[ロイとジム] of [僕が彼を憎んだわけ]

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ロイとジム

 ロイとジムは、カウンターの隅から、クリスティーンとサンディがキスするのを見て、無言で顔を見合わせた。
 クリスティーンの恋人なんだろうか、と呟いたロイにジムが首を振った。
「あれ、ビリーの親父だぞ」と言われ、ロイは飲んでいた水に咽せた。
「なんで父親とキスなんか、してるんだ?」
「俺に聞くな。ビリーだけでも手に負えないってのに、親父やアニキのことまで分かるか」
「――ついていない一日だった。ほんとにさんざんな一日だったよ」
 ぼさぼさの髪を振りながら、げっそりした様子のロイが呟くのを、ジムはおもしろそうに聞いていた。
「あんたがあんなに激怒するなんて、そうそう見られないからな。びっくりしたよ」
「彼は……きっと俺は、ライアンの一番最悪の時しか知らない。そして、挙げ句の再会があの姿だ。この数年間、彼は自分を捨てようと試行錯誤した。まずは生身を殺そうとして、それもできずに生きる方法を考えたんだ――あいつは弟に……」
 ああ、聞いたよと、ジムが頷いた。
 ビリーの側から話を聞いていたジムですら、ライアンがその後どんなふうに生き悩んできたか、察することができた。
「最初誰だか分からなくて……わがままな、嫌な女性に出会ったと思った。振り回されて、うんざりした気分だった。きっとあちこちで、そうやって男を手玉にとっているんだろうな。家にも後をつけてきたヤツが侵入してきたくらいだ。ガラスまで割って、鍵を開けて彼女――いや、ライアンを強引に引きずって行こうとした」
 ジムはそっとロイの傷ついた拳を撫でた。
「――俺はライアンを、本当の意味で知っているわけじゃない。だけど俺に性格が似ていたとすれば、恐るべき変わり様だと呆れもした。その苦悩の本当の原因があれだとすれば――」と、ロイは出て行くふたりに目をやってから瞼を伏せた。「でもまさか、父親を?」
 彼は息子であることを捨てたかったのかもしれないなと、ジムはジムなりに考えた。
 自分の苛立ちがなんなのか、寂しさの原因がなんだったのか分からないまま、父と弟ふたりに嫉妬し、敢えて溝を作ることで自らを支えていたのに、ビリーがそれを壊してしまった。
 俺には理解できん、とジムは傍らの恋人に視線を戻した。
 キスはあのこじゃれた親父の、ほんの挨拶代わりみたいなもんで、今夜、あの親子はきっと夜通し話でもするのだろうと、思うことにした。
「あんたが女装したら、きっとライアンより美人だぞ、ロイ。一度試してみないか?」
 邪気のない顔で、ジムはけろりと言った。

 ジムの台詞を聞いて、ロイは目眩がしたように、思わず顰めた眉根を指で揉んだ。
「俺が女性に見えるわけがないだろう?」
 そうだな、とジムは素直に頷いた。
 ロイは美しいし女顔には違いないが、男性でいてこそ魅力的だと思っている。どんなに追い詰められても、その道に進むことだけはないだろうと思うと、今夜のビリーのショックも理解できないわけではない。
「ロイ、今流れてるのがクリスティーンの曲だよ。作ったのも弾いてるのもライアンだそうだ」
 フロアは再び、チークタイムに入ったらしく、さっきからムードのある曲が続いていた。
「これで今日何度かかったかな? 最近ラジオでもよく聞くよ」
 それだけリクエストが多いということは、ヒットしているということなのだろう。
 そうか、とロイは耳を澄ませた。
 しっとりとした旋律は、もの悲しいようでいて、どこか生きる希望のような明るさをも秘めている気がした。

 結局、ライアンは自ら弟に会いに来た。
 過去を許し、ハグを許し、やっぱり彼がロジャの兄であることだけは変わらないのだ。
 この曲を聴いていると、ライアンは案外、今が幸せなのではないかとすら思えた。
 弟に押し倒される、それ以前から彼は自分が好きではなかったのかもしれない。だからロジャは、結果的にはライアンが、殻を脱ぎ捨てるためのきっかけを与えただけなのかも――
 本気で苦悩するほどのショックを受け、模索することがなかったら、このアーティストは誕生しなかったのかもしれない――とは、少しうがちすぎだろうか?
「考えてみたら、あの大学の夏のときだって十分ライアンは俺を振り回した。俺と似たタイプだったとは、俺には思えなかった。根っこは今のクリスティーンの部分があったはずだ」
「人間はそう変わりはしないってことさ。ただ、アニキの方は弟ほど素直じゃなかったのかもな。あの親父の前に出れば、誰だって保守的になるか、バカみたいに開放的に従うかのどっちかしかない」
 小さな頃に、全財産をつぎ込んで家を出てしまった父親――
 母は自分の父を頼り、その祖父は父を嫌い、弟を目の敵にした。
 どこかでライアンは、自分だけはしっかりといい子でいて、祖父とウイリアムズ一家の橋渡しをしようと必死だったのかもしれない。そこで培った性格はそのまま維持され、戻ってきた父親の奔放さについていけなくなっていた――
 それがライアンにとって、どんなにつらく寂しいことだったのか、だからこそ彼は、無茶なまでに自分をいい加減な人間に変えようとしたのかもしれない――
 ジムが、珍しく真面目な口調でそう語った。今夜仕入れたばかりの知識とは思えないほどあの一家を把握してしまったようだ。
 ロイは頷いたが、すぐに首を振った。
「いずれにしても、他人のことだ。真相はなにも分かりはしない。なんだか、頭がおかしくなりそうだ」
 やっといつものロイに戻ったようだな、とジムが肩を叩いた。

「ガラスを割られたなら、物騒だな。泥棒が入るかもしれん。戻った方がよくはないか? パーティーももう、お開きだろう」
 そうだな、とロイも疲れたような顔で頷いた。
「あいつのプレゼント、どうした? ロイ。一緒にやってもいいって話だったろ。あんたのことだ。用意したんだろう?」
 出張中に買い物はできないからと、出がけにジムはそう言ったことを思い出した。
「海に流れた。携帯と一緒に。兄を助けるためだったんだから、ちゃらにしよう。今、ビリーに親切にする気は起きない」
「今夜は、とっておきのプレゼントをもらったようだしな」
 まあ、あとがよろしくはなかったようで、今は立て続けにビールを呷っているから、潰れるのは時間の問題だ。
 先に店を出たジムにつられるように、ロイは駐車場まで歩いた。今夜ビリーはなにを考えるのだろう。ライアンは、父親となにを話すのだろうか?
 ふと、細く腰を絞った、真っ白な痩せた身体を思い出した。
 父親に縋り付いていた、クリスティーンの姿を――
 ロイは無意識に頭を振った。

 駐車場の端に駐めた車を見て、ロイは足を止めた。
「どうした?」
「今夜は俺といるのはやめた方がいいかも。とにかくついてない一日だったんだ」
 ジムは豪快に笑ってから、ロイのくしゃくしゃの頭をさらにかきまわした。
「それは守り神がいなかったせいだ」
「守り神?」
 俺のことさ、と自分を親指で指し示し、ジムは車に飛び乗ってエンジンをかけた。
 その余裕たっぷりの態度に、ロイは思わず呟いた。
「だから、俺はおまえが嫌いなんだ」
「なんだって?」
 いや、とロイは笑った。
「試してみよう。おまえがほんとに守り神なら、今夜はもう安泰ってことだな」
 その言葉も終わらないうちに、エンジンがストンストンと間抜けな音を立てて止まった。
 太い眉を下げて、情けない顔になったジムの前で、ロイはげらげらと笑った。
 ふたりでボンネットを上げ、頭をくっつけるようにして、エンジンの具合を確かめようと覗き込んだとき、ジムの親指がロイの唇をなぞった。
「ずっと言おうと思ってたんだけどな、口紅がついてる。案外似合うぞ、ロイ」
 ロイは慌てたようにごしごしと拭った。
「これは……ライアンが……」
 ふうん? と意地悪そうな笑顔を浮かべて、ジムは擦ったためにさらに赤くなったロイの唇にキスをした。
「ライアンに……抱いてくれって、言われた」
「なんだって? それで店に来るのが遅かったのか? まさかあんた……」
 ジムが低い声で返すと、ロイはため息をついて微かに首を振った。
「おまえがいるからって、断った。いや、おまえの名前は言ってはないが」
「……ほんとか?」
 ジムはまじまじとロイの顔を見て、それから耳元で囁いた。
「あんた、男を抱けるのか?」
 その、がっしりした尻に、ロイのキックが綺麗に決まった。


















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