[ビリー] of [僕が彼を憎んだわけ]

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ビリー

 朝焼けが、まだほのかに残っている時間から、ビリーはホテルの海辺のテラスでだらしなく頭を仰け反らせて、チェアに座っていた。
 海岸沿いに建てられたホテルには、同じように砂浜に張り出したテラスがいくつもあり、長い波打ち際が延々と続いているのが見える。
 夕べは結局数本のビールで酔いつぶれ、店で眠ってしまったあと閉店時に起こされてからは、一睡もしなかった。
 ボーイが店を開け、早い客に驚きながら注文をとって珈琲を運んできたが、一口も飲む気にもならない。
 ちらほらと早出のホテルの宿泊客らしき人々が席を埋め始めた頃、戸口にサンディとライアンの姿が現れた。
 肩を組み、ぴったりと寄り添って、まるで恋人同士のように自然な微笑みを交わし合っている。
「小僧、早いな」
 サンディは上機嫌で、ビリーに向かい合った席を引き、レディにするようにライアンを座らせてから自分も隣りに腰を下ろした。
「俺はいつだって、早起きなんだ――ってか、同じ部屋に泊まったのか? まさか」
「ライアンはまだ予約もとってなかったし、親子で別々に泊まることもあるまい? なにが問題だ?」
 しれっと父親が言った。
 ライアンは、夕べとはまるで印象が違った。
 よく見ると化粧をしていないし、服装も細身のパンツに白い女性もののシャツといった、ラフなスタイルだった。
 そうしていると、女性だと言われればそうも見えるし、男性だと言われればそのようにも見え、不思議な雰囲気だけは変わらぬままで、穏やかな雰囲気を漂わせていた。
「いい朝だね。東海岸の景色もなかなかいい。こんなとこで仕事してるんだね、ロージャ」
「軍の仕事を辞めて、俺と一緒に仕事をしようと何度も言ってるのに、聞きやしないんだ、こいつは。なんのために、ガキの頃から仕込んだのか」
 サンディが朝食のメニューを選びながら、不満げに呟いた。
「親父との冒険もたいがい刺激的だったけどな、今の仕事は比べものにならねえ。辞める気はないね」
「軍で宝物が掘り出せはすまい」
「まさか、ロージャが軍人になるとはね」
 ライアンは眩しそうに目を細めて、弟を見た。
 ロジャの葛藤は、夕べ語られることはなかった。
 非人道だと責められる話は口を滑らせても、自分が辿ってきた道の裏側を暴露することだけはないだろう。
 それがロジャ・ウイリアムズという男だ。

 ライアンが去ったあの夏は、うんざりするほど長かった。
 母が入院中だったために町を出ることはなかったが、サンディは毎日母を見舞ったあとは忙しく出歩き、ほとんど家にいることはなかった。おまえも出てこいと誘われても、ついていく気にはならなかった。
 誰もいない家の中の、ライアンのピアノの鍵盤を指一本で叩いた。
 がらんとした空間は、ロジャを責めてでもいるかのように、幾度もあの時、下に組み敷いた身体の記憶を甦らせた。
 本当に失ってしまった兄弟の絆を、もう取り戻す術はない。
 たとえライアンがクリスマスにでも戻ってきてくれたとしても、以前のような関係には戻れないだろう。これまで生きてきた、生まれた時からの長い時間、ライアンに抱いていた思いは、兄弟だからこそのものだったということを、ロジャはやっと知った。
 大学からいなくなったと聞いた時も、以来一度も家に連絡すら入れないライアンと、それを心配する母親の姿に、たまらなくなった。行こうと思っていた大学に、どうしても行く理由もなく、ロジャは目標を失った。
 あれほどおもしろかったアバンチュールも色あせて見え、恋人の数すらも減ってしまった。

 軍の存在など、それまでの暮らしにはなんの関わりもなく、ほとんど目に入ることもなかったし、興味もなかった。
 知らなくともその規律正しさや、上下関係の厳しさなどはなんとなく知識としてはあり、その職務はいつの時代も命がけで、ロジャの求める世界とは正反対のはずだった。
 たまに見かける軍人達は、どれも制服や戦闘服に身を包み、同じ人間と言うよりもロボットかなにかのようにすら思えた。
 入隊のきっかけは他愛もない。
 制服を着た男にビラを渡された、それだけだ。
「祖国を守ろう! 海軍は君を待っている」などという、照れて笑い飛ばしたくなるようなキャッチフレーズが並んでおり、最初はその兵士の前でくしゃっと丸めたほどだった。
 兵士は気を悪くしたふうでもなく、次に通りかかった青年にもビラを渡した。
「なあ、給料は高い?」
 ロジャは兵士に聞いた。彼はちょっと唇を上げ、「安いよ」と答えた。
「命かけてんのにか?」
「誰かに守ってもらうよりも、自分で守るって、いいだろ」
 兵士はにこやかに答え、そのやりとりの間もビラの配布に余念がなかった。自分と大して年も違わぬ、しかもアジア系の小柄なアメリカ兵だった。
 その足で、ビリーはビラに書いてあった建物に向かった。
「暇だから、国を守ってやってもいいかと思って」
 兵士たちだらけの事務所で、ビリーは肩をすくめながらそう告げた。
 顔を見合わせる制服たちのことなど、もちろんかまいはしなかった。

 SEALSなどという部隊のことは、知りもしなかった。
 入隊後、壁に貼ってあった訓練学校募集の貼り紙を見て、同僚たちが「合格者は希望者の三割もないって話だ」とか、「死ぬほどの目に遭わされて合格した挙げ句、死ぬほどの任務を負わされるらしい」などと話し合っているのを聞いた。
 ビリーは船に乗って、長い航海に出るのは気がすすまなかった。
 閉鎖空間でのせせこましい人間関係は、ロジャにとってあまりいい環境とはいえなかった。
 うっかり海軍などに入ってしまったのは失敗だったかも、などと考えていた頃だ。
 軍は軍でも、陸、空、海兵隊と選ぶ余地もあったというのに、ビラの言うまま進んだことが悔やまれた。海軍は基本的には輸送が主だ。
 おまえは、隊全体が一番に敵地に乗り込むことを誇りにしている海兵のほうが合っていると、直属の上官ですら言ったほどだ。

 貼り紙をはぎ取ったビリーを見て、同僚が目を丸くした。
「おまえまさか、志願する気か? ぜってー無理だって」
「SEALSってのは、海軍の中じゃエリートって呼ばれてるチームだろ?」
「そうだけど、ことにおまえみたいなヤツには、向いてない。やめとけ」
「止められると、燃えるんだな、俺は」
 だから特殊チーム訓練学校へ志願した。
 そこでなにがあるのか、卒業したらなにをするかなど、ほとんどの志願者の半分も知識のない、いい加減な候補生だった。
 学校にいる半年間、教官達は、ロジャ・ウイリアムズの能力は適正だと認めつつも、性格的に不適正と判断し、けっこうすったもんだがあった。
 他に出来ないヤツはたくさんいたというのに、ロジャだけが、教官らから厳しい攻撃を受けたこともあった。
 特殊部隊の本当の職務を改めて学ばされ、そもそも軍など辞めて、もっと楽に生きた方がいいんじゃないかとちらっと思ったこともある。
 そこでロイ・フォードと出会い、それとなく庇われたと思った時から、彼は新たに壁となって、ビリーの前に立ちはだかった。
 チームの中で一番嫌いな、けれども一番心惹かれる――かつてのロージャに戻ったようで、ビリーを憂鬱にさせてくれたことも数知れない。
 だが、あの学校にロイがいなかったら、ビリーの闘志は続かなかったかもしれない。ロイを超えることだけに頭をいっぱいにしたおかげで、ビリーは脱落者の鐘を鳴らすことなく、無事卒業した。
 そうしてビリーは彼を追いかけて、ノーフォークの基地までやってきた。

 ビリー自身、そう自覚しているわけでは決してないが、ライアンや、ロイのような相手がいない場所では、自分の能力がいささかも発揮されず、ただのひねくれ者で終わる――
 いや、単に絡んで愉しみたいだけ――
 まあ、ロジャ・ウイリアムズというのは、所詮そんな男だ。



















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