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キャンディーバー その7

 
 甘い、甘い、キャンディーバーをいい年をした男たちが舐めている。


 こっけいで馬鹿げた光景だ、とロイは自嘲しつつもこれを買ってきてくれたジムの優しさが嬉しかった。
 子供の頃に舐めてみたくてたまらなくて、でも結局一度も口にすることなく通り過ぎた菓子……。
 虫歯を作るのよ、と母はよく口にした。市販のお菓子は躰の血が濁る原因になるとまで、幼いロイに言い聞かせるような母だった。
 そしてロイはそれを素直に聞く子供だったのだ。


そのかわり母の手作りの菓子には愛情が詰まっていた。それでも、小さな子供の瞳には、店先に夢のように並ぶお菓子は魅力的だった。
 大好きな父を早くに亡くし、出生の秘密を知ったロイは、いつまでも子供ではいられなかった。精神的に、人よりも少し大人になるのが早かったロイは、ティーンエイジャーが知りたがる危うい道すら通ることなく成長した。
 ゲームやアニメや煙草やドラッグや、店先の菓子などに目を奪われることもなく。
 だが今、子供や女性がなぜ、好んでこんな甘いものを欲しがるのか、少し分かるような気がした。
 こうして舐めてみると、さっきまでの落ち込んだ気分すら、どこかへ霧散してしまっていくのが感じられたからだ。
 その甘さの中で、ジムが与えてくれるキスがこんなに温かで幸福をもたらしてくれるものだということを、ロイは改めて悟った。


「ジム…、さっきはすまない。おまえが必死で考えてくれていたことにも気付かないで。あんなものを本当のキャンディーと間違えるなんて」
 ロイの素直な謝罪の言葉にジムは微笑んだ。
「普通は気付かないのが当然だ。もともと本物のキャンディーさえじっくり見たこともないんだろう? それに……あんなものが存在することすら知らない人間は山ほどいるさ」
「普通は…男なら知っているものじゃないのか? おまえがそう言ったんじゃないか」
「……あんたは…、聡明なくせに、こういうことには、ほんとに馬鹿なんだな。みんながみんな、あんなものに興味があるわけじゃない。今までからかって悪かったよ」
 ジムは普段よくやるように、小さな子供にするようにロイの頭をくしゃくしゃにした。
「バーク大佐だって知らないかもしれんぞ」
 ロイの頭に、年配の生真面目な大佐の顔が浮かんだ。
「……いや知っているかもしれんが、手にしたことなどないさ。カーター少佐だって怪しいもんだ。真面目な普通の生活には必要のないものなんだよ、ロイ。あんなところに連れて行った俺がそもそも悪い。あのキャンディーバーは、おおかたビリーあたりのいたずらなんだろう?」
「……ん。さっき自分でそう言っていた」
「やっぱりな。弱みを見せるととことん、攻めてくるからな、あいつは」
「そんなことを弱みにした俺が悪いんだ……」


 ロイは手に持ったキャンディーを、そっとジムの唇に押し当てた。
 ジムの舌がそれを舐める。
 なんだかどきどきするほど官能的だ。
 こんな甘さが耐えられなくて、そんな恋人達がああいった模造のキャンディーを使うのだろうか? と不意にロイは思った。
 まさか、いくらなんでもそんなわけはないのだろう。味もしないものを舐め合ってどうする、とロイは自分をつっこんだ。


「ジム……。どういう用途であれがサイズ違いの三本セットなのか、キャンディー型なのか、やっぱりまるで分からなんだが……。なんでなんだ?」
 ジムは目を丸くして、げらげら笑いだした。
「また…、そうやって馬鹿にする」
 ひねくれたようなロイの頭を、ジムはまたくしゃっと撫でて、それでも笑い続けた。
 ……まあ、いいか、とロイも笑いだした。
 人と違って初心で下世話なことが理解できない自分でも、こうしてジムと愛し合えるのだから――。




「あ、火!」
 不意に慌ててジムがキッチンに走り込んだ。
 フライパンからはもうもうと煙が立ち、一瞬火が立ち上がった。
「よし、焼こう!」
 ジムらしい、おおざっぱな動きで大判のニューヨークカットの肉が、そのままフライパンに放り入れられると、じゅうっと焦げた匂いが漂った。
 そばにいたロイを、ジムはたくましい腕でぐいっと抱き寄せ、そのまま腰を落として抱え上げるとシステムキッチンの台の上に乗せてしまった。
「キッチンで待つ坊やは、たいていここに座ってるもんだ」
 にこにこ笑いながら調味料を取り出し、ジムは大袈裟な身振りを加えながら肉に味をつけていく。
「あんたのママは、そんなことはしなかっただろうけどな」
「いや……、ほんとに小さい頃はこうやって見ていた。母が料理する姿を」
 ジムの様子を眺めながら、ロイは台に乗っかったまま、キャンディーバーを咥えた。
 まるで子供が指をしゃぶると安心するように、キャンディーを咥えるだけで心が安らぐ気がした。キッチンの台に乗って飴を舐める姿は、いくらなんでもはまりすぎだな、と自分でもおかしくなった。


だがそろそろ甘さに辟易してもいる。
 どこまで舐めたら捨てていいものなのか、まさか最後まで責任を持って舐めないといけないものなのかと、一瞬ロイは真剣に迷った。
 懲罰に使えるな、と特殊部隊の隊長らしく、ロイはとんでもない方向に発想が走り出す。
 拷問でもいけるかもしれない。

これを最後の最後まで舐めないといけないと脅されれば、大抵の男は泣き出すかも知れない。半分もいかないうちに、機密だってなんだって白状すること間違いなしだ。
 自分がすでに、泣きそうなほどの甘みにへこたれかけていることで、ロイは悶々と考えつづけた。

 胡椒を振りかけながら、ジムがまるで母親のような口調で言った。
「食事の前に、お菓子をそんなに食べるもんじゃありませんよ。ベイビィ」
 ロイは吹き出し、キャンディーを放り上げると、ジムがそれをキャッチした。
「まるで拷問でも受けてるような顔で、舐めてたぞ、今。無理して食ったもんだな」
 ジムはバーを目の前に立ててみる。
 それは五分の一ほども溶けてなくなっていた。
「最後まで食べないといけないんだろうか、とか考えていたろう? うがいして来いよ。甘いの苦手なくせに」
 肩をすくめ、ロイは台から降りると、ジムの手に握られたキャンディーを横目で見た。
「どうせ俺は馬鹿だからな……。ジム、月曜はビリーへの罰に、これを与えることにするよ。一本、まるまる食うまで訓練はなしだ」
「そりゃいい。……でも案外ぺろっと食ってしまうかもしれんぞ。あいつは訳の分からんやつだからな」


 ジムはげらげら笑いながら、それを自分の口にくわえた。









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