無教会・駒込キリスト聖書集会リンク集

 

単純なる福音

 

 「神にありてもっとも深いものは愛である。人にありてもっとも深いものは信である。神は愛をもって人に臨みたまい、人は信をもってこれに応えまつる」

(内村鑑三『一日一生』11月19日より)

 

 無教会の精神とは、これであります。ここには洗礼、聖餐などのサクラメントは一切介在の余地はありません。神と我のみであります。もっとも本質的なことは、実に単純であり、とっつきにくく見えるものであります。
 しかしそのようなものこそ、人が一生をかけて証しすべきことではありませんか。その証しは、生涯の歩みを通しての神讃美へとなり行くのであります。

 

伝道者 荒井克浩

 


<今月の言葉―伝道所の掲示板より―
  アリエル(神の炉)―現実の只中で与えられる恵み―

 

 

1 ああ、アリエルよ、アリエルよ
 ダビデが陣を張った都よ。
 年毎に、祭りの数を増し、巡り来らせよ。
2 そのとき、わたしはアリエルを苦しめる。
 アリエルには嘆きと、ため息が臨み
 祭壇の炉(アリエル)のようになる。
    ・・・・・
5 群がる外敵は砂塵のようになり
 群がる暴虐の者らは
 吹き去られるもみ殻のようになる。
 そのことは突然、瞬く間に起こる。
6 万軍の主によってお前は顧みられる。
 雷鳴、地震、大音響と共に
 つむじ風、嵐、焼き尽くす炎のうちに。
  (イザヤ書29章1‐6節)

 

*           *           *

 

 アリエルとはエルサレムのことです。その意味は「祭壇の炉」、「神の炉」という意味です。その神の炉の只中で、神は裁きと恵みを与えられます。その只中で人間を精錬し清める、と言っておられるのです。神の恵みは現実という神の炉の只中で与えられるものです。神の炉から逃げてはなりません。
 苦しく厳しくとも現実の只中で神にひたすらに頼り祈ることをこのイザヤ書から教えられます。そこにこそ恵みは豊かに与えられるのですから。置かれている現実こそ神の炉なのですから。                         

                                (2018年7月1日)

 

 

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★「無教会の概要」(2012年4月30日に駒込キリスト聖書集会伝道所で行われた「福音の前進と無教会」講演会の新聞記事より; キリスト新聞7月7日付号・14日付号)

 

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