2.「慰安婦」はいたが、「従軍慰安婦」はいなかった?


 これもネットでよく目にする言説です。この言説は、「慰安婦はただの民間の売春婦に過ぎない。従軍だったというのはウソである」との認識が前提になっているようです。
 資料を見ていきましょう。
 先ず、1938年の陸軍省の通牒を再び提示します。

軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件
起元庁(課名)兵務課

陸支密

副官ヨリ北支方面軍及中支派遣軍参謀長宛通牒案支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為、内地ニ於テ之カ従業婦等ヲ募集スルニ当リ故ラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ或イハ従軍記者、慰問者等ヲ介シテ不統制ニ募集シ社会問題ヲ惹起スル虞アルモノ或イハ募集ニ任スル者ノ人選適切ヲ欠キ為ニ募集ノ方法、誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等注意ヲ要スルモノ少カラサルニ就テハ将来是等ノ募集等ニ当リテハ派遣軍ニ於テ統制シ之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ其実施ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連繋ヲ密ニシ、以テ軍ノ威信保持上並ニ社会問題上遺漏ナキ様配慮相成度依命通牒ス

                           陸支密第745号 昭和拾参年参月四日 

                                                                     (吉見義明編『従軍慰安婦資料集』105〜107頁)                                   

 当時の陸軍省の公文書の表題に「軍慰安所従業婦」とはっきりあります。
 従って、 「軍慰安所従業婦」と呼ばれる人達が存在したことは間違いないでしょう。「慰安婦」とは、この「軍慰安所従業婦」の略称であったようです。
 「慰安婦」と呼ばれた人達が売春に従事していたことは事実ですが、売春に従事していた人全てが「慰安婦」と呼ばれたわけではありません。軍が「軍慰安所」という自分達のための売春施設を設置し、そこで売春に従事する女性のことを「軍慰安所従業婦」(略称「慰安婦」)と呼んでいたようです。(軍慰安所設置以前に「慰安婦」という言葉はなかったようです。)
 即ち、「慰安婦」という言葉に既に「従軍」の意味が含まれていると言えるのです。

 それでも「『従軍慰安婦』という言葉は当時なかった。だから『従軍慰安婦』という言葉は使いたくない」と仰る人がいるかも知れません。
 それなら、「軍慰安所従業婦」という当時の公文書に出てくる公式の名称を使えば良いのではないでしょうか。「従軍慰安婦」の「従軍」などという曖昧な言い方より「軍慰安所従業婦」の方が軍との関係がいっそう明確になるという気がしますが。

 なお、当時使われた名称の問題については次のような資料もあります。

内務省警保局『外事警察概況』昭和17年版(254〜256頁)

五、邦人渡支阻止状況
      (略)
  渡支邦人身分証明書発給拒否理由調
拒否廳府縣名 被拒否者住所氏名年齢 拒否理由
(略) (略) (略)
香川縣 高松市××
 藝妓 ××
      當十七年
 同  ××
      當十六年
河南省開封市軍隊慰安婦として渡支せんと出頭せるが、慰安婦の業態を知らず且年少にして身心
発育不完全なる為本年九月之を拒否。
(略) (略) (略)

 このように「軍隊慰安婦」という名称は当時の公文書に存在するようです。*この資料は秦郁彦『慰安婦と戦場の性』360頁でも紹介されています。
 では、「慰安婦」の法的身分はどのようなものであったのでしょうか?
 これについては、次のような資料があります。

在サイゴン鈴木六郎支部長代理『仏印ヨリ内地、満洲国、支那、「タイ」向旅行許可ニ関スル件』(1943年2月8日付)

極秘

昭和18 二八〇 暗 西貢 二月八日前発 

              本省  八日後着

  青木大東亜大臣

第一〇号


今般南方軍総参謀長ノ名於テ当地軍ニ対シ仏印ヨリ内地、満洲国、支那、「タイ」ヘノ軍人、軍属以外ノ旅行許可ハ爾今大使府ニ於テ与ヘラレルヘキ旨電報アリタル趣ヲ以テ当地軍側ヨリ当方ニ聯絡越セルモ軍従属者(御用商人、飲食業者、慰安所従業員等)ニ対シ当方ニ於テ其ノ旅行ノ際旅券又ハ国籍証明書等ヲ許与スルコトニ疑義アリタルヲ以テ本省ニ稟請スルコトトシ一応返答ヲ留保シタル処
〔以下略〕

                                                           (吉見義明編『従軍慰安婦資料集』147〜148頁)
在ハノイ栗山茂事務総長『軍従属者ニ対スル旅行許可ノ件』(1943年3月10日付)

極秘

昭和18年 三二九七 暗 河内 三月十日後発

                本省 十日夜着

       青木大東亜大臣
                                  栗山事務総長
第二一二号

   (軍従属者ニ対スル旅行許可ノ件)

貴大臣発西頁宛電報第四三号及西頁発貴大臣宛電報第一六二号ニ関シ
軍従属者ノ現地解除後ニ於ケル身分ノ変更ニ関シテハ従来確タル原則ナキ処事情ヲ見ルニ便宜上軍従属者ノ資格(例ヘハ御用商人、慰安所員、酒保員等)ヲ取得シ軍ト共ニ或ハ現地軍呼寄ニ依リ入領セル者ニシテ其ノ後軍従属者ノ資格ヲ離脱シ軍発給ノ証明書(軍紹介状又ハ呼寄証明書等)ヲ当府ニ提示ノ上一般邦人トシテノ旅券若クハ国籍証明書ノ下付ヲ願出ツル次第ナリ然ルニ
〔以下略〕

                                                                              (吉見義明編『従軍慰安婦資料集』149〜150頁)


 これらの資料から、少なくとも1942年時点で南方に渡った慰安婦については「軍従属者」の身分だったことが分かります。「従軍の慰安婦はいなかった」との言説は明らかな間違いだと言えるでしょう。

 なお、この「軍従属者」とは何かにについては以下の「作戦要務令」(1938年9月29日制定)を参考にしてください。戦地における憲兵(即ち野戦憲兵)の取締対象について、軍人・軍属とともに軍従属者が挙げられており、このことから戦地に派遣される軍隊は、軍人・軍属とともに軍従属者によっても構成されていたことが分かります。

作戦要務令 第三部

第7篇 憲兵
 
  第280
      憲兵は戦地に於いて軍の任務達成を容易ならしむるを主眼とし、概ね左の任務に服するものとす
        1. 軍機の保護
        2. 間諜の検索
        3. 敵の宣伝及び謀略の警防
        4. 治安上必要なる情報の収集
        5. 通信及び言論機関の検閲、取締
        6. 敵意を有する住民の抑圧
        7. 非違及び犯則の取締
        8. 酒保及び用達人等、軍従属者の監視
        9. 旅舎、郵便局、停車場等の監察
      憲兵は前項の外、臨機の任務に服するものとす
 
   第281
      高級指揮官は憲兵をして遺憾なく其の特性を発揮せしむる如く、之を統一して使用するを通常とす。状況に依り、其の一部を部下指揮官に配属し、又は区処せしむること
  あり
 
   第282
      憲兵部隊長は高級指揮官の企図に基き、作戦の推移、軍隊の配置及び行動、治安の状況等を考慮し、憲兵の服務の重点を確定し、之を部署す
      憲兵部隊長は其の主管事項に関し、高級指揮官の諮問に応え、且つ適時意見を具申するものとす

  第283
      憲兵は常に各部隊と緊密なる連繋を保ち、軍の必要と戦地の実相とに即応する如く任務を遂行し、特に軍人、軍属、及び軍従属者の非違及び犯則の取締に方りては之  が警防及び処理を適正にし、各部隊の軍紀確立に協力し、以って軍の威信発揚に遺憾なきを期せざるべからず

   第284
      憲兵は軍人、軍属の非違を認めたる場合に於いて、同級者以下に対しては直ちに之を矯正し、上級者に対しては其の旨を告げ、要すれば所属部隊、官等級、氏名等の  告知を受け、其の顛末を所属上官に通報するものとす

   第285
      軍隊及び軍人、軍属は、憲兵より援助の請求あるときは任務に支障なき限り之に応ずべきものとす

    第286
      憲兵の勤務上の越権を矯正し得るは、憲兵将校及び其の所属上官の外、佐官以上ならびに中隊長及び之に準ずる職務を有するものとす

    第287
      憲兵の分遣隊長以上の部隊長は、状況特に之を要すれば、其の地に在る部隊の高級先任の指揮官に対し、補助憲兵配属の請求を為すことを得。此の際、請求を受け   たる指揮官は、状況の許す限り之に応ずべきものとす
      補助憲兵は憲兵の指揮下に在りて其の勤務を補助するものとす
      補助憲兵は白地に赤色を以って「憲兵」の二字を記したる腕章を左腕に纏うものとす


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