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キャンディーバー その4

 テーブルに腰掛けて、残ったビールを飲み干すジムに向かって、ロイは手を差し出した。
 ジムはなんだか分からないままに、その手を握った。
「なんで手なんか握ってるんだ、キャンディバーを出せ!」
 ロイの手を握ったまま、ジムは怒鳴られて眉を下げた。
「ど、どうするんだ?」
「捨てる」
「あ、そうか。そうだな。ガキどもに見つからないように、紙にでも包んで捨てた方がいい」
「そうだな。中身を見られないように紙袋がいいかな。虫歯にしては申し訳ない」
 ロイが穏やかにそばにあったスーパーの袋を手に取ったので、ジムはやっと安心した顔でキャンディーバーを三つとも差し出した。

 テーブルに置かれたバーの中から、ロイは一番細いオレンジのバーを取ると、なぜだか匂いを嗅いだ。
「オレンジの味みたいだ」
「そ、そうか」 
 ジムはその様子を見つめながら、冷や汗をかいている。
 匂いをかいだついでに、それを小さく窄めた舌先でロイはぺろっと舐めた。
 思わずジムは顔が赤くなるのを感じた。
 ロイは小首を傾げ、訝しげに呟いた。
「甘くない」
「ど、どんな味だ?」
 ロイはまたバーを舐め、吟味するように舌を突き出したまま考え込む。
 ジムは音を立てて息を飲み込むと、思わず下腹部に手をやった。
「何の味もしない」
「そ、それだけ味が抜けてるんじゃないか? 他の……、このでかいのはどうだ?」
 ジムは言いながら、一番大きなサイズのバーの包みをさっさと開けてロイの前に突きだした。
 ロイはそれを見て頷いた。

「じゃあ、お前が舐めてみろ」
「お、俺は虫歯で……。甘いのは今まずい。それに俺はキャンディーなんか死ぬほど食ってるんだ。やっぱりあんたが舐めてみろ!」
 言いながら、ジムはロイの両手をとって、しっかりその手に大きなキャンディーバーを握らせた。
 ロイはなぜだか無理やり押し付けられたようなバーを受け取り、一瞬不審な目をジムに向けたが、思い直したようにまた匂いを嗅いだ。
「今度はバニラだ。俺はバニラの香りは好きだな」
 和んだような顔で更に匂いを嗅ぐロイの様子を見て、ジムは顔が上気したように火照るのを感じた。
「キャ、キャンディーバーの本当の食べ方はな、こうして……」と、ジムはガバッと口に入れる真似をして見せた。
「咥えるんだ、一息に! これはそうやって、舐めるもんだ!」
 意味なく力んでいるジムを横目で見て、ロイはバーを置こうとした。
「……別に食べたいわけじゃない」 
 だが、ジムはますます力を込めてロイを励ました。
「うまいから! そうやって食ってみるもんだ。さっきはちょっとだけだったから、味がしなかったんだ。バニラなら好きだろ? 童心に返ってみろよ、食いたかったんだろ? このチャンスに一生に一度だと思って食えよ! 捨てるのはそれからでもいいんだから!」
 ロイの顔に、一瞬幼い表情がよぎった。

 ――キャンディーを食べたかった、でも食べさせてもらえなかった、大人になって食べる機会など逸してしまった、そんな感慨でもあるのか、ロイは微かな笑みを浮かべた。
「憧れではあったな」
 物につられるようにさっきより大きな口を開け、ロイは先を頬張るように咥えた。 
 ジムの言うとおりにしている姿を見ていると、ロイの内面がいかに素直かが伺えるようだ。
 そのくせそのしぐさにぼうっとなり、胸を手で押さえ、感に堪えたような顔のジムは、もはや昇天しかねないほど感激している。
 ロイはがっかりしたような顔で、咥えたものを出すと、色っぽく(というのはジムの感想だが)唇を舐めた。
「やっぱり味はない」
 ロイの瞳がうっすらと青みを濃くさせ、じっとジムを見ている。
 なにごとか思い出そうとでもしているかのように、一瞬瞳が天井にはしる。
「……これ、食べ物じゃないんじゃないか?」
 その言葉と眼差しに、ジムは躰を硬直させ、心臓が喉までせりあがってきそうな顔をした。

 ロイは立ったままジムの肩にもたれかかると、ひどく優しげな声を出した。
「ジム」
「うん?」
「このバーはなんで、三つ同じサイズじゃないんだ?」
 ジムが恐る恐る顔を上げるが、まっすぐに見下ろしているロイの強い瞳に身を竦める。「な、なんだろうな。飽きないようにサイズを変えているのかな」
 ロイはますますしなだれかかって、ジムに甘えるように耳元に唇を寄せた。
「飽きないように?」
「ほら、小さいのは弟用だ。中くらいが次男。でかいのが長男用かな? キャンディー三兄弟とか……」
「ジム」
「……はい」
「今、楽しそうにこれを俺に舐めさせたな。一番でかいの…。なんかすっごい力説して」「い、いやその。味を確かめるならやっぱデカイのかなと」
 ロイはかわいらしく(ジムの目から見ればだが)小首を傾げた。
「……いつから気付いていた? これが菓子じゃないと」 
 片足をジムの膝にかけ、なぜだか挑発しているかのように、ロイはめいっぱいの色香をジムに見せつけると、キスするように顔を間近に近づける。
「か、菓子じゃないって…。だったらあんたはなんだと思って……」
「これ、使おうと思ってるんだろう? ……今夜」
 身を縮めながらも、一瞬ジムは嬉しそうな顔を見せた。
「え?」

「俺はこの一番でかいのがお気に入りだ。なんたってバニラ風味だ」
 キャンディバーの大きいサイズを手にして、うっとりとジムの頬をぴたぴた叩くロイを、ジムは青くなったり赤くなったりして、真意を測るように見つめた。
「ロ、ロイ……本気か? 本当にそれを……つ、使っても…いいのか?」

「……やはり、そういう代物か? 袋から出す振りをしてこれを持ってきたのはおまえか?」 
 がらりと声の調子が変わり、きつい表情で睨む恋人に、ジムは両手を顔の前でブンブン振った。
「なにを言ってるんだ! 俺があんたに断りもなくこんなものを使うわけがないだろう! だったら、玩具屋に見学に行ったときにとっくに……」
「…おまえはあの店の常連なんだろう?」

 ジムはとうとう、本気で腹がたってきた。
「ばかいえ! 俺はあんたが勘違いしているせいで、さんざん振り回されたんだぞ! どこから湧いて出たのかしらんが、店に持って行くだの、ガキどもに渡すだのというあんたに、恥をかかせまいとして苦労していたってのに! いい加減にしろ!」

 青緑色の瞳が一瞬揺らぐと、ロイはジムから躰を引いた。
 それから買い物袋に視線を移し、手にしていたバーの先を、考え事をするときに指先を噛むように唇にあてた。

「……そうか! …あの時だ!」












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