
| 日本を評価しない人々 |
世界が「日本の戦争」をどう見ているのか。
これに対しては、一面的な「回答」は難しいでしょう。国により、あるいは個人により、さまざまな「見解」がありえます。
しかし少なくとも、世界中が「大東亜戦争」を褒め称えている、と断言したとしたら、それははっきりと「ウソ」です。しかしネットには、このような声のみを集めて、あたかも世界中が「日本の戦争」を評価しているかのようなイメージをつくっているコピペをしばしば見かけます。
某掲示板で、私の前に、何の脈絡もなくこのようなコピペを並べてきた方がいました。こちらも遊び半分で、「日本を評価しない」声だけを集める、という、意地の悪いお返事をしてみました。
この「お返事」を、こちらに収録します。読者の方には、「評価」の声だけを集めるのは極めて一面的であり、世界には多様な見解がある、ということだけご理解いただければ結構です。
中にはバー・モウのように、「一面評価、一面否定」のような方もいますが(バー・モウは日本軍政への「協力者」でありましたので、「評価」の側面があるのは当然のことでしょう)、「大東亜戦争万歳」派を見習って(笑)、「否定」の面だけあえて強調します。
※念のためですが、私は、世界が「日本の戦争」に否定的評価を持っている、と主張しているわけではありません。「万歳派」の手法を使えばこんなこともできてしまう、という「遊び」です。
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タゴール(インド) 1924年6月 |
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ラウレル(フィリッピン) |
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バー・モウ(ビルマ) |
| 孫文(中華民国) 1924年11月14日 諸君日本人は、今後世界文化の前途に対して西洋覇道の犬となるか、東洋王道の牙城となるか、それはあなたがた日本人が慎重に選ぶべきである。 (大江志乃夫『張作霖爆殺』 P61-P62) *北京に向かう途中、神戸に立ち寄った際の演説。 |
| リー・クアンユー(シンガポール) 私は、日本から多くのことを学んできたが、一方で率直に批判もする。とりわけ戦争中の行為への謝罪に明らかに消極的な姿勢を問題にする。過去を清算し、将来への新たな一歩を踏み出すべきだ。 (『リー・クアンユ回顧録』 まえがき) *元シンガポール首相。 |
| リー・クーンチョイ(シンガポール) 日本軍のシンガポール占領は、苦しめられた者には簡単には忘れられない悪夢だった。五千万ドルと二万人の命が支払われたのだ。 (『南洋華人』P110) *1984年より駐日シンガポール大使。 |
| トゥンク・アブドゥル・ラーマン・プトラ(マレーシア) 日本占領下の三年間、我々が耐え忍ばなければならなかった数々の苦難のために、日本に対する恨みは根強く、国民の感情は敵しかった。 数多くのマラヤの住民とその連合軍が殺されたのであるから、あの占領時代のことを忘れるということは無理であった。もう一〇年以上も前のことであったが、日本軍の専政とその残虐な行為は我々の心から消えることはなかった。 (『ラーマン回想録』P214) ※マレーシア連邦初代首相。 |
| サイナル=アビディン=ビン=アブドゥル=ワーヒド(マレーシア) 日本は東南アジアのいくつかの国々に対して、新秩序実現のあかつきには独立を付与するとの約束を与えた。ところが、日本はマラヤに対しては将来の独立を認めようとしなかったのである。 これは、日本がマラヤをむしろ日本の植民地ないしは原材料の供給地とみなしていたためであろう。(P183-P184) 大東亜共栄圏構想も、戦争初期の段階では、西欧植民地勢力による経済的搾取を民衆に意識させるのに役立ったことは確かであるが、日本は当時、戦争の遂行に全力を傾注せねばならない立場に追い込まれていたため、実際のところ、構想を具体化するだけの余裕をもちあわせてはいなかった。 それに、もし機会さえ与えられれば、日本自身が西欧勢力に劣らず搾取の牙をむきだすこともまた考えられないことではなかったのである。 (P193) (ワービド『マレーシアの歴史』) ※マラヤ国民大学教授。 |
| ワン・グン・ウ(マレーシア) 我々をムルデカ(独立)に導いたのは日本ではないし、日本が我々の解放や独立を望んだわけではない。 (日本は)アジアの強い願望を無視することによって、アジアの指導者になるという輝かしいチャンスを逃した。 (ポール・H・クラトスカ『日本占領下のマニラ 1941-1945』P396) ※元マラヤ大学歴史学部長。 |
| ミルトン・オズボーン(オーストラリア) 東南アジアヘの日本軍のすみやかな進撃は、白人優位の神話を打ち砕き、東南アジアの人々に、手短かにいえば、何か真の独立にごく近いものに参加できるという望みをもたせたのであった。 そのすぐ後で、日本のスローガンの空虚さが暴露され、日本の利益の優先することが明らかになると、幻想からさめ始めたのである。 (ミルトン・オズボーン『東南アジア史入門』P198) ※オーストラリア外務省出身。シンガポールのイギリス東南アジア研究所長など歴任。 |
以上のデータは、別に系統的に集めたものではなく、たまたま私の手持ちの本から拾ったものに過ぎません。同様の発言は、捜せばいくらでも出てくると思います。
国によって、「日本への評価」への濃淡はあると思います。例えばインドなど、「藤原機関」のおかけもあって、結構「評価度」が高いかもしれません。
しかしだからといって、「日本軍は正義を行っており、東南アジア中から感謝されている」というのは、「大東亜戦争万歳派」内にだけ通じる「フィクション」である、と私は認識しています。
(2011.12.24)
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