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キャンディーバー その6

 ロイがベランダからリビングへ戻ると、部屋の中には誰もいなかった。

 駐車場にも、ジムのピックアップトラックの姿はなくなっていた。
 テーブルにあった忌々しいキャンディーバーもなく、ジムもどこかへ消えていた。
 ロイははっとしてキッチンへ走り込むと、慌ててオーブンを覗き、中身を引っ張り出してため息をついた。
 自慢の肉料理は、すっかり焦げていた。
火が止められているところを見ると、ジムが気付いて消したらしい。
 ジムは気を悪くして帰ったのかもしれない。

 考えてみれば、ジムは何も悪くはないのだ。
 うかつにも気付かず、キャンディーバーだと信じていたロイが恥をかかないように、なんとか丸く収めようとしてくれていたのは間違いない。
 ジムの言うとおり、ロイはあれをカットして子供達に配ることまでしようとしたのだ。
 まさか、あんなに愛らしいカラフルな代物がそんな目的のために作られているなんて、ロイの常識の範囲ではとても理解できない。
 グロテスクなものもいただけないが、あれでは子供だって間違えてしまうだろう。
 ビリーのいたずらだと思うと腹は立つが、考えてみれば罪のないものだ。
 わざわざお金を出してロイをからかうためにあれを買ったと思えば、ご苦労様としかいいようがない。
 問題は、そんなものも見抜けず、簡単に騙されてしまう世間知らずな自分だ、とロイは落ち込んだ。

 なんなのだろう、とロイは思った。
 あんなものを使いたいと思う男性の心理がまるで理解できない。
 もちろん、そんなものには見向きもしない者もいるだろうが、ロイのようにまるでこういった事に無知というのは珍しいことのようだ。
 同じように生きてきて、格別優等生として肩肘を張っていたわけでもない。
 なのに、普通の男の見てきたものを自分は見ないまま来たのかと思うと、どうしてなのかが我ながら分からないのだ。
 しかも何度聞いても、からかうためにつかれた嘘と、本当の部分が曖昧できちっと把握できないままだ。
 あれは、使うためにある……と、ポールは言った。恋人と楽しむためにいつか買ってごらんなさい、と。
 それからあんな店に行くと、全商品をお試しさせられるまで帰れない……いや、これは明らかなからかいの嘘だ。
 異国に売られるというのも嘘に違いない。
 飾ったっていいんだぜ、というジムのことばは……。
 でも、あんなものを家に飾る人間の気がしれない。……だからこれも嘘だろう。
 そしてあの、不気味な形態。
 キャンディーバーのような、カラフルで愛らしい形態。
 動くものもあったが、それもなんで動くのか、よく理解できない……。
 おもちゃ、というからにはモーターで動くものがあったって当たり前だが、あれが動くのを恋人達は眺めて楽しむ……??????

 ……やはり、まるで理解できていない。
 ロイは、食卓に座って頭を抱え込んだ。
 そんなものは知らなくたっていいことなんだ、とジムは慰めてくれたが、ひとりだけこんなことで笑いものになっていることを思うと、自分が馬鹿に思えて仕方がない。
 だが、そんなことは本当は些末なことだ。
 尊敬する父のように、誰にも恥じない生き方をするんだ、と子供の頃に決めたはずなのに、ロイの道はずいぶんと穢されてしまった。
 しかも、今生活の安寧を得るのは祝福されて結婚した妻ではなく、ジム・ホーナーという男によってだ。家庭を守るべき自分が、ジムに守られている。それが、そもそも間違いなのではないのか?
 それが、ビリーなどにつけいられる隙を与えているのではないのか?

 テーブルに突っ伏したまま、ロイはいつの間にか目を閉じていたらしい。
 唇にほんのちょっと、そっと押し込まれたものに舌をやり、それが夢のような甘さをもたらすと、ロイはほんわかとした温かい気分が甦るのを感じた。
 どうやら、うとうとしていたらしい、と目を開けると、目の前にジムの顔があり、細いピンクの棒状のものをロイの唇にくっつけるようにして覗き込んでいた。
「……ジム?」
「甘いだろ?」
 ジムの言葉にロイは舌で唇を舐めた。
 そして目の前にまだ突き出されている透明なキャンディーを見つめた。
「バニラだ。これがほんとのキャンディーだよ、ロイ」
 ロイはなんだか分からない顔で、目の前のキャンディーをつまんだ。
 さっきのバーとは違って、似てはいるものの、見るからに美しく幸せが詰まったような色合いのそれは、舐めなくてもあたりに甘い匂いを漂わせていた。
「おまえ……これを買いに?」
 ロイは、ジムを見上げた。
 ジムはシンクへ向かいながら、「いやステーキ肉を買ってきたんだ」と言った。
「焦げちまったからな。せっかくのディナーがぶちこわしだ、あれのおかげで。腹が減ったし、ステーキならすぐにできあがる。食事を始めようぜ、ロイ」
「……あ、あれは?」
 ロイはまたそれがあったテーブルに目を落としたが、やはりものはすでにない。
「俺が処分してきた。うかつなところには捨てられんからな。子供が間違うといけないし。代わりにそのキャンディーを買ってきたんだ。舐めてみた感想はどうだ?」
 ジムはフライパンに火をつけると、振り返って微笑んだ。
「あのでかいのはどうした?」
「ああ…、あれは……あれも捨ててきた」

 ロイは急に力が抜けたように座り直すと、手に持ったキャンディーを見つめた。
そっと舌先で舐めてみる。
 それからおもむろに細いバーを咥えてみた。
 甘いバニラが口中に広がり、その甘さに顔を顰めながらも、ロイは更にバーを咥えて味わった。
「甘い……」
 気がつくとジムが傍らに立っており、上から覗き込むようにしている。
「どれ」
身を乗り出すので、ロイがキャンディーを差し出すと、ジムはそれには見向きもせずにロイの唇を舐めた。
「うへえ。大人になって舐めると強烈な甘さだな。俺がガキの頃は、もっとうんと質の悪いのを喰ってたもんだ。安くてどぎつい色がついてて、舌まで色が変わっちまうような。俺のお袋は自分が甘党だから、家にはいつもこんなものが山ほどあったからな。おかげで俺たち姉弟はみんな歯医者の常連だったよ」

 ジムはロイの瞳から目を離さずに、そう言うとくすっと笑い、またロイの唇を塞いだ。











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