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韓国料理研究家  金 裕美
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キムチは
家庭の味


金 裕美


第1回日韓こころの交流講座

2004年4月17日

社会福祉法人こころの家族
特別養護老人ホーム故郷の家ホール



キムチは家庭の味

 今、漬物は買って食べるのがごく普通の時代ですが、昔は日本でも韓国でも家で漬けるものでした。漬ける人の好みが味に反映され、それぞれの家庭の味がありました。
 漬け物が好きで日本の漬け物も良く買い求めますが、無添加でおいしい漬物を探すのに一苦労します。自分で漬けることができれば、無添加で自分好み漬物が味わえます。昔は当然のことでしたが、今は手間、隙をかけて漬けることが、贅沢で幸せなことになりました。

  もともと、漬物は野菜の不足する冬場に備え、野菜を保存することから始まりました。今でこそ、温室栽培などで年中野菜が豊富に出回っていますが、昔は、特に寒い地方では、雪が降り地面が凍りつき新鮮な野菜が手に入りませんでした。キムチは長い冬の間野菜を保存し、おいしく食して植物繊維と共に各種栄養分を摂取するための先人たちの知恵といえます。
 11月から12月にかけての寒さ厳しくなる年末、その冬の間中食するたくさんのキムチを一度に漬け込みます。これをキムジャンと呼び、韓国全国の家庭で一斉に始まります。晩秋の風物詩といえます。

 
 
 市場では白菜や大根、唐辛子などキムチの材料をこぼれんばかりに山積みしたトラックが行き交い、買出しの主婦たちや業者の掛け声などがにぎやかに飛び交い、活気を呈します。
 キムチは韓国の家庭の必需品です。マスコミは白菜の作柄、天候などのキムジャン情報を流し、職場ではキムジャンボーナスも支給されるところもあります。
 幼い頃、我が家でも、白菜だけで100個分のキムチを漬けました。庭には白菜、大根、副材料などが山のように積まれました。隣近所、親戚、友達など手伝い、助け合う人たちの間で、前以てキムジャンの日取りを順に決め、お互いに手伝う約束をします。
 キムジャンの日は、母は朝早くから前の晩に塩漬けした白菜を水洗いし、手伝う人たちの食事準備など、まるで娘を嫁に出す日ように忙しく家中を走り回ります。
 手伝いのおばさんたちが集まってくると本格的にキムチ作りが始まります。キムチに入る大根のせん切り、唐辛子、にんにく、生姜、ねぎなどの薬念(各種調味料を合わせたもの)、塩辛、海鮮物などの副材料の味付けは母がし、我が家の味を守ります。また年内に食するキムチと年が明けてから食するキムチに分けて漬けます。薬念や塩と唐辛子の量を加減して醗酵速度を調節するのです。

 

 世間話や情報交換、笑いが止まらないほどの冗談など、わいわいがやがやと仲良く作業を進める内に山のように積まれていた白菜が次々とキムチに成り、壺に入って行きます。一人では辛い作業も楽しくすぐに終わってしまいます。一仕事の後は、牡蠣を漬けたばかりのキムチで巻いたものや片肉(茹で肉)、温かいスープなどでする食事がまた格別においしく感じられます。和やかで平和な一時です。
 代表的な白菜キムチ、カットゥギ(大根キムチ)、トンチミ(大根水キムチ)、チョンガクキムチ(チョンガク大根キムチ)、カッキムチ(芥子菜キムチ)など、いろいろなキムチが漬け終わるのに3日はかかります。キムチは醗酵する生き物です。母は宝のように大事に保存し、神経を使いながら管理するのでした。
 ちょっと前までは、こんなキムジャン風景が農村や都市でもどこでも見られました。料理に欠かせないジャン(醤:テンジャン/味噌、カンジャン/醤油、コチュジャン)作りの次に大事なキムジャンは、重要な家庭行事でした。昔は12種類のキムチの漬け方を知っていることが、いい嫁の条件でした。
 料理は総てそうですが、キムチもその土地の気候風土と密接に結びついています。南北に長い韓半島は、北と南では温度差が大きく、キムチの醗酵、熟成速度が地方によりそれぞれ違うので、塩加減や使う素材、薬念などにより、その地方特有のものが生まれます。

 北部地方の黄海道、平安道、咸鏡道では、寒い地方なので醗酵も遅く、白キムチやトンチミなど汁が多く、淡白で薬念も少ないすっきりした味のキムチが知られています。
 中部地方のソウルをはじめとする京畿道や江原道、忠清道では、北部よりは幾分暖かく、味付けも中間程度といえます。ところにより大根のせん切りや海産物など、いろいろな具が入り豪華なものも多いのですが、味は淡白な方です。
 南部地方の全羅道、慶尚道、済州道では温暖なため醗酵が進むので、塩も少し多めで、イワシの塩辛液なども入れて薬念も多くどちらかというと味も辛く濃い方です。済州道は水産資源が豊かで海産物入りのキムチが知られています。
 このように山間部、平野部、海岸地域などの地形や暑いか、寒いかの気候により、また土地ごとの特産の野菜や魚介類などにより、そして何よりも家ごとの嗜好により、キムチの味も自ずと微妙に変わって行きます。材料だけを見ても、何をどのように漬けるのかにより、180種類以上もあるといわれています。まさに今は懐かしい家庭の味であり、故郷の味であり、その野菜や副材料が出回る季節の味といえます。
 この頃は1年中野菜が手に入るようになり、食品も多様化してきました。マンション生活、核家族、女性の社会進出などでキムチの保存管理が難しくなり、キムチを買って食べる人も増えました。キムチ産業も急速に発達して来ました。いろんなキムチが商品化され、画一化されたキムチが出回っています。
 その一方で、最近では、キムチ冷蔵庫などが登場して、醗酵、保存の管理が容易になり、都市部のマンション生活でも気軽にキムチを漬けて楽しむことが出来るようになりました。少しずつでも我が家だけの味のいろいろなキムチを漬けて楽しむ主婦なども依然、健在です。やはり家庭の味に勝るものはないようです。




キムチは白かった

 白菜や大根、きゅうりなど一般的なキムチは、唐辛子の赤い色が食欲をそそりますが、キムチは初めから赤い色をしていたわけではありませんでした。
 紀元前の遥かな昔、韓民族の祖先はアジア大陸北部の肉食をする騎馬民族でしたが、温かい土地を求めて中国東北部や韓半島に南下しながら、次第に農耕へと定着して行きます。穀物は乾燥して貯蔵できますが、野菜は乾かすと新鮮さを失います。古代、野菜の貯蔵法として塩漬けの発見がキムチの始まりといえます。これが中国、韓国、日本やその他の国々の風土に合う貯蔵法に変遷して発達してきます。
 韓半島では高句麗、百済、新羅の三国時代(紀元前〜7、10世紀)に各種の醗酵食品が発達したといわれていますが、塩で保存した野菜が時代とともに醗酵した漬物へと変化して行きます。それが日本にも伝わったといわれています。

  確認したわけではありませんが、能登半島付近に「朝鮮漬け」と言う白い漬物があると以前に聞いたことがあります。これなどは唐辛子が韓国に入る前の朝鮮時代の塩、胡椒、山椒などで漬けた白いキムチのようです。多分、日本のお新香のようなものだと思います。韓半島から海流に流されると自然に能登半島にたどり着くそうです。
 14世紀末の朝鮮時代になるまでには、塩、醤油、酢、米粉、穀物、酒粕、香辛料などで調味、発酵させたいろいろなキムチが登場します。
 
 ちなみにキムチは塩漬けした状態(野菜から出た水に沈んだよ



うな状態)から「沈菜」(チムチェ)と呼ばれ、時代を経て「キムチ」へと変化してきたといわれています。
  16世紀末になると韓半島に唐辛子が伝わります。儒教の国で肉食をしていたため香辛料を使いますが、山椒や高価な胡椒の代わりに、栽培しやすい唐辛子が100年の歳月をかけて徐々に使われ、料理を赤く染めて行きます。18世紀ごろにはキムチにも使われ、白いキムチが今のような赤いキムチへと一大変化を遂げたのでした。
 コロンブスの新大陸発見により全世界に広まった唐辛子は、韓国よりも先に16世紀半ばには日本にも伝わりますが、仏教の国で肉食しなかったため香辛料としてはあまり利用されなかったようです。そのため、漬け物や料理も劇的に変化しなかったのではないかと思います。
 唐辛子にはすごく辛いものからそんなに辛くないものまでいろいろなものがありますが、韓国の土壌に出会うことで、辛さだけでなく、味に旨味と奥行きのある優良唐辛子となりました。この唐辛子は、実際に噛んでみれば分かりますが、そんなに辛くなく甘味を感じるほどです。
 唐辛子は、ビタミンA、Cなどを多量に含み、キムチに使われることにより醗酵を促す乳酸菌の発育を助け、脂肪の酸敗を防ぐことから、19世紀ごろにはキムチの副材料としてそれまで使われなかった動物性の塩辛が多く用いられるようになりました。
 唐辛子の使用はキムチの色だけでなく、その中身も塩辛の動物性と野菜の植物性の栄養素を絶妙に融合させ、調和の取れたおいしい味を作り出し栄養豊かなものへと画期的に変革したわけです。




キムチは発酵食品

 韓国料理は一般的に唐辛子の辛い味をきかせるので、少ない塩分で調理されます。
 キムチは一旦、塩漬けした後、各種薬念で本漬けします。唐辛子や様々な薬念を利かせるので、塩分の少ない低カロリーのアルカリ性の醗酵野菜食品となります。乳酸菌などが時間をかけて醗酵することで、植物性の野菜だけでなく、塩辛などの動物性の栄養素などが巧みに融合し、乳酸をはじめ、各種アミノ酸や、ビタミン類など、旨味成分とともに健康と美容に良い栄養成分が数多く生成されます。また醗酵することで有害細菌も死滅し、一時問題となったO157などの食中毒は、キムチが原因では起らないといわれています。
 キムチの効能について触れてみますと、研究者の方々はだいたい次のようにいっております。まず赤い色と独特の香味が食欲を増進し、炭酸ガスなども生成されてさっぱりした食感も与えてくれます。食物繊維が豊富で腸の働きを活発化する整腸作用で便秘を防ぎ、胆汁酸の分泌も多くして脂肪の分解促進やコレステロールの過剰を抑制するそうです。排泄促進では腸内老廃物やカロリーの一部を排泄し、肥満を防止治療する効果もあるそうです。それとともに唐辛子は、唾液、胃液分泌促進、血管拡張、血中の中性脂肪の低下をはじめ体脂肪の燃焼も促進しますので、ダイ



エット食品としても人気があります。
 醗酵によりビタミンA、B、B1、B2、B6、B12、C、Eなど、ビタミン類は他の食べ物に比べようのないほど増えます。これらは血行促進して疲労回復や美肌効果を発揮し、美しい皮膚の維持や老化予防に効きます。また身体を温め、風邪の予防にも良く、血栓溶解能力や生理機能を高め、動脈硬化や成人病予防にも効くともいわれています。最近は抗ガン性があり、発ガンを抑制すると注目されているそうです。
 こう紹介しますと、キムチは何か素晴らしい薬のように思えますが、決して何かに良く効く薬というわけではありませんので過大な期待はなされないようにお願いします。ただ、それほど身体に良い食べ物として理解していただけたらと思います。
 日本では唐辛子やコチュジャンをかけて和えたものや、和え物のナムル、塩辛類までも便宜上、キムチと呼ぶ傾向がありますが、キムチとは上記で紹介したように本来醗酵食品ですので、醗酵させていない和え物や浅漬けの漬物、トマトケチャップなどで赤く色付けしただけのようなものまでキムチと呼ぶには少し無理があるような気がします。本来は醗酵して様々な栄養成分を生み出してこそキムチと呼ぶにふさわしいと思います。
 前述したように韓国でも寒い北の方は淡白で、醗酵が早く進む暖かい南の方は辛く濃い味になるように、キムチの味と栄養分は、天気、温度、湿度の気候風土や野菜の質や水分、副材料や塩辛の種類、塩分濃度、保存状態などで微妙に変化します。その分、奥が深いわけですが、適度に醗酵すると乳酸などが醸し出す何ともいえぬすがすがしいおいしさが味わえます。
 キムチが、ほどよいまろやかな酸味でおいしいときが、乳酸やビタミン類がいちばん多く栄養豊富なときです。また醗酵が進んで、酸っぱくなっても様々な料理の材料や調味料としても優れた能力を発揮します。栄養的には豚肉とは非常に相性が良く、トマト、チーズとも驚くほどマッチします。
 よく醗酵して酸っぱくなったキムチは炒め物やカレー、煮物、鍋物、ラーメン、みそ汁などの汁物など、熱を加える料理に不思議と良く合い、独特の香味と旨味が食欲をそそります。
いろいろな料理に一度お試しくださるとその実力ぶりが良くわかると思います。但し、必ず醗酵したキムチをお使いください。
 韓国料理は、「食事が身体の薬」(補薬)と言う医食同源の考え方で作られます。肉を食べるときは必ず野菜を一緒に食べるなど、動物性と植物性の食材や赤、白、黒、黄、緑などの五つの色と味の食材を栄養バランス良く調理するため、健康と美容に良いといわれています。
 健康は補薬(食事)なしでは維持できないわけですから、まさにキムチは栄養価の高い補薬といえます。肉食、高脂肪摂取、栄養過多、成人病など、現代人の健康維持や老化防止、美肌、ダイエットなどの美容健康食として、キムチはこれからも益々賞味されて行くことと思います。どうぞ、わが家のキムチ作りにチャレンジしてみてください。




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