チャールズ・チャップリン
  
(1889.4.16-1977.12.25)(イギリス、ロンドン生まれ)
 
プロフィール 独自の作品解釈 年譜

〜プロフィール〜

 『キッド』(1921)『巴里の女性』(1923)(キネマ旬報第1位)『黄金狂時代』(1925)(キネマ旬報第1位)『街の灯』(1931)『モダン・タイムス』(1936)『独裁者』(1940)(キネマ旬報第1位『殺人狂時代』(1947)(キネマ旬報第1位『ライムライト』(1952)(キネマ旬報第2位と、 どれも素晴らしい。
 この中で特に私が好きなのは『キッド』『街の灯』だ。
 何度も観ている作品だから展開は分かっているのに 同じシーンで胸が締め付けられ涙が流れ落ちる。

 そもそも、私はチャップリン作品を敬遠していた。
 それが1977・8年頃に『街の灯』を観てから一転してチャップリンに興味を持ち、他の作品も観るようになった。
 あのラストシーンを観た時の感銘は鮮烈だ。
 この作品を観た人は一様に頷いているのではないだろうか。
 そのラストシーンをチャップリンは当初は『ステラダラス』(1925)(キネマ旬報第3位)の ラストシーンのようにしようと思っていたそうだ。
 だが、ヘンリー・キング監督に先を越されたので変えたという。
 私は変更されてよかったと思う。
 あのラストシーンだから、肌の温もりにより、驚き、喜び、戸惑い、困惑を瞬時に感じさせる効果があったのではないだろうか。
 私がハッとし、涙したのも一緒に肌の 温もりを感じたからだと思う。
 他のラストシーンは思い浮かべたくない。
 チャップリンのことをよく“喜劇の王様”というが、ただそれだけではない「愛と風刺の王様だ」と思う。

 トレードマークの窮屈な上着にダブダブのズボン、黒い口髭、山高帽と竹のステッキにドタ靴という独特のチャップリン・スタイルのパントマイムで笑いと涙、それに社会への怒りを心に届けてくれたチャーリー・チャップリンが天使の羽を付けて天国へ飛び立った。
 「天国でも小男チャーリーは大男に追い回されているのだろうか」と、思って空を見上げると大爆笑している観客、鳴り止まない拍手が聞こえてきたようだった。
 そして、♪テリーのテーマを口ずさみながら、
 「人生を恐れてはいけない 人生に必要な物は勇気と 想像力と 少々のお金だ
 戦うんだ 人生そのもののためにだ 生き 苦しみ  楽しむんだ
 生きていく事は美しく 素晴らしい
 死と同じく 生も避けられない
 生命だ 命だ
 宇宙にあるある力が 地球を動かし 木を育てる
 君の中にある力と同じだ その力を使う勇気と意志を持つんだ」とチャップリンが熱弁していたのを思い浮かべ、偉大な作家、監督のメッセージに大きく頷いていた。

※ポーレット・ゴダードなど共演女優との結婚、離婚を3度し、4度目のウーナは劇作家ユージンの娘であった。
アカデミー特別賞2回(1929、1972)

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〜独自の作品解釈〜

1931 『街の灯』-City Lights-
1952 『ライムライト』-Limelight-
ストーリーの結末を載せていますので、映画をご覧になっていない方は、ご了承下さい。

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〜年譜〜
[1889][1890][1892][1893][1894][1895][1896][1898][1899][1900][1901][1903][1904][1905][1906][1907][1908][1909][1910]
[1911][1912][1913][1914 成功争ひ ヴェニスの子供自動車競走 メーベルの窮境 夕立 チャップリンの活動狂 タンゴのもつれ
彼がお好みの娯楽 痛ましの恋 幻燈会 メーベルの身替り運転 恋の20分 チャップリンの総理大臣 にわか雨 忙しい一日
チャップリンの衝突 チャップリンの悪友 ノックアウト メーベルの忙しい一日 メーベルの結婚生活 笑ひのガス チャップリンの道具方
チャップリンの画工 リクリエーション 男か女か チャップリンの独身 雨夫婦 新米雑役夫 髭のあと チャップリンとパン屋
アルコール自動車競争の巻 アルコール先生ピアノの巻き 他人の外套 醜女の深情 メーベルとチャップリン アルコール先生原始時代の巻]
[1915 チャップリンの役者 チャップリンの夜通し転宅 チャップリンの拳闘 アルコール先生公園の巻 チャップリンの駆落 チャップリンの失恋
アルコール先生海水浴の巻 チャップリンのお仕事 チャップリンの女装 チャップリンの掃除番 チャップリンの舟乗り生活
チャップリンの寄席見物 珍カルメン][1916 チャップリンの替玉 チャップリンの悔悟 チャップリンの消防夫 チャップリンの放浪者
チャップリンの大酔 チャップリンの伯爵 チャップリンの番頭 チャップリンの道具方 チャップリンのスケート チャップリンの午前一時]
[1917 チャップリンの勇敢チャップリンの霊泉 チャップリンの移民 チャップリンの冒険][1918 犬の生活 担え銃 公債]
[1919 サニーサイド 一日の行楽][1920][1921 キッド ゴルフ狂時代][1922 給料日][1923 偽牧師 巴里の女性][1924][1925 黄金狂時代]
[1926][1927][1928 サーカス][1929][1931 街の灯][1932][1933][1934][1936 モダン・タイムス][1937][1938][1939][1940 独裁者]
[1941][1942][1943][1944][1945][1946][1947 殺人狂時代][1949][1950][1951][1952 ライムライト][1953][1954][1955][1956]
[1957 ニューヨークの王様][1958][1959][1962][1964][1965][1967 伯爵夫人][1968][1971][1972][1974][1975][1976][1977]
[1999 映画人が選ぶ日本・外国映画オールタイム・ベストテン][2000 日本・外国映画20世紀の映画スター、映画監督オールタイム・ベストテン]
[2009 映画人が選ぶ日本・外国映画オールタイム・ベストテン
][写真][チラシ][雑誌]

1889

4月16日、イギリス、ロンドン、ケニントン・ロード287番地で生まれる。父チャールズ・チャップリン、母ハナ(ハンナの表記も)(1998.1.20『チャールズ・チャップリンのすべて』毎日新聞社 荒井魏編集 参考)
(数多くのミュージックホールに出演)はイギリスに帰化したフランス系ユダヤ人、母(芸名“リリアン・ハーレイ”)はスペインとアイルランドの混血でともに客席芸人だったそうだ。

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1890

両親が離婚。

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1892

8月31日、チャップリンの異父弟ウィーラー・ドライデンが生まれる。

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1893

2月19日、チャップリンの祖母(メアリー・アン・ヒル)施療院に収容され、23日、精神病院に入れられる。3月1日、バンステッド精神病院に移される。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

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1894

オルダーショット基地の慰安用劇場で初舞台(5才)。 健康が優れないで舞台に上がっていた母ハナが途中で声がかすれはじめ、舞台を見ていた兵隊から野次や怒声を浴びせられた。舞台裏でチャップリンがいろんな 芸でハナの友人たちを楽しませていたのを見ていた支配人がチャップリンを舞台に上げることにした。チャップリンは気後れした様子もみせずに、コスター・コ メディアン、ガス・エレンの♪足がフワフワ、地につかぬを歌い大喝采を浴びたそうだ。 この夜が初舞台で母の最後の舞台だったとチャップリンは語っていたそうだが、母の一晩限りの出演を知らせる1896年2月8日の宣伝チラシが出てきたため必ずしも正確ではないようだ。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

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1895

6月29日、母ハナ(“リリアン・チャップリン”として)が精神病院に入れられた母親の問題と、熱愛している息子の一人ウィーラー・ドライデン(6ヶ月)を、その父親に住まいに乗り込まれて乱暴に引っさられてしまうことなどで、発狂しランベス施療院に収容される(7月30日まで)。7月1日、母が発狂したため6才のとき異父兄シドニー(4才年上)とともにランベス貧民院に収容される(7月3日まで)。7月4日、異父兄シドニー、ノーウッド・スクールに移される(9月16日まで)。9月17日、シドニー、ランベス貧民院に移されたあと退院、父親の保護に委ねられる。10月10日頃、チャップリン、ランベスのアディントン・ロード・スクールに編入。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

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1896

5月30日、母が発狂 したため、7才のとき異父兄シドニーとともにニューイントン貧民院に収容される。6月9日、セント・セイヴィア・パリッシュの救貧委員会はチャップリンの 父にチャップリンとシドニーの扶養料として週15シリングを支払うように要求する。6月18日、異父兄シドニーとともにハンウェル・スクールに移される。 母ハナ全快し母子での生活が戻る。12月23日、チャップリンの父に対して扶養義務怠慢のかどで召喚状が発行される。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

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1898

1月18日、チャップ リン、ハンウェル・スクールを退校。チャップリンの父、扶養料不払いで召喚される。7月22日、チャップリン、シドニー、母の3名がランベス貧民院に収容 される。30日、チャップリン、シドニーはノーウッド・スクールに移される。8月12日、チャップリン、シドニーがランベス貧民院に移され母と3人そろっ て退院となる(母の外出日)。13日、チャップリン、シドニー、母の3名、ランベス貧民院に再収容され る。15日、チャップリン、シドニーはノーウッド・スクールに移される。9月6日、母がランベス施療院に収容され、15日、精神病院に移される。21日、 救貧委員会はチャップリンの父に息子たちの面倒を見させようとする。27日、チャップリン、シドニーはランベス貧民院に移されのち退院、父親に託される。 10月12日、救貧委員会はチャップリンの父が息子たちを学校に入学させないでいると報告する。11月12日、母ハナがケイン・ヒル精神病院を退院。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

12月26日、チャップリンはマンチェスターのシアター・ロイヤルで“エイト・ランカシア・ラッズ”の一員として出演する(1899年1月7日まで続演)

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1899

1月9日、チャップリン、マンチェスター、アードウィックのアーミティッジ・ストリート・スクールに編入。

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1900

4月23日、チャップリン、ニューイントンのセント・メアリー・ザ・レス・スクールに編入(5月3日まで在籍)
チャップリン、パントマイム劇に脇役出演。本格的な初舞台。11才。
11月12日、チャップリン、リヴァプールのセント・フランシス・ゼイヴィア・スクールに編入。

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1901

5月9日、父チャールズ、水腫のため死去。享年37才。

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1903

5月5日、母ハナ、再び発作を起こしランベス施療院に収容される。9日、精神病患者として収容される(最近親者は息子のチャップリン)。11日、母ハナ、ケイン・ヒル精神病院に移される(1904年1月2日まで入院)
7月6日、チャップリン、キングストンのロイヤル・カウンティ劇場で『ロンドン子ジムのロマンス』のサムを演じる。12日にはフラムのグランド劇場で演じる。
7月27日、チャップリン、イースト・ロンドンのパヴィリオン劇場で『シャーロック・ホームズ』のビリーを初めて演じる(ホームズ役はH・A・セインツベリ)。8月10日、ニューカースルのシアター・ロイヤルから巡業公演が開始され、12月頃から巡業に役者として加わる。

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1904

1月2日、母ハナ、ケイン・ヒル精神病院を退院、巡業中の息子たちに加わる。
6月11日、『シャーロック・ホームズ』の第1回めの巡業が終わる。
10月31日、『シャーロック・ホームズ』の第2度めの巡業に加わる(ホームズ役はケネス・リヴィントン)
舞台『ピーターパン』に出演。

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1905

3月6日、母ハナ、ランベス施療院に再収容。16日、精神病患者として収容される(最近親者は母の妹のケイト・ヒル)。18日、ケイン・ヒル精神病院に移される(1912年9月9日まで入院)
4月22日、『シャーロック・ホームズ』の第2度めの巡業が終わる。
8月12日、『シャーロック・ホームズ』の第3度めの巡業に加わる(ホームズ役はハリー・ヨーク一座のH・ローレンス・レイトン)
9月13日、ウィリアム・ジレット主演の『クラリス』がロンドンのデューク・オブ・ヨーク劇場で開演。30日、『シャーロック・ホームズ』の第3度めの巡業から離れる。10月3日、『苦境に立つシャーロック・ホームズ』がデューク・オブ・ヨーク劇場で『クラリス』とともに演じられ、チャップリンがビリーを演じる。17日、『クラリス』にかわって『シャーロック・ホームズ』の公演がデューク・オブ・ヨーク劇場で始まる。チャップリンはビリーを演じる。11月20日、『シャーロック・ホームズ』の御前特別公演。
女優マリー・ドロに初恋。16才。

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1906

1月1日、『シャーロック・ホームズ』の第4度めの巡業に加わる(ハリー・ヨーク一座)。3月3日、第4度めの巡業が終わる。
3月、ウォル・ピンクの『修繕』の一座に加わる。3月19日、『修繕』の巡業がサウサンプトンのヒポドロームで始まる。5月12日、クラッパムのグランド・パレスで『修繕』の巡業から離れる。
5月、ケイシーズ・コート・サーカスの一座に加わる。寸劇に出演するも失敗。

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1907

7月20日、ケイシーズ・コート・サーカスの巡業が終わる。
秋、フォレスタターズ・ミュージックホールでソロの舞台を試みる。

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1908

2月、兄シドニーが所属していたヴォードヴィル(パントマイム)一座に17才で参加。
2月21日、兄シドニーの紹介でフレッド・カルノ(カーノーの表記も)一座入り。この年、兄とブリクストン・ロードのグレンショー・マンションズ15番地に居を定める。
秋、『マミング・バーズ』のパリ公演に出演する。

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1909

1年を通じて『フットボール試合』『マミング・バーズ』に出演。
12月31日、オックスフォード・ミュージックホールの『フットボール試合』に出演。

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1910

この年、『スケート』『恐れ知らずのジミー』の舞台が加わる。
10月3日、カルノのアメリカ巡業の『ワウワウ』を出し物としてニューヨークのコロニアル劇場で始まる。21才のアメリカ巡業の際に才能をハリウッド喜劇界の大御所マック・セネット監督に認められる。(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 参考)
12月26日、カルノ一座がアメリカン・ミュージックホールで『影と光による道化師』を上演。

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1911

カルノのアメリカ巡業が続く。

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1912

6月、カルノ一のアメリカ巡業を終え、イギリスに戻る。7月〜8月、カルノ一のフランス巡業とチャネル諸島巡業に加わる。
9月9日、母ハナ、ケイン・ヒル精神病院からペカム・ロードのペカム・ハウスに移される。
10月2日、チャップリン、オセアニック号で2度めのアメリカ巡業に出発。

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1913

9月25日、ケッセル・アンド・バウマンと1年と契約。
11月29日頃、チャップリン、カルノ一一座における最後の舞台。カンザス・シティのエンプレス劇場。
12月16日、マック・セネット監督に認められたチャップリンはキーストン・フィルム・カンパニーに加わることになり契約。
映画入りして間もない頃に、何かコッケイな衣装をと監督から要求され、窮屈な上着にダブダブのズボン、黒い口髭、山高帽と竹のステッキにドタ靴というあの独特のチャップリン・スタイルをするようになったという。だが、36年の『モダン・タイムス』を最後にトレードマークが姿を消した。(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 参考)
イギリスの客席芸人からハリウッド入りしたチャップリンは、やがて脚本や監督を任せられる。翌年から主として一巻ニ巻という短編喜劇を5年間に60本以上作ったそうだ。(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 〜人と芸術〜 岩崎昶筆 参考)

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1914

1月、キーストン撮影所での仕事が始まる。

 〜キーストン時代〜

『成功争ひ』(生活法)-Making a Living-(短編)(サイレント)(2月2日、封切)
- 監督: ヘンリー・レアマン
- 出演: /チャールズ・チャップリン
- 映画デビュー。25才。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン著『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

『ヴェニスの子供自動車競走』-Kid Auto Races at Venice-(短編)(サイレント)(2月7日、封切)
- 監督: ヘンリー・レアマン
- 出演: ヘンリー・レアマン/チャールズ・チャップリン

『メーベルの窮境』-Predicament-(短編)(サイレント)(2月9日、封切)
- 監督: ヘンリー・レアマン/マック・セネット
- 出演: メーベル・ノーマンド/チャールズ・チャップリン

『夕立』-Between Showers-(短編)(サイレント)(2月28日、封切)
- 監督: ヘンリー・レアマン
- 出演: フォード・スターリング/チャールズ・チャップリン

『チャップリンの活動狂』-A Film Johnnie-(短編)(サイレント)(3月2日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『タンゴのもつれ』-Tango Tangles-(短編)(サイレント)(3月9日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『彼がお好みの娯楽』-His Favourite Pastime-(短編)(サイレント)(3月16日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『痛ましの恋』-Cruel,Cruel Love-(短編)(サイレント)(3月26日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『幻燈会』-The Star Boarder-(短編)(サイレント)(4月4日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『メーベルの身替り運転』-Mabel at the Wheel-(短編)(サイレント)(4月18日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『恋の20分』(短編)(サイレント)(4月20日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『チャップリンの総理大臣』-Caught in a Cabaret-(短編)(サイレント)(4月27日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『にわか雨』(とんだ災難)-Caught in the Rain-(短編)(サイレント)(5月4日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『忙しい一日』(多忙な一日)-A Busy Day-(短編)(サイレント)(5月7日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『チャップリンの衝突』-The Fatal Mallet-(短編)(サイレント)(6月1日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『チャップリンの悪友』(彼女の友人である追剥ぎ)-Her Friend the Bandit-(短編)(サイレント)(6月4日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『ノックアウト』(デブの選手)-The Knockout-(短編)(サイレント)(6月11日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『メーベルの忙しい一日』(メーベルの多忙な一日)-Mabel's Busy Day-(短編)(サイレント)(6月13日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『メーベルの結婚生活』-Mabel's Married Life-(短編)(サイレント)(6月20日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『笑ひのガス』-Laughing Gas-(短編)(サイレント)(7月9日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『チャップリンの道具方』(チャップリンの裏舞台)(チャップリンの小道具係)-The Property Man-(短編)(サイレント)(8月1日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『チャップリンの画工』-The Face on the Barroom Floor-(短編)(サイレント)(8月10日、封切)
- 出演: セシル・アーノルド/チャールズ・チャップリン

『リクリエーション』(コンクリン1020フィート)-Recreation-(短編)(サイレント)(8月18日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『男か女か』(仮面者)-The Masquerader-(短編)(サイレント)(8月27日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『チャップリンの独身』(チャップリンの独立)-His New Profession-(短編)(サイレント)(8月31日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『両夫婦』(原題「飲んだくれども」)-The Rounders-(短編)(サイレント)(9月7日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン/ロスコー・アーバックル

『新米雑役夫』-The New Janitor-(短編)(サイレント)(9月24日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『髭のあと』(恋の痛手)-Those Love Pangs-(短編)(サイレント)(10月10日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『チャップリンとパン屋』-Dough and Dynamite-(短編)(サイレント)(10月26日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

『アルコール自動車競争の巻』-Gentleman of Nerve-(短編)(サイレント)(10月29日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『アルコール先生ピアノの巻』-His Musical Carrier-(短編)(サイレント)(11月7日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

『他人の外套』-His Trysting Place-(短編)(サイレント)(11月9日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

『醜女の深情』-Tillie's Punctured Romance-(6巻ものの大長編)(サイレント)(11月14日、封切)
- 監督: マック・セネット
- 出演: マリー・ドレスラー/メーベル・ノーマンド/チャールズ・チャップリン
- 主役のマリー・ドレスラーをメーベル・ノーマンドとチャールズ・チャップリンが騙す。悪党役。

…1年間に主演した作品36本(『醜女の深情』をのぞき短編)(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 参考)
11月、キーストン社退社。
11月14日、エサネー(エッサネイの表記も)と契約。

『メーベルとチャップリン』(夫婦交換騒動)(原題「お近づきになって」)-Getting Acquainted-(短編)(サイレント)(12月5日、封切)
- 出演: メーベル・ノーマンド/チャールズ・チャップリン

『アルコール先生原始時代の巻』-His Prohistoric Past-(短編)(サイレント)(12月7日、封切)
- 出演: /チャールズ・チャップリン

年末にシカゴ到着。

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1915

1月、エサネーのシカゴ撮影所で働く。

 〜エサネー時代〜

『チャップリンの役者』-His New Job-(サイレント)(2月1日、封切)
- 監督・脚本: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン/ベン・ターピン

2月1日、カリフォルニア州ナイルズのエサネー撮影所に移る。

『チャップリンの夜通し転宅』-A Night Out-(サイレント)(2月15日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン/ベン・ターピン/エドナ・パーヴィアンス
- エドナ・パーヴィアンスの第1回出演作。
※エドナ・パーヴィアンスは、この作品から『巴里の女性』(1923)までチャップリンとの共演作が30数本に達した。

『チャップリンの拳闘』-The Champion-(3月11日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『アルコール先生公園の巻』(サイレント)(3月18日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの駆落』-A Jitney Elopement-(4月1日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの失恋』-The Tramp-(サイレント)(4月11日、封切)
- 監督・脚本: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

『アルコール先生海水浴の巻』-By the Sea-(サイレント)(4月29日、封切)
- 監督・脚本: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

5月、チャップリンの宣伝業務会社であるマーク・ハンプトン株式会社、チャップリンの小像を作ったことでアート・ノヴェルティ株式会社を訴える。
5月28日、教育委員会は母ハナをケイン・ヒル精神病院へ戻そうとする。息子たちのペカム・ハウスへの支払いが滞っていたのが原因。

『チャップリンのお仕事』-Work-(短編)(サイレント)(6月21日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの女装』-A Woman-(短編)(サイレント)(7月12日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの掃除番』-The Bank-(8月9日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

8月27日、キーストンがA・G・リーヴァイ・アンド・リーマン・フィルム・カンパニーと組んで、チャップリン・フィルム・カンパニーを訴える(『チャップリンとパン屋』の著作権侵害と利益証明に関して)
フランスの配給会社であるヒマラヤ・フィルムズがチャップリンを“シャルロ”と名づける。

『チャップリンの舟乗り生活』-Shanghaied-(サイレント)(10月4日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの寄席見物』-A Night in the Show-(短編)(サイレント)(11月20日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンのカルメン』(チャップリンの珍カルメン)-Burlesque on Carmen-(短編)(サイレント)(12月18日、封切)
- 監督・脚本: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

移籍したエサネー社で1年間に主演した作品14本。(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 参考)

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1916

チャップリン、兄シドニーやハーバート・クラークとともにチャールズ・チャップリン音楽会社を設立する(事務所はロサンゼルスのサウス・ブロードウェイ233番地)
1月22日、ケイト・モウブレイ(母の妹のケイト・ヒル)がロンドンのガウアー・ストリート99番地で死去。
2月20日、チャップリン、ニューヨークのヒポドロームの慈善公演に出演、出演料の半分を俳優基金に寄付。
2月26日、チャップリン、ミューチュアル映画会社と15万ドルのボーナスを含む週給1万ドルで契約交わす。
2月27日、ボストンのフレデリック・E・ヒース師が「チャーリー・チャップリンの50万ドル」の題目で説教をする。
3月22日、ロンドンの「デイリー・メイル」紙、イギリスに帰国して軍務に服することを禁じた彼の契約条項を取り上げ、チャップリンを攻撃する。
3月27日、ローン・スター撮影所が開設される。

 〜ミューチュアル時代〜

『チャップリンのカルメン』-Burlesque on Carmen-(サイレント)(4月22日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン
- エッサネイが、『チャップリンのカルメン』の長尺版を封切る。

5月12日、チャップリン、『チャップリンのカルメン』の封切り差し止め命令を裁判所に求める。

『チャップリンの替玉』-THE FLOORWALKER-(短編)(サイレント)(5月15日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

5月25日、『チャップリンのカルメン』の訴訟で、判決に不服のチャップリン、上告をする。

『チャップリンの悔悟』(チャップリンの改悟)-Police!-(5月27日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの消防夫』(チャップリンの消防士)-The Fireman-(短編)(サイレント)(6月12日、封切)
- 監督・製作・脚本: チャールズ・チャップリン
- 撮影: ウィリアム・C・フォスター/ローランド・トザロー/フランク・D・ウィリアムズ
- 出演: チャールズ・チャップリン(消防士)/エドナ・パーヴィアンス

6月24日、チャップリンの上告、最高裁判所で退けられる。

『チャップリンの放浪者』-The Vagabond-(短編)(サイレント)(7月10日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの大酔』(短編)(サイレント)(8月7日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの伯爵』-The Count-(短編)(サイレント)(9月4日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

10月1日、チャップリン、『自ら語るチャーリー・チャップリン物語』の出版差し止めの訴訟を起こす。

『チャップリンの番頭』-The Pawnshop-(短編)(サイレント)(10月2日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

11月8日、チャップリン、ホール・ケインの『放蕩息子』の映画化権を求めて電報で打診。
11月12日、チャップリン霊感衝動がアメリカ合衆国全土で報告される。

『チャップリンの道具方』(チャップリンの舞台裏)-Behind the Screen-(短編)(サイレント)(11月13日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

12月、パデレフスキー、撮影所を訪れる。

『チャップリンのスケート』-The Rink-(短編)(サイレント)(12月4日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの午前一時』-One A.M.-
- 出演: チャールズ・チャップリン

12月9日、アル・ウッズからミュージカル・コメディの出演依頼の電報が届く。時期は翌年から翌々年の間のいつか、週給はチャップリンの言い値で利益は折半の条件。ウッズはさらなる利益分配にあずかろうと映画化権もそこに含めていたが、チャップリンは拒否する。
『自ら語るチャーリー・チャップリン物語』の出版が差し止められる。

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1917

『チャップリンの勇敢』-Easy Street-(短編)(サイレント)(1月22日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの霊泉』-The Cure-(短編)(サイレント)(4月16日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン

『チャップリンの移民』-The Immigrant-(短編)(サイレント)(6月17日、封切)
- 監督・脚本: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

チャップリン、ファースト・ナショナル・イグジビターズ・サーキットと“百万ドル契約”を交わす(1年間の給料が107万5000ドル)
8月4日、チャップリン、「祖国の命令には、進んで従うつもりである」と声明を発表。イギリス軍最高指令部は、こけんにかかわるとして軍隊内でのチョビひげをつけることを禁じる。

『チャップリンの冒険』-The Adventurer-(短編)(サイレント)(10月22日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン

1916〜17年にかけてミューチュアル社で主演したのが12本。(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 参考)
秋、チャップリンはロサンゼルスのラ・ブレア・アヴェニューに新しい撮影所の建設を始める。

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1918

1月、チャップリン、新しい撮影所に移る。

 〜ファースト・ナショナル時代〜

1月23日、ハリー・ローダーが撮影所を訪れる。チャップリンとローダーは745フィート分の喜劇を撮影する。
1月25日、ローダーがダグラス・フェアバンクスとともに撮影所を訪れる。
2月7日、(夜のシーンのための)人工照明が初めて撮影所で使われる。11日、『犬の生活』が棚上げとなり、チャップリンは新しい作品「ウィグル・アンド・サン」にとりかかる。12日、「ウィグル・アンド・サン」が棚上げされ、『犬の生活』が再開される。
4月1日、自由公債ツアーを行なうため、チャップリンはハリウッドを出立、ワシントンに向かう。
4月8日、ニューヨークで自由公債の訴え(月の残りは自由公演ツアー)

『犬の生活』-A Dog's Life-(短編)(サイレント)(4月14日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/エドナ・パーヴィアンス/シドニー・チャップリン
- 浮浪者チャーリーと野良犬の生活を併行させて描いていく演出がいい。
この作品で大活躍していた犬がノイローゼになって死に代わりの犬を探すのに苦労したそうだ。

8月11日、エサネーが『チャップリンの義侠』を封切る。

『担え銃』(「担へ銃」の表記も)-Shoulder Arms-(サイレント)(10月20日、封切)
- 監督: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)

10月23日、16才のミルドレッド・ハリスと結婚し、デミル・ドライヴ2000番地に引っ越す。
11月7日、はやとちりの休戦の休日。11日、本当の休戦の休日。
11月15日、バーミンガム主教が撮影所を訪れる。

『公債』-The Bond-(短編)(12月16日、封切)
- 監督・製作: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/エドナ・パーヴィアンス(チャーリーの妻)/シドニー・チャップリン(ドイツ皇帝)/アルバート・オースチン(チャーリーの友人)
- プロパガンダ映画。

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1919

1月1日〜18日、チャップリンとエドナ・パーヴィアンス、撮影所に現れず。
1月15日、ユナイテッド・アーティスツ設立の意向が発表される。19日〜28日、撮影所が閉鎖される。
1月29日、『サニーサイド』が棚上げされ、『一日の行楽』の製作に入る。2月5日、『サニーサイド』を再開。
ユナイテッド・アーティスツ設立の契約に署名。
4月17日、ユナイテッド・アーティスツ設立の証書を提出。D・W・グリフィスたちと組んでユナイテッド・アーティスツ社を創立。以来、52年の『ライムライト』までチャップリンは次々と傑作を作り続けたが52年非米活動委員会から左翼思想を批判され、すすんでヨーロッパへ移住し、その後の再入国を事実上拒否されて、1972年のアカデミー賞授与式出席まで20年間アメリカの土はふまなかった。(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 参考)

『サニーサイド』-Sunnyside-(短編)(サイレント)(6月15日、封切)
- 監督・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 撮影: ローランド・トセロー/ジャック・ウィルソン
- 出演: チャールズ・チャップリン/エドナ・パーヴィアンス/トム・ウィルソン

7月7日、チャップリンの最初の息子ノーマン・スペンサー・チャップリンが生まれる。
7月10日、チャップリンの息子ノーマン・スペンサー・チャップリン死去。11日、イングルウッド墓地に埋葬。
7月21日、『キッド』の子供役のためのオーディションを始める。30日、撮影を始める。

『一日の行楽』-A Day's Pleasure-(短編)(サイレント)(12月15日、封切)
- 監督・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 撮影: ローランド・トセロー/ジャック・ウィルソン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/エドナ・パーヴィアンス/ジャッキー・クーガン

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1920

4月4日、精神上の虐待を理由にミルドレッド・ハリスが離婚の手続きを始める。
4月7日、チャップリンとルイス・B・メイヤーがアレグザンダー・ホテルのダイニング・ルームで喧嘩。
8月3日、ミルドレッド・ハリスが離婚訴訟を起こす。11月13日、ミルドレッド・ハリス、離婚を認められる。

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1921

『キッド』-The Kid-(サイレント)(2月6日、封切)
- 監督・製作・脚本: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/ジャッキー・クーガン(子供)/エドナ・パーヴィアンス(貧しい娘)
- 浮浪者チャーリー(チャールズ・チャップリン)が拾った捨て子との間に生まれる愛情を見事に演出している。
親子のような愛の光景に、心を打たれる。


『キッド』ジャッキー・クーガン、チャールズ・チャップリンら


『キッド』チャールズ・チャップリン、ジャッキー・クーガン


『キッド』ジャッキー・クーガン、チャールズ・チャップリン

3月29日、母ハナがアメリカへの入国を認められる。

『ゴルフ狂時代』(のらくら)-The Idle Class-(短編)(サイレント)(9月25日、封切)
- 監督・製作・脚本: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(酒浸りの貴族の男/浮浪者/二役/チャーリー)/エドナ・パーヴィアンス(酒浸りの男の妻)/マック・スウェイン(妻の父)/リタ・グレイ(メイド)
- 人違い騒動劇。
※メイド役のリタ・グレイは後にチャップリン夫人となる。

10月6日、フランス政府から勲章を授けられる。
10月30日、『担え銃』に関して、L・ロープから剽窃の訴えが起こされる。

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1922

『給料日』-Pay Day-(短編)(サイレント)(4月2日、封切)
- 監督・原作・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 撮影: ローランド・トセロー/ジャック・ウィルソン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/エドナ・パーヴィアンス/マック・スウェイン/フィリス・アレン

10月、ポーラ・ネグリと俳優基金の野外劇で顔を会わせる。

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1923

1月28日、記者会見でポーラ・ネグリと婚約を宣言。3月1日、ポーラ・ネグリ、婚約を破棄。2日、ポーラ・ネグリとチャップリンが和解と再婚約を発表。6月28日、チャップリンとネグリの婚約、最終的に破談となる。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

『偽牧師』-The Pilgrim-(サイレント)(2月26日、封切)
- 監督・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 撮影: ローランド・トセロー/ジャック・ウィルソン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/エドナ・パーヴィアンス/シドニー・チャップリン/マック・スウェイン/トム・マーレイ/チャック・リースナー/ディンキー・リースナー
- 水浴中の牧師の服を盗んだ脱獄者チャーリーが、偽善者ぞろいの町で新任牧師と間違えられ大騒ぎになる。ラストシーンでどちらに逃げて行ったらいいのかとチャーリーが、国境をまたぎながら逃げて行く風刺が痛烈である。

1917〜22年までにファースト・ナショナル社で長編をふくめ8本の作品に主演。(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 参考)

 〜ユナイテッド・アーティスツ時代〜

『巴里の女性』-A Woman of Paris-(キネマ旬報第1位)(サイレント)(10月1日、ニューヨーク・プレミア)
- 監督・製作・脚本: チャールズ・チャップリン 
- 出演: エドナ・パーヴィアンス/カール・ミラー/アドルフ・マンジュー
- チャップリン自身がみずから「運命悲劇」とよんでいたように、チャップリンでは異種の作品である。 
運命の波に流されてゆく女の姿を描いたメロドラマ。 
※チャップリンは端役(駅のポーター)でワンシーンの登場。 
※チャップリンのヒロインを長らく務めたエドナ・パーヴィアンスの最後の出演作。

 


『巴里の女性』カール・ミラー、エドナ・パーヴィアンスら


『巴里の女性』アドルフ・マンジュー、エドナ・パーヴィアンスら

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1924

3月2日、リタ・グレイ、『黄金狂時代』の主演女優として契約。 
11月26日、リタ・グレイとメキシコのグアイマスで結婚。 
12月22日、ジョージア・ヘール(ジョージア・ヘイルの表記も)のテストが行われ、リタ・グレイに替わって彼女が主役になると発表される。 

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1925

2月、チャップリン夫妻の不和についての最初の噂。
2月20日、チャップリン、コミック・キャラクターの侵害でチャールズ・アマドーに勝訴。
5月5日、息子チャールズ・スペンサー・チャップリン誕生(戸籍上の誕生日6月28日)(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

7月12日、アマドー裁判の決定がくつがえる。

『黄金狂時代』-The Gold Rush-(キネマ旬報第1位)(サイレント)(8月16日、ロサンゼルス・プレミア)
- 監督・製作・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/ジョージア・ヘール/マック・スウェイン
- ゴールドラッシュに沸き返るアラスカに浮浪者チャーリー(チャールズ・チャップリン)がやって来て、猛吹雪に遭遇する。
山小屋に命からがらたどり着くが、そこは凶悪犯の隠れ家だった…
山小屋に閉じ込められたチャーリーと転がり込んだ大男が飢えに苦しみ、チャーリーの靴を食べてしまうシーンは極限を見事に描写している。 
チャップリンのテクニックに驚き、随所で見せるパントマイムに惹きつけられる。
テーブルの上のロール・パンのバレエのシーンではチャーリーの夢の中の娘たちのように拍手を送りたくなった。
そして、私が好きなシーンだ。
娘がテーブルのプレゼントを手にして、浮浪者チャーリーの心に触れる、このシーンはいつも感動で胸が締め付けられる。
詩人ジャン・コクトーが見所満載のこの作品を“サイレント芸術の最高峰”と絶賛したのもよく分かる。


『黄金狂時代』チャールズ・チャップリン


『黄金狂時代』チャールズ・チャップリン


10月1日、母ハナの居住許可が一時的に更新される。

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1926

1月16日、ジョゼフ・フォン・スタンバーグが、チャップリン製作による『かもめ』あるいは『海の女性』の製作にとりかかる。
3月30日、息子シドニー・アール・チャップリン誕生。
11月30日、リタ・グレイ、子供を連れてチャップリンの家を出る。

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1927

1月8日、チャップリン、「ビクトリアル・レヴュー」の伝記的記事に関してジム・タリーを訴える。
1月18日、チャップリンの金庫と保管所が管財人によって開けられる。
1月10日、リタ・グレイが離婚訴訟を起こし、8月25日、離婚成立。
この頃、本格的トーキー映画(『ジャズ・シンガー』)が公開されるが、チャップリンはサイレントに拘る。
3月、チャップリン、ソ連の映画組織から“欺瞞”を避けるためにソ連を訪問するようにとの接待を受ける。
4月20日、チャップリン、税金滞納の和解金として100万ドルを支払うことに同意する。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

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1928

『サーカス』-The Circus-(サイレント)(1月27日、ワールド・プレミア)
- 監督・製作・脚本: チャールズ・チャップリン(第1回アカデミー特別賞受賞)
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/マーナ・ケネディ/ハリー・クロッカー

3月7日、『キッド』の不払いの権利金のことで、チャップリンがファースト・ナショナルを訴えた裁判は、17日にチャップリン勝訴の裁定。
5月、『街の灯』に着手するもトーキー・ブームの中、製作中断。
8月28日、カリフォルニアのグレンデール病院で母ハナ死去。
11月1日、バージニア・チェリル(ヴァージニア・チェリルの表記も)が契約を交わす。
12月27日、『街の灯』の撮影を始める。

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1929

第1回アカデミー特別賞受賞
6月28日、チャップリン、ヘンリー・クライヴをハリー・マイヤーズに変更。
11月11日、ジョージア・ヘイルが急遽バージニア・チェリルの代役となる。30日まで契約下におかれる。
11月12日、バージニア・チェリルが契約からはずされる。(21日に復帰)
11月16日、ゴードン・ポロックがエディ・ゲラーに代わってキャメラマンとなる。

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1931

『街の灯』-City Lights-(サイレント)(1月30日、ワールド・プレミア/2月27日、ロンドン・プレミア)
- 監督・製作・脚本・作曲: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/バージニア・チェリル(盲目の娘)/フローレンス・リー/ハリー・マイヤーズ/アラン・ガルシア/ハンク・マン
- 何度も観ている作品だから展開は分かっているのに 同じシーンで胸が締め付けられ涙が流れ落ちる。
そもそも、私はチャップリン作品を敬遠していた。
それが1977・8年頃にこの作品を観てから一転してチャップリンに興味を持ち、他の作品も観るようになった。
あのラストシーンを観た時の感銘は鮮烈だ。
この作品を観た人は一様に頷いているのではないだろうか。
そのラストシーンをチャップリンは当初は『ステラダラス』(1925)(キネマ旬報第3位)のラストシーンのようにしようと思っていたそうだ。
だが、ヘンリー・キング監督に先を越されたので変えたそうだ。
私は変更されて良かったと思う。
あのラストシーンだから、肌の温もりにより、驚き、喜び、戸惑い、困惑を瞬時に感じさせる効果があったと思う。
私がハッとし、涙したのも一緒に肌の温もりを感じたからだと思う。他のラストシーンは思い浮かべたくない。
このラストシーンにしてくれてありがとうと言いたい。
パントマイムによる豊かな表現力が素晴らしいこの作品は大好きだ。

 

『街の灯』チャールズ・チャップリン、バージニア・チェリル


『街の灯』バージニア・チェリル、チャールズ・チャップリン


『街の灯』チャールズ・チャップリン


『街の灯』バージニア・チェリル、チャールズ・チャップリン

『街の灯』チャールズ・チャップリン

1月31日、チャップリン、ロサンゼルスを出立、世界旅行に踏み出す。
3月27日、レジオン・ドヌールを受賞のため、ヴェネツィアからパリに向かう。

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1932

7月、1933年2月まで、チャップリンは「婦人の家庭の友」のために『コメディアンが見た世界』の執筆に従事する。
7月、ポーレット・ゴダードとの最初の出会い。
8月25日、ロイド・ライト弁護士が、息子たちの映画出演に反対するチャップリンの申し立てを提出する。27日、申し立てのことでチャップリンが出廷。9月2日、チャップリンの申し立てが認められ、10月26日、彼の言い分を認める判決が下る。

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1933

6月21日、『かもめ』あるいは『海の女性』のオリジナルで唯一のネガが、立会人の前で破棄される。

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1934

9月4日、ポーレット・ゴダードがチャップリン撮影所と契約を交わす。

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1936

ポーレット・ゴダードと船上結婚(1942年に離婚するときに結婚していたことが明らかになる)(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

『モダン・タイムス』-Modern Times-(サイレント)(2月12日、ハリウッド・プレミア)
- 監督・製作・原作・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(浮浪者/チャーリー)/ポーレット・ゴダード/チェスター・コンクリン 
- 挿入曲: ♪ティティナ♪スマイル
- アメリカ映画がトーキー時代に入っていく1920年代にも、チャップリンは映画の原点としてサイレントに固執していた。
サイレントを作り続けているチャップリンに「声が変だからじゃないだろうか」などと、とやかく言う人たちも出てきた。
チャップリンはこの作品で♪ティティナを歌うシーンのみで声を披露する。
だが、でたらめな言語の歌声だった。
言葉が通じなくてもパントマイムで心に届くのだというメッセージをどこの言語でもないでたらめな言葉で歌って伝える。
見事なパントマイムと、いい歌声だ。
社会の機械化を茶化したこの作品は、涙が溢れるほど愛を感じさせる作品でもある。


『モダン・タイムス』チャールズ・チャップリン


『モダン・タイムス』チャールズ・チャップリン、ポーレット・ゴダード

…この『モダン・タイムス』を最後にトレードマークの窮屈な上着にダブダブのズボン、黒い口髭、山高帽と竹のステッキにドタ靴という独特のチャップリン・スタイルが姿を消した。


チャップリン・スタイル

6月、「密航者」「リージェンシー」そしてナポレオンのプロジェクトの三つに取り組み、1937年まで続く。

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1937

5月26日、「リージェンシー」が棚上げとなる。
10月1日、ポーレット・ゴダード、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ役のスクリーン・テストを受ける。

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1938

10月、『独裁者』の作業を始める。

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1939

9月9日、チャップリン、『独裁者』の撮影を始める。非米活動調査委員会が調査を始める。
12月12日、ダグラス・フェアバンクス死去。

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1940

『独裁者』-The Great Dictator-(キネマ旬報第1位)(10月15日、ワールド・プレミア/11月14日、ハリウッド・プレミア)
- 監督・製作・脚本: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(ヒンケル総統・ユダヤ人の床屋)/ポーレット・ゴダード(ハンナ)/ジャック・オーキー(ナパロニ)/レジナルド・ガーディナー(シュルツ)/ヘンリー・ダニエル(ガビッチュ)
- チャップリンは、この作品でようやくオールトーキーに乗り出した。
それは、ラストシーンでどうしても伝えたいメッセージがあって、それはトーキーの方がより効果的と思ったからだった。
チャップリンのパワーに満ち溢れた6分間の演説は、映画史上非常に類い希な名シーンである。
チャップリンが、
ユダヤ人の床屋「人生は美しく 自由であり
 素晴らしいものだ!」
と力強く演説し、
 「ハンナ 聞えるかい
 元気をお出し
 ご覧 暗い雲が消え去った」
と呼び掛ける。
素晴らしい内容に聞き入って、涙が溢れてくる。
この作品を初めて観た1980年頃に、1940年にナチスを公然と批判してチャップリンは凄いと思った、その思いは今も変わらない。
ヒンケル総統(チャールズ・チャップリ)が球儀とバレエをするシーンなど、チャップリンのパフォーマンスは芸術的であり、風刺が効く。
※この作品は、日本では製作から20年後の公開でありながらもキネマ旬報第1位であった


『独裁者』チャールズ・チャップリン

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1941

4月15日、コンラッド・ベルコヴィッチ、『独裁者』は剽窃であるとの訴えを起こす。
6月26日頃、ジョーン・ベリー(バリー)を契約下に置く。
チャップリン、『影と実体』の脚本作業に取り組む。

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1942

5月19日、『黄金狂時代』の新しいヴァージョンが、ハリウッドとロサンゼルスのパラマウント劇場で上映。
5月22日、ジョーン・バリーの契約が、お互いの同意により無効とされる。
6月4日、ポーレット・ゴダードと離婚(1936年に極東で結婚していたことが明らかにされる)(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)
11月、『殺人狂時代』の脚本のための作業にとりかかる。
12月23日、ジョーン・バリーが銃を携行してチャップリンの家に押し入る。
12月29日、『影と実体』が棚上げとなる。

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1943

1年を通してチャップリンは『殺人狂時代』の脚本に取り組む。
6月4日、女優ジョーン・バリー、チャップリンに対し父権認知訴訟を起こす。
6月16日、チャップリン、サンタ・バーバラのカーペンテリアでウーナ・オニールと結婚。
9月14日、バリー事件でチャップリンが証言。
10月2日、ジョーン・バリー、娘のキャロル・アンを出産。

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1944

2月10日、チャップ リン、マン法違反と、放浪罪を口実にバリーの公民権剥奪をロサンゼルス市警などと謀議したとして、連邦大陪審から訴追される。14日、チャップリン出廷。 15日、血液検査によりチャップリンがバリーの子供の父でないことが判明。21日、チャップリンの罪状認否。25日、チャップリン、法廷にてマン法違反に 対して抗弁。26日、チャップリン出廷。マン法違反の件について無罪を訴える。3月9日、チャップリン出廷。謀議の件について無罪を訴える。21日、マン 法の裁判が開廷。4月4日、マン法違反についてチャップリン無罪となる。5月15日、公民権侵害の訴えが取り下げられる。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)
8月1日、チャップリンとウーナの娘ジェラルディン・リー・チャップリン生まれる。
12月13日、バリーの子供の親権についての裁判が開廷。

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1945

1月2日、親権についての裁判で陪審員評決に至らず(7対5でチャップリン側が優勢)再審理が命じられる。
1月26日、『殺人狂時代』の作業始まる。マリリン・ナッシュ証言。
2月20日、チャップリン、報道陣に声明を発表。
4月4日、新たな親権についての裁判が開廷。17日、父権認知訴訟に敗訴(1対11)。5月10日、チャップリン、新たな裁判を求める動議を申請。、却下される。6月6日、新たな裁判を求める動議、却下される。16日、バリー扶養に関して、チャップリン出廷。
12月、非米活動委員会より召喚される。

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1946

2月11日、『殺人狂時代』の脚本が著作権登録のために送付される。
3月7日、マイケル・ジョン・チャップリン生まれる。
5月21日、『殺人狂時代』の撮影始まる。9月5日、撮影完了。

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1947

『殺人狂時代』-Monsieur Verdoux-(キネマ旬報第1位)(4月11日、ニューヨークのブロードウェイ劇場でワールド・プレミア)
- 監督・製作・原作・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン/マディ・コレル/イゾベル・エルソム/マーサ・レイ/マリリン・ナッシュ/バーナード・ネデル
- 「大量殺人を世界が奨励しているのから見ると、私はアマチュアです」と、チャップリンが痛烈に皮肉って戦争を批判した作品だ。
殺人をビジネスと考えている中年紳士(チャップリン)が、言葉巧みに裕福な女性を騙し、様々な手法でお金を奪い殺してゆく。
知能犯をチャップリンが演じているのに驚いたが、大量殺戮を繰り返す戦争に物申す方法として最も効果的な手法と考えてのことだったのだろう。
連続殺人を犯している中年紳士が重罪であるのは当然のこととしながらも、処刑場に向かうチャップリンの後姿が語るのは本当に裁かれるべきものが裁かれているのかである。
自ら「殺人の喜劇」と銘打ったように、強烈な個性のマーサ・レイとチャップリンのパントマイムには画面に釘付けにする可笑しさだ。
また、中年紳士チャップリンが殺すのを思い止めた美しい心の娘(マリリン・ナッシュ)が登場し、「親切が美しくするわ」と言い涙するのが印象深い。


『殺人狂時代』チャールズ・チャップリン、マーサ・レイ

4月12日、ニューヨークでの記者会見が険悪なものとなる。
『殺人狂時代』公開されるも、各地で上映禁止、中止となる。
6月12日、ジョン・ランキン下院議員がチャップリンの国外追放を要求する。
7月20日、チャップリン、非米活動調査委員会から証言を求められたら喜んで受諾すると公に返答を送る。9月23日、非米活動調査委員会の召喚状を受け取る。12月17日、カトリック系の在郷軍人会が司法省と国務省にチャップリンの活動調査と国外追放の実行を迫る。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)
『ライムライト』の準備に入る。

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1949

3月28日、ジョゼフィーン・ハナ・チャップリン生まれる。
再び非米活動委員会に召喚されるも拒否。

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1950

9月11日、『ライムライト』の脚本が著作権登録のために送付される。

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1951

5月19日、娘のヴィクトリアが生まれる。
11月19日、チャップリン、『ライムライト』の本撮影を始める。

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1952

1月25日、本撮影完了。
8月2日、パラマウント撮影所にてプレヴュー。
9月6日、チャップリン、ハリウッドを離れる。
9月17日、チャップリン一家、クイーン・エリザベス号に乗って、ニューヨークを出航。19日、再入国の許可が取り消される。23日、チャップリン一家、ロンドンに到着。

『ライムライト』-Limelight-(キネマ旬報第2位)(10月23日、ロンドン・プレミア)
- 監督・製作・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン(道化師/カルヴェロ)/クレア・ブルーム(バレリーナ/テレーズ/テリー)/バスター・キートン/シドニー・チャップリン(作曲家/ネヴィル)
- 挿入曲: ♪テリーのテーマ
- 私が初めて、『ライムライト』を観たのは、1970年代の後半だ。涙が溢れて止まらなかったのを思い出す。
アメリカから追放されようとしていたチャップリンは己の哲学をこの作品で語った。
精神的麻痺で歩けなくなったのをリューマチによるものと思い、すべてが空しくなった若いバレリーナ、テリー(クレア・ブルーム)が、自殺を図った。
それを酔って帰ってきていた初老の道化師、カルヴェロ(チャールズ・チャップリン)が偶然に見つけ救う。
一生懸命に介抱をしたカルヴェロが自信喪失しているテリーに、
カルヴェロ「人生を恐れてはいけない 人生に必要な物は勇気と  想像力と 少々のお金だ
 戦うんだ 人生そのもののためにだ 生き 苦しみ  楽しむんだ
 生きていく事は美しく 素晴らしい
 死と同じく 生も避けられない
 生命だ 命だ
 宇宙にある力が 地球を動かし 木を育てる
 君の中にある力と同じだ その力を使う勇気と意志を持つんだ」
と力強く言う。
それは、かつて喜劇の名優で、一世を風靡した道化師であったが、今や現実の世界から受け入れられていないカルヴェロ自身にも言っていた。
名曲♪テリーのテーマに込められた哀愁漂う、美しいメロディー。
素晴らしい作品だ。[全文へ]
作曲家ネヴィル役は、チャップリンの実の息子。


『ライムライト』チャールズ・チャップリン


『ライムライト』クレア・ブルーム、チャールズ・チャップリン


『ライムライト』クレア・ブルーム、チャールズ・チャップリン

    
『ライムライト』クレア・ブルーム、チャールズ・チャップリン


『ライムライト』クレア・ブルーム、チャールズ・チャップリン


『ライムライト』チャールズ・チャップリン、クレア・ブルーム

『独裁者』『殺人狂時代』でアメリカは、チャップリンを「赤」だ、「共産党員」だといいだし、追放する。
『ライムライト』を最後にチャップリンは一家を上げてヨーロッパに移り、スイスのヴヴェイに落ち着いた。
(スクリーン 1972.12 ビッグスターアルバム 世界一流監督の足跡 チャーリー・チャップリン 〜人と芸術〜 岩崎昶筆 参考)

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1953

1月、アメリカの多くの劇場で『ライムライト』の上映が中止される。
1月5日、チャップリン、スイスのヴヴェイの近く、コルシェ村のマノワール・ド・バンに引っ越す。
3月6日、『ライムライト』がアメリカの外国語報道の批評家から最優秀作品に選定される。
4月10日、チャップリン、アメリカへの再入国許可申請を放棄。
8月23日、息子のユージン・アンソニーが生まれる。
9月18日、チャップリン撮影所がウェッブ・アンド・ナップに売却される。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

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1954

2月10日、ウーナ・チャップリン、アメリカ市民権を放棄。
5月27日、世界平和会議賞が授与される。
10月10日、ヴヴェイでニー・サーカスの会場に個人的に登場し、平和賞の賞金をパリとランベスの貧しい人々に送る。

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1955

3月1日、ユナイテッド・アーティスツの株式の残りを売却。

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1956

5月25日、ACTTの名誉会員となる。
6月15日、アメリカ国税局が税金滞納を主張する。

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1957

5月23日、娘のジェイン・セシルが生まれる。

 〜イギリス時代〜

『ニューヨークの王様』-A King in New York-(9月12日、ロンドン・プレミア)
- 監督・製作・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 出演: チャールズ・チャップリン/ドン・アダムス/マイケル・チャップリン

9月24日、チャップリン、パリのプレミアからアメリカの報道陣を締め出す。

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1958

1月13日、チャップリンのヒロインを長らく務めたエドナ・パーヴィアンス死去
2月21日、ロサンゼルスの「有名人の歩道」から、チャップリンの名が削除される。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)
12月30日、アメリカでの税金問題が解決する。

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1959

4月16日、70才の誕生日。チャップリンは小男のチャーリーを復活させると述べる。

『チャップリン・レヴュー』-The Chaplin Revue-(サイレント)(9月24日、封切)
- 出演: チャールズ・チャップリン
- チャーリー・チャップリンのファースト・ナショナル社時代のサイレント映画3作品(『犬の生活』(1918)『担え銃』(1918)『偽牧師』(1923))をまとめ、再編集した映画。

12月3日、娘のアネット・エミリーが生まれる。

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1962

6月27日、オックスフォード大学より名誉博士号を受ける。7月6日、ダラム大学より名誉博士号を受ける。
7月8日、息子のクリストファー・ジェイムズが生まれる。

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1964

9月、『チャップリン自伝』が出版される。

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1965

4月16日、兄シドニー・チャップリン死去。
6月2日、イングマール・ベルイマンとともにエラスムス賞を受賞。

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1967

『伯爵夫人』-A Countess from Hong Kong-(1月2日、公開)
- 監督・脚本・音楽: チャールズ・チャップリン
- 出演: マーロン・ブランド(オグデン)/ソフィア・ローレン(ナターシャ)/シドニー・チャップリン/ティッピ・ヘドレン/パトリック・カージル/チャールズ・チャップリン
- チャップリンの遺作。


『伯爵夫人』マーロン・ブランド、ソフィア・ローレン

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1968

3月20日、チャールズ・チャップリン・ジュニア死去。

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1971

チャップリンの秘書を長く務めた高野虎市氏死去
10月31日、チャップリンはパリ市から真紅の大メダルを授与される。

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1972

3月、チャップリンの名がロサンゼルスの「有名人の歩道」に加えられる。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)
4月2日、チャップリン、ニューヨークに到着(1952年以来の入国)。3日、リンカーン・センターのオーケストラ・ホールのショーに出演。6日、ニューヨークにてハンデル・メダルを授与される。
4月16日、ハリウッドにて第44回アカデミー特別賞を授与される。アカデミー賞授与式に出席したチャップリンに客席から嵐のような拍手が沸き起こる。感激に涙ぐむチャップリンの姿があった。(スクリーン 1972.12 速報グラフ 第44回アカデミー賞授与式 参考)
日本で「ビバ!チャップリン」と名付けられたリバイバル上映開始。ブームを巻き起こす。
9月24日、ヴェネツィア映画祭の金獅子賞を授与される。

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1974

10月、『映画のなかのわが人生』が出版される。

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1975

3月4日、女王エリザベス二世よりナイトの称号を与えられる。

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1976

6月30日、「仕事をすることは生きること、私は生きたい」というチャップリンの言葉が伝えられる。(文藝春秋 1993.4.15デイヴィッド・ロビンソン『チャップリン 上下』宮本高晴・高田恵子訳 参考)

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1977

10月15日、ヴヴェイのニー・サーカスを見るためにチャップリンは最後の外出をする。
12月25日、クリスマスの日、コルシエ・シュル・ヴヴェイ、マノワール・ド・バンにて永眠。享年88才。

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1999

[映画人が選ぶ日本・外国映画オールタイム・ベストテン]キネマ旬報創刊80周年記念特別企画
/
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位

七人の侍
(黒澤明)
浮雲
(成瀬巳喜男)
飢餓海峡
(内田吐夢)

東京物語
(小津安二郎)
-
幕末太陽傳
(川島雄三)

羅生門
(黒澤明)
-
赤い殺意
(今村昌平)
仁義なき戦い
(シリーズ)(深作欣二)

二十四の瞳
(木下恵介)
-
雨月物語
(溝口健二)

第三の男
(キャロル・リード)
2001年宇宙の旅
(スタンリー・キューブリック)
ローマの休日
(ウィリアム・ワイラー)
アラビアのロレンス
(デヴィッド・リーン)
風と共に去りぬ
(ヴィクター・フレミング)
市民ケーン
(オーソン・ウェルズ)
駅馬車
(ジョン・フォード)

禁じられた遊び
(ルネ・クレマン)

ゴッドファーザー
(フランシス・フォード・コッポラ)


(フェデリコ・フェリーニ)
-
-
-
※ 1999
[映画人が選ぶオールタイム・ベストテン](日本編)(外国編)キネマ旬報創刊80周年記念特別企画は、従来の映画評論家を中心にしたアンケートとは異なり、監督、プロデューサー、脚本家、撮影監督など、実際に日本映画の製作に携わる映画人(140人、144人)に、それぞれのベスト作品10本を順不同で選んでもらう選考方法。(1999年10月下旬号、10月上旬号においてアンケート結果を発表)

2000

[日本・外国映画20世紀の映画スター、 映画監督オールタイム・ベストテン]特別企画

/
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位
監督
日 本
黒澤明 小津安二郎 溝口健二 木下恵介 成瀬巳喜男 山田洋次 市川崑
内田吐夢
大島渚
深作欣二
-
-
-
男優
日 本
三船敏郎 石原裕次郎 森雅之 高倉健 笠智衆 市川雷蔵 勝新太郎
阪東妻三郎
-
渥美清
中村錦之助(萬屋錦之介)
森繁久彌

-
女優
日 本
原節子 吉永小百合 京マチ子 高峰秀子 田中絹代 山田五十鈴 夏目雅子 岸恵子
若尾文子
-
岩下志麻
藤純子(富司純子)
監督
外 国
アルフレッド・ヒッチコック フェデリコ・フェリーニ ジョン・フォード ジャン=リュック・ゴダール
スチィーヴン・スピルバーグ
チャー ルズ・チャップリン
ビリー・ワイルダー
-
-
-
ルキノ・ヴィスコンティ スタンリー・キューブリック ルイス・ブニュエル
男優
外 国
ゲーリー・クーパー チャー ルズ・チャップリン
ジョン・ウェイン
-
マーロン・ブランド
アラン・ドロン
ジャン・ギャバン
-
-
ハンフリー・ボガート
スティーブ・マックイーン
-
ショーン・コネリー
ポール・ニューマン
-
女優
外国
オードリー・ヘプバーン マリリン・モンロー イングリッド・バー グマン ヴィヴィアン・リー マレーネ・ ディートリヒ グレース・ケリー フランソワーズ・アルヌー ル
ベティ・デイビス
ジョディ・フォスター
グレタ・ガルボ
アンナ・カリーナ
ジャンヌ・モロー
ロミー・シュナイダー
エリザベス・テーラー
-
-
-

[20世紀の映画スター](日本編)特別企画、[20世紀の映画スター](外国編)特別企画は、評論家・作家・ジャーナリストなど74人の選考委員に20世紀を代表する男優、女優のそれぞれ3名ずつを選んでもらう選考方法。(2000年5月下旬号、6月上旬号においてアンケート結果を発表)
※2000.6.1  朝日新聞記事
[20世紀の映画監督](日本編)特別企画、[20世紀の映画監督](外国編)特別企画は、評論家・作家・ジャーナリストなど104人、107人の選考委員に20世紀を代表する監督5名を選んでもらう選考方法。(2000年11月下旬号、11月上旬号においてアンケート結果を発表)

2009

[映画人が選ぶ日本・外国映画オールタイム・ベストテン]キネマ旬報創刊90周年記念特別企画
/
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位
日本
東京物語
(小津安二郎)
七人の侍
(黒澤明)
浮雲
(成瀬巳喜男)
幕末太陽傳
(川島雄三)
仁義なき戦い(シリーズ)(深作欣二) 二十四の瞳(木下恵介) 羅生門
(黒澤明)

丹下左膳餘話・百万両の壷
(山中貞雄)

太陽を盗んだ男
(長谷川和彦)
-
-
家族ゲーム
(森田芳光)

野良犬
(黒澤明)

台風クラブ
(相米慎二)

ゴッドファーザー
(フランシス・フォード・コッポラ)
タクシー・ドライバー
(マーチン・スコセッシ)

ウエスト・サイド物語
(ロバート・ワイズ)
-
第三の男
(キャロル・リード)
勝手にしやがれ
(ジャン・リュック・ゴダール)

ワイルドバンチ
(サム・ペキンパー)
-
2001年宇宙の旅
(スタンリー・キューブリック)
ローマの休日
(ウィリアム・ワイラー)

ブレードランナー
(リドリー・スコット)
-
駅馬車
(ジョン・フォード)

天井棧敷の人々
(マルセル・カルネ)


(フェデリコ・フェリーニ)

めまい
(アルフレッド・ヒッチコック)

アラビアのロレンス
(デヴィッド・リーン)

暗殺の森
(ベルナルド・ベルトルッチ)

地獄の黙示録
(フランシス・フォード・コッポラ)

エル・スール
(ビクトル・エリセ)

グラン・トリノ
(クリント・イーストウッド)
※ 2009.11
[映画人が選ぶオールタイム・ベストテン](日本編)(外国編)キネマ旬報創刊90周年記念特別企画は、日本編は114人、外国編は121人の映画評論家や作家、文化人の投票を集計した。

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〜写真〜


チャールズ・チャップリン


チャールズ・チャップリン

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〜復刻版チラシ〜


復刻版チラシ(週刊20世紀シネマ館創刊記念:講談社)

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〜雑誌〜


雑誌(1977.2.28)『ああ神話のスターたち グラフ・アメリカ映画史』朝日新聞社より


(1978.6.1)『別冊1億人の昭和史 昭和外国映画史』毎日新聞社より


スクリーン 1972.12より

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※記号[:特に好きな作品 :面白い作品]
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参考文献
『街の灯』
『ライムライト』
監督
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