[ライアン] of [僕が彼を憎んだわけ]

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ライアン

 ライアンが家に戻り、父サンディが帰ってきた日――
 それは運命とも言える日になった、とビリーは呟いた。

「ほんとならパパも戻ってなくて、ロジャも旅行へ出掛けるところだったのが、ふたりとも家にいてライアンも喜んだに違いないわ」
 暢気そうに笑う母の言葉で、ロジャはライアンの意図をはっきりと察した。

 ライアンは家に母だけがいる時を狙って、サンディやロジャが留守ならばと、戻ってきたに違いない。一年まるまる帰省しなかったせいで、母が矢のような催促の電話をかけ続けていたのは知っている。
 母はライアンを溺愛しているのだ。おまえに入院と聞かされれば、ライアンも母のために戻る必要があったわけだが、そこで父やロジャと顔を合わせるのは好まなかった。
 ――いや。
 父の言うように、彼を嫌ってのことならば、昨年の夏だってクリスマスだって戻ってきたはずだ。いくら行事が目白押しだと言ったって、その気になったら家族に顔を見せに戻るくらい、大したことではなかったはずだ。そのたびに、母が旅費を送っていたのも知っている。
 ――俺がいたから?
 そう思うと、ロジャは複雑な気分になった。いつの頃からか、ライアンと密接に遊ばなくなってきたとはいえ、嫌われるほどのことをしたとは思えない。
 いたずらや、ロジャのしでかした、ろくでもないことに呆れていたかもしれないが、ライアンは常にそれを許した。少し成長してからは、兄弟げんかすらしたことはない。むしろ、それすらもないほど、兄弟の間には溝ができていたと言ってもいいのかもしれないが。
 ふと、いつかの光景を思い出した。
 ロジャがボーイフレンドと、留守だと思っていた家でさんざんベッドで戯れたときだ。その日、帰りに彼とキスしているのを、熱を出して家にいたライアンが見ていたのではないかと――あるいはベッドでの喧噪をすっかり聞かれていたのではないかと思ったあの日。
 なにも言わなかったが、ライアンは密かに軽蔑していたとしたら。
 案の定、ライアンの部屋を覗くと、バッグに荷物を詰めている姿が目に入った。父は母を病院へとエスコートして行った。
 今夜は俺の飯はいらん、と言っていたから遅くなるつもりなのだろう。だから今、当然この家には兄弟だけだった。
 ライアンの部屋のドアは半分開いており、夕食はどうする? と聞きにきたロジャは、戸口に寄りかかってその様子を眺めた。
「帰るつもりか?」
 うん、と目を上げないまま、ライアンは机に広げた衣類を畳んでいる。
「なんで? ずいぶん早いじゃないか。大学の夏の休暇は長いはずだろ」
「バイトがあるんだ。だから帰らないと」
「ママが悲しむ。やっと帰ったって、あんなに喜んでたのに。入院したら見舞いもしなきゃいけないんだぞ」
 ライアンは頷いた。
「でも仕方ないよ。明日病院へ寄って、顔を見せてから空港へ行く」
「ほんとは俺がいるからなんだろ? 俺だけじゃなく、親父まで戻ったから」

 バッグから顔を上げ、ライアンはやっとロジャの顔を見た。
「どうしてそんなことを。ぼくはおまえを愛しているよ。パパのことだって、別に嫌ってはいない」
 相変わらず、こいつはライアンだ、とロジャはむかっ腹が立った。
 ずかずかと中に入り、まだ作業をしている腕を乱暴に掴むと、ライアンは離せ、と振り払おうとした。
「なんだよ? いつからそんな態度をとるようになったんだよ? 俺がなにかしたなら、ちゃんと言えばいいだろう?」
「そんな態度って、どんな態度だ? それこそぼくがなにをした?」
「ライアン、なんかおかしいだろ? 俺はこんなふうに帰られるのは嫌だ。なにを考えて……」
 今度こそ力を込めて、ライアンは掴まれた腕を払った。
「ぼくに触るな!」
 その言葉に、ロジャの息は止まりそうになった。ハグだけではなく、触れることすらできないほど嫌われているということか?
「――俺は汚いってことか?」
 ロジャはライアンににじり寄った。勢いに押されて、ライアンは壁際に下がっていく。とうとう壁に背中を押し当て、顔を背ける兄に、ロジャはわざと鼻先をくっつけた。
「そうだよ。俺はアニキみたいに清潔な身体じゃないかもな。いろんな人間の汗と体液にまみれてる。石鹸で洗っても、落ちない汚れが残っているのかもな」
 やめろ、とライアンは食いしばった歯の間から声を漏らした。
「俺が男とキスしたのを見てたんだろ? さんざん、相手に甘い泣き声を立てさせた、その隣の部屋ですっかり聞いてたんだろ?」
「おまえがなにをしていたって、関係ない。おまえは弟だし、ぼくは弟を愛している」
「だったらなんで避ける? なんで俺に触れられたくないんだ? アニキは気づいてたんだろ? 俺がいろんなヤツと遊んでいるのを。それが許せないんだろ?」
 どん、と突き飛ばされ、ロジャは床に尻餅をついた。
 逃げようとするシャツを掴み、反撃に出る。思ったよりも兄は強かった。それでもロジャのほうが力が勝った。
 揉み合いを繰り返しつつも、とうとう兄を俯せに床に押しつけ、その腹に跨った。
「アニキ、あんたまさかまだ、バージンか? キスだってしたことないんだろう?」
「離せ!」
「嫌だね。俺の前で泣くなよ。ますます燃えっからな。けど、そんな顔見せてくれたら、案外親切にはするかもしれない」
 首を捩って、ライアンが弟を睨みつけた。

「ロジャ!」
 ライアンの両腕を取り、その手首をベルトで縛った。やめろやめろ、と抗うのをそのままに、ロジャは着ていたシャツを脱いだ。
 それから立ち上がってズボンを下ろした。
 床に転がされたライアンは蒼白になって目の前のショーを見ていたが、ロジャが下着をも脱ぎ去ったのを見て、唇を震わせた。
「……やめろ。ロージャ。なんで服を……」
「見ろよ」
 ロジャは、仁王立ちになって兄を見下ろした。
「やめろ。お願いだから、服を着て。ロージャ」
 いやだね、とロジャは剥き出しの肌を兄の顔に押しつけた。
「汚くて耐えられないだろ? アニキが今後家に戻りたいときは、事前に電話をしろよ。ママにじゃなくて、俺にだ。そしたら俺はカレシか彼女のとこに行って、アニキがいる間は留守にすることにする。まあ、どうせあと一年足らずだ。そしたら、俺も家から出て行く。だから安心しろよ。
 俺みたいないかれた弟のことなんか、いなかったことにすればいい」
 ロジャは髪を掴んで持ち上げたまま、さんざん胸元をライアンの頬に擦りつけ、兄は目も唇もきつく結んで耐えていた。
 だんだんむなしくなって、やがて縛めを解いた。
 解放されてもライアンはうつぶせのまま、起き上がろうとはしなかった。
 ロジャは自分の衣類を掴んで、部屋を出ようとした。

「眩しいだけだ……」
 掠れたような声に、ロジャの足が止まった。
「おまえはぼくよりうんと先に大人になった。ぼくを置いて、パパと知らない世界に行ってしまった。楽しそうに、生き生きとして。だからぼくは――」
 ロジャは振り向いた。
「ライアン? 俺はあんまり頭が良くないんだ。分かるように言ってくれないか?」
「おまえはもうずっと前から、ぼくのロージャじゃなくなった……」
 俯せたまま顔を覆っている兄のそばにしゃがみ、ロジャはその肩に手を置いた。ぴくりと身体が揺れ、触れないでくれ、と小さな声が聞こえた。
「汚いなんて思ってない。汚らわしいのはぼくだ。だからおまえにだけは触れてほしくないんだ」
「意味、分かんねえ。なんでアニキが汚らわしいんだ?」
 ライアンは今は座ってうなだれ、いやいやをするように首を振った。
「お願いだから服を着てくれ、ロージャ。そんなじゃ話なんか、できない」
 ロジャはその顔を上げさせ、涙を浮かべているのを見て躊躇した。
 意味はさっぱり理解できない。
 兄がなにをどう言いたがっているのか見当もつかなかったが、雰囲気だけは本能的に把握していた。自分を拒否しているのではない、ということだけは。
 だからロジャは、そのまま身を低くして兄の柔らかな唇にそっとキスをした。
 怯えたように目を見開いているライアンの目を覗き込み、それから本格的なキスをしてみた。

 冷たい唇は閉ざされていた。
「受け入れてみろよ。キスくらいなんてことないだろ」
 逃れようとする頭を掴んで、ロジャは唇をこじ開けた。
 ライアンは頑なに反応しなかった。初心なのか、それとも今の状況に必死で反発しているのか、いずれにしてもおそらくこの唇に触れるのは自分が最初だと、ロジャは察した。
「おまえはぼくの弟なのに……」
「弟だから愛しているんだろう?」
 ふっさりと落とされた睫から、ころころと涙がこぼれ落ちた。
「……こんなことは許されな…」
 言葉は途中で消えてしまった。ロジャがそれを塞いだからだ。
 なにもしゃべらせない。
 長男であることを自分に課していた、ジョンと呼ばれた人間など必要ない。常に弟を庇って守ってくれた兄など、もう必要ではない。
 優等生で、常にロジャの前に君臨していた、そんなアニキが嫌いだった。だけど今は――
 ライアンの心になにが起きているのか、縛めているわけでもないのに、ライアンは逃げる気配すら見せなくなった。
 それでも重ねた唇の隙間から、ライアンの微かな声が漏れていた。
 ――やめろ、ロージャ……。

 腰が抜けたように、ライアンは自らの動きを制御できず、ロジャのするままに衣類を剥がされた。
 すぐそこにあるベッドに促すことすらせず、ロジャは兄を押さえ込んだ。
 それでも時折、ふと正気に戻るのか、抗って逃げようと試みた。だが、もうここまで来ればロジャの勢いは止められなかった。
 どこをどう押さえれば身動きができなくなるのか、ロジャはすでに学んでいた。
 女性相手に無理矢理ことに及ぶな、という父の教えには従っていたが、それ以外の約束はしていない。相手が女性ではない場合には、ロジャは必要以上に強引だった。
 途中から暴れないように、また手首を縛めすらした。
 ライアンは震えていた。ずっと震え続けた。
 それは快楽の極みに導かれても治まることはなく、罪深い行いを恥じるように瞼をきつく閉ざしたままだった。それはおそらく、レイプと呼んでもかまわない行いには違いなかったが、ロジャにとってメンタルが強く影響する男の身体が素直に従っていることで、兄が決して嫌がってはいないことを確信していた。

 狂っている――
 これまで様々な相手と様々なことを経験してきたが、これほど狂ったことはない。どこかでおもしろがり、愉しむ余裕をなくすことはなかったのに、その夜のロジャは、息をするのも忘れるほどに夢中になった。
 ベッドに担ぎ上げて移動させ、巻き毛に顔を埋め、その匂いを嗅ぎ、肌のすみずみまで口づけを与えた。
 ライアンライアンライアン――
 エンドレスに頭によぎる名前を呼び続け、ロジャは頭が真っ白になって倒れ込むまで、ライアンを離さなかった。

 押さえ込んできた激情の正体は、これだったのだとロジャはやっと自覚した。
 ライアンがいれば、他の連中など必要ないとすら思った。
 意識の端にすら、ライアンをどうこうしたいなどと考えたわけではない。そんなふうに考えることもできないほど、ロジャにとってのライアンは大きな存在だった。
 超えることのできない、だからこそうっとうしく、だからこそ嫌った。
 今のこの非道な行為がライアンを超えるための手段だったのか、それともその裏返しのように兄を慕う気持ちのたどり着く先だったのか、自分でも分からなかったが、自分はずっとこうしたかったのだと思った。
 最初、音大受験をやめた兄は、自宅から通える大学を受験するはずだった。
 父も留守がちで、母がそう望んだままに、兄はそうするだろうとロジャですら思っていた。けれどもライアンは、あっさりと目標を変え、遠くへ行ってしまった。
 あの頃から、彼は弟を眩しいと思っていたのだろうか? だから自分を穢れていると?

「ぼくらは神に罰せられる」
 気を失っていると思っていたライアンが、ぽつりと呟いた。傍らに寝そべっていたロジャはその顔を覗き込んだ。
「俺には神なんか、いない」
「なんてことに……」
 兄は顔を覆った。その長いピアニストの指の隙間から涙が光って見えた。
「帰るな、ライアン」
 ロジャは顔を覆った兄の身体を抱きしめた。「俺に抱かれたかったんだろう?」
「まさかそんなこと……」
 戸惑った声が揺らいだ。
「アニキが夏の間、そばにいてくれたら、俺はぜんぶの友だちを捨ててもいい」
 こくっと喉を鳴らす音がした。
「な? もう親父の冒険にもつきあわない。アニキが新学期に大学へ戻っても、俺は真面目に勉強してクリスマスを待つ」
 ライアンはなにも答えなかった。
「いやだって言ったって無駄だぜ。ライアンは帰ったって親父に言って、ここに閉じこめてやる」
「……ばかなこと、いうな。ロージャ」
「そんで毎日毎日、アニキが狂うほど、抱いてやる。もう二度と、休暇に戻らないなんてできないくらい、俺に会いたいって身体が言うくらいまで、攻めてやる」
「ロージャ……」
 本気だぜ、とロジャは兄の額にキスをした。
「みんな、俺に抱かれたがってるんだ。知らないだろ? でもこれからは俺にはライアンだけだ。夏中、ずっと」
 ただ、ひたすらに泣いているらしく、顔を覆ったままロジャから背を向けた。その背中をロジャは優しくさすった。
「ほんとは嫌じゃないんだろ? ベイビィ」
 父親の真似をしたわけではなく、彼女たちを呼ぶそのままに言ったつもりだったが、ライアンはひくり、と身体を硬直させた。
 プライドを傷つけた言い方だったかもしれないと、ロジャは思ったが、訂正も謝りもしなかった。
 ベイビィ――こんなに兄が愛しく思えたことはなかった。
 ロジャは全精力を使い果たしたせいか、兄の隣ですっかり寝入ってしまっていた。

 翌朝、そのまま寝ていたはずの兄のベッドに、ライアンの姿はなかった。























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