| 森のイスキア |
![]() 寄贈された鐘 |
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![]() 岩木山 |
| 森のイスキア誕生まで | ||
| 森のイスキアを主宰する佐藤初女さんは、「奉仕のない人生は意味がない。奉仕には犠牲が伴います。犠牲の伴わない奉仕は真の奉仕ではない。」という神父様の言葉に心を揺さぶられ、特別な能力も経済力もない自分に、何ができるか?と考えながら歩いていた時、「私には心がある。心だったら汲めども汲めども無尽蔵にある」と突然ひらめき、この気づきから森のイスキアへと続く道の第一歩が始まりました。 '83年、自宅を「弘前イスキア」として開放し活動を行っていましたが、10年ほど活動を続ける中で訪れる人が増え、森の中に憩いの場、やすらぎの場をつくりたいと夢見るようになります。この想いが、初女さんを母のように慕う人達の思いによって叶えられ、'92年「森のイスキア」が岩木山の麓に完成しました。 |
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「イスキア」の名の由来 |
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| 「イスキア」はイタリアの南西にある火山島の名前で、この島にまつわるエピソードにちなんで「森のイスキア」は名づけられました。 ナポリの大富豪の子息で、美しく教養の高い青年が、地位も財産にも能力にも恵まれ、何不自由なく生きていました。ある夜彼は愛する美しい娘とボートで湖に漕ぎ出しました。娘が彼の愛を受け入れ、満ち足りた思いに至ったその瞬間に、彼はどうしようもない虚脱感と倦怠に襲われました。それ以後何もかもが退屈で、何もする気持ちになれなくなってしまった彼が、ふと思い出したのは、少年時代に父親に連れられて訪れたイスキア島のことでした。彼は「みずみずしい感性で、すべてのものに好奇心を持ち、生き生きとしていた自分をもう一度取り戻したい」と願い一人イスキア島に出かけます。今は廃墟となって誰も住む者もいない島の真ん中あたりに教会があります。青年はその一角にある司祭館に住むことにしました。地中海に浮かぶイスキア島から眺める風景は静寂に包まれ、夜になると塔も城壁も月光を浴びて光り、一幅の絵のような美しさでした。この美しい風景を眺めながら、青年は自分自身を見つめ、新たな力を得て現実の生活に立ち戻ることができるようになりました。 この物語から、どうにもならない心の重荷を感じたとき、そこへ行けば癒され、自分を見つめ、新たなエネルギーを得ることができる、そんな場所になってほしいとイスキアと名づけられました。 のちに分かったことですが、イタリアのイスキア島と森のイスキアは、ほぼ同じ緯度にあり、共に温泉があり避暑地ということです。 |
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![]() イスキア号 |
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![]() 温泉 |
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