[再会] of [僕が彼を憎んだわけ]

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告白

「ライアン……? まさかライアンなのか?」
 ビリーはおそるおそる手を伸ばし、その頬に触れた。
 ライアンは微動だにせず、されるままになっている。
「……お兄さん、お姉さんになってしまったってこと?」
 レクスターが囁くと、ルネがしっと人差し指で唇を塞いだ。
「ノーフォークにいるって聞いて来てみたけど、ほんとは訪ねる勇気はなかったんだ」
 ライアンは言った。
「でも、海でロイに会って……」
「ロイ? ……少佐を知ってるのか?」
「うん、大学で少しだけ一緒だった」
 ビリーがきょろきょろと辺りを見回すと、ロイは離れたカウンターの奥に立って、ジムと話をしているらしく、こちらを見てはいなかった。
 ライアンとロイが同じ大学だったなんて――いや、そんなことはどうでもいいが、よりによってライアンがなんて格好で――
 もう周りに誰がいるのか、なんでここにいたのかすら、ビリーは忘れるほどショックを受けていた。
 自分が原因で姿を消した兄が、思ってもいない姿で現れたことを喜んでいいのか、どうなのか――殴られた顎が痛むのすら、なんでこうなったのかも考えられない。
 それからはっと店の奥に目をやって、ライアンに囁いた。
「なんでかここに親父がいるんだ。いきなり現れた」
「パパが? なんでよりにもよって……」
 ライアンはビリーの目線を追って、店の奥にその人の姿を認めた。女性達を相手にすっかり馴染んでいて、遊び慣れたようすにため息をついた。
「神出鬼没なのは昔からだけど。心配してたんだぜ、あれで」
「できれば会わずに帰りたいな。ぼくはパパは苦手なんだ。やっぱりすっかり大人になるのは無理だ」
 くるりと踵を返したライアンの細い腕を、ビリーは思わず掴んだ。
「ライアン……」
 振り向いたライアンに、ビリーはおずおずと聞いた。
「ハグしても……いいか?」
 戸惑ったように弟の顔を見つめていたライアンは、いいよと頷いた。スローモーションのように、自分の動作が遅い気がして、ビリーはもどかしかった。それでもやっと、その身体に腕を回し、抱きしめた。少し湿ったドレスのきゃしゃな、折れそうなほど細い腰が信じられなかった。
 ビリーが知る限り、子供の頃のライアンが、男性であることを苦にしている気配はなかった。なんと言っても、ツバメ号のジョンだったのだ。幼い弟を守ろうとする、健気な兄だった。元気でいるなら、おそらくビリーの近くにいる、あの上官のような大人になっているだろうと、幾度思ったか分からない。
 だとすれば、兄が変わったのはやはり自分のせいなのだろうと思うと、さすがに堪えた。そのまま、ビリーはライアンを離さなかった。
「ロージャ?」
 まるで声変わりをしたばかりの頃の、不思議な声音でライアンは囁いた。この声が好きだった。大人になる頃には、ずいぶん声も変わっていたはずなのに、ライアンは女性とも男性ともつかないアルトの声で呼びかける。
「生きててくれて……よかった……」
 不覚にも、ビリーの声は掠れて揺れ始めていた。

 いつの間にか、すぐそばにサンディが立っていた。

「DCの空港で見かけたんだ。どんなに化けていたって、すぐに分かった。ノーフォーク行きのちっちゃな飛行機に乗るのが見えたから、すぐ次の便に乗ったけど、見失った。きっとロジャに会いにいくつもりだって思ったんで、待っていたんだ。さすが俺の息子だ。俺好みのいい女じゃないか」
 ビリーの腕に抱かれたまま、ライアンは振り返った。
「まだ、女じゃないよ。パパ」
父親の姿を認め、ライアンの顔は少し翳ったように見えたが、瞳は穏やかな光を湛えていた。
「だったら、ますます俺好みだ」
 とぼけた答えに、ライアンは口をすぼめ、それから我慢できないとでもいうように、笑い出した。
 ほんとに馬鹿な親父だ、とライアンがその頬に拳をくっつけた。
「会いたくなかったのに。ぼくはあんたが大嫌いだよ、親父」
「ああ、クリスティーンのイメージが……」
 息を飲んで見守っていたポールが、泣きそうな顔をして呟いた。
「俺を好きなくせに」
 けろりとサンディが言った。
 はっとしたように、ライアンの頬にうっすらと赤みが射した。
「……ぼくより、ロジャが好きなくせに」
「ロジャもイリーナも好きだよ。ライアン。誰かと誰かを秤にかけるなんて、俺はしたことはない。俺を避けていたのはおまえのはずだ」
「パパ、ほんとに一目でぼくが分かった?」
「俺を誰だと思ってるんだ、ベイビィ」
「もう……ライアンじゃない。ぼくはクリスティーンだから」ライアンの瞳にみるみる涙が盛り上がった。
「だったら、クリスティーン。息子じゃないなら、キスしてもいいかな?」
 さすがのビリーも、目の前で父親が兄にキスを――もちろん赤く差した口紅の上に――するのを呆気にとられて見ていた。
 サンディの、ごつごつした節だらけの手が背中を撫で、小さな尻たぶをドレスごと掴んだ。どこがの尻軽女を相手にしてるんじゃないんだぜ、とビリーは割って入って引きはがしたかったが、動けなかった。
 そのひんしゅくものの所作を、ライアンが嫌がりもせずに長いキスを返しているのが見えたからだ。これじゃあまるで、恋人同士の再会じゃないか。
「……ライアン……アニキ、あんた……」
「ずっと……パパについて冒険に出掛けたかった。でも、できなかった……なぜだか分からないけど、あの頃は……」
「今からでも全然遅くはないだろ?」
「今日だけでいいんだ、サンディ。今夜だけ、ぼくだけのものでいてくれる?」
 いいとも、とサンディは頷き、肩を抱いてドアに向かった。
「親父、待てよ。俺も……」
 悲痛なまでのビリーの声に、サンディは笑って首を振った。「今夜は俺の天使とふたりにしろ、小僧」
 ライアンが手をひらひらと振った。
「ロージャ、じゃあね」
 明日、三人でホテルでモーニングを食べよう、とサンディはウインクした。「海辺のイーストシーサイドホテルだ」
 取り残されたビリーは、他の仲間達とその後ろ姿を眺めることしか、できなかった。
 やがてビリーは、脱力したように膝をついた。
「アニキが好きだったのは……親父のほうかよ?」
 どうなってんだ、おまえの家族は? と、ポールとリックは抱き合って叫んだ。

 カーターはなにがなんだか分からないまま、興味深そうにふたりが出て行ったドアを見つめている。
 慰めるように、ルネがビリーの肩に手を乗せ、ぽんぽんと叩いた。























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哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

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ロイとジムの映画評