[少年時代] of [僕が彼を憎んだわけ]

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少年時代

「ああ? うん。分かっ……分かりました。じゃあ都合がつきしだいということで……」
 全員が少佐かららしい、となんとなくジムを見ており、瞬間静かになった。
 そのせいでジムの声はあたりにはっきりと響く。自然、言葉付きがよそよそしくなるのを、ビリーは横目で見てにやりと笑った。
 このふたりがすでに「あらぬ関係」であることは承知しているが、他の連中はそうではない。大きな身体をしゃっちょこばらせて生真面目な口調で対応しているのが、かわいくも思える。
 一時はビリーというすっとんだ性格の男に、このジムはずいぶんと厳しくあたり、しかもビリーがなにかと少佐に絡むことが許せないとばかりに、険悪な関係になりかけたこともあった。
 今ももちろん、ビリーはロイ・フォードをからかったり絡んだりすることをやめたわけではないが、ジムも慣れてきたのか、さほど目の敵にされることはなくなってきたような気はする。フォードがどうビリーが絡んでも、あまり問題にするふうもなく、結局は信頼している様子を見せているせいかもしれない。親友……というわけにはもちろんいかないが。
「なんだ? 急用か? やっぱり」
「……なんだかな。要領を得ないんだが、どうやらトラブルに巻き込まれたらしい」
「要領を得ないって、なんか少佐らしくないですね」
 ポールが髭をむしりながら笑った。
「ま、少し遅れるだけらしいから、飲もう」
 ジムが改めてグラスを取ると、みんながまた乾杯を叫び、それからはすっかりいつもの調子で大声が飛び交い、ただただ酒をくらう男の集団に戻った。
「ビリー。これ、プレゼントだよ」
 レクスターがテーブルの下に隠していたらしい箱を差しだした。
「お。気が利くな」
 ビリーは受け取るなり、びりびりとそれを破いた。
「なんだ? こりゃ。GIジョーにしちゃなんだか……」
「ビリー」
「……なんだと?」
 レクがルネの肩に隠れるようにして、「それはビリー人形だよ」と呟くように言った。
「このナニにリングまで貫いて、これが俺様ってことか? 神聖なGIジョーによくもこんな……」
「ちがうよ」
 ルネがおかしくってたまらない、というように唇を窄めた。
「それはほんとにその名前で売ってるんだ。ま、そのへんのお子さまのおもちゃ屋では手に入らないのは間違いないけど」
 GIジョーをうんと卑猥にしたようなその人形を、しげしげと眺め、ビリーは「確かに違うな」と呟き、それから「いいじゃねえか」と唇の端を上げた。周りにいた連中も興味深そうに次々と手にとっては回していく。
「こんなに立派なもんじゃねえだろ? ビリー」
 リックが感心したような、呆れたような顔でビリーと人形を見比べる。
 ふん、とビリーはビールを口に含んだ。
「百戦錬磨さ。俺のロストバージンはまだ両手で数えられる程度の年だったからな」
 ぶっとジムがビールを吹いた。
「汚ねえなあ」
 顔にかかった飛沫を袖で袖で拭い、呆気にとられたような顔をしているポールやリック、おやまあという形に眉を上げたルネたちを眺めた。
「まあた、見栄張りやがって」
「ふん。だれがおまえら相手に見栄なんか張るか。そもそも教育がそうなんだから仕方ねえだろが」
 教育? 口々に呟きが漏れる。
「まさか、おまえの親御さんがそんなことを教えたなんていうんじゃないだろうな?」
 ジムの念を押すような、半ば嘘であって欲しい、と願うような表情に、ビリーは顎を上げて答えた。
「まさにその通りよ。俺の親父はいかれてた」

 ロサンゼルスからは決して近いとは言えない界隈――そこは、こぢんまりとした小さな町だった。
 ロジャ・ウィリアムズの家は父親のものではなく、母方の祖父のものだったが、町の名士でもあった祖父はすでに現役を引退した気むずかしい老人だった。
 ロジャが5歳、その兄が8歳のとき、母親に連れられてその家にやってきた。
 それ以前に住んでいたところがどんなところだったのか、ロジャはあまり覚えてはおらず、ただいたはずの父親が一緒でないことが心配でもあった。
 父親は常に留守がちで、もともとそんなに家で一緒に過ごしていたわけでもないが、この家に父親は来ないのではないか、という漠然とした予感のようなものがあったからだ。
「パパは?」と荷物を片付けている母親に尋ねたとき、同じ部屋の安楽椅子を揺らしてパイプをふかしていた祖父が母の代わりに答えた。
「あの男は、もういないものと思うんだな」
 驚いて母を見ると、ちょっと困ったような顔で銀縁の眼鏡を押し上げ、それから自分の父親を窘めた。
「子供にそんな言い方、よしてよ。パパ」
「本当のことだろうが」
「彼は仕事に出掛けているの。そのうち迎えに来るから」
 全財産つぎ込んで宝探しなんぞに出掛けて、家族をわしに押しつけてか? と祖父が忌々しげに呟いているのが終わらないうちに、ロジャは兄に手を引かれて表に出た。
 祖父の広い屋敷の庭の向こうに海が見えた。
「ジョン、海に下りてみようよ」
「駄目。ママが一緒のときでないと、海に勝手に行ってはいけないと言われただろう?」
 子供ながらに端正な顔をしている兄は、まるで王子様のように毅然と言った。
 母の言うことに逆らわない、ルールをきちんと守る兄はロジャとは正反対の性格であるといってもいい。兄が行かないなら、あとでひとりで行けばいい、とロジャは大人しく庭から見える海を眺めるだけにしておいた。
 ジョン、というのはニックネームだ。この家に引っ越してくる以前、ツバメ号とアマゾン号という、イギリスの少年向けの本を母に買ってもらって寝る前にはわくわくしてそれを読んでもらった。四兄弟の話で、長男がジョン、次男がロジャというのが楽しくて、ロジャはすっかり自分がそのロジャであるかのように感じ、兄をジョンと勝手に呼ぶことにしたのだ。彼は小さな弟のその呼び方に、お話に合わせるように返事をし、どう呼ばれようとかまわないよと笑った。
 兄にはそんなところがあり、この家に来てからは彼は祖父からセカンドネームで呼ばれていて、それにもちゃんと対応している。ライアン・クリストファーの「クリストファー」というセカンドネームは祖父の名前をもらったもので、初孫に嬉々として名を与えた祖父の意向を無視し、父がライアンと名付け、すったもんだの挙げ句、母がセカンドネームに祖父の名をと両者を説得したといういきさつがあったらしい。
 兄によると、祖父はうんと小さな頃から彼をセカンドネームで呼んでいるという。
「クリストファー、気に入っているかな? この名前は」
「はい」
 祖父はここへ越してきたその日も、一番に兄にそう聞いた。「おまえはいい子だ」とも。 でもロジャにはなにも話してはくれず、「やつにそっくりな顔だ」と言っただけだった。
 ロジャは誰からも「パパ似だね」と言われることが多く、だから「やつ」というのが誰だかは検討がついたし、その言葉の使い方で祖父がロジャのパパを好きではないのだ、とも理解できた。
 ライアンのプラチナブロンドは、ロジャと同じように父親譲りの巻き毛であったが、祖父は自分に似ていると思っている。もっとも、今や広い額になってしまった祖父の髪はブロンドだった名残すら伺えないくらい、白かったが。
「ライアンもロジャもおじいさんの言うこと、ちゃんと聞いていい子にしててね」
 祖父を窘めつつも、母は二人の兄弟にも言い聞かせることを忘れなかった。
「ドリンコートじじい」
 ロジャがつけたあだ名を聞いて、兄はふたりに与えられた子供部屋のベッドにひっくり返って笑った。
「だって小公子に出てくるじじいそっくりだよ。ひげも」
「まあ、雰囲気は合ってるかな」
「でも、あの話、おかしいだろ? セドリックはなんだってお母さんと引き離された上にあんなじじいにへこへこしてるんだ? じっさい、あんなじじいだとしたら、最悪だ」
「へこへこはしてないだろ? 彼は賢く純粋におじいさんとの生活を楽しんでいた」
「ぼくはじじいとの生活は楽しめない」
 だろうな、とライアンは微笑んだが、すぐに表情を引き締めた。
「でもそれ、おじいさんの前で言ってはいけないよ、ロジャ」
 笑いを引っ込めて、兄は真面目な口調になった。
「ぼくはバカじゃない」
 そんなことが理解できないほどバカじゃない。言ってはいけないと理解はしていても、だから言わないてわけでもない。そんな顔を察したのか、弟の早くも芽生えている強気の性格を知っているのか、ライアンは不安そうに顔を覗き込んだ。
「ロジャ?」
 同じような顔立ちなのに、繊細な雰囲気をたたえた兄を見返し、ライアンはセドリックになれるんだろうな、とロジャは心の中で思った。

クリストファー・ドリンコートじじいは、笑うのがもったいないらしい。
 ロジャは一人で海へ行き、ぐしょ濡れで戻っておしりをぶたれた。昔の教卓鞭のようなものを使ってだ。ドリンコートじじいは、元教師で、校長まで務めた男だったから、もちろん手にしていた鞭は教卓で使っていたものだった。
「今では学校での体罰は禁止のはずよ」
 母は怒ったが、じじいは反省などしない。

 彼の眉間の皺が緩むのは、ピアノの演奏が聞こえるときだけだった。
 兄は3歳の頃からピアノを習っていて、「たいそう上手に弾けている」らしい。日に何回も、暇さえあればピアノに向かう兄のそばで、お気に入りのアームチェアを揺らしながらドリンコートじじいは目を閉じて満足げな表情を浮かべていた。
 兄はなんでもできた。
 スポーツも抜群とまではいわないが、遜色なく「上手い」部類に入る。
 ロジャはぼくよりも運動神経はいい、と兄は褒めてくれるが、ロジャの気まぐれな性質が邪魔をして、なにかに打ち込むと言うこともなく、特別に訓練を受けてまでなにかをしたいとも思わなかった。ましてやピアノなど、触れることすらしていない。
 音楽や文学といった方面は、まるで歯が立たない。
 ベッドで本を読んでもらっていた間は楽しかった読書も、自分で読めと言われたらすぐに眠ってしまう。
 母は貯金をはたいて、少し借金もして、家から少し先にあるビーチ沿いの唯一の繁華街で小さな雑貨屋を始めた。海沿いのそこは、ビーチに訪れる客でけっこう賑やかだ。
 ロジャは学校帰り、そこへ立ち寄っては雑貨と共に置いてあるお菓子をつまんで、マガジンラックからコミックを引き抜いては立ち読みした。
 
 この町へ来て3年目の頃、ロジャはどうしてもゲーム機が欲しくなった。
 母に頼んでみたが、クリスマスにサンタに頼みなさい、というだけで相手にしてくれない。誕生日でもないのに、そんな高価なおもちゃを買ってくれるわけもなく、クリスマスはまだ遠いし、そんな高価なゲーム機をサンタがくれるという確証はなかった。
 思い付いたのは、これまでに母の店で売れ残ったためにロジャがもらった、マガジンを売ることだった。
 けれどもそれはほんのわずかの代金と引き替えになっただけで、ゲーム機には遠く及ばなかった。
「二束三文」という言葉を兄に教えてもらい、大事なマガジンを手放したことを悔やんだ。
「なんでお金がいるの? ロージャ」
 ライアンは穏やかに尋ねたが、ロジャはべつに、と首を振った。
「本が貯まって邪魔になっただけだよ」
 ロジャはそこで諦めはしなかった。
 二束三文にならないものを持って行けばいいのだ。
 祖父の書斎の隣の部屋は、彼が趣味にしている骨董品で溢れていた。
 整然と並んでいるとはとてもいえず、品物はあちこちに無造作に置かれているように見えた。ひとつくらいなくなっていたって、祖父が気づくのはきっとうんとあとのことだ。
 もしかしたら一生気づかないかもしれない。気づいたら怒るだろうが、それもまたいいかもしれない。
 でもきっと、売るのは難しいだろう。
 マガジンですら最初の店では「子供のものは買えない、親を連れておいで」と断られた。別の店の店員が若いいい加減な男だったおかげで、うまくいったようなものだ。
 そう思い付くと、それを換金できるできないはどうでもよくなった。
 じじいの困った顔を見たい。
 それに、子供が駄目なら大人に頼んで売ってもらう方法だってある。
 ロジャはその立ち入り禁止だと言われていた部屋に忍び込み、手頃な壺を掴んで外へ出た。

「わしの壺をどこへやった?」
 はげ上がった額までを真っ赤にして、祖父は朝食の食卓に姿を現した。テーブルにつくこともせず、「どこへやった?」と、ロジャをまっすぐに見据えた。卵を焼いていた母が、「パパ、どうしたの?」と聞いたが、祖父はロジャから目を離すことなく手に持っていた教卓の鞭を両手でしならせた。
「この家には泥棒がいるらしい」
 ロジャはさすがに目線を落とした。同じ家に住んでいるとはいえ、祖父のものは祖父のものであり、ロジャのものではない。それは泥棒なんだと分かってはいたが、改めて認識したせいか、祖父の視線が怖くもあった。隣に座っているはずのライアンも、身動きひとつせず、ことの成り行きを見ているようだ。
「おまえだな?」
 祖父は鞭をぴしりとテーブルに打ち付けた。最初から犯人はロジャしかいないと思っている態度に、事実ではあってもカンにさわった。
「ぼくじゃない! なんでぼくだけに聞くんだ!」
 ロジャは怯えて、体を傍らのライアンにすりつけるようにして鞭を避けた。
「だったら他に誰がいる?」
「ライアンだってママだっているじゃないか!」
「なんだと?」
 祖父が鞭を振り上げた。
 カタン、とナイフとフォークが置かれ、隣の椅子からライアンが立ち上がった。
「……ぼくが、割ってしまいました」
 一瞬、祖父は固まり、ライアンを見なかった。
 ロジャに目を向けたまま、逡巡するように教卓の鞭を持った手を震わせ、それからゆっくりとライアンの方に顔を向けた。
「おまえがわしの壺を?」
「綺麗だったからつい……ごめんなさい」
 俯いたライアンを、ロジャは凝視した。
「あの部屋には入るなと言っていたはずだ。一緒に来なさい」
 真っ青な顔で見ていた母は、なにも口を出さなかった。
 ことの成り行きにただ驚いており、いつもならロジャをぶつ、という父親を止めにかかるのに、それすらも忘れたように祖父に連れられてダイニングを出て行く長男の後ろ姿を見つめるだけだった。
 今まで誰からもぶたれたことなどない兄の、白い尻たぶに赤い鞭のあとがつくのだろうか? とロジャは心配になって祖父の書斎のドアの前で耳をすませた。
 今なら間に合うだろう。鞭打たれるのは自分であって、兄ではないと。

 だが、聞き慣れた肉を打つ音はなく、ただ静かに説諭しているかのような祖父の声がしただけで、どうやら罰の様相も自分と兄とでは差があるらしい、と知ってロジャは正直に告白することをやめた。
 十分ほどたったとき、兄は青い顔をして子供部屋に現れたが、ロジャになにかを言うでもなく学校へ行くためのカバンを手に取った。
 間違いなく遅刻だが、行くつもりらしい。ロジャは気まずかったが、黙って兄の後ろから玄関を出た。
「待て」
 祖父は今度こそ、茹でたタコのような顔をして二人の後ろに立っていた。
「今、骨董屋から電話があった。わしの壺はあそこで買ったものだから、主人はあれを覚えていて、売りに来た浮浪者らしい男を警察に突き出そうとしたらしい。でもその男は、子供に頼まれた、と言い張って隙を見て逃げたそうだ。
 子供とはこの家の子供か? その男に壺を売ってくれるよう、頼んだのか?」
 今度こそ、ロジャは息が止まりそうだった。
 ライアンはただ、祖父の顔を見つめるばかりで何も言わなかった。
「割ったならともかく、金のためにわしの壺を盗んだなどと……」
 祖父はライアンの腕を乱暴に掴み、引きずるようにして書斎へ戻っていった。
「どうしたの?」
 店に行こうと外出着を着込んだ母が、閉じられた書斎のドアを見ながらロジャに聞いた。
 玄関の前に突っ立って、呆然としている次男を揺さぶるように、母はもうお説教は終わったんじゃないの? と問い詰めた。
 小さな耐えるような声が短く聞こえ、「この泥棒め!」という祖父の怒鳴り声が玄関まで響いた。

 これまでロジャが負ったこともない罰だった。
 いつもより倍ほども鞭の数は多かったはずで、無意識にロジャは扉の前でそれを数えた。しかもそれだけでは許されず、ライアンは納屋に監禁されたのだ。盗みを働いた上、それを換金しようとした孫を、祖父は許さなかった。
 あんたは学校へ行きなさい、と言い置いて母は祖父に抗議していたが、罰として反省するまで閉じこめる、と祖父は譲らなかった。
「これは教育だ。おまえの躾が悪いからこんなことになる。大人しくいい子の振りをして、金のために人のものを盗むような子だったとは」
 逆に叱りとばされ、母はこれ以上手は出さない、と誓った父親に押し出されるようにして店に出掛けていった。
 ロジャは学校へ行く振りをして、庭に回ったが、祖父がやってきたので、慌てて木陰に隠れた。
「今日は一日水も食事もなしだ。そこで反省するまで出しはしない」
 それだけ言うと、頑丈な鎖のついた鍵をもう一度確認して、家に戻っていった。
 納屋とはいっても、その一角にある小さな物置の部屋で、窓ひとつない。古い建物には少しばかり壁に割れ目があり、ロジャは暗い納屋の中を覗き込んで目を凝らした。
 僅かばかり、壁のあちこちから差し込む光の中に、ぼんやりと映る影が見えた。膝と手をつき、前のめりに蹲っているらしく、すすり泣きのような声がした。ぶたれたあとが痛くて、座ることはできないのはロジャが一番知っている。
 やったのは自分じゃないって、言えばいいのに。
 ロジャは唇を噛んだ。マガジンを売ってお金を欲しがっていたことを、ライアンは知っている。だから、壺を盗んだのもロジャだというのは察したはずなのに。
 やがて兄は立ち上がり、まっすぐに正面を見据えるようにしたまま、動かなかった。痛みには呻いても、ライアンは泣いてなどいなかった。
 目が慣れてきたロジャには、その顔がきっぱりと後悔などしていないように見えた。なんであんな顔をしているんだ?
 自分じゃない、やったのはロジャだよと言えばいいのに。
 ――そうじゃない。ぼくじゃない、と嘘をついたのは自分のほうだ。自分ではなくライアンだってママだっている、と押しつけたのは自分なのだ。
「ライアン……」
 声をかけると「ロージャ?」と返事があった。「学校へお行き」
「でも」
「大丈夫。もう痛くないよ。夕食には家に戻れる。だから、学校へ行くんだ、ロージャ」
 いつものようにロージャとRを長く引いて発音する。正確にはロジャはロジャで、母も父もそうではないのに、兄だけがこんな呼び方をする。常に柔らかな声で。
 それが無性にカンにさわった。
 庇おうとしてくれたのは分かっている。落として割った、と白状して許しを得て、それで終わりのはずだった。だけど今、ライアンは泥棒として罰を受けている。そしてロジャの行いを許そうとまでしている。
 ――でもなんで? ぼくよりも年上だから? 兄だから?
 それは耐えられなかった。いくつ年が違おうと、そうやって庇われたって嬉しくはなかった。罰を逃れたくて思わず嘘をついたが、それでも裁かれるのは自分であるべきだったのだ。尻を打たれ、納屋に閉じこめられても、たとえその痕が長く皮膚に残っていても、ロジャは懲りずに元の生活に戻ることができるはずだった。
 けれど、代わりにライアンが鞭を受け、罰として閉じこめられ、ロジャを責めることなく穏やかに許してくれている。考えてみれば、これほどのことではないが、ライアンはロジャのいたずらを庇って、よく母に叱られてくれたものだ。ロジャが仕掛けた兄弟げんかでも、大抵叱られるのはライアンだった。
「なんで?」
 ロジャはその場に座り込んで、膝を抱え、そこに額を埋めた。
























硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

金の砂銀の砂第二部

金の砂銀の砂第三部

僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評