
▲はじめに
☆掲示板
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------------ ■5月28日(月) お祭りは終わった。わたしは両日とも半日ずつしか出なかったけれど、しっかりと肉体疲労。「今度の会場はうちから近いんです。なんとバス1本で行けるんですよ」と人にやたらと自慢したのだが、そのバスは35分も乗ってないといけないし、バスが出る駅まではうちから歩いて30分あるのだ。ちっとも近くないじゃん…。 初日はシンポジウムに出た。会場で家津さん協会(仮称)の某くんと久々に会い、会うなりいきなり濃い家津さんトークを始める。彼とわたしが家津さんについて話し始めると本当にノンストップとなってしまう。特に今回は、彼が10月の大会のシンポジウムに、わたしがワークショップに、それぞれパネリストとして出るので、「こういうことを話そうと思うんだけど、どう思う?」とお互いに言い合って、「それは面白い!」と褒め合った。シンポジウムの前も終わった後も、人が部屋からいなくなるまで延々としゃべっているのだった。 2日めの今日は単発の研究発表へ。某先輩院生と別の先輩(はや准教授だ)の発表がそれぞれたいへん面白くて、質疑応答も良くて感心する。そのまま午後にシンポジウムも出たかったが翌日の予定がハードなので昼で終わりとする。バス停で20分もバスを待つ間にすっかり日焼けした。
■5月26日(土) きのうはタンポポ大学(仮称)での詩の読書会だった。フィリップ・ラーキンの 'Days' という短い詩をやった。そのなかに、 "Ah, solving that question / Brings the priest and the doctor" というフレーズがある。これは疑問を解いてしまっているのか、それともいま解こうとしているのかという話になった。わたしは内容からして後者だと思ったのだが、A先生は "solving" と 〜ing なのですでに解いたように感じられるとおっしゃる。ふ〜む。たしかに人と会うと初めに "Nice to meet you" と言い、別れぎわには "Nice meeting you" と言うものだし、〜ing には<終わった感>があるのだと頭では知っているのだが、読むときの感覚としてはわたしにはわからないのだ。身についていないということ。 ラーキンはイギリスで絶大な人気がある詩人だったが、最近になって出た伝記では彼が手紙で人の悪口を言ったり差別主義的だったり、はてはポルノ大好きで乱交を好んだり…ということが暴露されてしまい、ファンは大いにがっかりしているらしい。あはは。人間って複雑だよね。 なんて暢気に書いている暇があるのか、わたしは。月曜の予習も、MW読書会の準備もまだ終わっていない。論文はもちろんやってない。 しかし、今日と明日は年に一度のエイブンガクのお祭りの日なのである。会場はうちからバス1本で行けるところだ。ニコニコ大学(仮称)の院生たちは行く人は少なそう。きっと家でじっくり勉強してるんだろうね。わたしはお祭り好きなので予習も論文もほったらかして行きますよ。天気もいいし、楽しみだな。
■5月25日(金) きのうは一日中家にいた。2階に本を探しにいき、その本をベッドに寝ころんで読んでいたら、いつのまにか眠ってしまった。2時間も寝た。途中できいちゃんが心配してさがしに来て、わたしの脚の上にうずくまって寝てしまった。わたしは重い、重い、と思いながら寝ていた。夜も普通に寝たし、ちょっと疲れが出ているのかも。 読んでいたのは富山太佳夫の『文化と精読』。これは学部の授業のテキストだったのだが、当時は読んでもよく分からなかった。いま読むと、なんでこんな喧嘩腰なのかねぇと思う。すごく力が入っている。高山宏の本を読むと、楽しくなって「よーし、勉強しよう!」と思うのだが、富山本(特にこれ)を読むと、叱られているみたいでしょぼんとして、「はい…不勉強で申し訳ありません…」とうなだれる。 しかしお二人とも、世界の研究者を相手にしているのはよいのだが、いつも日本語で書いてばかりじゃせっかくの卓見が伝わらないんじゃないのかな。「わたしの本が読みたいのなら日本語を勉強して読めばいいのダ」と富山先生は言ってたけど。
夜、小津映画『お茶漬けの味』を見る。小津は相当に父権的な人だとこれまでもちらちら思っていたが、これはひどい。シェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』とか、オースティンの一連の小説とか、漱石の『虞美人草』とか思い出した。 この映画の食べ物についてひとこと言いたい。食事のときにご飯に味噌汁をかけてかきこむのがこの夫は好きなのだが、金持ち出身の妻はそれを嫌う。(この妻は徹底して未熟で思慮の浅いワガママ女として描かれる。)それと映画の最後に夜中に食べるお茶漬けを同じように考えないでほしい。お茶漬けはいわば非常時の食べ物だ。しかしふだんの夕食で、炊きたてのご飯に味噌汁かけてずるずる食べるのは、単なる不作法だ。ご飯に味噌汁かけて食べたいこの夫はやけに思慮深く、忍耐強く、いい人に描かれていて、小津は非常にずるい。「夫婦っていうのはintimateでprimitiveなのが一番いいんだよ。」と、(なぜか英単語をまじえて)やさしくおしえる夫。ああ、そうですか、ご飯に味噌汁かけて夫婦で毎晩ずるずる食べたらいい夫婦になれるというわけですね。(←こういうことを言う女に、小津的な男は静かに眉をひそめて「そういうことを言っているのではない…」と呟くのだ。) わたしが映画を作れたら、夫の役には下卑た演技が出来る貧相な俳優を使い、妻は上品でやさしい女優にして、同じ食事のシーンを撮りますよ。小津はほんとうにずるい。
追記: たぶん小津のこのような父権強調は漱石の『虞美人草』と同じで、新しい時代への危機感から来ているのだろうとは思う。だからintimateで primitive なもの、田舎の良さ、労働階級の良さ、軍隊の良さなどを映画で繰り返し使うのだろう。でもそれを夫婦関係に強引に持ち込むなといいたい。わたしの限られた経験から言って、長くつづいている夫婦というのは、たとえ外からはどちらか一方が甘えて一方が我慢ばかりしているように見えたとしても、実は双方が寄りかかっており、双方が支えているのだ。孫悟空が釈迦の手のひらの上を飛んでいたという話があるが、うまくいっている夫婦はどちらもお互いに相手の手のひらの上を飛んでいる。そしてそれをこっそりと感じている。もしもどちらか一方だけが孫悟空になっていて、一方だけが釈迦になっていたら、その夫婦は続かない。夫婦はお互い様。夫が味噌汁をぶっかけ妻がそれを嫌がるシーンがある一方で、また別のシーンが必ずあるのだ。一方しか描かないなら、その映画は不正直だ。
■5月23日(水) 日蝕の話をまわりの学生にしたら、見た人が2人、興味がないので見なかった人が2人、目を悪くしたくないので見なかった人が1人、寝ていた人が1人、そもそもそういう日蝕があることを知らなかった人が1人。まぁだいたいわたしの予想どおりの配分だ。わたしは興味がなかったグループです。 学校が終わったあと、雨の中を都内某所の蕎麦屋へ。何度も行ったことがある店なのに、おおいに迷ってしまい、同行した人には申しわけなかった。蕎麦屋で飲みながらいろいろ話す。いちおう退院した人の快気祝いということで。人生いろいろなので、がんばりましょう。他には小津映画の話とか、丸谷才一を擁護する話とか、学会で発表したあとに来たメールの話とか、M先生の初期の論文がとても良かったとか、そういう話をした。悪天候なのに(そして非常にわかりにくい場所にあるのに)相変わらず店は混んでいた。<蕎麦屋で飲む>シリーズは当分つづきそうな予感が。根津の蕎麦屋に行きたいのである。 今日は晴れ。からりとして気持ちいい。ここのところ最大限に手抜きしていた家事をがんばってこなす。なんちゃってデロンギやハロゲンヒーターもしまい、かわりに扇風機2台を出す。衣替え。シーツや布団カバーも替えて、洗濯機は2回まわした。これを「二毛作」あるいは「二期作」と呼ぶが、これができるようになると夏なのだ。
■5月21日(月) 久しぶりに普通の一日だった。午前の授業を受けて、ついでに博物館をちょっとのぞいて、午後はのんびり買い物をして帰った。帰宅してメールをチェックしても、もはや「修正しましたので至急確認してください」みたいなメールはないのだ。 裏の窓からきいちゃんが外界をウォッチングしていると、裏の家のお嬢さんが友だちと出てきて、「あ、猫だ!」と叫び、それからきいちゃんに向かってひとしきり猫の鳴き真似したり、犬の鳴き真似したりしてみせる。にぎやかだ。鳴き真似はなかなかうまい。裏のお嬢さんの方は「タメちゃーん!」と呼びかける。(あらあら、名前を知っているのか。でもそれはきいちゃんだよ。)そのうち別の窓にいた多鳴子に二人は気づき、「あれ! 2匹いるよ! おんなじ模様だ!」と叫ぶ。そーなのよ。とら猫2匹なのよ。最近増えたのよ。わたしはソファにねころんでいる。 気持ちのいい天気だ。庭のバラが咲き始めた。朝の日蝕のことはころりと忘れていた。相変わらず勉強しなくちゃと思っている。思いながら、何もせずにソファにねころんでるのは気持ちいい。 いろいろ、あれもこれもしなくちゃなぁ、と思いながら人生は終わっていくんだろうなぁ。
■5月20日(日) 土曜の特別イベントも無事終了。たいへんな盛況で、大きいホールが満員になり、立ち見も出た。最初の頃、準備をしているときに、「もしも満員になったらどうします? 立ち見が出たりして。ぷふふ」と冗談を言ってたのだが、本当になってしまった。クッツェーの講演のときだって満員にはならなかったのに。いったいどういう人がどうやってイベントを知ったのだろう。ツイッターでニュースが広がってはいたが、会場では若い人の姿は少なめ。中高年が多かった。京王線の駅でポスターがたくさん貼られたそうだけど、その効果なのか。それとももともとアイルランド好きが多いのか。 アイリッシュ・ハープの音が良かったと言う人が多かった。それと詩の朗読に先立って、家津さん(仮名)自身の朗読を音声で流したのだが、その独特の朗々とした読み方が意外に好評だった。「歌うような読み方でしたね。歌が好きだったのかしら」と言っていた人がいた。 とにかく特別イベントは盛況で、そのお客さんが博物館にも来てくれたので大賑わい。わたしの友だちも数名来てくれたので、ガイドした。夫もやって来て、面白いのやら退屈なのやらわからない反応を示していた。あるとき、中年の男性がわたしに質問したのでそれに答えたあと、「よろしかったらゲストブックに感想を書いてくださいね」と言ってみたら、さっそく目の前で書いてくれた。彼は、「オートマティック・ライティングの話が展覧会で出ていましたね…」と言いながら、いきなりぐるぐるぐるーっとデタラメな線を描き始めた。わたしは心の中で<頭がおかしい人なのか?>と、かなり焦ったが、それから彼は「子供の頃に左手で書くなといわれた」とか「朗読を聴いて涙が出そうになり」とか絵の横に詩のように書いていく。そのうち彼の身体がスイングしはじめ、本当にそれがオートマティック・ライティング風なのだった。いったい、どういう人なんだろう、名前もサインしてくれたのであとで判読したい。 学校近くの住宅街の小さなイタリアンで夫と食事。シャンペンを取ってお疲れ様の慰労会である。とにかくこれでイベント関係は6月の講演会を残すだけとなった。今朝はメールチェックしても受信はなくて、ああもう仕事しなくていいんだと思った。
■5月18日(金) イベント関係の作業はなぜかまだ続いている。なにせ「進化する展示会」なので、まだ進化しきっていなかった部分を進化させないといけないのだ。(平たく言えば、初日に準備が間に合っていなかったというわけである。)明日の土曜日はオープニング・セレモニーがあり、お客もたくさん来るので、それまでには完全に進化していないといけない。ここ数日は歴史専攻の某くんとわたしとN先生がメールを矢のように交換しながら資料を作っていた。日中はけっこうスムースに連絡を取合えるのだが、夜11時頃になるとわたしは就寝してしまう。その後、残ったふたりが相談しながら作業をつづけ、朝6時になってわたしが起き出してわたしの作業をして二人に送り、起き出してきた二人がまたそれを見て…という昼夜2シフト。お互いが何時に寝て何時に起きているのかまで分かってしまうような日々だった。それもやっと終わり。 今日は勉強会があったので学校に行った。ついでにまた会場に行ってみると、またまたお客が入っている。人気があるねぇ。箱根のポーラ美術館よりもよっぽど人が多いぞ。じっくりと見る年輩の人が多いようだ。高校生もグループで来てキャピキャピと見ている。ゲストブックには熱心な書き込みがある。中にはわたしが担当した日本受容のことについてコメントしてくれた人もいた(はぁと)。 帰りに学校近くの和食器屋さんに行った。ここのところストレスがたまっていたので、「おーし、買うぞ−」と勇んで行った。小鉢をふたつ、買いましたよ。嬉しいな。店ではちょうど企画展をやっていて、焼き物の作家おふたりがいらっしゃったので、イベントのチラシをお渡しした。すぐそこの大学の、博物館でやってますのでどうぞ! …って、どこまで営業熱心なわたし。 明日は特別イベント。天気も良さそうだし、楽しみだ。
■5月16日(水) なかなか忙しいです。今がピークかも。まだイベント関係の準備が終わってないし、こんなときにMW読書会もあるし、パネリスト云々も連絡してないし、論文はまだスタートさえしてないのに担当者から「状況を知らせてください」なんてメールで訊かれるし!
しかもこんなときに、きいちゃんの1歳のお誕生日が! きのう15日はきいちゃんの(仮)誕生日だった。町のコンビニの前で鳴いていたところをボランティアさんに保護された。人間の虐待に遭ったらしく、背中に怪我をしていたとのこと。これはボランティアさん宅での写真。
多鳴子とは、いやもう、ほんとにいろいろあったけど、強引に我が家になじんでしまったきいちゃん。毎日、元気いっぱい。うちに来たころはよく「こいつ、フェレット?」と言われていて、今でもまだ猫っぽくない。脚が長すぎて香箱組んでもいまひとつ猫らしくないのだ。
煮干しの頭でも何でもおいしく食べるきいちゃんですが、きのうは大好物のレトルトでした。ぺろりと平らげました。わたしと夫から「おめでとう」「おめでとう」と連呼されても、その単語を初めて聞く彼女はぽけっとしてました。
おめでとう、おめでとう、おめでとう……
■5月14日(月) 展覧会3日め。朝の授業の前にまた見に行った。同じ授業を取っているベケット専攻の人がちょうどいたので、一緒に見てまわる。その人はたいへんに感心していた。本当にいい展覧会になった。文学だって詩だって、こんな風な展示を見たら知らない人でもきっと親近感がわくと思う。同じようなやり方でジョイスとベケットもやってほしいなぁ。一緒に見たその人は、文学研究者が学問分野の外の人に対して情報を発信しようとする態度がとても良いと褒めていた。 大学内の博物館は通常土日は閑散としているのだが、最初の2日で80人も入ったそうだ。素晴らしい。実はまだ入り口で配布する小冊子が出来ておらず、これは今週中に仕上げることになっている。この小冊子、けっこう価値あるものになりそうだ(と、出来る前から自画自賛)。いっそ値段つけて売っちゃおうか?なんて言い合ってる。 ということで、論文がまだまだ書き出せない…。 今日はマグロのヅケの胡麻和え、豆腐味噌汁、蒸し鶏サラダ。いい天気だ。ビールを飲んでしまうだろうね。
■5月13日(日) きのうの夕方、夫と一緒にイベント会場に行ってみた。いよいよ初日である。行ってみると、照明もちゃんと入ったし、展示の欠けていたところも埋まって、前日の状態とは大違い。非常にいい! わたしは夫を仮想ゲストとして、入り口から「まず、これが年表。わたしがこっちの部分を作ったんだけど―」などと説明し始めた。だが、彼はそんなものなど全く見ない。「お、これ、もらっていいかな」と、「アイルランド観光案内」のパンフレットを取って喜んでいる。「それから、ここからは年代順の展示になっていて―」と更にガイドしようとすると、「そんなんいいから、あれ、どこにあるの? 早く見せてよ!」とのこと。「あれ」とは彼がスキャンした16枚の新聞記事である。それは会場奥の壁にプロジェクターで大きく映し出されているのだった。彼はそれを見て、「こんなに大きく映されると知ってたら、もっと細かに調整するんだったな」と言いつつ、けっこう満足そうである。「ほら、この線もきれいにまっすぐに整えたんだよ」とか。彼が反応したのはそこだけで、それ以外はどのコーナーを説明してもトンチンカンな反応ばかり。最後は「家津さん(仮名)って50代なのにそんな若い恋人がいたわけ。へー、いいこと聞いた。僕も頑張ろう」とのこと…。 わたしたちが入ったのは閉館の1時間前ぐらいだったが、学生1名と老紳士1名が先客だった。老紳士は熱心に展示物を見て、手帳にさかんにメモを取っていた。どういう人なのかなぁ。
学校への行きは、何駅か手前で降りて散歩がてら歩いて行ったのだ。本当に気持ちのいい天気だった。学校からの帰りも、電車に乗らずに渋谷まで歩いてみた。渋谷の道玄坂で小さいタイ料理屋に入った。どの料理もおいしく、さわやかな辛さ。しかし何気なく取ったソーセージが激辛で、10分間ほどふたりとも全く口がきけなくなった。燃える舌をただ口の外に出して空気にさらし、ときどきビールに浸すだけ。ただじっと我慢なのだった。久々のタイ料理に完敗。でもまた行きたい。
■5月12日(土) きいちゃんはコップと見れば、ゼッタイに手をつっこんでみる猫であるが、炭酸水が入っている場合はつっこまない。いま我が家にあるのは炭酸の強いウィルキンソン。これが入ったコップをきいちゃんの目の前に出す。すると鼻先をいったん近づけて、「こ、これは…。」 あとはじりじり後ずさりする。また近づけると、また後ずさりする。困った顔つきが面白い。 それにしても、もう1歳になるというのに相変わらず落ち着きのないきいちゃん。今朝も早くからちょろちょろと動きまわっている。リラックスしている多鳴子にとびかかっては怒られている。「多鳴ちゃんが1歳の頃はこんなじゃなかったよねぇ」と夫と言い合う。この子はおばさんになっても、おばあさんになってもちょろちょろしてるんじゃないだろうか。
朝のうちに庭の草取り。庭に生える雑草もだんだん様変わりする。今年は豆科の雑草が幅を利かせている。タンポポは毎年むしり取っているせいか、ひょろひょろとひ弱になってきた。と思えば、突然に「木」が生えている。玄関に植えてある木と同じなので、種が飛んで新たに生えてきたんだろう。バラは夫が言うには今年は開花がたいへん遅れているとのこと。ユリちゃんもだいぶ伸びてきた。我が家では百合はなぜか「ちゃん」付け。
きのうは読書会もあったのだ。Nゼミのメンバーでやる読書会は新鮮だった。わたしはもうちょっとアイルランド文学を真面目に勉強した方がいい。特に批評史に疎いのだ。読まなければと思う本はどんどん買っているのだが読む時間が取れていない。勉強不足を痛感すること多し。この状態、なんとかしなくちゃね。(と言いつつ、明日からは論文書きなのだ。)
■5月11日(金) 昼から学校へ。イベントは明日からなので、今日は最後の追い込みである。「進化する展示会」を目指しているため、まだいろいろと足りないところがある。来場者に配布する小冊子がまだ出来ていない。入り口の挨拶文(の翻訳)が出来ていない。DVDの日本語の説明が出来ていない。等々。でもわたしが担当するところは、最後の修正をすべて博物館の方に伝えた。わたし関係はこれで終わり!(のはず。)ぐるっと見渡すと、どこもかしこも家津さん(仮名)ばっかりですごい。嬉しくなって、「なんかすごく楽しいです!」とみんなに言ったら、N先生も「そうですよね、楽しくなってきました」。すると博物館の人が苦笑いして、「それはランナーズ・ハイみたいなもの。疲れすぎなんですよ」と言うのだった。 夕方帰宅してメールをチェックしたら十数通も来ているのでびっくりした。ここ何週間かはメールの受信は即、何らかの作業を意味した。この期に及んでまだやることがあるのかとびくびくメールを開くと、数通は電車の遅延通知、数通はアマゾンからの連絡、そして数通は間違って同じメールを何度か送信した人がいるのだった。 英文の劇評ももう出したし、これでやっとひと息つけるぞ。今晩はカンパリでもすすりながら、村田喜代子を読もう。この人、かなり好きかも。『雲南の妻』が終わって、いまは『百年佳約』を読んでいる。素敵な題名だ。
■5月10日(木) まだまだ終わらないイベントの準備…。 歴史専攻の人と組んで年表を作っているのだが、粘り強く情報を盛り込んで完全な年表にしたいと願う彼と、めんどくさいから簡単なものでいいですよ入り口の年表をそんなにじっくり読む人なんかいないし、とする投げやりなわたしのコントラストがくっきりと際だつ事態になっている。やっと出来たものを先生に送ると、また先生がじっくりとチェックして訂正を入れてくる。研究者にはじっくりと粘る人が多いのだ。そうでなければいけない。 そして、今は明日の緊急勉強会の準備をしている。これもイベント準備の一環。今日は夫が仕事から早く帰って来るらしいし、晩ごはんも準備しないといけないし、なんか一杯やりそうな予感もあるし、とにかく時間がないので焦ります。焦るー!(と言いながら日記を書いてる。これは病気だから。)
■5月9日(水) 今日は朝からすごく集中できた。どれぐらい集中したかというと、朝一番で洗濯機をまわしたのにそれを思い出したのが夕方だったぐらい。くしゃくしゃになったTシャツ、ズボン…。だが自分がやるべきことはだいたい今日で終わった。あとは微修正のみ。 きのうの「あんた、パネリストやらんか」云々。昨夜、事務局長さんから電話があり、到底ダメですからと必死に抵抗したのだった。しかし、ああ、きっぱりNOと言えない性分のわたしは「2,3日考えますけど」と答えてしまった。でもゼッタイ出来ないんだから。どう考えてもこの作品だけは無理だから。安請け合いは怪我の元! ところが、ソファに寝ころんで問題の詩をにらんでいたら、ちょっと思いついたことがあったのだ。ふむ…。ひょっとして、これは面白い切り口かもしれない…。 しかし、調子良く引き受けてあとで苦しむことがないように、よくよく考えるべきであろう。10月の自分が5月の自分を激しく恨むことがないように。
今日の夕食、豚肉のショウガ焼きにタマネギとブロッコリーのソテー、油揚げとネギの味噌汁、冷凍していた鮭の炊き込みご飯。蕪の糠漬。最近、部屋に糠漬の匂いがいつもしているような気がして気になる。気温も上がって、発酵が進むのが早い。酸っぱい古漬けになってしまい、「僕、これ苦手!」と言われて泣く泣く捨てること多し。
■5月8日(火) イベントまであと4日。まだ残っている作業があるのだが、大きいものはだいたい終わってしまったので、急に残りが面倒になっている…。 こういう展覧会って、スタート時は間違いがいろいろ発見されるものらしい。それを直したり、遅れていたものを途中で付け加えたりするのはよくあることです、と博物館の担当者。「それを我々は『進化する展覧会』と呼びます」と言って自分でワハワハワハと笑った。聞いていた人たちがあまり笑わなかったのがちょっと気の毒。わたしは大いに笑いましたよ。 月曜は授業と夕方の読書会の間の待ち時間に大学を脱出し、前から行きたかった骨董の器の店に行った。悩みに悩んで、四角い染付けを2枚買った。ごく安いものだけど、ああ、久しぶりの買い物だったのだ。ちょっとストレス解消した。 今日はイベントのポスターとチラシを持って行く。大きい図書館と小さい図書館に「ポスター、貼って下さい」とお願いし、チラシも置いてもらう。M先生の授業でも説明して、チラシを配布した。
別件。某協会から「あんた、次の大会でパネリストせんかね」というメールが来た。若手を一人ほしいのだそうだ。そりゃ若手ですけど、でも博士課程3年なんて若すぎないのかな。それにテーマがあんまり得意でないものなのだ。どうしよう。断ってもいいものかね。ワガママ? 自爆覚悟でやるべき?
■5月6日(日) GWはこれで終わるのか。最終日もやっぱり原稿を書いたり直したりしていた。気がつけば、明日の授業の予習を全くしていなかった。今からせねば。 夫も連休途中で一度川釣りに行っただけで、あとはずっと家にいた。他には庭木の成敗をワイルドにやってのけ、勢いに乗ったついでに自分の前髪までワイルドに散髪してしまい、「どうしよう、これで会社に行くのか」と慌てている。 連休がこれだけで終わりだなんて悔しいので、最終の夜はうちでシャンペンを開けることにした。シャンパンにはイチゴ。ご存知、プリティ・ウーマンの取合わせである。ずっとうちにいて、文章を書いてばかりの連休だったけれど、それほど不満だったわけでもない。たまにはこんなGWがあってもいいかも。(でも夏休みはもっと遊びたい…。)
■5月5日(土) 連休の最後から2日めにやっと天気になった。ぎらぎらと照りつける太陽は美空ひばりみたい。昼前に散歩に出て、途中ハンバーガー屋でランチ。ここはアメリカ帰りの某くんが勧めてくれた店である。思い切りアメリカンな雰囲気で、味もまずまずだった。駅前で買い物して帰る。午後は晴天すぎて庭木の成敗も出来ないと思っていたのだが、それまで昼寝していた夫が急にむっくり起き上がって、「これからやる」と宣言した。仕方なくわたしも落とした枝葉を拾う作業をすることに。電気ノコギリという武器を持ち、ワイルドな気分になった夫がすごい量の枝葉を切り落とした。夕方、終了。 本日はやっと劇評を書いた。きのうはソファで一日唸っていただけだが、今日はわりとすらすらと書けた。英語を推敲しないといけないのだが、N先生からまた指令が出たため、明日もイベント関係をやることに。早めに終えて草取りもしたいものだ。なんというゴールデン・ウィーク。遊ぶことは全くなかったが、集中して作業が出来たということを喜ぶべきか。
玄関でピンポンが鳴って、出てみるとお向かいの老婦人だった。数年前に引っ越してきたときにご挨拶したきりで、その後はまともにお話ししたことがない。彼女は手にメモ用紙と筆ペンを持っていて、ゴミ出しの曜日を教えてほしいと言うのである。教えて差し上げたが、どうも事情がよく分からない。彼女はさかんに「嫁が意地悪で教えてくれない」とか「嫁に蹴られて怪我したんですよ」とか言うのだ。ちゃんとした会話ぶりだったが、ひょっとして痴呆が入っているのか。そうではなくて単に嫁と仲がすごく悪いだけなのか。数時間後にまたお会いしたとき、丁寧にお辞儀して「さきほどはありがとうございました」とお礼を言われた。すぐ目と鼻の先に住んでいる人なのにひどくミステリアス。ああ、老婆はミステリアスだ。村田喜代子の小説を思う。 夜は炊き込みごはん、いさきの卵と筍の煮付け、たまご豆腐、ウドとキュウリのサラダ。
■5月4日(金) こないだのザーザー降りの日に酔狂にも園芸屋に行って花を買った。雨がやんだのでやっと今朝花を植えた。園芸屋で植物を買うのは楽しいけれど、植えるのは面倒だといつも思う。すでに花が咲いている植物も多くて、猫の額の庭はたいへんカラフルだ。 村田喜代子の『雲南の妻』をゆうべ読了。中国茶の話がたっぷりと書かれているので急に飲みたくなり、うちにある中国茶をいれた。この小説で、お酒に対する中国茶は、異性婚に対する同性婚と重なっている。この小説を読むと、こないだ読んだ『蕨野行』の印象が少し変る。 中国つながり、というわけじゃないけど今晩は近所の中華料理屋へ行くのだ。この連休、何にも特別なことをしないでずっと家にいたから、一度は豪華に食事をしようということになったので。
ねむい多鳴子
ところで劇評を書くためのウォーミングアップに文章を書きました。こないだの交通事故の日の出来事です。長いのでこちらに畳みます。(ええ、手動です。)
■5月3日(木) イベントまであと9日。今日も関係者のメールが矢のように飛び交う。解説文を直したり、直してもらったり、お礼を言ったり、言われたり、非常に忙しい。わたしが書く文章は平仮名が多いらしく、それがどんどん漢字に直されて帰ってくる。わたしとしてはわざと平仮名にしてあるんだけど、こう直されるとまるで漢字が書けない人みたいでカナシイ。 イギリスの新聞をデータ化。これは夫がやってくれた。1枚を半分ずつスキャンして、それを合わせてA3にする作業を上手にやってくれた。こういうことができるんだから、東北の被災地の汚れた写真を修復するボランティアをやればいいのになぁ。でも「ボランティアなんて興味ない」と夫は言うのだ。 横浜でも津波で汚れた写真を修復するボランティア・グループがいて、わたしは一時はそこに参加することを考えたのだが、おっそろしく手先が不器用で、かつ電子機器も扱えない自分には無理だと諦めた。次いで、東北へのボランティア旅行に参加することも検討したが、大型長距離バスで往復というのは閉所恐怖症のわたしには無理だと諦めた。更には、ニコニコ大学(仮称)から現地の子供たちに勉強を指導しに行くボランティアがあると聞いたのだが、わたしに教えられるのは英語だけだから、あんまり役に立たないだろうと思い、やはり諦めた。最後にこないだの岩手旅行になった次第。とりあえず観光客として行くだけでも行かないよりはマシだろうから。 閑話休題。もうイベント関係はここまでにして、4月に見た芝居の劇評を書かないといけないのだが、なっかなか気持ちが切替えられない。泉さん、すっかり遅れてしまってすみませーん。 けっきょく雨のために家から一歩も出ず。昼は筍煮、桜海老ごはん、小さいブリの照焼き。夕食は筍(とホタテと海老)のスパゲチ。筍はまだまだどっさりある。
■5月2日(水) きのうは連休の谷間。授業があったので学校に行ったが、電車は非常にすいていた。丸ノ内線なんかガラガラ。長い連休を取っている勤め人が多いんだなぁ。いいことだよ。どんどん休もう。授業に出てみると、こちらも休んでいる学生がいて人数少なめ。 最近は二猫が朝の4時ごろから春季大運動会を開催するようになっている。人間たちの枕元をすごいスピードで走り抜ける。「がおがお!」と取っ組み合いの喧嘩つきだ。勘弁してくれ〜(涙)。目が覚めてしまってもう眠れないので、今朝は6時から作業を開始した。今日は年表作成のつづきと他の人の解説文のリライト。他の人たちからも担当作業について連絡が次々に来る。わたしは昼に2時間ほど外出していたが、帰宅したらたくさんのメールが来ていて驚いた。外出前にわたしが投げかけた疑問が外出中にちゃんと解決されていた。展示会オープンまであと10日。
大きな筍がふたつ配達される。また筍の日々になるのだ。
ゆうべは小津映画「東京物語」を見た。尾道に住む老いた両親が東京の子供たちの家を訪ねて、最後は尾道に帰るのだが、そこで母親の方が急死する話。わたしにはかなり堪える話だった。戦死した息子の嫁(原節子)に父も母も「血がつながっていないあんたが一番よくしてくれたねぇ」と感謝するのだが、それは血がつながっていないからこそ出来たのですよ。 尾道からずーっと鉄道で東京まで来て、また東京から大阪経由で尾道に帰る老夫婦。その直線の移動が印象的。ちょっと漱石の『坑夫』みたいな移動だ。これも巡礼か。
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前月の出来事 さよならを言うことは… 文庫本掲示板 (終了しました!)
開始日:2001年5月10日
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