコンを開いた。
 ジムは、子供用のアニメに見入っているロイの横顔を窺った。ジムが添えてやったクッションからずり落ちて、また床に横になっていた。
 間もなく、カーターがメールを開いた。
「……」
 カーターは何か言おうとしたが、黙って二人の前に画面を向けた。
 コピーと同じ写真が、クリアな画面いっぱいにカラーで映し出され、哀しげな、でも焦点の合っていないような瞳がカメラに向けられている。プラチナブロンドの巻き毛が長く伸び、青い瞳をしたその青年は美しく、どことなくロイに似た風情をしていた。
「捕らえられて……、嬲られる道具として飼われていた…ってことか? 犬小屋に入れられて……」
 写真を移動させて説明文を読んだジムが、眉を顰めた。「これほど髪が伸びているにもかかわらず、髪の毛の状態や、髭が伸びていないことを察すると、ちゃんと手入れをされていたんだな。まるでペットだ」
「髪も髭も伸び放題で、汚れた獣みたいになってしまっていた捕虜を救出したって話はたまに聞いたことがあるが……。これはこれで、異様だな。特に目的を考えると」
 カーターが苦いものでも噛んだような声を出した。
「……聞いたことがある」
 バークが言った。「これを救出したのはよそのチームだが、その隊長自身が、一時期PTSDの状態になったと私にあとで話していた。……あまりにも無残でショックを受けたと言っていた。……これのことだったんだな」
「この男は、今どうしてるんです?」
「確か……戻ったときから口も利けず、精神を冒されていた……。病院で死亡したはずだよ」
「退院後誰かに引き取られ、翌年にふたたび入院して治療中、意識が戻ったとありますね。でも結局現実に耐えられなくて、自殺を……」
 カーターが言いよどんだ。「死んでいるから、この情報が極秘から外れたんだ」
「でもなんでこれをロイに……?」
 ジムが不機嫌そうに言うと、カーターが画面を見たまま言った。
「海軍の大尉、捕虜…嬲られた……。共通点はそれだろう?」
 それから、あわててロイの方を見た。
「聞こえてないよ。でもみんなもっと声を落せ」
 バークが注意し、ジムが頷いた。
「お前もこれと一緒だと……そういいたかったのかな?」
 カーターが目を閉じて唇を噛んだ。
「そうとしか思えない。あの時救出できなければ、少なくとも数日はあれが繰り返されたはずだ。……まあ、もっとも繰り返せるほど丁寧な扱いはしてなかったから……」
 ――死んでいただろうな、という言葉をカーターは飲み込んだ。
「……いや、あいつらは飼い続けるつもりだった」
 ジムがぼそりと低い声を出した。バークもカーターも眉をひそめてジムを見た。
「そう話していた。壊さない程度にしとけと。仲間内で揉めていたほどだ」
「なら……なんで……あそこまで」
 痰が絡んだような声で、バークが聞いた。
「ロイの誇りが……リーダーの男の逆鱗に触れたんだ。最後の最後まで、あの人は逆らったんだ――」
 しんとしてしまった部屋に、アニメの音声が響いた。 
「それにしても……嫌がらせにしては、念がいっている」
 カーターが邪気を払うような声を出した。
 ジムはテーブルの上で拳を握り締め、それを震わせた。
「ちくしょう! 誰がこんなひどいことをしやがったんだ!」                           
 注意されたばかりなのに、大きな声を出したジムを、ロイが見たのが分かった。
 ジムは席を立ち、ロイのそばにしゃがんだ。
「ジュース飲むか?」
 ロイは首を振り、ジムの手をとって、また画面に目を移した。
「あのね、ジム。マイキーつよいの。にんだなの」
「そうか。ミュータントタートルズだな。亀の忍者だ」
「かめのにんだのむーたんと」
「……この兵士を担当したのは…これもハルトマンだ」
 カーターの言葉に、聞き耳を立てていたジムが振り返った。カーターはジムの顔を見ながら、小さな声で言った。
「……自殺させてしまったことは失態だったが、記憶を取り戻させる治療の功績は認められている」
「ロイの治療の写真を撮ったのは……?」
 バークが言った。
「ハルトマンのはずです。報告書に添えたはずだから」
「それを送りつけたのは、あいつか?」
 思わず大きな声を出したジムに、カーターが軽く合図した。ジムは、はっとロイを見直し、口を噤んだ。
「……おこってる? こわい、ジム」
 ロイが怯えたように、見上げていた。
「ごめんな。ロイに怒ってるんじゃない。タートルズはなんでみんな同じ顔なんだろうって、デインがうるさく聞くんだ。見分けがつかないだろ?」と言うと、ロイはくすくす笑った。
「あのね、いろ、ちがうの。あたまにつけてる」
「そうか。そういや、はちまきの色が違うな」
「あお、あおいののレオと、あかいののラフィと、きいろいののがマイキー。ドナは…ええと……なにいろ?」
「紫だな」
「むらさ、さきののはちまき」
 ジムは寂しげな目をして、微笑んだ。
「こいつら見てたら、ピザが食べたくならないか?」
 ピザは、彼らの大好物で、しょっちゅうそれを食べるシーンがあるからだ。
「アンチョビ? マイキーアンチョビすき」
 ジムは笑って、ロイを抱き寄せた。
「じゃ今夜はアンチョビのピザだ。ジムさんが作ってやる」
 うん、と頷いた後、ロイが続けた。
「ジム、ヘリのはねどこ?」
「羽根?」
 ロイの差しだした小さな模型のヘリは、あまりにもロイが握って回りすぎたために、プロペラも、豆粒ほどの車輪もなくなって、本体だけになってしまっていた。
「プラモだからな。すぐに壊れちまうんだ。これは持って歩くものじゃなくて、飾るものだからな」
「もってたから? ……もう、ヘリ、とべない? ロイがこわした……」
 いいさ、とジムは微笑んで頭を撫でた。
「ロイが羽根の代わりに、飛ばしてやればいいんだ」
「そうだよ、君はいつもそれをちゃんと飛ばしてるじゃないか」
 口を挟んで、カーターは書類を封筒に入れた。
「……おかしいと思ったんだ。これ以外にも何かあったのかもしれない。あれほど順調だったのに、突然調子を崩しだした。彼なりにトラウマを克服して、ほとんど元に戻っていたのはやっぱり間違いじゃなかった……。今回は間違いなくこれが決定打だ」
 カーターはバークと顔を見合わせ、書類の入った封筒をパソコンのバッグに入れた。
「――思っていた以上の硝子の破片が、ロイには刺さっていたんだ。そのかけらをまだ、抜いてないまま傷口だけが塞がろうとしている」
「ほかにも破片が刺さっているかも」
 ジムがすかさずつけ加えた。「あの人は、自分で言っていたほど弱くはないと思うんです。こうなった原因は、これだけじゃないような気がして、ならないんですが」


「私がそんな馬鹿なことを、するはずがないだろう?」
 海軍病院の駐車場に呼び出されたハルトマンは、カーターとジムのただならぬ気配に怯えたように言った。
「報告書を受け取って見た者だっているはずだろう? 記録用の写真を取るのは私の仕事でもある。だからって、そんな疑いをかけられては迷惑だ」
「だが、あんたはこないだのことで、ロイに怒ってたんだろう? もともと退院させるのだって、不本意だったと言っていたな?」
 ジムが言うと、ハルトマンは平静を取り戻したかのように胸を張った。
「医者としての責任だ。トラウマを回復できないで戻ったのは確かだろう?」
「いや、回復していた。何かがそれを邪魔したんだ」
「私には関係ない。彼とは退院以来、ここへきたあの時まで、会ってもいない。私は忙しいんだ。そんな姑息な真似をして患者を苛める理由がどこにある? どっちかといえば、あとで治療不手際で自殺でもされたほうが困るんだ。君たちには苛めているように見えたかもしれないが、私は私なりに彼を治してやりたかったんだ」
 カーターは、例の写真の捕らえられていた兵士の話について質問した。
「……ああ、ええと。覚えている。重度の記憶障害で、日常的な生活が不可能なほど心を閉ざしてしまっていたが、保護者がなんとしても記憶を戻したいと申し出たんだ。成功したんだがね、自分の過去に耐えられなかったのも無理はない。……記憶を取り戻してから、新たに治療が始まると思えと保護者に伝えたんだが、退院させると言い張って。――残念だと思っているよ」
 ハルトマンは、本当に痛ましそうな顔をしていた。
 カーターはじっと見ていたが、諦めたようにジムの腕をとった。
「行こう。ドクター、間違いだったのなら謝ります」
「二度と私の前に現れないでくれ」
 ジムがしぶしぶカーターのあとに続こうとすると、ハルトマンが思いなおしたように聞いてきた。
「あの大尉はどうしてる? その写真を見たのなら相当にショックを受けたのではないのか?」
「元気ですよ。すっかりね」
 ジムは言い捨てると、背を向けた。 


 帰りの車の中で、ジムとカーターはこれ以上、どうしようもできないことに落ち込んでいた。
 ロイが誰から受け取ったものなのか、本人がそれを知っているのかすらも分からない。報告書を見る権利のある者を調べるのは不可能だった。
「確かに嫌なやつだが、ハルトマンじゃないような気はする。こんなすぐに出所が分かるようなものを、今の立場にしがみ付いているハルトマンが、嫌がらせのためだけに使うとは思えない。それに、自殺されては困るというのは確かだろう」
 カーターの言葉に、ジムも頷いた。
「けど、あれを手に入れられる人間はそう多くはないんだ。なんとか調べられないもんか……」
 カーターはジムの肩を叩き、「調査は生に合わんな」と薄く嗤った。
「我々はやっぱり実戦部隊だ」
「大尉は調査もうまかった……。調べるツボを押さえるのが」
「ああ。その男を今、使うことができないんだ。お手上げだよ。仕方ない。戻ろう」
 街の中は、すでにクリスマスデコレーションで華やかに飾り立てられていた。
「まさか、こんなクリスマスを迎えることになるとはな」
 カーターが、助手席でイルミネーションを見ながら呟いた。
 ジムはその飾りを目の端に映しながら、やりきれない気分になった。
 昨年、出動した時期も、同じような華やかなツリーが街の広場に立てられていたのを思い出したからだ。捕虜となってから、間もなく一年がたとうとしていた。つらく、長い一年に思えた。
「パーティーでもしますか。大きなケーキを買って。プレゼントも考えなきゃな。また、大佐がでかいおもちゃを奮発するでしょうよ」
 ジムが気分を変えるように朗らかに言った。「大佐の奥さんもパーティーに呼んだらどうかな」
「ああ、それがいいかもな。ぼちぼち対面させとかなきゃ、いざというときに急にじゃ気の毒だ。あの状態を理解するのに時間がかかるはずだ。でも、それまでに、もう少し見られる顔に戻しとかなきゃ。ケーキを死ぬほど食わせるか」
「奥さんにもかわいい、小さい息子のプレゼントができるってわけだ。彼女はロイをとても愛していると大佐が言っていたから、ロイにとっても安心かもしれない」
 ジムの言葉に、カーターは笑わなかった。
「クリスマスが来て、ニューイヤーが明けて……。一年たっても十年たってもロイはあの子供のままなのかな? それとも、年々成長するのか?」
「……分かりません。でもあのままなんじゃないかな。本当の子供じゃないのに、健やかに成長するってことはないような気がする。それに、知ってますか? 本物の三歳児のほうが、もっとずっとしっかりしているもんです。毎日、子供はなにかを得て成長していくんだ。でも、ロイにはそれはない」
「なあ、俺たちはロイに戻って欲しいと思ってるけど、大佐が言うように、彼はこのままの方が幸せなのかもしれないな」
「……あの兵士が、記憶を取り戻して自殺したから…ですか?」
 カーターは黙った。
「元に戻ったら、ロイは潰れると……思われるんですか?」
「今の方が手はかかるが、安心なのは確かだ。そうじゃないか? あいつは毎日楽しそうに暮らしてる。難しい文字も読めず、考えず、プライドも恥じらいもない。なにもかも人任せにして、笑い転げてる。世間のことなんか、なにも知らないんだ」
 今度はジムが黙り込んだ。
 重い気分を捨てるかのように、ジムは車を一軒のおもちゃ屋の前に止めた。
 樅の木が山積みされている。
「考えたって仕方ないなら、うんと楽しみましょうよ、少佐」
「ああ。ツリーを飾って、クリスマスを迎える準備でもするか。サンタが来ると信じてるぞ。多分」


 大きな荷物を抱えて帰ってきた二人を出迎えて、留守を頼まれていた龍太郎が聞いてきた。
「ハルトマンはなんと?」
 カーターが黙って首を振ると、龍太郎はため息をつきつつ、ほっとしたように言った。
「彼はそこまで悪人ではないと、私も思いますよ」
 ツリーを手伝いたいが……と言いながら、入れ替わるように、龍太郎は診療所に戻って行った。
 ドクが読みかけてやっていた絵本を開いて、ロイはサンタが煙突から中に入るシーンを眺めていた。
 ちょうどカーターの背丈くらいのツリーを立て始めると、ロイは絵本を閉じ、目を丸くしてその様子を眺めていた。
「ツリー?」
「そうだよ。今から飾り付けだ」
 カーターが答えると、ロイは「サンタくる?」と聞いた。
 ジムが笑いだした。
「いい子にはちゃんと来るぞ。でっかいプレゼントを持って。なにが欲しいか、ツリーにお願いしとかないとな。ほら、飾りの包みを開けておいてくれ」
 ジムはツリーの飾りの詰まった箱をロイに渡した。
 嬉しそうな顔で箱の蓋を開けて、金や銀や赤や緑のさまざまな飾りを眺め、「ほしがいち、に、さん、よん、ご、おおきいののほしがいち。てんしがいち、にい、さん、よん…よんにん」と数え始めた。
「四人だろ」
 ジムが訂正すると、素直に「よにん」と言い直して、ベルを数える声がし始めた。
「まるで、武器庫のチェックだな」
 声を聞きながら、ツリーを支えていたカーターが笑った。「弾薬十ケース、機銃用弾薬十五ケース、グレネード二ダース」
 ジムがバケツの中に重石を重ねながら、つられて笑った。
「火器訓練のたびに、しょっちゅう数えてましたからね」
 木が安定すると、飾り付けを始めた。
「星をとってくれ。てっぺんにつけるから、一番大きいの」とカーターが声をかけると、たくさんの飾りの中に座り込んでいたロイは、大きな星を放ってよこした。
「天使はあるか?」
 ジムのもとに、天使が飛んできた。それを留めつけて振り返ると、黙ってベルを放ってきた。立て続けにまた、星が飛んできた。
 ふと、つまらなさそうに見ている顔に気がついて、ジムはそばにしゃがんだ。
「立って、飾ってみるか?」と言うと、ロイは手元のサンタを眺めた。
「サンタ、どうしてあかいののふくがすき?」
「煙突から入ったとき、泥棒と間違われないようにさ。暖炉から出てくるんだ」
 ロイは暖炉のほうを伺った。
「ロイはあかいのふく、ないの?」
「あんたは渋好みだからな。クローゼットは、ダークな服一色だ」
 ジムが手にサンタを握ったままのロイを、腕を支えるようにして立たせると、ロイはそのまま数歩、足を進めて枝にサンタをつけた。
 カーターが飾りのところに行って、金のりんごに、赤いリボンがついたものを投げてよこした。ジムはそれを片手で受け取り、ロイに渡した。ロイはそれをつけた。
「きんいろののりんご」
「じゃあ、今度のはなんだ?」
 カーターが、放ってきたものを見て、ロイは「こびとのぷれぜんと」と言った。
 プレゼント型の小さなパッケーッジの美しい箱の飾りを、ロイは振っていた。
「それの中身は空だ。何も入ってないよ」
 カーターがくすっと笑った。
「からっぽ」
「その中には、愛がはいってるんだぞ、ロイ。ロイを愛してるって、聞こえないか?」
「からっぽだよ、ジム」
「耳につけてみろ。愛ってのは見えないし、重さもないんだから」
 ロイが箱を耳に当てると、ジムは、耳に当てられた箱に口をつけて「ロイ、愛してる」と、呟いた。
「あいしてるって!」
 カーターが、げらげら笑った。
「おまえのどのあたりに、そんなロマンチックな発想が入ってるんだ、ジム」
「俺は全身が愛でできてるんですよ、知らなかったんですか?」
 ジムは支える手をときどき緩めてみたが、ロイはちゃんと二本の足を踏ん張っているように思えた。なるべく力を込めずに支えているふりをして、カーターが放る飾りをつぎつぎとロイに渡し、少しずつツリーの周りを回った。
 気がつくと、ほとんどの飾りをつけ終えてしまい、ロイは満足したようにその場にしゃがんだ。
「すごいな。立派なツリーができた」
 ジムが褒めるように言うと、ロイは嬉しそうに微笑んだ。
「一人で飾ったんだぞ。ずっと立って」
 ジムのことばに、ロイは頷いて、またツリーに目を戻した。
 最後にカーターがまきつけた豆電球をつけると、殺風景だった部屋が、一気に華やかな空気を漂わせた。

 煌めく小さなとりどりの光――。
 ロイは、それを見たことがあった。
 ちかちかと、遠い場所で青い、あるいは赤い閃光を瞬かせる。その光を発しているのは重いマシンガンだ。岡を下り、闇の中を――。
 実弾を使った演習が訓練学校で行われたとき、ロイはその小さな光が草原に立てられた的を撃って仲間が駆け戻ってくるのを見つめていた。
 もちろん、この時のロイの中に、その明確な記憶はなかったが、胸苦しいような記憶の断片が幾度も頭の中でフラッシュした。
 かたかたと紙箱を叩くような発射音に、男たちの怒声。近づいてくる、重みのあるいくつもの足音――。
 そうやって実戦で戦う日のことを、きゅうっと胸が詰まるような思いで見つめた――。
「どうした? ロイ」
 おののくような視線でツリーを見つめているロイを、ジムは不思議そうな顔で覗き込んだ。
 耳元で鳴り響いていた、軽い発射音が消えていった。
「アザラシ(seal)……」
 ジムはロイの唇が、そう呟くのを聞いた。
「うん? 図鑑を見たいのか?」
 首を振って、ロイはツリーから目を離した。
 一泊の出張から戻ったバークが、ツリーを見て歓声をあげ、ロイが立って飾ったのだと聞かされて、目を潤ませた。
 ここに住み始めてから、みんな、感染したように涙もろくなっており、バークを笑う者はいなかった。それからおもむろに、バークが出したものを見て、カーターがひっくり返って笑った。
 ロイに見えないように、サンタの赤い服を出したバークの手元から、カーターはさっさと奪って、上着をロイに着せた。
「あかいのの、ふく!」
「これで立派なサンタだ」
「ロイが着ちゃ、意味がないだろ」
 自分がサンタになろうと企んでいたバークが言ったが、ジムが赤い帽子を被せてやると、ロイはそれがひどく気に入ったようで、嬉しそうにかぶったり脱いだりして眺めた。
「ロイ、食事の前に、今夜は私と風呂に入ろう」
 バークが期待を込めたように、ロイに声をかけた。今や、ロイと風呂に入るのはバークの最大の楽しみのひとつになっているのだ。
「ロイ、サンタなの。だんろにはいる」
「暖炉は熱いんだぞ――おい、どうするんだ、こんなもの着せるから……」
 バークが本気で怒ったように言った。
 ジムは、ロイを暖炉に近づけて手をとって、火にかざした。
「……あつい……」
 手を引っ込めようとするロイを押さえ、ジムは「そうだ、入ったら焼けて死ぬんだぞ」と諭した。「ぜったい、近寄ったら駄目だ。わかったな?」
「あつい、はいらない」
 ロイは素直に頷いて、離された手を引っ込めた。
「ふうん。そうやって躾けるわけだ」
 カーターが感心したように言った。
「説明してもわからないくらい、小さい子にはね」
「説明しても、わからないと思ったのか?」
 笑っていないカーターに、ジムも困ったように眉を下げた。
「じゃあ、風呂に行こう」
 バークがロイを抱いて、出ていった。
「虐めないでくださいよ。俺だってロイをあんなふうに扱うの、つらいんですから」
「すまん。気の毒になってな。ロイが」
「……元に戻ったとき、この記憶がなけりゃいいけど」
 ジムはため息をつき、ツリーに目をやった。「さっき、――なんかおかしかったですね。アザラシ、って言ってたでしょ? 怯えたような目でツリーを見てた」
「アザラシじゃなくて、俺たちのことだったんじゃないか?」
 カーターがツリーをさらに整えながら、言った。
「なんだって、急に? ツリーに俺たちが関連がありますか?」
 さあな、とカーターは電飾の位置を変えている。
「昨年、出動したときに街や基地の中にもツリーがあったくらいかな」
 ちかちかと、赤や青の光が瞬いた。
「ふたりが風呂から上がる前に、食事の用意をしないと」
 ジムは立ち上がって、振り返り、華やかな大きなツリーを見つめた。




硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

金の砂銀の砂第二部

金の砂銀の砂第三部

僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評