[出会い] of [硝子の破片]


HOME > ガラスの破片 > 第一章 出会い

garasunohahen_title.png

第一章 出会い

 東海岸に位置する、ヴァージニアの長い海岸線は、夏のひとときをリゾートを楽しむ観光客で賑わう。そのヴァージニアのビーチからはるか北に上った広大な一角に、合衆国海軍の基地がある。
 檻のような長い塀に囲まれた敷地を外れた岸壁には、大型戦艦や空母の姿がいくつも聳え立っている。
 その広大な敷地のなかに、小さな建物があった。
海軍特殊部隊、別名NAVY SEALS。
 海軍のエリートと呼ばれる精鋭たちのチームが、ここにあった。
 命知らずと呼ばれる、対テロ作戦や、密かな破壊工作を得意とする白兵戦のチームだ。
ロイ・フォードは靴音を響かせ、建物の中に入っていった。


その赴任してきたばかりの士官を見たとき、ジム・ホーナーは一瞬息を飲んだ。
 皺一つない真っ白な制服に、磨き上げた靴。由緒正しき将校の格好をしているが、制帽の下から覗く濃い金色の髪や、ひさしの陰になってさえなお、輝きを放つ青緑色の瞳に、つい見とれてしまいそうになったのだ。
 その冷たい光を宿す瞳が、じっとジムを見ている。
「ロイ・フォード大尉ですね。お待ちしてました。ジム・ホーナー曹長です」
 ジムが敬礼をすると、ほんの僅か微笑みを浮かべて、ロイは敬礼を返した。
「頼れる曹長に、鍛えてもらえといわれたよ」
 ジムは小山のように大きな男である。堅く締まった筋肉が、訓練用の黒いつなぎの上からでも分った。肌がやや浅黒く、南方系の血が混じっていることを感じさせ、男くさい雰囲気があった。
 とりあえず荷物をロッカーに入れると、ジムはまず直属の上司であるチームの隊長、デイン・カーター少佐の元へ連れて行った。
「訓練学校では、申し分ない成績だったらしいな」
 カーターは、上機嫌でこの新しい部下を迎えた。穏やかな、学者のような微笑をたたえたカーターは、特殊部隊などという物騒な場所に身を置く人物にはとても見えない。そういう意味では、ジムにとって上官となる、目の前のふたりの男はとても同じ軍人とは思えない。
「実績を積んでいきたまえ。ここはいずれ2チームになる」
 そばに立っていたジムは顔をあげた。
「聞いているか? その隊長候補が君だ、大尉」
「そういう命を受けています」
 落ち着いた表情で、ロイが答えた。
「冷戦が終結して、テロリストや一部の過激な国家に対して、有効なのは我々のようなチームだ。密かにチームは増えている。若く優秀なリーダーが必要だ」
 それで急な人事異動があったのか、とジムはそばで聞いていて思った。
 我々のチームはいうまでもなく、チームワークがもっとも重要な意味を持っている。それを統率する隊長には、優れた人材が要求される。しかし、先日までここにいた副隊長は、チームの和を乱すばかりの傲慢な男で、曹長として下士官以下をまとめていくジムにとって、悩みの種だったのだ。
 あんな男がいずれ隊長になったとしたら、少なくともジムはチームを辞めて船のコックにでもなった方がましだと思っていた。
 だが、カーターと会話をしているこの新任の士官も、誇り高い雰囲気を身にまとい、きつい目をしている。言葉も簡潔で優秀なのは分かるが、いつでも命を捨てる覚悟で任務に励む荒くれた隊員達との折り合いがどうつけられるかが、ジムには計れなかった。
 雰囲気があまりにも清潔すぎる。この男が本当に「地獄の一週間」と呼ばれる、特殊部隊の訓練学校での最大にして最低のイベントをくぐり抜けてきたとは、とても考えられない。
 カーター少佐の部屋を出て、兵舎の主要設備を案内しながら、自分よりだいぶ若いはずなのに、十も落ち着いて見えるこの男が、だんだんジムは不安になってきた。おそらく軍の上層部のお墨付きで配属されてきたのだろうが、ほぼ次期隊長として迎えられたこの男が、あまりにもとっつきが悪いことにだんだん気付いてきたからだ。
それとは逆に、おかしな感覚に囚われてもいた。
 こうして一緒に歩いているだけで、何となく胸のあたりがざわざわしてくる。
 隊長のデイン・カーター少佐だって、かなりなハンサムな男だし、海軍には色男はけっこう多い。けれども、このフォード大尉のちょっとしたしぐさ、耳の後ろや首筋から発散される何かが、ジムをおかしな気分に陥れた。
 皮膚の薄そうな感じ、その唇のあたりから匂い立つような色気が漂っているような気さえする。だが、面と向かってしゃべり始めると、彼の持つ気高さがすべてを打ち消し、そのアンバランスな雰囲気に、ジムは軽く圧倒されてさえいた。
「大尉はおいくつですか?」
「今年二十三だ」
 ロイは、感情もないような素っ気ない調子で答えた。
 ジムよりも、四つほど下だ。それにしては所作が落ち着きすぎている。
 ううん、とジムは心の中で唸った。

 隊員達が初めて対面した時の印象は、思った通り芳しくなかった。
 以前の副隊長に敵意さえ抱いていた連中は、この男もまた、自尊心の高いエリート意識の塊に映ったらしい。ジムはまた、彼らと士官の間に立って、四苦八苦しなければならなくなりそうだ。曹長の運命とはいえ、気疲れがする思いで、とにかくロイ・フォード大尉の歓迎会を行うことにした。
 それはまた、ジムの心を重くするイベントでもあったのだが。
 明日になったら、この人は帽子を目深にかぶって異動願いを出すかもしれない……。
 だが、仕方がない。
 歓迎会は、恒例の行事であり、どの将校であっても一度は受けねばならないものなのだ。
 ううん、とジムはまた、心の中で唸るしかなかった。 
              

 馴染みの店で賑やかに始まった歓迎会で、隊員達は、ロイの周りに集まった。
「以前はどちらにおられたんですか?」
「大尉、お住まいはどこなんです?」
 新入りに興味津々なのは、どこでも同じだが、ことに際だって美しい将校に、兵士達はなんだかんだと話しかけた。酒はコミュニケーションに役に立つ。みんな、この大尉のイメージを捕らえかねていた。
 ジムはビールを片手に壁にもたれかかり、黙ってその様子を眺めていた。
 シンプルなシャツとスラックスに身を包んだロイは、ぐっと若く見え、整えられていた髪もやや乱れ、かえってその魅力を引き立たせていた。
 だがロイは、微笑みは浮かべているものの、短くそっけないほどの返事をするだけで、うち解けようともしない。傲慢ではないが、とっつきが悪い。周りを取り囲んでいた兵士達は、何となく肩すかしを食ったような顔で、ひとり、ふたりと離れて飲み始めた。ジムはたまりかねてロイに近づいて行った。
「大尉。みんなあなたと親しくなりたいんですよ。少しくらいちゃんと話をしてやってください」  困ったような顔でジムがそっと話しかけると、ロイはちょっと戸惑ったような瞳をし、俯いた。
「……すまない。そんなつもりはなかったんだ。普通に話していたつもりだった」
 はにかんだような表情を浮かべ、少年のような邪気のない言い方に、ジムは珍しい生き物でも見るような顔をした。
「普通にしてて、そんな顔なんですね?」
「そんな、ひどい顔か?」
 ロイの言葉に、ジムは吹きだした。
「おい、みんな。大尉がもっとみんなと話がしたいそうだ」
 ジムがそういうと、隣にいたポールがにこやかに微笑んだ。ポールは所帯持ちで、暖かい男だ。その笑顔につられるように微笑んだロイを見て、隊員達がふたたび周りに集まってきた。
「……すまん。話すのが得意じゃないんだ」
 ロイのひと言で、全員が笑い出した。
 口々にシャイな大尉だの、人見知り坊やだなどと、勝手に盛り上がっている。
「もしかして、笑うのも得意じゃないとか?」
ポールのつっこみに、ロイが微かに唇を開いてますます顔を強ばらせた。
「得意じゃないとは思ってないんだが。そんなつもりは……ないんだ。すまない」
 ポールを始め、周りに男達が爆笑した。ロイが苦笑してジムを見た。ジムは頷いて微笑んだ。
「先日訓練学校で、事故があっただろう?」
 ポールがそういうと、全員が頷いた。
 もう一人のチームの仕官であるディクソン大尉が、口を出した。
「教官の手違いでひと班、本物の爆薬の入った起爆装置を持たされて潜ったんだっけ? それに気付いて、班長が自己判断で全員を撤退させ、無事帰還させた……」
 ポールに引き継いで、あらましを話しながらロイに目をやった。「そうか、聞いた名だと思ったんだ。そのときの班長って……」
「だよ、このフォード大尉」
 ポールが後を続けた。
 ざわざわと周りで隊員達から感嘆の声が漏れる。
 ロイは黙ってグラスを傾けている。大袈裟に自分のことを語られるのが、好きではないのだろう。他人事のような顔をしているのが、かわいくもある。
 
 ジムも、カーター少佐から聞いた話ではあった。
 その事故の時、この大尉が適切に判断しなかったら、おそらく班全員だけでなく、訓練船の乗員全てが死亡したかもしれないとのことだった。
 ダミーの爆弾は通常沖に停泊している訓練船に設置する。
 そのとき、訓練生の一人が船に乗り込み、有無を言わさず乗員全員を海に飛び込ませた。班長について浮上した潜水夫たちが協力して乘り組み員を潜らせ、無事学校へと戻ったのだ。
 途中、大爆発となり、SEALSの貴重な船舶が一隻、廃船となった――。
 その時の、フォード大尉の冷静沈着な行動は大きな評価となったようだ。
 往々にして、兵士たちは英雄を作りたがる。自分より優れている者に対しての憧れを、真っ正直に表し、伝説として語りたがる。

 この話は功を奏したようだった。
 無口で愛想は悪いが、すでに英雄としての逸話の持ち主。隊員たちは興奮している。
 ジムは少しほっとした。 
 比較的紳士の隊長であるカーター少佐に慣らされた隊員達は、紳士であるか、自分たちと同レベルに粗野な将校かでなければ、なかなか理解しにくいのだが、英雄ならば問題はない。
 この男が芯の通ったタイプであることは、何となく分かる気がする。
 あとはただ、平の兵士たちのやり方に馴染んでくれればいい。
 ディクソン大尉の場合は後者だ。
 わりと粗野な庶民派のディクソンは、特に優秀でもないが、すんなりとチームに溶け込んだ存在だ。
 駆逐艦や空母のように、一般の兵士と将校クラスがまるで別空間に居住するような職場なら問題はないが、SEALのような特殊な世界では、全てがひとつのレベルに収まっていくしか方法がない。 
「とりあえず合格ってとこか……」 
 ジムはため息をついた。――だが、話はこれからだ。
 歓迎会の儀式は、まだ始まってすらいなかった。英雄として現れた男の儀式が、いったいどうなるかを考えると、ジムは気が重くなった。
 こんな酒は、うまくない。ジムは気疲れしてしまっていた。
 カーター少佐はとうとう来られなかったようだ。まだ会議室に籠もって、なにやら話し合いが行われているらしい。
 せめて彼がいてくれたら、もう少しジムの負担も軽くなりそうな気がするのだが。
 はあ、とジムは肩を落とした。 

 どっちにしても、飲んでいれば幸せな連中だ。
 さんざん飲んだくれた飲み会は、二時間ほども続き、やっと終了した。
 だが、この夜は本来ならこれからだ。
 この近くにある、ジャックの家で、飲み明かすんだと話す声が聞こえる。
 例の儀式を行うつもりなのだろうが、獲物は罠にはかからないだろう。

「俺は帰るよ、悪いけど」
 ディクソンがジムの隣に来て、小声で囁いた。「あのフォードの新入りの儀式には、とても立ち会えん」
 ジムは頷いた。
「まあ、あとのことを考えれば、ディクソン大尉はいないほうがいいでしょう。でも、フォード大尉も帰りそうですけどね」
「すまん」
 ディクソンはこっそりと姿を消した。
「曹長、来られるでしょ?」
 ジャックが聞いてきたので、今夜はもう帰る、というとジャックはロイを見ながら囁いた。
「あの方は来られますかね?」
「どうかな、ここまで付き合うのが精一杯だろう。酔ってるようにも見えないし、今回は諦めろ」 
 ジムは微笑んでジャックの肩を叩いた。
「あとは頼むな。あまり馬鹿なことをしないように見張っといてくれよ」
「分かりました」

 ジャックに手を振り、ジムはロイに挨拶をしようと近づいた。
 隊員達が熱心にロイを誘っている。行ってくれた方がいいに違いないが、説得は難しいだろうし、説得する気力もジムにはなかった。
 だが、驚いたことに、ロイはつきあうという。ジムは意外な気がした。
 それならばジムも行かねばならないだろう。将校をひとり、荒くれの酔っぱらいの元へ行かせるわけにはいかない。 
 SEALのこのチームでは、新入りは裸に剥かれて身体中の毛を剃られる、という悲惨な歓迎会がある。
 もはや伝統になっていて、ジムも新入りの時にやられた経験がある。その恥ずかしさ、みっともなさは今でも思い出すと、頭を抱えたくなるほどだ。
 普通に考えれば悪ふざけ以外の意味もない。だが、結果的にこういう儀式が根付いているのは、それが命知らずの男達の強烈な絆に繋がっていくからなのかもしれない。
 だから、チームでは将校も平の兵士も例外はない。
 もし歓迎会の後にターゲットが帰ってしまった場合は、のちのちシャワールームかどこかの倉庫の中で再トライとなる。その場合はお互いにしらふだから、もっと悲惨な状態に陥ってしまうのだが。
 儀式をすり抜けた場合はもっと悲惨だ。のけ者になるわけではないのだが、その間に横たわる溝がいつまでも埋まらない。結束の堅さが取り柄の中にあり、ひとり浮いた存在になりかねない。
 できることなら、今日儀式に参加してほしかったのも確かだ。
 実際、カーター少佐も、こことは違う儀式だが、最初の赴任地では相当な目にあったと笑っていた。
 そこここに、荒くれな海の男達のルールが存在するのだ。
 若く、何も実戦を知らないままにSEALの訓練を受け、入隊してきた初心な将校などは、格好の獲物だ。だが自尊心だけは人一倍強い小心な者に限って、本気で怒り出したりするからやっかいだ。
 前にいた将校は、その日衣服を掴んだまま、部屋の隅で泣き続け、関係が悪化して後が大変だったのだ。絆のつもりが、亀裂の始まりになってしまった。
 
 しかし、今夜、獲物は罠にかかってしまったのだ。
 どういう気分で同行するのか理解しがたいが、あの気高い雰囲気を持つ大尉に、隊員達がそれを実行できるかどうかは、分からない。
 あくまでも遊びの域を出ないことでもある。今回の相手が何となくまずかろうことは、彼らも感じてはいるはずだ。
 本人は無愛想なつもりはないのに表情が乏しく、それでいて注意を受ければ少年のようにはにかむフォード大尉が、もしその洗礼を受けたとしたら、即刻辞めると言い出すかもしれない。
 裸に剥かれた時点で、卒倒しかねない。
 ものが分かった落ち着いた所作を見せてはいても、まだまだ若いのは間違いないのだ。育ちの良さを全身に匂わせ、穢れのかけらも見あたらない。
 もし、その前に暴れでもしたら……。
 酒を飲み過ぎた連中が、もし反撃にでたら……。
「だがまあ、それもいいかもしれん」
 ここのルールは早くに知っておくに限る。そして、穏やかに通り過ぎる以外にない。今後も何かと上品な世界とは違うんだと言うことを思い知る、その第一歩でもあるのだ。
 やれやれ、とジムは肩をとんとんと叩いた。
 とにかく気疲れする夜には違いなかった。
 ジムは前を歩いていく集団に追いつこうと、早足で歩き出した。

 ジャックの家は海岸沿いに建っている一軒家で、ジムのアパートの何倍も広い。
 ジャックの伯父の家だとかで、伯父はマイアミに新しい家を建てたため、格安で借りているらしい。いつも使うバーの近くにあることもあって、隊員達がしょっちゅう寝泊まりに利用している。気の良いジャックはこまめに料理をして、彼らに朝飯まで振る舞ってくれるのだ。
 その広いリビングで、再び酒が飛び交いはじめた。ほとんど全員がしたたかに酔っているため、声も大きくなり、賑やかだ。
 ジムの観察した所によると、今夜ロイはかなりの量を飲んでいたはずだが、一人だけ青白い顔をして、いっこうに酔っている気配が見えなかった。
 酔っぱらい達の喧噪に混じって、自分がなぜここにいるのか、考えているようにすら見える。それでも、さっきよりはだいぶ打ち解けてきたのか、ジャックとジョンの話を熱心に頷いて聞いていた。  
 それが始まったのは、小一時間も飲んでからだった。





硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

金の砂銀の砂第二部

金の砂銀の砂第三部

僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評