「死ぬまで演劇。死んだら、ハイ、おしまい!」
山南純平ノート(2) 2005.5.23〜
過去のノート→ (1)2003.8.10〜2005.5.22。企画から活動報告など。



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稽古場日記
ゆめうつつ的こころ
制作日記「星砂がくる海」を連載します。公演が終了する8月28日まで。

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長らくのご愛読、誠にありがとうございました。
「星砂がくる海」も8月28日をもちまして
無事に終了することができました。
「戦争」とは狂気を狂気と感じなくなるところが怖いと思います。
<日常>の中に狂気がフツーに定着すると
<正常>と思っていることが狂気にすりかわることがあります。
今、この時代やこの国はどうでしょう?
この劇が上演できなくなる日が来たら「殺されない」ために
私は世界の果てに向かって旅立ちます。
いつか、さよならニッポン!になる予感がします。


■8月28日(日)南阿蘇公演


終演後のスナップより。
この夏は「戦争」の狂気を
劇で表現することに集中する。
狂気が狂気として感じられない日が
来ませんように!おや?日常も狂気で
溢れ返っているではありませんか!

誰もいない舞台。
ここにも物語は通り過ぎた。
この劇は各地で改訂・再演する予定です。

この劇はまだまだ続きます。主演=夢現が生きている限り!
あと二十年、いやそれ以上か?
夏の陽射しの中で、おばぁが通りがかりの娘さんに語りかける光景を
私は想像しています。これは劇です。
そして、劇にとって<日常>とは何かを、いつも問いかけるのです。
「小劇場」には「小劇場」の未来が待っているでしょう。
若い世代の演劇人がきっと生まれてくるはずです。
アングラ劇・小劇場の側から、新しい芽が生えているのが見えてきました。

熊本空港から俵山トンネルを抜けると南阿蘇村である。ここは大草原の野外ステージや奥に進むと白川水源で有名なところだ。
旧・久木野村は蕎麦(そば)が美味しいところであり「そば道場」の手前を入り込んだところにひっそりとした店がある。(注)ひっそりと言っても人気店で、各地からお客さんが来ている。・・・古民家のシャレたレストランである。ここが本日の会場「風の音(ね)」だ。

戦争と演劇in南阿蘇
・・・「星砂がくる海」もいよいよ最終公演となった。予約は熊本市内の方が殆どであるが、演劇を見る楽しみの一つには目的地に着くまでの道のりにもあるのではないだろうか?道中の旅の感慨を裏切らないような劇を見せたい。
座長=夢現には追っかけがいる。今回も南阿蘇まで見に来てくれた。熊本公演を見に着てくれた二回目のお客さんの顔もあった。少数派の夢桟敷にとっては嬉しい限りである。新聞記者さんも入場料を払って見てくれた。いいのかな?
地元の他劇団とのお付き合いが薄い夢桟敷にとって、今回は数名の演劇関係者の方も見ていただいた。毒づく私にとっては心強い。いつまでも頭を垂れない不良中年も頭を下げたくなる。私も他の劇を見て回らなくては・・・。年に一度の劇団関係者での新年会ではイカンイカン。

ところで、「戦争と演劇」と題した山南ノート(2)もこれをもちまして閉店開業と致します。只今、ブログに挑戦中です。(3)は「ねじ式」制作ノートを公開致します。長らくのご愛読ありがとうございました。

■8月25日(木)水俣公演


会場は水俣市でも山奥にある。
小雨が降る中を見に来てくれたお客様に感謝です。
下の写真は終演後の交流会でLIVEと化したつるさんと館長。
右端は熊大演劇部の桑原君です。南阿蘇ツアーまで同行してくれます。
戦争と演劇in水俣
・・・トラック、ワゴン車、ジープの3台で13人、いざ、水俣の旅へ!
熊本からの道中は小さな旅気分でウキウキする。高速道路を日奈久で降りた先の田ノ浦の物産館で一休み。会場である水俣市ふるさとセンター「愛林館」まで約1時間のところだ。
昼前に会場に到着すると館長とこうへいさんが出迎えてくれた。午後4時過ぎまで仕込みをして、リハーサルは4時半からになる。
おや、ひとり足りない。遅れてくるはずの松田綾佳は?聞けば、母親から連れて来て貰っている途中、車から煙がでてきて途中で止まっているらしい。・・・しかし、本番には間に合った。彼女がいなかったら?冷や汗である。
20畳のスペースの半分を板間に作り変え客席を雛壇にする。視覚的には良好である。本番が始まる時に缶ビールをお客さんに配る。私がお客さんだったら大喜びなのだが、座長から怒られた。・・・劇の方はシーンと静まり返って見てくれた。成功である。お客さんの目頭が熱くなっているのがわかった。ビールの故ではない。演劇の力だ。


あくる日の26日(金)、会場の上にある日本一の棚田や寒川水源に行く。
館長の案内でアズキやダイズが田んぼのそでで栽培されているのをはじめて見た。
その後、お世話になったこうへいさんやトクさんのいるおれんじ館を訪問する。
ここからは、水俣湾がよく見えた。目の前に無人島が!今はキャンプ場になっているが
水俣市が民間に売り出し中らしい。島全体を水俣劇場にして年中、劇がやれないものか。
■8月20日(土)・21日(日)「星砂がくる海」熊本公演


あの子は何処へ行ってしまったのか?
心の中では生き続けているのです。

戦争と演劇in熊本
・・・ここは軍都熊本。西部方面隊第八師団がわが劇団の正面にある。自衛隊ではイラクに派兵するために只今、人選中だと新聞に書いていた。
今回の公演場所はここからちょっと離れた<稽古場>=吉野スタジオで行なわれる。オーナーが「憲法9条を守る」市民活動をしている人(79歳)であるため、この劇を支持してくれる一人である。もしかしたら、これは「反戦劇」とも受け止められても自由である。

・・・初日は雨にも関わらず客足は順調にスタートを切った。
予約状況では昼の部が不安であったが座長=夢現の団体客が!・・・夢桟敷にはお義理票がない。つまり組織票不在で頑張ってきたが、この時ばかりは涙が出るほど嬉しい。
今回はテレビと新聞での告知協力もして頂き、口コミ以上の広がりがあったようだ。
終演後はアフタートークから、いつもの「交流会」である。劇団員たちの<日常>をみせてしまう訳であるが、この時点が「演劇のやりがい」を感じる一瞬でもある。
つまり、やりっぱなしでは味わえないものが「交流会」にはある、ということだ。・・・評判は上々であった。中には「おどろおどろしい!」「怖い!」という感想も聞けたが、私には批判としては受け止めない。狙い通りである。・・・おばぁを除く登場人物たちは幽霊であり、記憶の彼方より甦った幽玄の世界を演出したつもりであるから、「歌ってオドル戦争劇」は「明るく楽しい軽演劇」や「悩める私小説」では表せない。
一言で言えば「狂気」をテーマにしている。が、「狂気」にも色々な表現があるものだ。そして「戦争」という狂気の中では<愛国心>や<正義>そのものの狂気が見えにくくなっていくものだ。集団的な狂気のなかでは、狂気を感じなくなってしまうのではないだろうか。
お客さまより様々な感想を頂くことができた。「熊本では役者が育ちにくい」という演劇人もいるようだが、私はそうは思わない。・・・劇団の機能を考えれば、劇団の現場で「役者は育つ!」といつも考えているし、実証されている。ダメなのは必要な役者を<貸し借り>するだけで持続しようとする、プロデュース公演の勘違いにある。
熊本公演は無事に終了した。次は水俣と南阿蘇へ!
「星砂〜」いよいよ中盤へ入る。

■8月10日(水)〜19日(金)●ひと夏の経験(5)〜熊本公演まで。

直球でど真ん中にボールを投げたような劇に仕上がった。
それでも、見え方は変化球かも知れない。
受け止める側の自由である。
稽古の段階では役者と演出のキャッチボールであったが
いよいよ、本番はお客様とのキャッチボールになる。
さて、まな板の上の鯉はお客様のイメージの中でどうさばかれるか?
この夏も新しい感動と出会いができそうだ。
終戦60年のこの年に「星砂がくる海」は実験的な演劇で挑戦する。

■8月18日(木)/19日(金)・・・ リハーサルと仕込みの日・・・
予約リストを眺めながら「あの人、この人に会えるんだなぁ」と思いながらリハーサルをおこなう。今回ははじめて見られるお客さんもけっこう予約が入っている。びっくりするだろうなぁ!と思いつつ、手抜きはできない。「つまらない。退屈」は敵であるからだ。私はそういう劇は二度と見たくないから、いつも自分に言い聞かせている。
いよいよ本番である。「歌ってオドル」戦争劇のベールが切って落とされる訳だ。・・・「アングラ劇」を世間様に主張して26年。実はかつての「アングラ」はマスコミから蔑称された用語であるが、私は逆手にとって「アングラ劇」を堂々と名乗っている。この地方では毅然と名乗らなければならない。つまり「小劇場」が不在だと思うからだ。
リハーサルは順調である。今の内に失敗してくれれば本番では失敗は繰り返さないのだが、大きな失敗が見えない。それなりに役者たちは自信を持っているようだ。血となり肉となって見える。いつものことだが、ここまでくれば小さなことは言わない。・・・明日からの二日間3ステージは夢桟敷の正念場である。夏は確かに燃え盛る。
■8月17日(水)・・・ テレビで紹介される・・・
7月に南阿蘇合宿と公開稽古の時に取材された模様が今日の夕方、TKU(テレビ熊本)で放映された。「終戦60年企画」のコーナーだった。5年前(沖縄公演)より取材されており、時を越えた編集がされていた。
一点、「忘れてはならない!」に絞り込んだ「星砂がくる海」の紹介になっていた。放送後、何本かの電話とメールを頂いた。テレビのすごい力を感じる。
テレビを見て30分遅れで稽古に入った。期待に応えたい気持ちが膨らむ。まだまだ、変化していく。心の底から多くの方に見て頂きたい!と気合が入る。
■8月16日(火)・・・ 稽古も大詰め。尻に火が吹く・・・
公演直前になると極端に視野が狭くなる。白内障ではない。日常会話もおかしくなる。いきなり「何が衆議院選挙だ!」と叫びたくなる。議会の一票よりも目先のチケットの予約が心配になる。世界は演劇を中心に回っているのだ。これが「自由」というものなのか!
演出の立場上、私は劇を作るのに「狂う」ことも必要な気がする。・・・「オドッテ歌う戦争劇を!」と言って宣伝していること自体、異常行動のように見られている。しかし、稽古を 見ていると、これほど的確なキャッチフレーズはない。
公演初日までアト4日。数えれば42回目の公演になる。
■8月15日(月)・・・ 終戦60年。この劇は未来に向かう。・・・
NHKの「じっくり話そう・アジアの中の日本」を途中からみた。元アナウンサーの桜井よしこがゲストとして出演していた。彼女は「新しい歴史教科書」の推進派の一人である。と同時に、この一派は日本の「愛国心」=「国益」派といえる。つまり、状況が戦時下になれば国民をいつでも戦争参加へ煽るフツーの国防婦人会の一人だともいえる。今からこういう女性が増えてくるのだろう。日本の<自虐的歴史観>とは何であろうか?それを否定する先にアジアのナショナリズムが待っているのだろうか?「反日」は根深い。
私は「星砂がくる海」公演に向けて100%誰からも支持を受けたいとは思わない。とりわけ桜井よしこから「すばらしい劇」とは思われたくない。何も考えていない人から「意味がわかんない」と言われるより恐ろしい気がする。しかし、自衛隊や右翼、桜井よしこ一派にも見てもらいたい劇である。そして、彼らから「意味がわからん!」と言わせしめてみたいものだ。
その時にこそ「演劇論」が生きてくるのではないだろうか。舞台はある程度の理性がないと情緒に訴えられない。ある程度とは評論家以下で良い。<ことば>や<概念>で生きている人たちには<感情>で表現しよう。・・・「天皇陛下万歳!」と言って死んだ兵士がいたのも事実ならば、私の親戚の叔父さんは「饅頭が食いたい!」と言って死んだのも事実である。
演劇は「饅頭地獄」にこだわりたい。・・・公演初日までアト5日。ラストスパートである。
■8月14日(日)・・・ 直前の稽古・制作休み。リフレッシュの日・・・
・・・座長の実家である山都町(旧・矢部町)に、座長抜きで出かけた。お供は冬馬と悠夢。(実は、私がお供である!)
熊本市内を過ぎて御船町に車で入った頃から、空気にマイナスイオンを感じた。脳の血管を流れる血液がサラサラした気分である。今日は脳梗塞で倒れる心配はない。気分が良いのでお土産に「いちぢく」を買った。
矢部に近付くにつれ、マイナスイオンの数値は高くなる。絶好調である。実家に着くと田舎料理が山のように出された。寿司や焼き鳥、山菜など色々あったが、何といっても<水と空気>が美味しい。
田舎では酒をチビリチビリ呑むと美味い。ゆっくり酔っていくのが最適である。今日は何もしなくても良い!と決め込んだから時間までもがゆっくり流れているようだった。
■8月13日(土)・・・ 稽古後のLIVE。かみひこうき・・・
・・・今日は朝から舞台製作の作業へ取り掛かった。昨年の夏に流山児事務所の九州ツアーに同行して以来、劇団員の舞台仕込みや作業が変わった。頼もしい限りだ。
夜は「かみひこうき」というライブ喫茶に行く。・・・水俣の鶴さんの歌を聞くために!おっと、行けばサイハ(学生時代の友人)に会う。西岡さんも名古屋の友人を連れ立って来ている。
以前、ここのママさんの娘さんが中学生の頃、「このお嬢さんを夢桟敷に!」と思っていたが、何と十数年ぶりの再会もできた。ママさんとも久しぶりの再会である。懐かしい!嬉しい!
今夜はくつろぎながらLIVEを楽しんだ。鶴さんとはTシャツを交換して帰った。水俣公演での打ち上げでは鶴さんの歌が聞けるかも?
■8月12日(金)・・・ ラスト場面に「輪廻」を追加!
・・・本日は亀井公民館での稽古。公民館は地域の自治会などが中心に使っており、この時期は活動も活発なようで冷蔵庫にはカレーライスの食材が詰まっていた。
盆踊りの時期である。<お盆>はご先祖さまが里帰りをする仏教的な行事である。私の遺伝子(DNA)にはどれだけのご先祖さまがいるのだろうか?ああ、気が遠くなる。
「星砂〜」のラスト場面に「輪廻」のオドリを付け加えてみた。宗教的な考えを演劇で使うとは・・・数年前までは考えもしなかったことだ。しかし、私たちはどれだけ死者と関わっているのか?それを考えると抵抗感がなくなる。
短すぎる「輪廻」のパフォーマンスであるが、これは脚本では読み取れなかった。・・・頭で理解することと、このように稽古中で<役者の身体>を通じて発想することは、明らかに<文学>と<演劇>は違うものだ!と実感する。
「星が海に落ちて、星砂となって帰って来たんだ!」
「特権的肉体」はその表現方法に於いては海より深い。身体に<海>を見つけよう!
■8月11日(木)・・・ 舞台デザインは「紅い花」
・・・本日の打越公民館での稽古は町内での「盆踊り大会」の練習のため、劇団員はまたもや小部屋で制作会議となった。
舞台美術の検討に入った。・・・「誰か、紅い花を描けるのはいないか?」と呼びかけると、冬馬が手を上げた。私は内心、冷や汗である。この劇団は挙手によって仕事が大体決まるのであるが、いつも、冬馬と悠夢が直反応する。
「この世には存在しない花だよ!」・・・心の中で真っ赤に咲く大きな花がこの劇にはふさわしい。言うのは簡単だが、具体的にイメージを絵にするのは大変だ。さて、どうする?花を発明しよう!
■8月10日(水)・・・ 進化する劇へ。
・・・よくできました。という劇はつまらない。
私は贅沢に生きています。流行に乗るのにも満足しない。・・・お笑いが受けている時代に何故、悲劇に走っているのか?・・・その謎が、今回の公演に凝縮されているように思う。宣伝文句で「歌って踊る戦争劇」をアピールしても、見ていただかないことにはどうにもならない。
今日は宣伝に1日を費やした。もう、尻に火がついてしまっている。たくさんの人に劇を見て頂きたい。

☆夢桟敷Tシャツ☆
絶賛発売中!
(大)(中)(小)各1500円

田中幸太が!/竹照明(作・方尾金一)と冬馬
本番前になると彼らは強くなる!


この花が舞台に咲きます。
狂い咲き!とは「戦争」の現在を予感します。


おばぁ役の夢現
主演を背負って「星砂〜」は6年が過ぎた。
今回で11回目(試演会を含む)の公演になります。
これほどまでに変化・進化する劇も珍しいのでは?


「かみひこうき」へ行きました。
水俣の鶴さんがサンシンを弾いていました。
liveはいいねえ。


手作りの舞台へ!
紅い花を作りました。
舞台は共同作業です。
小劇場の原点を楽しんでいます。


夢桟敷のロゴ入りTシャツができました。
デザインは坂本咲希。
欲スィーイ。
■8月1日(月)〜7日(日)●ひと夏の経験(4)〜プレ公演(出前劇)まで


終演後のみんな。汗汗汗!

ごあいさつ。交流会のショットです。

悠夢
日本兵の役
こいつぁタダモノではない!

水俣情宣で飲みました。
つるさん、こうへいさん、おれんじ館長

MIKAKUにて。
田中幸太
カンカラ楽団
ドラム(打楽器)担当
■8月7日(日)・・・ やまあい村(菊池市)出前劇
熊本市から約1時間(車で)、やまあい村に到着。午後2時半。・・・ここは産業廃棄物の処理場になるところを市民運動の力で阻止した民間の農場である。一度、処理場になってしまうと二度と農場としては再生できない環境になる、という考えから環境保全がテーマにもなっている無農薬の農場である。有名なのは<走る豚>、つまり、「野生的な豚が美味しい」ということである。食べてみると確かに美味しい!野生の命を頂いた。ごちそうさま!でした。

出前劇「星砂がくる海」inやまあい村・・・
開演が午後6時よりスタート。外はまだ明るい。窓も入り口も締め切り監禁状態である。会場である集会所は客席が12畳のところに子ども達(福岡からの小学生)が30名と大人が10名でぎっしりの状態である。クーラーがないので扇風機を2台で公演をしたが、終わってみると全員、汗びっしょりになっていた。もう一歩で脱水状態でぶっ倒れるところであった。しかし、これが小劇場の一体感でもある。チンタラやっている劇では納得できない。この環境が劇に集中させる<戦いの場>でもあるのだ。
終わってみると小学1年の小さな子から「涙がでたよ!」と感想を頂いた。恐らく、意味がわからないところが多かったと思われるが、それでも一生懸命、見てくれていたのだ。「怖かった」・・・私たちにとって、嬉しい感想である。戦争は怖い!
劇でしか表現できないことを追及しよう。同じ世代だけでしか伝わらない劇ではなく、この劇には<時代>を映し出す劇的な感動がある!と確信している。
さぁ、次は8月20日〜28日の公演に向かう!

■8月6日(土)・・・ 通し稽古、二回半。
いよいよ明日が出前芝居である。今日は午前午後と二会場での稽古となった。通常は(土)(日)は吉野スタジオを専用としているが、午前中にバレエが入っていたためにすぐ傍の沖畑公民館に変更した。実は以前、吉野スタジオでお世話になる前はここで定期的に稽古をしていた場所である。
明日が出前劇本番のため、今日の稽古は「通し稽古」をおこなった。二回目の時は殆ど口を挟まずに済ませた。・・・おばぁ役の夢現の目の色が変わってきたか!本番直前は座長との勝負でもある。劇団内に緊張が走ることを望んでいる。
■8月5日(金)・・・ 今日の稽古も実験的に!
スピードの稽古を一部した。時速100キロで場面を流す稽古である。全く気持ちが入っていない台詞の垂れ流しである。あくまでも悪い方法である。
しかし、ワンパターンで劇を刷り込んでいくだけよりは幅が広くなる。
今日と明日の稽古は、やまあい村への出前劇に向かう。お客さんは小学生。小学生の想像力と向き合おう。
■8月4日(木)・・・ 今日の稽古は実験的に!
朝5時半に水俣を出発。西岡さんとは西原村で別れて8時半には熊本に着く。朝から熊本は熱帯である。
冬馬が頭に剃り込みを入れていた。田中幸太が五厘刈りをして稽古に来た。・・・今日の稽古では一部、力を抜ききった方法で流してみた。意図的に「やる気がない。つまらない!」脱力状態での立ち稽古である。見ている咲希と香西と私は笑いが止まらない。座長は「平田オリザ」の劇を見ているようだ、と今日の「小劇場」をあざ笑うかのような目で見ている。ヘタを意識する稽古である。中々、ヘタを自覚することはできない。ここまで舞台を甘くみていいのだろうか?という恐ろしい稽古である。
明日からの反動を呼び起こそう。淡々とエネルギーを爆発させるだけでは、それも日常になってしまう。次回は<間>も<溜め>もない<垂れ流し>を取り入れよう。早送りでスピードアップの場を一部に入れてみる。本番ではやらない・やれないダメを経験することも稽古では必要な気がする。<間>や<溜め>が何故、大切なのかを身を以って経験しておいた方が良い。
■8月3日(水)・・・ 南阿蘇→水俣へ行く。with西岡さん
午後から南阿蘇久木野村の「風の音」へ行く。途中の俵山トンネルを抜けると豪雨に遭う。バケツでバシャと水を目の前で掛けられた感じである。分厚い霧、否、雲の中に舞い込んだようだ。しかし、直ぐに雨は弱まる。「風の音」に着くと蝉の声が耳鳴りのように響く。
会場での打ち合わせをする。やはり、店内でのスペースで公演することに決めた。(一案としては別室もあったのだが・・・日常の空間を劇場化する!)。8月28日(日)は午後4時までの営業で打ち切り、それから公演の仕込みの体制となる。マスターとママさんが「カンカラ楽団」の生演奏に興味を抱いてくれている。
午後5時半には西原村で西岡さんと待ち合わせて、次の情宣会場である水俣へ向かう。果たして1時間半で着くだろうか?午後7時に約束している。高速道路を田ノ浦で降りる。と今度は海の匂いがして来た。予定時間を少々超えてしまったが、約束の場所=おれんじ館に到着した。ここでは館長とつるさん、こうへいさんが待っていてくれた。おれんじ館のステージがある会場を案内してくれた。キャパは100人程度。驚いたのは室内のステージの奥扉を開けると野外感覚のステージが設置されていたことだ。私の妄想癖が広がった。「いつか、ここでやろう!」・・・この野外ステージを使わない手はない。沈む夕日を背景に幻想の世界を演出したい。野外だから薪火も使いたい。なんて恵まれた環境なんだろう。「ねじ式」へ心が飛んでしまった。
水俣公演の打ち合わせが終わると市街地にある上品な店「mikaku」へ5人でビールを飲みに行く。ここでは、つるさんが定期的にLIVEをしていると聞いた。最近、知り合った仲だというのに一気に深い仲になる。あまりにも波長が合いすぎて裸で舞いたくなるほどだ。夜はつるさんのアパートで宿泊することになった。
■8月2日(火)・・・ 夢桟敷&尼崎ロマンポルノ○連続公演について
熊本演劇フェスティバル参加○11月22日〜26日/熊本県立劇場地下和室での企画プログラムです。(現時点での計画であり、変更があるかも知れません)
11月22日(火)19時開演■夢桟敷「ねじ式」公演
11月23日(水)14時開演/18時開演■「ねじ式」/20時〜レセプション
11月24日(木)19時シンポジューム
11月25日(金)19時開演■尼崎ロマンポルノ「ワルツの女」公演
11月26日(土)14時開演/18時開演■「ワルツの女」公演
本日、会場と打ち合わせました。和室と板間の空間で劇場としては前代見聞の利用の仕方になるでしょう。まったくのフりースペースです。天井までの高さは3メートル程度、バトンもなければ照明機なども持ち込みになる。
これより、制作面での検討や舞台プランニングに入ります。追って企画を随時、公開予定です。
■8月1日(月)・・・ いよいよ本番までのカウントダウンが始まった。・・・先日より菊池市の「やまあい村」でのプレ公演の話があり、8月7日(日)17:30より室内小ホールで行なうことになった。福岡から小学生がキャンプに来ているその場での出前劇になる。
熊本では<アングラ劇>のイメージで若者や大人たちはマニアチックに楽しんでもらっているが、子どもには既成概念など関係なく純粋に単純に演劇として見ていただく事になるだろう。昨年の秋は「星砂がくる海」を老人会で出前劇をしたが好評であった。養護学校のイベントにも参加したが、客層が変わっても通用するから夢桟敷は不思議なのである。
つまり、劇は環境によっても作られるということである。それがライブであり、とりわけ偏見などなく直球で見てくれる人々には受け入れられ易い。
そう言えば、私は浄瑠璃や能、歌舞伎、大衆演劇や肥後にわかまで好きである。ジャンルが変わればマッスグ見るしかないからである。
知らず知らず、日本の伝統文化やアジアの芸能が刷り込まれていたことに気付き始めた。欧米の文化に毒されたわが身に気付いた時、やっと地球は丸いと実感できた。ずっと突き進むと元居た場所に帰ってしまうものだ。それから、欧米も見直せば良いか。
■7月25日(月)〜31日(日)●ひと夏の経験(3)〜見える。見える。

■7月31日(日)・・・今日の段階で見えてきたものとは?
いよいよ公演が近付いて来た。今日で7月も終わり、公演が終了する頃は「夏のおわり」である。・・・稽古も「通し」が出来るようになってきた。劇団員のひとり一人の顔色を伺っていると、第三次(2000年〜)活動に入ってからの成長ぶりには目を見張るものがある。成長していないのは私だけではないだろうか?まさか、退行しているのではないか!イカン、イカン。はっきり言って、脳の萎縮を感じている。ボケ(失礼、これは差別です。最近では認知症と言わなければ)も楽しい。
今日の段階で見えてきたことは、即ち、前回の公演「愛の乞食」と「星砂がくる海」は無関係ではないということ。毎回、同じ役者が登場するということは<劇団のフィクション>が<物語>を先行してしまう。観客は夢桟敷を、役者を見に来ているのです。その自覚を強く持つ必要がある。
高校生が舞台に立っているのではなく、あくまでも夢桟敷の役者として立つのである。大学生も然り。とりわけ、世間の同世代や他劇団の目を甘く見ない方が良い。ましてや、お客さんは身内ばかりではないのだから、それに耐え得る日頃からの劇への想いや姿勢も大事です。役者にとっての日常は<ふつう>でないところを発見していくに限ります。


夢か?
いつも
同じ夢

見る。
狂気
あるいは
寂滅

集団での
催眠
個性は
どこにも
なくなる。
戦争とは
喪失
ばかり。
■7月30日(土)・・・稽古後の夏祭り
いいのかな?こんなにニコニコしていていいのかな?・・・今、悲しみの「どん底」に落ちた戦争劇に取り組んでいる。確かに真剣に取り組んでいる筈なのだが、ちょっと気を抜くと爆笑になってしまうのは何故だ!松田彩佳が「ぼよよ〜ん!」と出てくる時、堪えきれない。冬馬がカミソリで手首を切る時は痙攣するほど笑える。日本兵たちの顎があがった姿を見るたびに脳内出血しそうなほど「ぼよよ〜ん」となる。おばぁとカナの〈殺し>場面で涙が流れる謎が深まる。
今日の稽古後は夏祭りへ。
サンシャイン夏祭りには劇団で毎年参加している。昨年まではステージでの参加をしていたが、今年は焼肉食べ放題、ビール飲み放題!で美味しいところだけを頂く。
昔懐かしい人々に会える恒例の祭りとなっている。ある人は「肝臓ガン」になっているらしく私は「アスベストに犯されて、もうすぐ死ぬ身である」と告げた。こんなところでライバル心が燃えてしまったのである。・・・いいのかな?

■7月29日(金)・・・リージョナルシアター落選!
県立劇場企画主催への公演申し込みの結果が出ました。夢桟敷の「劇中劇・少女仮面」は残念ながら選ばれず、ゲストとして北九州の「飛ぶ劇場」と地元劇団からは「きらら」「ゼロソー」「木内里美」の3劇団でした。
南河内万歳一座の内藤さんが審査員だと思っていましたが、審査は?県劇側でおこなったようです。・・・応援してくださった方には申し訳ありませんでした。しかし、他の企画で「劇中劇・少女仮面」公演は実現します。唐十郎さんの研究と同時に「小劇場」の系譜や原点を求め発展させる作業は続けます。
これを機会に夢桟敷の<地方性>を完全に脱却するつもりです。更に真剣に「小劇場」を展開しましょう!当面は8月公演で勝負です。さよなら、県劇!さよなら、リージョナル(地方)とリーディング(ことば劇)。

■7月28日(木)・・・打越公民館での稽古。「今日からラストの場面を変更する!」と意気込んでいたのだが、町内会の「盆踊り」関係者がやって来て会議とガチンコになってしまった。
急遽、劇団はもう一つの小部屋でミーティングとなった。大道具・小道具・衣装などの製作スケジュールなどを検討する。・・・わが劇団は分業はない。役者が全部スタッフの仕事をこなさなければならない。日本の演劇界ではコレが当たり前のように成立してきたようだ。・・・スタッフの仕事もこなせる役者!商業演劇やテレビ・映画では見られない。
当たり前と思えば、誰も愚痴をこぼしたりはしないものだ。劇団で育つと役者みんながたくましくなります。
■7月27日(水)・・・ 〜「見える。見える」〜舞台の構想に若干の変更を考えてみた。前回の「愛の乞食」では竹の作品を上手く使い切ってなかったような気がして心残りであった。今回は<竹の照明機>と梯子をレイアウトに加えよう!舞台両サイドのバランスをとろう。美術は延長する。
■7月26日(火)・・・ 水俣行き(with村上・香西)・・・8月25日・26日の公演会場である水俣市ふるさとセンター「愛林館」の下見に行く。研修室(20畳ほどのスペース)を眺めながら、イメージを膨らませる。館長が「お客さんが来るだろうか?」と心配をしてくれる。
水俣と南阿蘇での公演は情宣作戦が必要だ。あまり人脈もなく無謀かもしれないが、これまでの経験上「海千山千」の奥の手を使おう。えっ、奥の手は?・・・一番きびしかった頃を思い出してみよう。劇団員にとっても良い経験になるだろう。つまり、働きかける事しかないのだ。簡単ではないことと人集めの苦労を知らなければ喜びはない。
これも、今後の旅公演に向けてのステップになっていくのです。
■7月25日(月)・・・ 方尾さんと昼食会。昨日の公開稽古には徹夜の状態で着てくれたことに感謝。
やまあい村(菊池市)武藤さんより8月6日〜8日キャンプでのパフォーマンスの件でメールを受ける。できれば、「星砂がくる海」プレ公演といきたい!後日、劇団員との日程調整をおこなう予定です。

水俣市ふるさとセンター「愛林館」
8月25日(木)26日(金)
水俣の公演会場です。一泊二日。

このようなスペースで劇がやれたら?
1Fから吹き抜けになっており
空中を見上げる劇になるのだが・・・
■7月24日(日)公開稽古●見えなかったものが見えるとは?

稽古後の交流会です
今回の「星砂〜」公演では
アフタートークや交流会を
上演後におこなう予定です。
考えや個性は違う。だから
関係していきたいと思います。
公開稽古。・・・本日はどうもありがとうございました。・・・◎「星砂がくる海」戦争劇の発見を続行中です。
今日もTKU(テレビくまもと)の取材を受けました。どんな映像になるのでしょう?
本番まで一ヶ月を切りました。不完全な状態が稽古です。この不完全さが、次に結びついていく楽しみがあるから劇を辞められなくなっています。
交流会での「戦争について」の劇団員たちの<シドロモドロ>な会話が良かった。立派な言論よりも<口下手>が人に感動を与えてしまう劇世界を彷徨いたいものです。やはり、劇は漂流があるから<活字では見えない>不思議な力を感じています。
今は「戦後」でも「戦前」でもなく「戦中」であるかも知れない!と「最低ですかーっ!〜まったく新しい政治犯○外山恒一」さん、今後とも新しい関係を作っていきましょう。・・・本番前の公開稽古の次回は秋公演「ねじ式」でもしましょうか!
劇作りの裏側から本番までの流れを見られていく関係作りが、これからの夢桟敷のテーマになるでしょう。結果だけが劇ではなく、プロセスもさらけ出していく劇団でありたい。・・・今後の公演やワークショップ、公開稽古などの参加を宜しくどうぞ!
さてさて、見えなかったものが見えるとは?。・・・つづく
■7月19日(火)〜23日(土)●ひと夏の経験(2)〜公開稽古までの記録
■7月23日(土)・・・ 暑い、アツイ。・・・とばかり言っていても暑いばかり。今日の稽古はスタジオで冷房が効き過ぎていた。身体を動かしていなければ寒かった。そうだ!夏は自然界で「暖房」が効いている、と思えば<暑さ>さえありがたやぁ!
明日の「公開稽古」で再び三度、区切りをつけよう。丁寧な劇になりそうである。ひと夏の経験もいよいよ後半戦に突入する。稽古を繰り返す度に、役者たちは若竹のように伸びている。今日は日本兵とカナたちに新しい可能性を発見した。
明日は劇団員以外のお客さんも来てくれることになっています。きっと、新鮮な関係を作り出すだろう。
■7月22日(金)・・・ 暑い、アツイ。こういう日は裸に限る。・・・部屋ではクーラーを入れず、ひたすら汗をかきながら「ねじ式」の登場人物と物語の流れを組み立てた。今回は、劇団の誰をどの役にするかは全く度外視して進めている。未成年を前提にはエロチックな場面が浮かばないからだ。
美しく大らかな性的描写を試みよう。・・・アツイ、暑い。
「星砂〜」と「ねじ式」が同時に広がりはじめた。共通するものは<血>である。血の流れを止める訳にはいかない。しかし、こう暑いと血を冷やしたくなる。内側から冷やすか、外側から冷やすか?暑い日こそ冷静になりたい。
■7月21日(木)・・・ 打越公民館での稽古・・・「歌を忘れたカナリヤ」の歌が怖くなってきた。島の少女たちが白い砂浜で貝を拾っている笑い声と表情が怖くなってきた。特攻隊員が紙飛行機を飛ばす場面が哀しい。日々、変わって行くのだろう。おばぁ(夢現)に重圧がかかる。
稽古が終わって家に帰り着いたら「ロンドンで爆破事件」のニュースが舞い込んできた。BBSにも書き込みがきた。・・・「劇と現実」が糸で絡まってしまう。クソのようなリアリズムに満足してたまるか。しばらくは絡まった糸を紅く染めることにした。まだ、ほぐさないぞ。簡単にほぐしてなるものか!バカ・アホのまま突き進む。
■7月20日(水)・・・ 自衛隊が自宅事務所にやって来た。「坂本冬馬君は来年、高校を卒業しますよね?是非、自衛隊に入ってください」というものだった。対応は咲希がしていたので難なく追い返していたが、私が出ていたらチョット厄介なことになっていただろう。・・・劇団員を自衛隊にスカウトするのだったら、まず300人くらい入るテントと倉庫を提供して欲しい。それにトラックを一台。あっ、そうそう、今「戦争劇」を作っているので戦車や大砲、ホンモノの武器などが欲しい。国民の税金を軍事面で使わずに演劇が横取りしよう!というのである。しかも、冬馬入隊の交換条件である。
この「山南ノート(1)」でも企画書を公開したことがあるが、一度、自衛隊での公演を打診したことがある。「1945漂流記」(戦争劇)を自衛隊員に見せたかったのだ。イラクへの派兵が決まった頃から、近所の自衛隊が目の上のコブに見えて仕方がない。居酒屋で自衛隊員に会ったことがあるが、酔った勢いで彼の額にマジックで「反軍」と書いたような気がする。
軍都=KUMAMOTO。とうとう、坂本冬馬まで徴兵がかかったか。学徒は<高専>のためアト2年は学校に籍を置くことになっている。できれば、私が自衛隊に入って軍事クーデターを決行したいものだ。・・・この暑さの故でおかしな日記を書いてしまった。本番までアト一ヶ月。今日より平行して「ねじ式」台本にも取り掛かる。
■7月19日(火)・・・ 合宿疲れがでてきた。右足膝関節がおかしい。椅子から立ち上がると右足がガクンとなる。力が入らない。いよいよ私はオシマイか?そんなことは言っておられない。まだ本番前ではないか!
どうも南阿蘇で霊にとりつかれてしまったようだ。副島先生から催眠にかけられた時から、私の右足を引っ張る霊が出てきた。私には見える。あの戦争で死んだ学徒出陣兵の霊が私にとりついている。公演が終わるまでじっくり付き合おう。

夏合宿終了。公演まで一ヶ月になった。
演劇はフィクションである?しかし、“隠れ蓑”でも“遊び”でもない。
フィクションは「伝説」を作る力がある。
つまり、劇団自体がフィクションなのである。
悪夢だろうが、夢に向かって「劇」を送り出すということは
劇団員ひとりひとりが<幻想>に集結している、ということに他ならない。
何のことやら?と世間からソッポを向かれようが
明るい顔でニコニコ笑ってささやきかけましょう。
「公演を見にきてください。
世界にひとつしかない劇=夢の中でお会いしましょう!」


いよいよ本番一ヶ月前です。
近いと感じるか?遠いと感じるか?
セリフ(台詞)を覚えるだけでは劇は作れない。

田中芽生
カンカラ楽団ではアコーディオン担当。
こんな怖い顔ではありません。
素顔は可愛いのです。

松田彩佳
カンカラ楽団でベースを担当する。
真面目なお笑いが適役なのか?
近々、ベールが切って落とされるであろう。
■7月16日(土)〜18日(月)夏合宿●「劇」への想いが膨らむ集団作りへ!

朝1本、昼1本の緊張感(稽古)

テレビの取材を受ける。

夜はミーティング。実は飲酒する。
毎年恒例となった夏合宿をおこなう。宿泊費4000円(二泊料金)と2泊3日分の食事代が1000円というギリギリの参加費用である。・・・居酒屋で一杯飲むと2時間で消えてしまう格安の料金であるが、学生にとっては貴重なバイト料からの捻出でもあり無駄な時間にはできない。
会場は今年で3回目となった南阿蘇(久木野村)の「童夢館」である。ここは副島先生(劇団員プロデューサー)が専任スタッフとして働いている「ふりーだむ熊本」が所有する不登校の中学生が通うフりースクールの出張施設である。今年の春より株式会社立青陵高校(通信制)の阿蘇分校としても使われている。とにかく施設としては最高に恵まれた環境と設備である。
合宿の目的はこの8月に公演する「星砂がくる海」を仕上げることではあったが、実際には<通し>ができるようになること!これで精一杯であった。
同じ釜の飯を喰うことで連帯感が高まる。料理班は今回に限り、村上、悠夢、一宝、香西の4人が連日の担当となった。働きに於いて不平等になったかもしれなかったが愚痴は聞こえてこなかった。4人に感謝。

私は稽古中に言いたい放題を言う。・・・そういう姿勢がないと演出は務まらない!これが信念だ。
今回の合宿で「星砂がくる海」を一度仕上げる、と宣言していた。が、口で言うほど劇作りは簡単ではない。劇が見えかかると問題もはっきり見えてくる。
詰まるところ、演劇がフィクションではなく、劇団そのものがフィクションであると気付いた。これは悪い意味ではなく劇団員=役者たちがフィクションというスター性を持ち合わせなければ劇世界が構築されていかないことに気付いたからだ。
私はフィクションを肯定する。役者のアイドル(偶像)もスター性も肯定する。これがなければ劇は成り立たない。稽古中に何人かの虚構を見たような気がした。・・・夢桟敷でなければならない役者を確認できたのである。

今回はテレビの取材もあり、劇団員がインタビューされていた。8月に「終戦60年」をテーマに九州各県より放送されるそうである。熊本が夢桟敷で良いのだろうか?と思いつつ、ユニークで良いのではないか!と開き直る。
思えば、夢桟敷は宣伝下手である。特に私は<商業演劇>を否定してしまっているものだから、その本音が顔に出てしまう。困ったものだ。にも拘らず、見捨てずにフォローしてくれるマスコミの方には感謝しなければならない。
応援団もじわじわと増えてきているような気がする。アウトローの仮面を被ったメジャー志向といくか!どう転んでも、演劇はお客さんあってのものだから、これより<人気の夢桟敷>を目指してみるか!・・・一時期、そんな時代もあったような気がするが、今度はミーハ−と上手く付き合いたいものだ。私たちもミーハ−なんだから!大衆の中へ!

■7月1日(金)〜15日(金)●ひと夏の経験〜合宿までの記録
■7月15日・・・ 本日の稽古で「星砂〜」流れを全部あたったことになる。まだまだ、見えていない部分はあるが、明日からの合宿(集中稽古)で筋を通そう。
ところで、劇団員の家族の方も時間があればひょっこり来ませんか?近くには良いところがありますよ。それは来てみればわかります。
■7月14日・・・ 県立劇場「熊本リージョナルシアター」(来年の1月末〜2月)に申込書を提出して来た。明日が締め切りだというのに今日の段階で申し込みは2団体らしい。明日になったら増えるだろう。これが、ギリギリの肥後時間というヤツか!・・・また11月の「熊本演劇フェスティバル」参加のための会場予約(仮)をした。11月22日(火)〜26日(土)の5日間、地下の和室を小劇場化する。畳と板間をうまく利用したい。尼崎ロマンポルノとの連続公演を予定している。
稽古はこれまで素通りしてきた部分をチェックする。「ここの部分は空気が茶色でいこう。時間は歪んでいるんだ!」などと意味不明なことを言った。が、みんなは理解したようだ。いよいよ演劇暗号でのやりとりに突入か?これに慣れてくると息合わせが楽になる。そうだ、ことばの解釈では終わらないのだ。舞台(板)が皮膚や肌に感じ取られる時、役者が色付いて見えるのである。
ところで、TKU(テレビ熊本)さんが合宿中にも取材に来られるそうである。何度かの取材後、4〜5年前のドキュメンタリーと合わせて編集にかけ、8月中に九州ネットで新たに番組を放送してくれる。・・・戦後60年。日本の世界の片隅(熊本)で若い劇団員と元青年(いずれも戦後生まれである)が「戦争劇に取り組む謎」を電波で飛ばす。これも今の現象である!と意志を持とう。色付け!若いの・・・!戦争の悲しみと狂気は個人のリアルでは届かない。集団とは色が溶け合って全部なのだ。この合宿ではそれを感じ取りたい。
■7月13日・・・ 近松賞から応募結果が郵送されてきた。246作品だったそうな。3000以上はあると思っていたのだが、これで確率は高くなった!とは安心できない。時間がたつにつれアラ(粗)が見えてきた。もう、手遅れである。これに応募したことは少なくとも50人は知っているし、賞金300万円入ったら豪勢に飲める!と信じている者が3名いる。発表前に300万円を稼ぐことも考えておくか。審査員に公演の招待状を郵送しよう!奥の手を使うしかない。
■7月12日・・・ 今日は久しぶりに方尾さんとのランチタイムであった。私の話題は演劇のことばかり。ふと、我に返ると「不思議の国のアリス」を語っていた。中年男たちの会話ではない。サムエ姿の方尾さんと丸坊主の私を不思議そうに見ていたのは建築関係の仕事をしているらしい若者たちであった。
合宿が近付いてきた。・・・昨年の夏合宿は一仕事を終えての癒しが目的であった。遊びほろけた。今回は稽古に集中する。たったの2泊3日ではあるが、同じ釜の飯を食べることによって急激な成長とともに一体感も生まれる。また「不思議の国」を見ることができるか。夜の酒が今から待ちどおしい。
■7月11日・・・ 53才になった。若い頃に比べると丸くなったように思う。だから、今夜はアタマを丸めてみた。心持、脳が萎縮してきたように感じる。アタマが軽い。フワフワする。
来年の2月に県立劇場で企画されている「リージョナルシアター」への申し込みの書類などを作成した。「劇中劇『少女仮面』」という唐十郎作品を巡った新作になる。一昨年の寺山修司「新・観客席」から昨年末と今年3月上演した「愛の乞食」(唐十郎)を経験して、更に「小劇場」の原点を求めたい。
「劇中劇」の形式は作品をコピーに終わらせたくないためである。「少女仮面」上演に向けての劇であり、時代は21世紀の現在(いま)である。どうも「仮面」の意味が重苦しく思えてきた。それを先取りした劇、唐十郎の世界は深い。現代「仮面」はボーダレスの時代に突入してしまったのではないか!?・・・申し込み締め切りは7月15日まで。上演許可が下り次第、戯曲に取り掛かる。今回は唐十郎氏に台本を送ろう。ここから劇中劇はスタートするのである。メール時代に「特権的肉体」を!である。
■7月10日・・・ 本日の稽古。カンカラ楽団オープニング演奏⇒役者たちの登場⇒歌から前半の行けるところまでを追った。途中を飛ばし、久々の殺陣⇒クライマックスへ。笑える部分が浮上してきた。悲惨な戦争劇に「笑い」はタブーか?演出の立場上、今のところ私は笑わない。私が笑ってしまうと役者たちは調子に乗って「戦争劇」を「喜劇」と勘違いしてしまう「悪乗り」が生じてしまうからだ。
夢桟敷に「お笑い」は似合わない。それは26年の歴史が物語る。「お笑い」があるとすれば国語辞典にもない「狂笑」のみである。これにとりつかれると演劇から足を洗えなくなる。他人の目を気にせず腹の底から笑ってしまう癖が身につく。箸が転んでも可笑しい時はファファファと笑ってしまう。
「人が苦しんでいる時は泣け!」・・・私のご先祖さま(三代前・長岡与五郎)の遺言である。肝に命じて劇に取り組みたい。私の背後から長岡与五郎爺さんのゲンコツが飛んでくる時がある。
本日は中島さん(劇団石・制作)や伊藤たくみさんが訪問してくれた。劇団石は次の土・日で創立35周年の公演をする。熊本では「市民舞台」とともに戦後の現代劇を担ってきた老舗劇団である。公演に際してお酒をもって「飲めや!」と祝福してやろう。
■7月9日・・・ 基礎トレーニングに「呼吸のオドリ」を取り入れてみた。これは暗黒舞踏の<息合わせ>や実際の振りなどでも行なわれているが、劇に応用できそうである。・・・問題は「何が見えてくるか」である。
夢桟敷の演劇トレーニングは歌舞伎や能の歩行やすり足、日本の伝統的なパターンを使っている。若い人たちの身体を見ると、昔より手足が長くなり欧米化されてはいる。しかし、狩猟民族とは異なる農耕民族の動きがピッタリしてくる。やはり、アジアの血であろうか。腰を落とし地に根付くような姿勢が美しい。
熊本県には神楽や能、浄瑠璃などが残っている。機会があればじっくりとその様式を学び現代劇に応用したい。・・・さて次回公演までに様式に魂を吹き込むことができるか?格好だけなら誰でもできる。誰でもが出来ないから<芸>であると考えている。
■7月8日・・・ 「星砂〜」のラスト場面に取り掛かっている。・・・流れの中で意味不明な仕草や唐突な<ことば>がラストで交差させようと思っているのだが、謎のまま取り残されてしまう配役がある。
何を隠そう、娘カナの存在である。今、生きていれば60歳。ずっと、宙に浮かしておいて良いのだろうか?
星砂は死んだ人が帰って来た仮の姿です。星が海に落ちて行く姿は追い詰められた島の人たちが崖から海に飛び込んでいく姿にも見えてきます。イメージは一面的ではなく、あの美しい青い島オキナワと二重写しなれば、このドラマの悲しみがもっと深くなるのではないか。
泣いてばかりではいられない。娘カナ(咲希と香西)の無邪気さも断片的に表現できないものか?稽古ではその一瞬を捉えてみたい!
■7月7日・・・ ロンドンで爆破テロ。国家なき「テロルの回路」が大国(G8)の「報復」を加速する。・・・このニュースが飛び込んだのは稽古が終わってからである。「中途半端なリアリズムなら辞めた方が良い!」と思っていた。劇は劇でしかできないないエネルギーがある。
声なき声とは?「星砂〜」では母親から口を塞がれて死んだ娘カナの<声なき声>が大きな意味を持ってくる。戦争の時代に玉ねぎを齧っって泣くとは?これは劇である。
■7月6日・・・ 久々の晴天。セミの声がうるさい。熊本は風が吹かないから、うだるような暑さで汗が噴出す。・・・2012年のオリンピックがロンドンに決まった。生きていれば還暦を迎えている。しかし、今の60代の先輩たちをみると若々しい人が目立つ。GパンにTシャツで街を歩いている。昔では想像もつかなかった。時々、私は日本なのかアメリカなのかわからなくなる時がある。ここは世界なのか、無国籍なのか。
■7月5日・・・ 恐ろしい顔を並べています。咲希に続いて<村上精一>です。彼が中2の時は番長の役で武蔵中学文化発表会の劇で登場しました。笑われました。出ただけで笑われるとは?日常と舞台のギャップがあるとそれだけでひきつける存在感が生まれます。今回は<村上>ー<悠夢>ー<一宝>の日本兵役が脇を固めます。脇が良いと舞台は絞まります。乞うご期待!
■7月4日・・・ つげ義春の「紅い花」「ねじ式」(小学館文庫・全27話)を読む。読むというよりは瞑想にふける。これで10回目である。脱北者たちが浜辺に流れ着いたところからドラマの迷走がはじまる。・・・1981年に楳図かずお氏の「まことちゃん」を題材に天井桟敷のアトリエで公演をしたことがあるが、漫画を劇にするのは結構やっかいである。観客はある程度のイメージを持ってやって来る。あの時は「ぼくの漫画はみんながドッドッと走っているのです」と楳図さんは言っていたが、つげ作品の「ねじ式」は迷走である。
さて、夏公演の「星砂〜」に「ねじ式」の種を蒔いておこうと思う。これらの共通世界は<夢の中と現実>が倒錯したところにある。簡単に<夢>が現実逃避の場所であると思わせないことがミソである。劇に<夢>の力を発揮したい。
■7月3日・・・ 坂本冬馬(カンカラ楽団・ギター)がバイトのため稽古を早めに切り上げたところで、入れ替わりに伊藤たくみさんが訪問してくれた。8月には新しく劇団を旗揚げするようである。彼は夢桟敷でははじめてのゲスト出演(「愛の乞食」大阪公演3月)であり、今後も面白い関係になっていきそうである。・・・今日の稽古では欠席者が多かったため、殺陣の場面を彼(伊藤さん)に見せることができなかった。カンカラ楽団もアコーディオンとギターなし、ドラムとベースのみで歌の稽古となった。全体的にまだまだスケールが小さいような気がするが、ぼちぼち座長の狂気に期待しよう!・・・はちきれろ!松田彩佳。次回でのマークは彼女だ。私はオオカミになって狙う。
■7月2日・・・ さすがに朝からの稽古は長い。しかし、時間を気にせず丁寧に点検はできる。・・・・・新人の一宝君が<特攻隊員として海へ墜落する場>において、「へっぴり腰になっている!足の運びが甘い!」などと指摘すると、見る見る間に身体が役者の動きらしく変化してきた。
クライマックスの歌では集団的にイッテしまっている。意味を伝えることやストーリーを説明する劇から、それ以上の劇独特の表現力に自信を持っているように見える。
改めて正論を確認した。「絶対に二流にならない三流がある!」・・・この熊本では「自信をもった三流」が数少ない。三流の上には二流も一流もない。ひたすら、止まらずに越えて行くのみであり、三流こそが超一流に近いと確信した。そいいう役者がぼちぼち見えてきた。
■7月1日・・・ 今日は朝から方尾さん(棟梁)が訪問してくれた。とうもろこしやスイカ、トマトなどの土産をくれた。その直前にTKU(テレビ熊本)の池島さんより電話を頂いて、8月に「戦後60年特集を組むので取材したい!」という嬉しい問合せだった。九州ネットで放映されるらしい。4年前の沖縄公演の際にもドキュメンタリーで随分とお世話になった。・・・あれからの劇団員は随分、大人になった。
今日の稽古は亀井公民館(毎週金曜日)で「特攻隊の一場」を中心にした。まだまだ変化していくであろう。村上精一が前回「愛の乞食」公演での役であったチェチェチェ・オケラの色からようやく抜け出せたように思える。あれは強烈だったからねぇ。と、思ったら「アリスの証言」の加藤がひょっこり現れてきた。役者というのは多重人格である。そこが面白いところだ。
本日よりチラリと「役者論」を出していくつもりである。右の顔は桃色咲希である。彼女は8月より名前を坂本咲希に変え、一皮剥ける時がきた。
明日は朝からの強化稽古!テンションをあげてひと夏の経験を楽しもう! 焼肉も良いが、あっさりソーメンも良い。
今年も南阿蘇久木野村「童夢館」で!

昨年の夏合宿。食事中。

3月「愛の乞食」大阪公演にて
近畿大学「唐フェス」で唐十郎氏と。
県劇リージョナルシアター企画
劇中劇「少女仮面」で申し込む予定!

坂本冬馬
本番になると人格が変わる。
意味不明なことを喋ると天下一品
劇中歌、サウンド担当/カンカラ楽団ギター

村上精一
怖いですね。そうですよ。でも・・
殺陣の振り付け担当、日本兵で登場

桃色咲希
8月公演で名前が変わります!
坂本咲希=カナ1あるいはあの時の母
■6月12日(日)〜30日(木)●稽古・制作など、日頃のつれづれ。

香西佳耶
洞窟の中で息絶える乳飲み子
カナの役で登場します。
犬神サーカス団に見えるのは何故だろう?

上より<夢現><咲希><佳耶>

日本兵<悠夢><精一><一宝>の変貌は!
腰が落ちてきた男組の悪に花が咲く。

カンカラ楽団参上!
幸太!冬馬!●松●!に
アコーディオン奏者が参入か?
■6月30日・・・ 尼崎市の主催する「近松賞」へ原稿を送る。審査員は別役実氏ほか。今回は3000本以上の応募があるようである。・・・私は「アリスの教室」3部作シリーズをモチーフにした新作「金色の放課後」という戯曲で挑戦してみた。別役氏の目に止まるか?止まれば、ここからが勝負どころ、と自分で決めて書いた。しっかり、読んでくださいよ。と念じながら書いたのである。書く姿勢は超一流であるが、内容は私の理想とする「絶対に二流にならない三流の世界」である。書き終えて、まだまだ衰えていないことを確認した。劇団を背負っている現役だからね!そこら辺の文学や演劇青年よりは灰汁(アク)が強いのは当たり前。
30年前に「小説現代新人賞」に応募したことがある。今では当たり前のようなテーマ○ストーキング「オオカミ少年の夏」という短編小説である。当時はストーキングという概念もなかったのだが、官能を楽しみながら書いたら「佳作」に終わった。その頃、村上龍氏が「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞をとった。
その後1981年、ATG映画シナリオ賞にも挑戦した。銀行強盗のドラマである。主演は大駱駝鑑の麿赤児氏と指定したシナリオであった。マルキド・サドの「ソドムの市」と現実にあった梅川事件(三菱銀行大阪北畑支店、監禁)をオーバーラップさせるものだった。これは佳作にもならなかったが、後から高橋判明氏の「タツゥー」や流山児祥氏の「血風ロック」の映画を見て、そのカッコウ良さに驚いた。いずれも銀行強盗の映画であった。
今回は3度目の挑戦である。インターネットによる仲間の幻想「出会い自殺」から民間人による核保有(独裁)までの夢物語。・・・現代のひ弱な想像力にチェッと唾を吐いたような原稿を送った。・・・明日からは美しいつげ義春氏の「ねじ式」を原稿用紙に向かっていこう!
■6月29日・・・ 徹夜つづきである。この数日の睡眠時間は一日に2時間以内。慣れない生活で体調は悪いが、思考はいたって健康。アンバランスのバランスということなのか?・・・全部がパーフェクトは気持ち悪いのです。落ち着いたら、むさぼるように眠りたい。
「風の谷のナウシカ」のメロディーで軍靴の行進は可能か?カンカラ楽団に聞いてみよう。
■6月28日・・・ 東京は猛暑。新潟は豪雨。天皇はサイパン島で戦没者の追悼。・・・何だ!この異常は?
常識では計り知れない世の中になったものだ。何故か、自宅事務所に蚊が異常発生している。玄関のドアを開けっ放しにしていたのがいけなかった。蚊取り線香の煙で頭がクラクラしながら、今夜は徹夜で脚本作りの追い込み中である。悪い奴ほど「いいこと」を書きたがるものである。つくづく実感している。
■6月27日・・・ 遅れているが、秋の公演に向けて行動を開始する。・・・尼崎ロマンポルノとの連続公演!熊本ー関西との交流公演。早めに計画書を尼崎に送ろう。
夏公演はブレーキが壊れた。この調子でラストの場に向かって暴走するか!もうしばらく、作家活動は続く。準備ができたら肉体派でいこう!・・・(注)香西佳耶のアップを入れたら気合が入った。
■6月26日・・・ 午前中、方尾さんがインターネットオークションで競り落としたミニアコーディオンやアンプなどを持って来てくれた。午後からの稽古では、さっそく、そのアコーディオンを芽生ちゃんに担当してもらう。彼女にとっては初体験である。カンカラ楽団四人目のメンバーの誕生。アコーディオンのソロで「特攻隊」の場でおこなう。本番まで約2ヶ月ある。
「特攻隊」の場では村上精一が難しい役どころにぶち当たることになった。考え方や理屈で演技を捉えていては前に進まなくところである。まさに、役者(登場人物)としての存在感が問われる。立ち止まってしまったら、一度、ふたりで吐くまで酒を飲んでみたいと思う。・・・夢桟敷では精神的な悩みをアルコールで突破する術を持っている。
■6月25日・・・ 熊大演劇部「北村想」劇へ協力する。・・・・・香西/幸太/座長と私で村上精一の部活である熊大公演に照明機を持って出かけた。学生会館の小スペースではあるが、段ボールで窓を塞ぎ暗幕とパネルで「小劇場」と化した。
私たちの8月公演も空間的な演出が大きな課題になってくる。そこでしか出来ない劇、その空間をどのように劇に取り入れて行くか!これも劇の楽しみ方である。
■6月24日・・・ 今日もデスクワークの日。・・・・・咲希は万歩計で毎日歩数を計っている。私は昨日今日とほとんど歩いていない。ダルマである。やっと、「星砂〜」のチラシ原稿があがりそうだ。来週から配れるだろう。予定より事務が遅れているが、明日より毎日、最低5人(劇団員以外)と会うことに決めた。「書を捨てよ。街へ出よう」だ。
■6月23日・・・ デスクワークの日。・・・・・最近までは一度はえんぴつで書いたものをパソコンに打ち込むようにしていたが、直接、パソコンに打ち込むようになった。特に脚本はえんぴつで書いて行った方が台詞(せりふ)の息づかいが生きてくるのだが、パソコンの活字はどうもよそよそしい。
その「よそよそしさ」を利用して新作「金色の放課後」を作っている。本として売れるかどうかが勝負である。つまり、読み物としてどうか?公演のための台本しか書いたことがない私にしてみれば、贅沢な舞台設定など制作面や演出を度外視した商業演劇になってきそうだ。
■6月22日・・・ 今のところ「星砂〜」の「オドッテ歌う戦争劇」に批判はない。中国や韓国・朝鮮の反日感情からすれば一見、ヤバイ劇になりそうだ!と見せかけといて、実は「反日」の劇でもある。日本のナショナリズムからすればヤバイ劇になりそうだ!と見せかけといて、「たかが劇ではないですか」とヘラヘラしてやろう。・・・・だがしかし、この劇は泣ける。シュールでもアングラ劇の表現方法を用いても、リアリズム演劇よりはマシなものになるだろう。あくまでも「伝える」劇でもなければ「わかりやすい」劇でもない。
少なくとも、わたしは演劇を情報文化とは捉えていないからだ。
戸惑おうが首を傾げられようが、「演劇は集団的メッセージである」・・・劇作家や演出家の私小説ではない。「特権的肉体」も「見世物小屋の復権」も正しいのである。正しい!と言ってしまったからには、ある者にとっては不気味な存在に見えるかもしれない。
■6月21日・・・ 白塗りメイクの根拠とは・・・。一宝君は「死に化粧」と思っているらしい。そう連想するのは血の気が引いて、まるで幽霊のように見えるからであろう。日本の演劇では大体、歌舞伎や能を原点に求めると<白塗り>の意味が見えてくる。芝居には<善>と<悪>の役があるが、歌舞伎では<善>が白で<悪>が赤のメイクで表現されてきた経緯がある。遡れば「源平合戦」の頃からであろうか?・・・しかし、現代劇に於いては<善>も<悪>も線引きが混沌としているのが実情である。私はこう考えてきた。無駄な色を省略すると白になる。劇では無駄を削ぎ落とす力も必要なのである。日常の色を消すために白塗りがあるとすれば、表情がもっと生きてくるのは何故だろうか。
■6月20日・・・ 南阿蘇久木野村にある「風の音」に行ってきた。先日、木内さんが一人芝居をしたところだ。・・・・・「星砂〜」をここでもやろうか!と、劇団員たちと話し合っていたが、店の人に相談すると快い返事を頂いた。
8月は<熊本><水俣><南阿蘇>での公演になる。・・・・・県内3ヵ所ということだ。小さな旅になりそうである。今年の秋から来年にかけての公演計画も急がなければ!
■6月19日・・・ 熊本市女性センターで「武蔵コンサート」のスタッフ協力をした。・・・・・迫田さん(熊本舞台芸術舎)主催である。元・熊大演劇部の黒木君も音響スタッフで来ていた。劇団からは冬馬(音響と舞台転換など)と田中幸太、一宝(案内係り)、私は十年ぶりでビデオ撮影をした。それにしても、迫田さんの多芸ぶりには驚かされた。プロデュースから脚本、演出、太鼓や笛の演奏、歌って踊ってお芝居まで。ワークショップで彼を講師として太鼓をやってみようか!ミュージカルの一場ではオリジナル曲「般若心経」にこころが踊った。・・・・・夢桟敷は芸を盗むのである!
■6月18日・・・ 本日の稽古は!・・・・・新たに特攻隊の場面をおこなう。この場面は全く新しく入れる。・・・・・悲しくて、今から泣いていては稽古にならない。毎回の稽古で変化・進化していくためにしっかりやろう。・・・・・イメージは進化する!
■6月17日・・・ 阿蘇久木野村ギャラリー喫茶「風の音」で木内さんのひとり芝居「夕空晴れて〜」を見た。8名(内、熊大演劇部3名)で行く。会場は40名で満杯のスペースだが、小劇場の自由空間を楽しむことができた。お店の方から「夢桟敷さんもここでやってみませんか?」と声をかけられたが、本気でやりたい空間である。7月の強化合宿は同、久木野村「童夢館」であるがお茶でも飲みに行こう。「木内さん、うちの稽古場に顔を出してください」と言った。元SCOT(早稲田小劇場)に所属していた彼女は夢桟敷のトレーニングをどう見るか?楽しみである。スカウトしようか!
■6月16日・・・今月は観劇やワークショップ、イベントの手伝いなどの予定が6本も入っている。忙しいことを理由に「あれができない」とは言わないようにしたい。早く「星砂〜」の宣材を作らねば!そろそろ来年に向けての活動スケジュール(企画)にも取り掛からなければ!足元を見れば「やらねばならぬこと」が山積みされている。追い込まれながらの仕事に気合が入る。
■6月15日・・・本日、いよいよ制作発表!というと、いかにも記者会見やマスコミで大きく扱われるようなイメージがある。・・・そこまではマスコミからは注目されていないのが事実である。コネを利用しなければ!
宣材(宣伝するための資料)をこちらから各マスコミ様へ出向いていく活動に入っていく。これより本番の約2ヶ月間、チラホラと夢桟敷がみなまさまのお目に止まるかどうか、広報の腕の見せ所である。
■6月12日・・・今朝、水俣から帰り着く。今日は「演劇ワークショップ」である。熊本大学演劇部の桑君をゲストに迎え、早速「どくんご」のネタをレッスンに取り入れてみた。要するにパクリである。
歩行練習に<カンカラ楽団>の即興生演奏をバックに使ってみた。15分間、このユニットは伸びると確信した。・・・坂本冬馬(ギター)田中幸太(ドラム)松田彩佳(ベース)、音楽をやりたい人は<カンカラ楽団>へ!
午後4時で「ワークショップ」を終了し、「星砂〜」パンフレット作成のための写真撮影をおこなう。香西佳耶が<犬神サーカス団>のように見えてしまうのは何故か。こいつぁ面白くなってきた。おばぁ、日本兵たち、島民たち、・・・この劇はタダでは幕を開けられない。届くか!次世代の若者達へ。泣いてくれるか!狂気の戦争劇を。
■6月11日(土)●「どくんご」水俣公演テント芝居をみた。
唐突はお嫌い?水俣公演をやろう!

今日は水俣での「どくんご」公演を見るために午前10時からの稽古へ繰り上げた。行くのは私と咲希のふたりであるが、このために劇団員は振り回されることになった。
稽古では坂本冬馬(作曲)の仮題「kukai-joudo」なる歌のレッスンが中心になった。イケル!初体験ベースの松田彩佳の音が肝臓を震わせてくれる。
これだこれだ。こころに食い込むような歌とは内臓に突き刺さるような音であり言葉であり、それが演劇的な歌である!
午後3時に稽古を終了して、水俣へ向かう。・・・いざテント芝居へ!いつものことながら稽古後は抜け殻状態である。
観劇とはいえ、一般のお客さんのようにリラックスして見ることはできなくなっているのだ。劇を作るウラの裏まで神経質に見てしまう癖がついてしまった。とりわけ役者さんの<立ち方>を厳しく見てしまうのである。
午後7時に会場である水俣市の山奥にある「愛燐館」に到着する。早速、受け入れの高平こうへいさんに会う。ごついお人だ。水俣のピアニストの大久保チカさんとも久しぶりに会う。熊本からも顔見知りの方が来られていた。
40名も入ると満杯の小さなテントであった。オープニングは歌と生演奏。昔懐かしい「見世物小屋」のいい味が出ている。役者(7名)さんたちが、今流行のチャラチャラした「小劇場」でなかったことが嬉しかった。・・・戯曲にのっかかって<ことば>の神話に溺れていない。テレビのドラマでは現せない世界に挑戦している。・・・打上げの席では役者さんたちと楽しく交流もできた。これからは各劇団の方とも仲良く交流をしよう!と思った夜であった。
気付けば、朝5時前までハイテンションで飲んでいたのである。・・・この夏はここで「星砂がくる海」を公演したい!熊本市では感じられない、熱くひとり一人が個性的で情の深いMINAMATAで夢桟敷を見て頂きたくなった。

テント入り口
愛林館空き地

高平こうへいさん
パワフルな男の中の男
■6月6日(月)〜9日(木)●「星砂がくる海」イメージ。幻想が平和を語る恐ろしさ。

「輪廻転生」を踊っている
夢現(上)と咲希(下)
■6月9日・・今日は打越公民館での稽古の日。村上君が九州東海大の演劇部との合同練習で欠席、冬馬も定期試験中で欠席、・・来週まで高校生は定期試験で全体での稽古は厳しくなる期間に入った。
そんな中、以前、映画「good job」を制作したシバオさんと堀江さんが訪れてくれた。彼らは稽古風景を見たかったのだろうが、お茶を飲みながらおしゃべりで時間を費やした。・・「この劇は主演=夢現がホンモノのおばぁになる20年後に仕上がる」と途方もない話しをした。
つまり、「星砂がくる海」はひたすら積み重ねていくことを前提に取り組んでいるのである。第二・第三の夢現が登場すれば100年、200年の「語り部」になっていくのである。
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■6月8日・・イメージは拡がり続けている。厄介なことは全部を均一に表現しようとする欲望に襲われることがある。アレもコレも全部を出してみたくなるのである。しかし、焦点は絞り込まなければ!
ここに登場する<おばぁ>は洞窟の中で泣き叫ぶわが子を殺してしまう。戦争という状況下に<ひとりの命>と<みんなの命>はどちらが大事なのか、と兵隊に日本刀を突きつけられてわが子を殺してしまう。
人には忘れようとも忘れられないことがある。戦後60年は重い。これを劇にしようとしているのだ。
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■6月7日・・神経をすり減らし、演劇でストレスが溜まっていくのは至福の境地でさえある。いよいよ構成が練れてきた。私ひとりで劇をつくっているのではない。だから、役者たちの肉体が劇の構成を組み立てて行ったと言っても良い。この夏は夢桟敷のMAXの状態で上演できる予感が的中しそうだ。日常の中の幻想で平和を語るより、幻想の暴力を構築してみよう。
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■6月6日・・この劇は唐十郎の「愛の乞食」の続編になる。いや、これまで上演してきた夢桟敷のオリジナル劇のすべての続編にしたい。演劇に完結を求めるのは辞めにした。生きている限り途中経過である、と自覚している。ささやかな<平和>に喜びを感じて生きているが、幻想としての戦争劇を意識すればするほど、日常の平和がもろくも崩れていく。私は、やっと演劇バカになってしまったようである。気持ちの良いノイローゼになってきた。・・・日常が幻想に見えてきたのである。
■6月5日(日)●稽古場にて「異風景」を思想スル(3)
沖縄へ!企画変更のお知らせ

昨年の11月より計画中の「星砂がくる海」8月26日(金)〜28日(日)沖縄公演が延期(?)になる。制作発表は6月15日の予定だったので今のところ対外的には支障はないが、劇団内部では企画のポシャリ(没)は大問題である。・・・・・責任は私がとる。
劇団の組織が有限責任の個人団体である限り、責任のとり方は代案の提出か、予算的自爆でも突き進むか、撤退するか?いずれにしても劇団内部では修羅場が予想される。
ともあれ、熊本公演(8月20日・21日)を成功させよう!
制作発表は6月15日(水)より。・・・・・災い転じて!熊本公演に向けてエネルギーを集中する。
■6月4日(土)●稽古場にて「異風景」を思想スル(2)
歌う戦争劇!オドル戦争劇!そして、おばぁは死者たちとともに生きてきた。戦後60年の今、生まれてもいなかった私たちが「戦争の歴史」の糸を手繰り寄せている。これは、沖縄のおばぁのオペラでもあり、暗黒のオドリでもある。
8月の沖縄公演が危うくなってきた。・・・理由は公演会場の候補地が決定しないからだ。県外での公演には現地の人たちとの連携が必要である。勝手に押しかけてできる良い方法はないものか。
今日の稽古の際に「沖縄でビデオムービーを作ろうか!」と提案してみた。
舞台メイキング(熊本公演)と実際の沖縄での風景や人々のナマの声などをクロスしたドキュメンタリーにしてみようか。思案中である。
上映会を前提に演劇公演とは違った形で「星砂がくる海」を記録していくことが可能であれば、その制作へ取り組もう。
急遽、6日(月)に制作会議で沖縄公演の対策を練ることにした。
■6月2日(木)●稽古場にて「異風景」を思想スル(1)
左の写真はオドリの一場である。しかし本番ではこのような光景にはなっていないであろう。アマイアマイ。
私は「無理難題」を言うことがある。・・・今日の稽古でも「母親による子殺し」の場で「人肉喰い」の夢を見ていた。
台本の交通整理が演出スルことだと思ったら大間違いである。お上手でした、ハイハイでは演出の仕事は務まらない。
せめて複眼レンズの目をもって、妄想や幻覚や錯覚を総動員しながら劇団員=役者たちと向かい合わなければ先が見えてこないのである。
戦争の残酷さを演劇で見せるとは、まさに<夢の暴力>を舞台上に転がしていかなくてはならない!・・・エロスとバイオレンスは演劇虚構世界では同居する。ならば、夢桟敷のかわいい女優人たちよ英霊=日本兵たちに喰われてみよう。
飽食の時代に飢餓を表現する困難さをアンチ・リアリズムで挑戦中!
■6月1日(水)●拠点劇場「熊本県立劇場」の可能性は。
夜、県劇で「熊本リージョナルシアター」(開催期間・2006.1.27〜2.12)の会議に参加した。
「リージョナル」とは「地域の・・・」という意味らしいが、これだけ情報化が発達し「地域の個性」が喪失している現在、改めて「地域」を見直すチャンスではある。
公募による地元からの3劇団による競演と北九州の「飛ぶ劇場」(ゲスト劇団は決定)、他にもワークショップなどの展開が予想される。
演劇関連の団体もようやく「地方」に注目しはじめたようだ。この数十年の「小劇場」は東京・名古屋・大阪の大都市集中が目立ってきたが、実は劇場の運営や管理の行き詰まりから各地方で変化が生じてきているのも事実である。
公共ホールの運営危機は「地域の文化志向」のバロメーターであるとも考えられる。
今回の企画は“演劇の現場”がどれだけの公共性をもって発信できるか、それも問われているような気がする。何よりもまず拠点劇場「熊本県立劇場」への使用と提案を急ぎたい。


発信型劇場へ
■5月30日(月)●「この劇はあと何十年続く?」夢現の未来劇へ!

夢現(ゆめうつつ)

「星砂がくる海」で主演の夢現について。・・・この劇ほど主役が鮮明なものは夢桟敷の26年の中ではない。これは夢現が70才を過ぎた頃に仕上がる、そんな計画の下に取り掛かっているからである。あと20年ちょっとは掛かる。ほんもののシワは増え、髪はぼうぼうと白髪になり、歯は抜け落ちている。「ひとり」で舞台を彷徨いながら戦争を語る「劇」を目指している。
この劇に取り掛かって5年。(実は1990年「アンドロイド伝説」公演、彼女が30代の頃からコラージュとして既に発表はされていたが・・・)夢現を脇で固めてきた若い劇団員たちも通算すると40名を超えた。そして今の劇団員たちも「劇」への理解と脇の重要性が深まってきた。最高潮と言える環境に達している。
夢現の扮する「おばぁ」は不死鳥に近い存在である。この5年で何度も死に、そして生き返ってしまう。「死んでは生き返る」物語として死者とともに行き続けていくのである。
1990年。熊本パルコの「命どぅ宝」展で金城実さん(彫刻家)やこの劇の原作者である下島哲郎さん(絵本作家)と出会い、今こうして「星砂がくる海」で舞台に挑戦し続けていることが不思議である。これは自分の意思だけでなく、夢現に与えられた宿命だとさえ思うようになった。
まだまだ時間の旅はつづく。まだまだ理解者は少数だろう。平和を語ることは簡単だが、<夢>のドキュメンタリーを劇でしかできないことをやろうとしている。日本の逆風=戦前化に耐えながら踏ん張る。

■5月25日(水)〜31日(火)までに●「夏のスケジュール決定します!」3
只今、6月のイベントスケジュールから7月の合宿計画、更に8月の公演に向けて会場と交渉中です。加えて「拠点劇場の企画」と台本3本作成中。コツコツやるしかない。
今月末に夏公演の発表を致します。もう、しばらくお待ちください。
5月25日・・熊本公演会場は2ツに絞られてきた。沖縄は「あしびなー」か?まだ変更の余裕はあるが決めたら実行しよう。明日の報告をお楽しみに!
5月26日・・会場を1ツに絞る。方法をテント(理想)にするか、箱の中(現実)か?世間ではどうでもいいことを本気で選択中。問題は制作費である。演劇は<無>から<有>を作り出す能力が問われる。もう慣れた。
5月27日・・6月・7月のスケジュールが決定した。8月の熊本公演はメドが立つ。後は沖縄へのスケジュールのみ。予算が!?いつものことである。あともう数人、策士が必要かも。
5月28日・・沖縄市「あしびなー」市民小劇場は無理であった。希望する8月の日程はほとんど空いていないのが実情である。ギリギリまで策を練る。沖縄は月よりも遠いのか?そんなことはない。今日と明日は放浪の稽古日。早く目的地を定めたい。
☆☆☆

■5月24日(火)●「夏のスケジュール調整中」2

熊本弁で「異風者(いひゅうもん)」を直訳すれば「変人」のことである。しかし、ニュアンスが少々違うように思う。方言はその地でなければ伝わらない微妙な味わいがあるものだ。東京で「アホ」と言われればハラが立つが、大阪では愛着を込めて笑って済ませられる。熊本弁の「異風者」は尊敬の念さえあるのではないだろうか。
今日は午後より西岡さん(乗馬クラブのオーナー兼劇団員&ダンサー兼舞台監督兼舞台美術管理者etc)と会う。光の森(菊陽町の新興商業地)で車検をしている間にイベントギャラリーで企画を練ったり、イタリアンレストランにて食事をした。
近々、彼の元所属していた「てんぷくプロ」(名古屋)に行くという。早速、名古屋情報をお願いした。できれば名古屋でも公演したいからである。
夏のスケジュールであるが、彼とはテント芝居で盛り上がってしまった。夢桟敷のテントをアジアの風にさらしたい。彼も又「異風者」であるか。夏に向けて更に煮詰めていこう。
←西岡卓の「特権的肉体ふんどし」・唐フェス(近大)で唐十郎役の登場。

■5月23日(月)●「夏のスケジュール調整中」1
今週中に夏の公演スケジュールを決定しなければならない。もうタイムリミットだ。8月6日〜16日までのイベントスケジュールで問合せがあったのは某所平和フェスティバル(県外)の1件のみで制作予算の折り合いがつかずに未だ返事をしていない。県内であれば日帰りで何とか都合はつくが、10名以上で行動するとなると、交通費や宿泊代だけでも資金はかかる。しかも、オンステージは30分までと聞いて、ほとんど出前芝居としては絶望的となった。 これまでは要請があれば何にでも応えて来たが、この夏は熊本公演と沖縄へ集中した方が良さそうである。その方向で今週中にスケジュールを打ち出そうか。8月20日・21日熊本公演/8月27日・28日沖縄公演。