毒ガス戦(Ⅲ) 「あか」は「合法」か


 「きい」(びらん性ガス)についてはなお「使用」を認めない向きもあるようですが、「あか」(くしゃみ性、または嘔吐性ガス)については、論壇では「日本軍が大量使用した」ことについての争いはありません。

 一例をあげると、「武漢攻略戦に於ける化学戦実施報告」という資料が有名です。


中支那派遣軍司令部「武漢攻略戦に於ける化学戦実施報告」より

第四、特種煙の効米並に成果利用の状況

 防護装備竝に防護教育劣等なる支那軍に対しては 特種煙は極めて有効にして其少量の使用するも敵を戦闘不能ならしめ 其の射撃に対し予期以上の効果を収めたること尠からず

 特に精神的効果は顕著なるにありて我発煙を認めて直に陣地を放棄せる例あり

 作戦初期に於ては使用竝に成果の直接利用は十分とは認め難きものありしも 教育指導の体験を重するに伴ひ漸次良好となれり

 実施総回数は三七五回を下らず 其約八割は成功し約二割は成果十分ならざるものとす

(『毒ガス戦資料』P307)
 


 武漢攻略戦において、日本軍は「特種煙」(あか)を「375回以上」使用した、と明記されています。

 当時の戦闘における日本軍の攻撃パターンは、 「あか」を敵陣に向けて散布し、敵がガスを吸い込んで中毒症状を起こしているところへ突撃し、銃剣で全滅させる」というものでした。

 


 議論の焦点となっているのは、「あか」使用が当時の国際法解釈上、合法であったか否か、ということです。(「きい」使用については、「国際法違反」であることについての争いはありません)

 「合法論」は、「「あか」は1925年ジュネーブ議定書で禁じられた「毒ガス」には含まれない」との見解です。旧軍人の中には、「「あか」は「毒ガス」ではない(から使用に問題ない)」とまで言い切る方もいるようです。


 「合法か違法か」の議論は、当時から継続して行われているもので、今日でも決着が着いたとはいえません。しかし最小限、次のことは確実に言えるでしょう。

1.日本政府は、少なくとも1932年までは、「あか」どころか、もっと毒性の弱い「みどり」(催涙性ガス)までも、国際法上違法なものであるとの見解を持っていた。

2.その後日本は「合法」論に転じたが、「合法」論を世界に向けて積極的に主張することはできなかった。 また、本当に「合法」であるならば「あか」使用の事実を積極的に宣伝しても問題はないはずだが、国際世論の反発を恐れて、日本は「あか」使用の事実を最後まで隠匿し続けようとした。


 以下、具体的に見ていきましょう。




ジュネーブ議定書


 まず「ジュネーブ議定書」が、そもそもどのような文章であったかを確認しておきます。

『ジュネーブ議定書』

窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書

〈毒ガス等の禁止に関する議定書〉

署名    一九二五年六月一七日 (ジュネーブ)
効力発生 一九二八年二月八日
日本国   一九二五年六月一七日署名、七〇年五月一三日国会承認、
       五月二十一日批准書寄託、公布〔条約四号〕、発効

 下名の全権委員は、各自の政府の名において、

 窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及びこれらと類似のすべての液体、物質又は考案を戦争に使用することが、 文明世界の世論によって正当にも非難されているので、

 前記の使用の禁止が、世界の大多数の国が当事者である諸条約中に宣言されているので、

 この禁止が、諸国の良心及び行動をひとしく拘束する国際法の一部として広く受諾されるために、

 次のとおり宣言する。
締結国は、前記の使用を禁止する条約の当事国となっていない限りこの禁止を受諾し、かつ、この禁止を細菌学的戦争手段の使用についても適用すること及びこの宣言の文言に従って相互に拘束されることに同意する。
 締約国は、締約国以外の国がこの議定書に加入するように勧誘するためのあらゆる努力を払うものとする。その加入は、フランス共和国政府に通告され、同政府によりすべての署名国及び加入国に通告されるものとし、同政府の通告の日に効力を生ずる。

(以下略)

(『中国山西省における日本軍の毒ガス戦』P254)

*フランス語版では「これらと類似の」ガスとの表現ですが、英語版では「その他の」ガスとの表現となっています。この表現の違いが、論争を呼ぶ一因となっているようです。



 今日の目で振り返る時、この「ジュネーブ議定書」に対しては、このような見方も可能かもしれません。


岡田久雄氏『化学兵器の処理と国際条約』より

 せっかくできた議定書だったが、全文九〇〇字足らずとシンプルそのもの。内容も極めて不備だった。

 その正式名が示す通り、禁止対象とは窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらに類するガスとされるだけで、十分には定義・限定されていない。

 しかも、これまた定義の難しい戦争における使用、それも先制使用を禁じているのみ。 開発や生産、保有については何も規制がない。違反があったかどうかの検証も、違反への制裁も規定されていない。先制使用の禁止を互いに宣言し、さらに他国の参加を訴える、という「精神規定」にすぎない。

 これでは、冷厳な国際政治の場では実効を持ち得ないのは当然とも言えた。 

(『日本軍の毒ガス戦』P183〜P184)


 「毒ガス」の定義は曖昧であり、開発・生産・保有についての規制もない。これではこの「議定書」は実効性を持ちえない、との見解です。

 このような代物であってみれば、そもそもこれを標準に「国際法違反」であるか否かを問うことに、あまり意味はないのかもしれません。むしろ、当時の国際世論の中で、「毒ガス使用」がどのように捉えられていたか、 という実態に即して「道義的に問題があったかどうか」を論じる方が問題のポイントである、と見ることも可能でしょう。

 


 そんな中でも日本政府は、ともかくも1932年までは、「あか」のみならず、より毒性の弱い「みどり」(催涙ガス)の使用も「国際法違反」に該当するものと考えていました。


<事例1>

1930年11月、イギリス代表から「催涙ガス」が「ジュネーブ議定書」で禁止されているかどうかにつき、日本政府に対して照会がなされました。

『ジュネーブ一般軍縮会議における催涙ガス使用問題文書』(外務省等、1930年11月)

幣原外務大臣 

佐藤局長

第一四〇号

二、英国代表は毒瓦斯禁止に関する一九二五年議定書及第二読会案の解釈上催涙瓦斯を含むや否やに付各国の意見を徴し来れり 我方としては如何回答し然るへきやご回訓を請ふ

(『毒ガス戦関係資料』P2)



これに対する、陸軍・海軍の見解です。

『ジュネーブ一般軍縮会議における催涙ガス使用問題文書』(外務省等、1930年11月)
 

陸軍省

昭和五年十月二十二日受

佐藤局長発電第一四〇号に対する回答

毒瓦斯中には催涙瓦斯を含むものと解す

(『毒ガス戦関係資料』P3)



『ジュネーブ一般軍縮会議における催涙ガス使用問題文書』(外務省等、1930年11月)

昭和五年十月二十七日受

軍次官 小林せい造
 

外務大臣 吉田茂殿

佐藤局長発第一四〇号第二項に関する意見


催涙剤は他の有毒性瓦斯と同様軍用に使用し得ざるものと解釈す

催涙剤は普通毒性を有せざるものと見做し得るも瓦斯其のものにより戦闘力を減殺するものなるを以て毒瓦斯に関する五国条約及一九二五年の議定書に記載せる「他の瓦斯」中に包含するものと解釈するを至当とすべく 毒瓦斯に関する条項を成案する趣旨を徹底せしむるが為には爆発力に関係なき一切の攻撃的瓦斯の使用を禁止するを必要とす

(『毒ガス戦関係資料』P4〜P5)


 陸海軍とも、明確に「催涙ガス」も「毒ガス」に含まれる、という解釈を打ち出しています。この結果、幣原外相は、佐藤局長に対し「貴電第一四〇号の二に関し  催涙瓦斯を含むものと解す」との回答を行ないました。(『毒ガス戦関係資料』P6)


<事例2>

 さらに1932年11月24日、ジュネーブ一般軍縮会議における、日本代表の発言です。

『化学、焼夷、最近兵器問題』(榎本海軍書記官覚、1933年7月)

 (一九三二年)十一月二十四日第十一回特別委員会に於ける催涙瓦斯に関する帝国委員意見開陳

 特別委員会に於て幹部会附託の質問集審議の際帝国委員は左の趣旨の意見を開陳したり

「催涙瓦斯は其の害毒の程度に於て顕著なるものには非さるへきも之を一般攻撃と併用するときは甚だしき惨害を醸すに至るへきを以て他の瓦斯と別箇の取扱を為さす之を禁止の範囲内に置くべきものなり」

(『毒ガス戦関係資料』P44)



 1930年見解と同様に、「催涙ガス」は「禁止」されている、と見ています。

 注目されるのは、その論理です。

 「催涙瓦斯」そのものは「害毒」が「顕著」なものではない。 しかし、「一般攻撃」と「併用」するときには、「甚だしき惨害」が生じる。従って、他のガスと同様、禁止されるべきである。

 「暴動鎮圧にも使われる催涙ガス」という表現でその使用を正当化しようとする議論を見かけますが、 少なくとも当時の日本政府は、そのような見解をとってはいませんでした。そもそも「暴動鎮圧」に、強力な「あか」が使われたことがあるのかどうか、疑問です。


<事例3>


 また、1932年1月23日、催涙弾及くしゃみ弾合計2500発の支給を求めてきた三宅光治関東軍参謀長に対して、1月29日、陸軍省は以下の回答を行い、「催涙弾、くしゃみ弾」の使用が「国際法無視の誹を免れ」ないことを明確に語っています。

『催涙弾及嚔弾支給に関する件』

電報譯 一月二十三日午前一〇時二五分発 午前一一時二九分著

陸軍次官宛 発信者 関東軍参謀長

関参三〇五
四一年式山砲催涙弾及嚔(くしゃみ)弾一千発三八式野砲催涙弾及嚔弾千五百発 遅くも二月中旬迄に特別支給相成度



次官より関東軍参謀長宛(暗号)

一月二十三日関参三〇五を以て申請に係る特種弾支給の件は対内対外関係上詮議せられす

陸満七二 昭和七年一月二十九日



判決

毒瓦斯弾の之れの受付せざるを可とす

理由

一、毒瓦斯の使用は之れが禁止を国際的に約束せられあり 仮令土匪の掃蕩と雖も正義を誇る日本軍隊が帝国外の地に於て支那土匪に対して用ふるは国際法無視の誹を免れず  殊に列国の同情を得んとする支那側に於ては大々的宣伝に利用すへく列国反感を増長するの害あり

二、毒瓦斯の使用は単に土匪に対してのみならず良民に対しても一様に被害を与ふるものにして帝国軍隊の標語とする良民の保護、土匪膺懲の主義に反すること大なり

(以下略)

(『アジア歴史資料センター』資料)


 





 しかしその後日本は、実際の使用がスケジュールにのぼってくるに従い、「催涙ガス」使用は「違法」ではない、という見解に転じました。

『支那事変関係国際法律問題(第三巻)』(条約局第二課、1938年3月)


 昭和十二年七月 (二)催涙性瓦斯の使用に関する件

  三、毒瓦斯使用禁止に関する諸規則と催涙性瓦斯の使用

海牙会議の諸規則は之を瓦斯使用との関係に付て見るに要するに

(一)有毒質の瓦斯使用を禁止せるものなること

(二)戦闘力を失ひたる者に対し更に不必要なる苦痛を与ふるが如き毒瓦斯の使用を禁止し居るもの

なるを以て催涙性瓦斯

(一)一般の有毒質瓦斯と科学上区別せられ所謂毒瓦斯と性質を異とすること

(二)従て戦闘員に対し人道上不必要なる苦痛を与ふるが如きものに非ざるを実証し得るものなるに於ては

理論上右使用は禁止規則に違反するものに非ずと云ふことを得べし

(『毒ガス戦関係資料』P254〜P255)



 私見では、前者「違法」論が世界に向かって発信した堂々たる正式見解であるのに対し、後者「合法」論は「毒ガス」使用がスケジュールにのぼってきた事態に対応しての、外部向けではない、 政府機関の内部的な見解に過ぎないことから、「違法」論の方がより自然なものであると思われます。

 何よりも、日本が世界に向かって堂々と「合法論」を主張できなかったことが、世界世論が「あか」使用をどう捉えていたかを示しています。

*なお、ここでいう「催涙性瓦斯」が、「あか」(嘔吐性ガスまたはくしゃみ性ガス)を含むものであるかどうかは、微妙です。 「合法」派は「あか」を「催涙ガスの強力なもの」とみなすことによって「催涙性瓦斯」のカテゴリーに入れようとしていますが、日本軍が「みどり」(催涙性ガス)と「あか」とを作戦上明確に区別していたことから、 「あか」は「催涙性瓦斯」とは異なるカテゴリーに属するものである、とする見解も有力です。

**また、当時の世界各国がどのような見解を持っていたか、についても議論が分かれます。

「議定書」審議の過程では「非致死ガスの使用は許容されるとする解釈が優勢であった」(足立純夫氏『現代戦争法規論』P102)との主張がありますが、 一方吉見義明氏などは、「たとえば、一九二五年のジュネーブ議定書では「窒息性ガス、毒性ガス、又は其の他のガス、及びこれらと類似のすべての液体、物質又は考案を戦争に使用すること」が禁止されていたが、 その中には、イペリット・ルイサイト・ホスゲン・青酸・塩素だけでなく、一般に「暴動鎮圧剤」とよばれている嘔吐性ガス・催涙ガスも含まれる。 このうち、催涙ガスの使用が違法であるかどうかは議論が分かれるが、一九三二年のジュネーブ一般軍縮会議での多数意見は違法とするものであった」(『毒ガス戦と日本軍』はじめに)との指摘を行っています。

アメリカは「許容」論であったようですが、「多数意見」は「違法」であった、とする見解です。





 
「使用」の事実の隠蔽


 さて、このように内部的には「合法論」に転じた日本でしたが、対外的に「合法」との主張を行うことはできませんでした。それどころか、 「あか」(嘔吐性ガス)の使用を必死に隠蔽しようとする様子が、さまざまな資料に見てとれます。
 
中支那派遣軍司令部『徐州会戦及安慶作戦に於ける特種煙使用の戦例及成果』(昭和13年7月)

5使用要綱

特種筒は勉めて発煙筒若くは催涙筒と混用するを可とす 特に特種筒の使用の終期に発煙筒をしようするときは敵に長く装面を強要し敵の戦闘行動を減殺し得るを以て有利なり

7機密保持

本資材の特異性に鑑み尚一層注意するの要あり


(『毒ガス戦関連資料Ⅱ』 P310)


第一軍参謀部 『機密作戦日誌』 巻十四

第一軍命令
 五月三日十六時 於石家荘軍司令部

一、北支那方面軍は左記範囲に於てあか筒及軽迫撃砲用あか弾(自今特種発煙筒と称す)の使用を許可せらる

1.使用目的 山地帯に蟠居する敵匪の掃討戦

2.使用地域 山西省及之に隣接する山地地方

3.使用法 勉めて煙に混用し厳に瓦斯使用の事実を秘匿し其痕跡を残さるる如注意す

(『毒ガス戦関係資料Ⅱ』P285)



一軍作命甲第二三五別紙第三

特種資材使用に伴ふ秘密保持に関する指示

第一、方針

特種資材使用の企図を秘匿すると共に使用に方りては其証跡を止めさるに勉め敵側の宣伝に対しては絶対に其使用を否認するものとす

第二、資材


一、標記(筒及収容箱)は予め兵力を以て削除したる後之を使用部隊に交付するものとす

二、使用後の特種発煙筒は蒐集して携行帰還するものとす

三、授受に当りては特に出納を明確にし紛失を予防するものとす

第三、教育


一、教育は口頭及実演に以てし努めて印刷物の配布を避くるものとす

二、教育実施に方りては警戒を至厳にし被教育者意以外の立入を絶対に禁止す

三、被教育者は其修得事項に関しては普及教育以外に絶対に口外せざるものとす

第四、使用の場合の処置


一、使用の場合に於ては使用地域の敵を為し得る限り殲滅し以て之か証跡を残さるる如く勉む
 之為地形の利用、戦闘法を適切ならしむる如く計画するものとす

二、勉めて住民の居住する地域竝外部との交通便利なる地点を避くるものとす

三、特種資材は特に敵手に委せさるを期す 之か為掩護竝使用後の発煙筒の蒐集を確実ならしむるものとす

四、資材の運搬は土民及傭役車馬を利用せさるものとす

五、使用せし場合は速に日時、場所、員数、効力等に関し軍に報告するものとす

(以下略)

(『毒ガス戦関係資料Ⅱ』P287)


 当時の新聞でも、「中国軍の催涙ガス・くしゃみ性ガス」の使用は、それが正確なものであったかどうかはともかくとして、重ねて報道されました。しかし、日本軍の「あか」使用が新聞の紙面を賑わせたことは、私の知る限りではありません。

 中には次の通り、「中国側のクシャミ性毒瓦斯使用」を非難する記事も存在しました。当時の世論において、「あか」の使用がどのように見られていたかを知るデータの一端であるといえるでしょう。


『北陸毎日新聞』 昭和十二年九月二十日(号外)

  卑怯なり国際法を無視し

    
クシャミ性毒瓦斯使用
      浅間部隊一時進出を阻まる
      上海戦線 第十四師の暴戻


【上海○○にて十九日同盟】


 淑里橋方面より進撃せる浅間部隊は十七八両日の戦闘において淑里橋南方二キロ北塘口附近の激戦で勝に乗じて正に突撃に移らんとした刹那第十四師正面の最先端に当つて異様な臭気と煙幕の発煙体が立籠めて前線将士のクシヤミするもの続出し これがため一時部隊は進出を阻まれるに至つた、

敵は卑怯にも国際公法を無視しクシヤミ性毒ガスを使用した事明白となり我が前線部隊は非常に緊張し暴戻飽くなき支那軍の行為に憤激してゐる

(松野誠也氏『日本軍の毒ガス兵器』 P159 (本号外現物の写真を掲載))

(2005.11.12)


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