[ストレンジナイト] of [僕が彼を憎んだわけ]


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ストレンジナイト

「こいつ、まったく人格の中心が抜けてやがる」
 ジムが忌々しげにビールを飲み干した。
「よりによって、弟に奪われるなんて、気の毒に」
 ルネの言葉につづけるように、「ビリー、最低だよ」と、レクスターには珍しい棘を含んだ一言が飛んだ。
「んだよ。人がしみじみ話してんのに」
 ごくり、と音をさせてビリーは生ぬるくなったビールを飲んだ。
「まあ、確かに。俺は人生最大の過ちを犯した。翌朝にはそう思ったよ」
 自覚はあるんだな、とリックとポールがひそひそと言葉を交わした。
「で、アニキはどうした? 今はちゃんと交流はあるのか?」
 ふんぞり返って、偉そうにジムが聞いた。
 ビリーはジムにちらりと目を向け、タバコに火をつけた。
「ないよ」
 ビリーは急に萎れたように見えた。「以来、アニキは大学を辞め、行方不明だ」
 うあああ、と全員が絶望したような声を出し、視線が一斉にいかれた男に注がれた。

 タバコの煙が目に染みたように、ビリーは目を擦った。
 こいつらに言われるまでもない。あんなことはすべきではなかった。
 今考えると、ライアンは別に弟に「好きだった」とも、もちろん「抱かれたかった」とも言わなかった。ただ、父親と弟に置いて行かれたような疎外感を感じていただけで、 それでもそのふたりはライアンからみたら「眩しい」と思えるほど闊達に自由を謳歌して見えたのかもしれない。
 同じ家族なのに行動を共にしなかったのは、自分の選択だったのに、それを疎んじるような自分を「穢れている」と、表現したにすぎなかったのかもしれない。
 自分は変わらず弟を愛しているのに、と。
 あの、誇り高い雰囲気を持った兄があのあと、どうしたのか? 
 いったいどこへ行ってなにをしているのか? 
「自殺……とか考えなかったの?」
 ぽつりとレクスターが言った。
 じさつう? と睨みつけてから、ビリーは黙った。
 この目の前のレクスターが、過去に追い詰められ、そうするつもりだったことを以前聞いたことがあった。
 誰からだっけ? そう、今はもういないが、こいつの親友だったジャックだ。
 そう考えると、確かにその可能性を否定する材料はなにもない。これっぽちも考えなかったわけではなく、これまでにもその恐れを感じてはいた。
 だが、どうしようもなかった。
 失踪届を出し、母がなけなしのへそくりで、探偵を雇って行方を追ったこともあったが、ライアンの消息は掴めず、生死すら不明のまま、今に至っている。 
 もちろん、その原因がロジャにあることなど、誰も知らないままだ。あの翌朝、サンディは朝帰りをして、ライアンがいなくなったこを知ったが、ロジャになにかを尋ねるでもなく、「ほらな」と呟いただけだった。

「おまえ、なんで今夜その話をした?」
 ジムの質問に、ビリーはさあな、と煙を吐いた。
「俺様の輝かしい人生履歴を、披露するだけのつもりだったんだけど……な」
 店の中は再び、激しいダンスミュージックに代わり、人々が狂ったように踊っている。
 飲んでいないつもりだったビールをすでに三本も空けた――それはビリーにはけっこうな酒量に入る――せいかもしれない。
 それに……。
 しけたピアノの曲なんかが、いきなり流れたせいかもな、とビリーは呟いた。

「しかし、ロイは遅いな」
 ジムが気づいたように、腕の時計を確かめた。
「なあ、その兄さんと被るから、少佐をかまってるってことなんだな? ビリー。もしかして」
 しかつめらしい顔をして、ポールが指摘した。
「あんなタイプが嫌いなだけだ」
「少佐、案外ビリーのこと、よく庇うもんねえ」悪い話を聞いていられず、どうやら飲み過ぎたレクスターが酒に任せてずけずけと言う。「庇われると、苛つくんだ、ビリー」
「なんでこんな話、しちまったんだろう」
 ビリーは舌打ちした。
 ロイ・フォードは最初に会った、その時から気に入らなかった。
 まったくの他人だというのに、初めて会った気がしなかったのは、ポールの言うとおりかもしれない。
 今でもビリーの周りには、ドリンコートじじいのような存在がたくさんいる。
 それはもちろん軍の規律だとか、ごく一般常識を持ったビリーよりも年齢や立場が上の連中だ。
 そういったものどもなど、へでもないと思っているし、敢えてトラブルを起こしているようなことさえある。なのに、ライアンみたいなやつまでが存在するとは、思ってもいなかった。
 大人になっても兄弟のようなしがらみを持った、濃い人間関係が存在することなど、想像もしていなかったのだ。
 ビリーが所属するチームは、そういう契りを持った組織であったし、フォード少佐が率い、ホーナー曹長が補佐するここは、ことにその傾向が強い。
 はっきり言って、ロイ・フォードは上官云々という部分を省けば、ぜひとも試してみたい相手だと思い続けてもいた。
 美しく、泣かせ甲斐がありそうなタイプはそうはいない。これまでもチャンスはあったし、あと一歩というところまでいったことだってある。
 それを逃してきたのは、その時それぞれの事情であって、決してライアンのことを思い出したからじゃない、とビリーは思っていた。
 思ってはいたが……
 二度と、そういう存在を失いたくもないというのも事実だった。
 ことに、ロイの過去の体験を知ってしまったあと、その壊れかけた部分をビリーは見てきた。
 あのいかれた親父の「無責任な人間にはなるな」という唯一の教えは、女性だけでなく、ぎりぎりのところでロイ・フォードにも適用されるしかなかったのだ。
 けれど、同じくらいのショックを、自分はきっとライアンに与えたのだ。ロジャにとってのライアンは、責任云々を持ち出すほど弱い相手ではなかったから――そう信じきっていたから――
 考えまいと極力避けてきたことを、今夜なんでかまざまざと思い出し、ビリーはうんざりした気分になってしまった。
 パーティーの気分すら、すでにどこかへ行ってしまった。
 もう引き上げようかと思った時、
「おう、小僧!」
 いきなり飛んできた声に、ビリーはぎょっとなった。

「盛り上がってるかと思ったのに、なんだ?」
 さわやかな顔で入ってきたのは、カーター中佐だった。
 今はチームが違うから、今夜彼がここへ来るなど、誰も思ってはおらず、座っていた連中は思わず立ち上がって背筋を伸ばした。もっとも、部外者のルネはやあ、とにこやかに片手を上げただけだったが。
 今の「小僧」は、中佐だったのか、でも紳士な彼がなんでそんな――と考えかけたとき、中佐の後ろに、黒い髪にほどよい銀髪を光らせた紳士が立っているのが見えた。
「親父?」
 ビリーは咥えていた煙草を、あやうく落としかけた。
「なんでこんなとこに?」
「なあに。ちょいとDCに用があってな。帰ろうと思って空港へ行ったら、ノーフォーク便が出るとこだったんで、つい乗ってしまった。たまには息子のテリトリーを探索するのも楽しかろうと思ってな。しかし、地味な町だ。俺には向いてないな、ここは」
「そう。基地の前で門兵と揉めてて。帰りかけた私が事情を聞いたら、君のお父さんだとおっしゃるんでお連れした。ここでパーティーだって聞いてたから、よかったよ」
 席を譲って、ジムが立った空間に収まりながら、カーターが笑った。
「なんで門兵と揉めたりしてたんだ?」
 呆れたように立ち上がり、ビリーは父親の前に向かい合った。
「うさんくさそうに俺を見る目つきが、気に入らなかったんだ」
「今はことに基地の警備は厳しいんだ。親父はうさんくさいを絵に描いたような人間だからな。門兵が銃を持ってるの、見えなかったのかよ?」
 憎まれ口を叩く息子をがしりと抱きしめ、サンディはまあそうだな、と笑った。
 そうしてそれだけで気が済んだのか、店の奥を伺い、「おお、なかなかいい女が揃ってる」と奥に座っている数人の女性の元へ、さっさと行きかけ、それから振り返って片手を上げた。
「諸君。息子が世話になってる、って挨拶だけはしとかないとな。ろくでもないやつだが、よろしく頼む」
 サンディはそのまま女性陣のもとへ、約束でもあったかのように入り込んだ。
「こりゃ、聞きしにまさるな」
 ジムが呆れたようにその後ろ姿を目で追った。
「私も誘われたよ。今夜、知らない世界を覗いて見る気はないか? って」
 カーターがおかしそうに笑った。
「ち、中佐を?」
「てことは、私もまだまんざらいけてないわけじゃないって、自信を持ってもいいってことか?」
 全員がぽかんと口を開けてカーター中佐を眺め、それから一斉にビリーの顔を見た。

 その夜は、一日ついていなかったロイ以上に、ビリーには調子の狂う夜だった。
 あろうことかべらべらと、最大にして最悪の記憶をしゃべったばかりか、ちゃらんぽらん親父の姿までチームのやつらに見られてしまった。
 あの女性達の誰かがうまいこと引っかかってくれなかったら、親父はビリーに催促して、朝方まで遊びほうけるに違いない。
 だが、それは甘い見解だった。
 そんなことは何ほどのことでもなかった。かなり遅れて酒場にやってきたロイに、殴りつけられた後では。

 人の誕生日だっていうのに、この上官はぼさぼさの頭をして、この上なく不機嫌な様子で現れた。
 少し八つ当たりも含みつつ、ビリーは入って来るなり立ち上がって出迎え、耳元に囁いた。
『なりふりかまわず駆けつけてくれるとはな。プレゼントは、今夜のあんたの身体でいいぜ』――いつもなら軽く受け流すジョークに違いはなかった。たとえ素早く彼のヒップを撫でたとしても。
 なのに――
 ふっとんで床に転がったビリーは、驚いて自分を殴った人物を見上げた。いつになく血を頭に昇らせたふうのロイは、拳を握りしめたままビリーを見下ろしていた。
 周りの連中は――ジムですら今、誰が、なにをしたのかすら把握しかねたように突っ立ったまま、ふたりの周りを囲んでいた。
「な、なんだってんだ? いきなり」
 ビリーが立ち上がると、さらに胸ぐらを取ろうとさえする上官を、やっと正気に戻ったジムが後ろから羽交い締めにして止めた。
「どうした? ロイ、なにをしてるんだ?」
「……おまえは最低の人間だ!」
 唇が切れて流れてきた血を舐め、ビリーはうっすらと笑った。
「なんども聞いたな、その台詞」
 ロイはビリーを庇う、とレクスターは言ったが、本気で怒ることはしょっちゅうだ。もちろん、ここまで本気で殴られるなんてことはそうはなかったが。
「離せ! ジム」
「落ち着け、ロイ」
「そう、もういいよ。ロイ」

 いつの間にか後ろに立っていたドレス姿の女性が来て、ロイの腕をそっと掴むのを見て、みんなはまた口を開けた。
「誰だ?」
 まだロイを後ろから捕まえたままのジムが、耳元で囁いた。
「クリスティーン……」
 ロイがその名を呼ぶと、あっ、とポールが指を差した。
「あのピアニストの! やっぱり女性だったんだ」
「ピアニスト?」
「謎のピアニストって、有名だ。CDしか出してなくて、ぼかしたような写真しかない。リサイタルなんかもなにもなくて、誰も見たことないって噂だ。男だって噂もあったりして。でもいい曲なんだ。ほら、さっき流れてたろう? みんながチークを踊っていた……」
 ビリーはまじまじと、その金色の巻き毛の女性を見つめた。
 なにか違和感がある、どこかで会ったことがある、確かに。
「久しぶりだ、ロージャ」女性は微笑んだ。
 うっ、とビリーは喉で唸った。
「……まさか……」
 ライアン、という呟きを誰も聞き逃さなかったが、誰のことかを理解するのに瞬時の間があった。
 え? うそ、ビリーのアニキ? いやアネキだろ? と、騒然となった中で、クリスティーンはビリーの前に進み出て、艶やかな笑顔を見せた。

                    




















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