間人蟹旅行

2005年1月20日〜21日


gekoしゃんよりyuiママへの1本の電話からが始まりでした。

「どこか、旅行しない?」
冬なら日本海の蟹・・・・・・
この言葉にyuiは反応してしまったのでした。^^
同じ食べるのなら話題の「間人蟹」でもいってみるか・・・・
ってことで旅行は「間人(たいざ・・・と読みます)」に決定!!

さ〜〜〜、今度はお宿探し。
たまたまネットで探していたら、某TV番組●●サラダで放映された
旅館が出ていたので、そこに決定^^
12月に予約してから当日までの待ち遠しいとこ(笑)

年も明け、いよいよ旅行の当日がやってきました。

新幹線に乗ってgekoしゃんが京都へ
1日2本しか運行されてない「タンゴディスカバリー」に乗り込むまで
少し時間があったので、お茶でも・・・・・・
その時に、ある事が判明したのでした・・・・・
旅行にはカメラがつき物。今回はgekoしゃんが一緒なのでyuiは荷物になるので
カメラを持っていかなかったのでした・・・・

  yui「デジカメ持って来た?」
  geko「持ってきたよ〜〜・・・あ・・・メモリースティック忘れた」
yui「・・・・・・・・」
geko「PCに入れて充電したまま抜くの忘れてた・・・」
yui「・・・・・・・・」

かくして、今は懐かしい響きとなった「使い捨てカメラ」なるものを
買って、旅行のはじまり〜〜〜となりました。
今回の写真は、携帯のカメラで撮影したので、画像が良くないのが残念

そうそう・・・・ここで「間人」の読み方について簡単に説明を・・

6世紀の末、蘇我氏と物部氏との間に争いが生じました。 用明天皇のお后で聖徳太子の聖母の穴穂部間人皇后(あなほべのはしうど)は、乱を逃れるために当時「大浜の里」と呼ばれていたこの地に逃げてこられました。やがて争いも治まり、皇后は大和の斑鳩にお帰りになることになりました。 大浜の里を離れるとき里の人々の手厚いもてなしに感謝された皇后は自分の名を取ってこの地を「はしうど」と名づけられました。 ところが、里の人々は皇后のお名前を口にするのは恐れ多いとして、大浜の里を「退座」されたのにちなみ、「間人」と書いて「たいざ」と呼ぶようになったということです。



タンゴディスカバリー
1日2本はチョイ苦しいな(笑)
昭恋館
よ志のや
なんと、1cmくらいのあられが降ってきました
何故か・・・・・
サザエ最中(笑)
お風呂(パンフレットより)
とても涼しいお風呂でした(笑)
お風呂の中にストーブが・・
子供の顔ほどの甲羅
そこにはたっぷりの蟹味噌
もう最高( ̄ー+ ̄)たらり

たっぷりの蟹味噌を
パクッ!!!
最高!!
チョット焦げたけど・・・
香ばしい中に、蟹の甘さが〜〜
プリプリトロトロ
口に広がるこの感触
甘〜〜〜〜い( ̄个 ̄) フォッフォッフォ
蟹・・・いらん・・
お腹いっぱい(T^T)
蟹は冷凍でお土産に変身
まだお料理が出てくる・・
ここまでくると蟹の拷問や(T^T)
それでも食べた
蟹雑炊
食後にデザートまで
もうアカン
車窓から
一晩で変身
一面真っ白
雪景色をみつつ
一路京都へ
3時間のタンゴディスカバリーの旅




綺麗に写真がとれてなくて、ちょっぴり残念
美味しかったカニさん
でも、程々が一番かも・・・(笑)

間人へ行くときは疎らな雪だった同じ景色が
一晩ですっかり様変わり
これも、日本海側の冬ならでわの光景です

あっという間の1泊2日
よく食べて、よく笑った旅でした
今度は海外旅行へ行こうね。gekoしゃん、yuiママ^^


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