東中野氏の徹底検証 18
「十三件隣」が「すぐ隣」へ
 
次は、「事例七七」と「事例七五」である。

(中略)

《十二月十九日夕方、四時四十五分、ベイツ博士はその数日前に避難民を追い出して日本兵が住み着いた―リッグス、スマイス、スティールによって目撃さる―平倉巷十六の家に来るように呼ばれた。彼らはちょうどそこの掠奪を終えて、四階に火をつけ始めた。ベイツ博士は消火に努めたが、時すでに遅く、全焼した。(ベイツ)》

 括弧内のベイツは、ベイツが記録したということを意味する。それにしても、後者の事例に出てくる平倉巷十六は、平倉巷三の十三軒隣である。平倉巷三は、ラーベの南京離任挨拶によれば、国際委員会の「頭脳」であった。東京裁判に提出されたマッカラムの日記によれば、平倉巷三のロッシング・バックの家では、リッグスや、スマイスや、ベイツ、フィッチ、ミルズ、ソーン、ウィルソンが共同生活を行っていたのである。 国際委員会の面々が住む洋館のすぐ隣に、選りにも選って日本兵が住み着いていた!? 

(略)・・・そんなことが考えられるだろうか。

(「徹底検証」P280〜P281)


 ちょっと読むと、「隣の家の出来事にも気がつかない間抜けな「国際委員会」メンバー」、あるいはもう一歩進めて、「そんなことがあるわけないから、「国際委員会」メンバーは嘘つき」というイメージができてしまいそうです。

 さて、もう一度読み返してみて下さい。「平倉巷十六」と「平倉巷三」。よく読むと、「十三軒隣」です(番地ごとに一軒、というのが正しいのかどうか、私は知りませんが)。それが、最後の文章では、いつのまにか「すぐ隣」という表現にすりかわっています。

 まあ、「十三軒」も先だったら、気がつかなくとも不思議はありません。これを読んでいる方、ご自分の「十三軒隣」の家のことを、ちゃんとご存知ですか?


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